英雄と混沌
「なんだい、人を呼んでおいて葡萄酒一杯出さないのはどういう了見だと思ってたら、随分派手なことやってくれてるじゃない。悪いけど、ちょっと会わない間に俺も英雄って呼ばれてるんだよねえ。あんまりミナトばっかり目立たせるわけにはいかないじゃない。テオ、お願いしていいかい?」
「はいっ、エラン様!!………黒影投射陣『空』!!」
テオが印を結ぶとエランの影が急速に膨張し、足元で激しく破裂する。
「あ、あれは何だ!?」
影をバネに宙高く舞ったエランは千切れんばかりに思い切り身体を捻り、ニヤリと分厚い笑みをこぼし白い歯を見せると、激しく明滅する光の塊に向け魔槍ヌゥンヌニゥルを投じた。
「ミナトッ!!!!!!!!!掴め!!!!!!!!!!!!!!!」
巨竜の咆哮を思わせるエランの絶叫が戦場を駆け抜け、遥か先のミナトの鼓膜を微かに揺らす。
(この声は!?)
「エランさんっ!!!!!」
ミナトの肉体は、脳が考えるよりも先に左手を天に向かい伸ばした。
掌に硬く冷たい何かが触れ、皮膚が裂ける。
しかし、その痛みを福音と信じてミナトは震える指を抑えこみ、手に収まった何かを思い切り握り締める。
すると世界がグワリと揺れ、何かにぶつかり背に痛みが走る。
「もう………少しだけ………穏やかに助けて欲しいなぁ………。大丈夫、シャルロッテ?」
岩壁に叩きつけられたミナトは、腕に抱えたシャルロッテが無事か確認する。
「ワタクシは大丈夫ですが、ミナト様が………!!!」
涙で瞳を潤ませる少女の視界には、頭から血を流しながらも笑みを絶やさないミナトの姿があった。
「平気だよ………って言いたいけど、結構きついかも。ゴメン、もう絶対離すつもりはないけど、シャルロッテもボクを離さないで」
「はい………もう二度と離しません」
ミナトは自分の肩に回された細くしなやかな腕の感触に安堵した。
窮地を脱したミナト達とは対照的に、戦場に展開している両軍は混乱の極致にあった。
「いったい何が起こっているんだ!!」
「聞いたか、シャルロッテ様が崖で捕らえられてるって話だぞ!?」
「なんだそれは、どういう状況だ!?くだらない流言飛語に惑わされるな!!」
「俺は見たんだ、英雄エランがシャルロッテ様を攫おうとしている男を魔槍で仕留めた、本当だぞ!!」
「南部軍の幻影魔法だ!!隙をついて左翼から攻め寄せてくるぞ、陣形を変えろ!!」
「敵は退却を始めたって話だぞ、早く追撃しなくていいのか!?」
奇跡を見た者、目にしていないもの、見境なく己が真実だと信じた情報を喚き散らす者、追従する者、自らの責務のみを見つめる者、混乱に乗じ逃げようとする者。
数万もの意志が戦場を駆け巡り、感情が波のように寄せては返す。
誰もが己が何を為すべきが分からず、ただただ惑うなか、黄バラの旗がはためく本陣だけは恐ろしいほど静まり返っている。
「ルグレイス公、斥候の報告によりますとシャルロッテ様がシンギフ王国のミナト王により救出され、北の崖地に留まっているとのこと。一軍を割いて救援に向かわせますか」
「必要あるまい。王が単騎で先駆けするならば臣下が護衛に向かうは必定。我らが軍を差し向ければいらぬ誤解を与えかねん。戦場においてはただ専心に目の前の敵を討ち取ることのみを考えればよい。敵勢の様子は」
「我が軍と同じく突然のことに当惑しております。シャルロッテ様が存命であることを知り、その命を奪おうと左翼を動かしつつあるとの報告もございます」
「機は満ちた。全軍に下知せよ。正統なる王シャルロッテのみならず、他国の王をも弑せんとする非道なる逆賊を一人残らず討ち果たすのだ」
ルグレイス公の命を受け北部軍の混乱は瞬時に収まり、戦意が高まりが感情の奔流となり大地を揺るがす。
「クラウディア、お前の無念、必ずや儂が晴らしてみせよう」
自らに言い聞かせるようなその呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
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