もう一つの戦い
固い金属音が澄み切った冬の大気を切り裂く。
鞭のようにしなる黒く長い腕がミナトの頭を掠め、額を生温かな血が伝う。
(相手は一体のみ。姿形こそ似ているけど、さっきの敵より数段格上だ。鋭い爪牙、俊敏な動き、強靭な肉体。フェルリオールに送り込まれた純粋な近接戦闘に特化した闇の眷属。他の敵はリオが抑えてくれてるのか?幸い搦め手は使ってこないようだし、守りに徹すれば時間を稼ぐことは出来る。10分、20分………それまでに救援が来ればボクの勝ちだ。だけどシャルロッテはどうなる?呼びかけても返事はない。拘束されて動けないなら良い、意識を失っていても問題ない。だけど、シャルロッテは自分の犠牲でこの内乱を終わらせようとしている。崖から飛び降り、自ら命を絶つことで………。助けは呼んだ、でも間に合うかは分からない。なら守ってる場合じゃない!コイツを倒して、触手を切り開いて、シャルロッテを救い出すんだ!!)
ミナトが後方に飛び退き、背嚢から掌に数個収まるほどの大きさの球体の魔具と、一本の瓶を取り出す。
(来る!!)
こちらが動き出すより先に、闇狼が低い姿勢のまま四つ足で這うように地を駆ける。
(位置が低すぎる。斬るには大上段からの一撃。だけどボクの力じゃ、攻撃を読まれた状態で致命傷は与えられない。なら………)
姿勢と速度から相手の軌道を予測し、手にした球体を投げつける。
同時に激しい破裂音が轟き、黒い影が大きく仰け反る。
(炸裂弾を補充しておいて良かった。物理攻撃が効くことも確かめられた。ここで一気に畳みかける)
大きくノックバックした身体を引き起こす敵目掛け透明な瓶を投げつけ、それがぶつかるよりも早く最後の炸裂弾を投擲する。
小爆発により瓶が粉々に砕け散ると、中に入っていた液体が霧のように周囲を覆い、同時に闇狼がガラスの引っ掻くような不快な絶叫をあげ、のたうち回る。
(教皇庁特性の聖水、流石に凄い効果だ!!今ならいける!!!)
ブゥン
苦痛から逃れるように振り回される長い腕がミナトの髪を切り落とす。
それは痛みからの逃避と自己防衛を兼ねた稚拙な攻撃ではあるが、暴風雨の如く荒れ狂い、迂闊に踏み込めばその代償として命を支払うこととなるであろう脅威を孕んでいる。
(何も考えてない攻撃、わざわざ付き合う必要はない。確実に隙を作って、一撃で仕留める!!)
ミナトが取った選択は、最も信頼する魔具であるアラクノイドの糸で作った捕縛網であった。
相手を近づけさせないことだけを目的とした攻撃が虚しく空を切るなか、上半身を絡めとるように投げつけられた捕縛網は確実に闇狼の身体を捉え、最大級のハリケーンをつむじ風程度にまで弱める。
「喰らえっ!!」
わざと遠い間合いで発した声に闇狼が反応し、腕を振り下ろす。
しかし、敵の攻撃範囲を正確に把握したミナトによる陽動で繰り出された一撃は、ただ隙を広げるだけの結果となり、事実闇狼は無防備な首を曝け出した。
ズクッ
鈍く重い斬撃音。
ミナトの細い腕が遠心力を最大限いかし、渾身の一刀を闇狼の首筋に叩き込む。
小柄ゆえにどれだけ全霊の力を込めようともデボラの軽い薙ぎ払いにも及ばないが、様々な事前工作により生み出された隙と六大魔公を退けたと言われるデュゼルの剣の切れ味は、その不利を補って余りある威力をもたらした。
刀身は肉を斬り、骨に当たり止まっても、なお進むことをやめなかった。
ボトリ
闇狼の首が地面に転がる。
それはミナトの勝利と、更なる戦いの始まりを告げていた。
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