生きる理由
「ハァッ、ハァッ………」
極度の緊張から解放されたミナトは、無意識の内に止めていた呼吸の仕方を思い出したかのように小刻みに息を吸う。
横隔膜が絶え間なく痙攣し、酸素が不足した細胞は意識が混濁しているかの如く宿主の意思を肉体に伝えることを拒否する。
「倒した………んだよね。ふぅ………」
首を切り落とした闇狼が塵となって消えていくのを確認し、袖で汗を拭う。
リオは言うに及ばず、デボラや四罪の二人であっても難なく倒せたであろう敵だが、ミナトにとっては生死を賭けた戦いとなる。
その残酷なほどの力の差を前にしても、ミナトの瞳にはいまだ確固たる意志が煌めき、その視線は黒い触手により作られた障壁の先を見据えていた。
「シャルロッテ!!」
何度も行く手を遮られた黒の森に再び飛び込んだ刹那、視界が一瞬にして開け、無数のいななきが鼓膜を打つ。
「音が戻った………!?リオがフェルリオールを倒したんだ!!それなら………」
ミナトは崖の突端目指し遮二無二走る。
幾たびもの戦闘で疲弊した肺が悲鳴をあげ、足がもつれる。
それでも、ミナトはシャルロッテの後ろ姿を必死に追いかけた。
「シャルロッテ!!」
掌から伸びる指のように突き出した断崖に、金の髪が揺れる。
「来ないでください!!」
呼び止められた少女は王女であったことなど忘れたかのように砂塵に塗れ、這いずり回ったためかその肌は夥しいほどの傷に覆われている。
「シャルロッテ、こっちに来て。君が生きてさえいれば戦いは止められる。皆それを望んでいるんだ。エルフリーデも、ボクも」
今にも崖から身を投げようとするシャルロッテに向かい、ミナトはゆっくりと手を差し伸べる。
数十メートルの距離を隔てて突き出されたその腕は、打算も利もなく、ただ一人の少女を救うためだけのものであった。
「ありがとうございます。愚かなワタクシのために命を賭けてくださった御恩、たとえ来世になっても忘れません。ミナト様からは数え切れないほど多くのものを貰いました。それを返すことなく自ら命を断つ非礼、償おうとも償いきれるものではありません。ですが、ワタクシはこの道しか選べませんでした。………本当は生きたいです。もっとずっと生きていたいです。楽しかったのです、とっても。ミナト様に会えて、新しい国が出来ていくのを、この目で見ることが出来て。………けれど、もう終わりにします。ワタクシは沢山貰いました。ミナト様からも、エルフリーデからも、兄様からも、お父様からも、領民からも、ジェベル王国のみならず数千万というこの大陸に生きる全ての人間からも」
「そうかもしれない。王は奪わなければ何も出来ないんだって、シャルロッテが教えてくれた。どれだけ苦しい決断だろうと、選ばなきゃダメなことも初めて知った。だから返そう。皆に返そう。平和を守って、豊かにして、誰もが自分の運命を自分で決められる、そんな国を一生かけて二人で作ろう。それがボクにとっての『奪う者の責務』だから」
シャルロッテはミナトの言葉を聞き、心の底から嬉しそうに微笑むと、一度だけ大きく頷き、後ろに一歩踏み出した。
「母様、お許しください。奪う者の責務を、いま果たします」
「シャルロッテ!!」
風にドレスがふわりとたなびき、花びらのように空中に咲き誇る。
懸命に差し伸べたミナトの手は僅かに届くことなく、シャルロッテの身体が崖下へと消えていく。
「まだだっ!!」
ミナトが指先に絡めたスリングの紐を投げつけると、小指よりも細い命綱が確かに2人を繋ぎ止めた。
「ミナト様!!」
シャルロッテは自らの手首に巻きついた皮紐を目にし、悲壮な叫び声をあげた。
彼女の瞳には、愛する若き王が、自身を追って崖から身を投げる姿が映っていた。
面白かった、これからも読みたい、AI先生による絵が可愛いと思った方は是非、☆評価、ブックマーク、感想等をお願いいたします!!
基本毎日投稿する予定ですので、完結までお付き合い頂ければ幸いです。




