崖壁の宝石
「敵軍に動きあり!!繰り返す、敵軍に動きあり!!」
馬上の伝令が叫びながら北部軍の陣地内を本営に向け駆ける。
平原に展開している以上多くの兵は敵の行動を実際に目にしていたが、それはどこか遠い世界の出来事のようであり、慌ただしく出入りする伝令が視界を遮り、けたたましく鳴る鐘の音を聞くまでは、自分の持ち場を離れている者すらいる始末であった。
浮き足立つ兵士達はようやく自分に課せられた使命を思い出したのか、あたふたと武装を確認し隊列を整える。
「どうされますか。逆賊シャルロッテの居場所は割れています。何があってあのような場所に辿り着いたかは判然としませんが、崖の中腹で今にも落下しかねない状況とのこと。位置が位置ですので直接始末することは難しいですが、魔法により崖壁を崩落させれば命を奪うことは容易かと」
「早まるな。話に聞くところ、共にいるのはシンギフ王国とかいう新興国の王だと言うではないか。巻き込むことになれば事だ。旗頭を失った叛乱軍こそ打ち破れたとしても、王を失ったシンギフ王国の残党が帝国の傘下に入り、仇討ちを大義名分に攻め上ってくると厄介だぞ」
「相対する事となったとはいえ、兵達の間ではシャルロッテ殿下………逆賊シャルロッテをいまだ慕うものも多いと聞く。敵として直接の刃を交えているならともかく、暗殺の真似事のような事をすれば、士気にも関わろう。我らの悪評が広まれば、北部領の統治にも悪影響をもたらすのではないか」
「いや、今は叛乱軍の殲滅こそ肝要。外交や内政は勝ってこそ初めて手をつけられるもの。逆賊シャルロッテが生きている限り、この会戦で勝利を収めようとも問題を根絶したことにはならぬ。将来の禍根を断つためにも、衆目の前で処刑されたという事実を知らしめる必要があろう」
「だが魔法で岸壁を崩せば死体の捜索も難航しましょう。万が一見つからなければ、叛乱軍はどこぞに落ち延びて再起を図っているなどと最もらしい事を言い、抵抗を止めないのでは。殺すのであれば決死隊を募り確実に実行し、首を晒すべきかと」
「どの案を採用するにしても時間がありません!!御決断を!!」
本陣では北部軍の動きを受け、対応策について激論が交わされていた。
しかし、名目上の総指揮官こそいるものの元は同格の貴族であり、立場の優劣は所領や兵力の多寡、爵位の上下のみならず、多分にその場の空気により変わりうる曖昧なものであった。
将無き兵を討つと豪語し出陣した南部貴族の中には、シャルロッテの存在もあり士気軒昂な北部軍を目の当たりにし怖気づく者も多く、兵数や地の利こそあれど正面から戦えば勝敗は神が投じるサイコロの目に委ねるしかない有様となっていた。
「………輪形陣を取り、こちらからは決して仕掛けるな。敵の出方を見つつ、王都からの援軍を待つ。兵達にはこう伝えよ。我が方に五万の援軍あり。北部軍を挟撃せしめんとな」
「たかだか兵卒如きにそのような重大な機密を伝えて良いのですか。内通者もおりましょう。敵方に利するのみかと愚考します」
「聞かせてやるのだ。稚拙な策ではあるが、敵の立場になればあり得ない話でもあるまい。疑念を抱かせれば大胆な攻勢には出れん。サーダイン伯が戻れば、指揮を譲り私も一軍の将として戦場を疾駆するとしよう」
指揮官は憔悴した様子でそう言うと、小高い丘の上にある幕舎から出て、北部軍の動向を確認する。
そこには一頭の獅子の如く、一切の策謀なく真正面から喉元を噛み切ろうと突撃する敵の姿があった。
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