第5話 夏の夜の華(3)
小鳥のさえずりが耳に心地よく聞こえてくる。爽やかな暑さをもたらす夏の朝日が差し込む騎士団宿舎の一階。レジーナは憤慨しながら椅子に座った。
「信じらんないわ。まだ子供じゃない。あんな娘に刃物持たせてるの?」
彼女の指がこつこつと机を叩く。
「はぁ。しかしアルフェネアで使用されているのは真剣ではありませんし、防御面も…」
きりっとキツい目つきで睨まれ、優士郎は口を閉じた。
気まずい沈黙。
こういう時に何か場を和ませる事が出来たらいいなと思うが、口下手な優士郎には高いハードルだった。
無限とも思える後、実際には1、2分後に、再び足音が響くと、先ほどの少女騎士と無精ひげのがっちりした男がやって来た。少女は鎧姿だったが、男はシンプルなシャツに鎧下に着るズボン姿だった。
「おはよう御座います。協会異端諮問調査部の秋月優士郎です。朝早くからすみません」
優士郎は立ち上がって一礼する。
「うん、ああ、そのままでいい。黒狼騎士団ウルサズ分遣隊隊長のジェガンだ」
「よろしくお願いします」
優士郎が手を差し出すとジェガン隊長が握り返してくれた。あちこちタコで堅くなったゴツゴツした手だった。
ジェガンが優士郎とレジーナの対面に腰掛けると優士郎も座り直す。
「カスミ、もういいぞ」
ジェガンが声を掛けると少女騎士香澄は一礼して裏庭の方に駆けて行った。
「ジェガン隊長、こちらはレジーナ・ハリソンさん。アルフェネアで現在行方不明かつオーバーステイで捜索中の甥子さんを探しに来られました」
レジーナが会釈する。先ほどのままその目つきは厳しい。
「これがそのバートさんです」優士郎は懐から写真を取り出した。「一昨日このウルサズで目撃されました。協会異端諮問調査部として、彼の情報提供並びに捜索の協力をよろしくお願い致します」
優士郎は深々と頭を下げた。
異端諮問調査部は、大概どの町でもいい顔はされない。急に現れ仕事を増やし非協力的な態度をとれば協会上層部、つまりは会社の上部構造に告げ口をされるからだ。優士郎は今までの経験から重々にそれを承知している。だから、あくまでも下手に。上から目線と取られないように行動しなければならない。
しかし案の定ジェガンの反応は色よいものではなかった。
「情報確認はしよう。しかし探索に人は裂けん。今ちょっとした懸案事項を抱えていてな」
「お聞きしても?」
「ああ、異端審問官殿はアンセラムの襲撃犯の話は知っているか」
「ええ、もちろん知っています。異端審問調査部でもかの鎧の人物は目下最重要手配者ですから」
ジェガンは面白そうにニヤッと笑う。
「今ウルサズにはその最重要人物様がいらっしゃるのさ」
「えええっ!」
優士郎は不覚にも声が裏返るが、咳払いをして誤魔化す。ウルサズに来る前に事前情報は確認しているが、そんな情報は聞いていない。
「だから、ウルサズ分遣隊は厳戒態勢なのさ…ん…?」
そこでジェガンは急に考え込む様に下を向いく。
隣で事情が良く分かっていないレジーナが怪訝そうな表情を浮かべる。
優士郎は急かせず、ジェガンの反応を待った。
「そうだな…。よし、分かった。隊から一人だそう。先ほどここにいた奴だ。ホシナ・カスミという。そこの調査部の兄さんと同郷人だろ?」
「ええ、その様ですね」
優士郎は急に方針を変えたジェガンに不穏なものを感じながらも、とりあえず感謝の意を伝える
。一人でも土地に明るい者を貸してもらえれば、捜索の効率が段違いだ。
「ちょっと」
話がまとまりかけたタイミングで、レジーナが声を上げた。その声の険に優士郎はどきりとする。
「マジでさっきの女の子を?冗談でしょ。まだ子供じゃない」
ジェガンが面倒そうに半眼でレジーナを見る。
「カスミはうちの隊員だ。腕っぷしもいいし、ウルサズの町中も把握している。問題ないだろう」
「そういう問題じゃないわ。事情は良くわかんないけど、襲撃犯とかもいるんでしょ。そんな場所に子供をうろうろさせて、仕事もさせて」
「何度も言うがカスミは立派な騎士だよ。問題ない。それとも協力は不要か?」
ガタンと椅子を押して優士郎が立ち上がった。
「いえ、ご協力感謝します。我々は一旦教会に行きますので、そちらまで来ていただけると幸いです」
早口でまくしたてる。
ジェガンは人の悪そうな笑みを浮かべる。レジーナは不満そうにジェガンを睨みつけると、立ち上がりすたすたと裏庭の方に歩き去った。
優士郎は大きく息を吐く。クライアントと先鋒との折衝。何度立ち会っても神経がすり減りそうだ。自分はこの仕事に向いていないのかなぁと思う。アルフェネアの様な自然に囲まれた場所で生活することに憧れて、この世界にやって来た。初めはどこかの町で物売りでもできればと思っていたが、教会の神父さんをするのも一興と思い教会に志願したのが間違っていたのか。一般教会ではなく異端審問調査部に配属された辺りから、目論見が大きく狂いだした気がする。
優士郎はまた溜息を吐く。
ホシナ・カスミか。
彼女の自然な笑顔が何だか眩しく思えた。
晴天。雲一つ無い青空。涼やかな朝の風が吹く。今日の暑さを予感させる日差しが、草木に家々に満遍なく降り注ぐ。まだ暑いという程では無かったが、練兵場で素振りをする香澄の額には、じわっと汗が滲んでいた。
「200っと」
区切りの数字でほっと息をつく。愛刀が陽光を受けて眩しく輝く。
練兵場に他の人影は無かった。隊の朝練にはもう少し時間があったし、セイラやアンネリーゼはまだ寝ている。昨日あんなことがあったのだ。きっと疲れているに違いない。ホワイトドラゴンのアークがウルサズ中に振りまいてしまった荷物の回収にも走り回っていたし…。
それに何よりも夏休みなのだ。ゆっくりと寝ていても誰も文句なんて無い特別な時間のはず。
香澄は再び刀を構える。
昨日のあの鎧、本当にまた来るのだろうか。戦闘になったら、どうすればいいのか。剣技以前にあの鎧に物理攻撃は効かない。有効なのは、魔術的ダメージだ。
「紅蓮華七輪…」
香澄はそっと事前に登録しておいたキーワードを呟く。
自分の耐久値とMPが示されているコンタクト型ディスプレイに新たなバーが現れ、徐々に上昇し始める。消費されたMPは約二割ほど。
バーは7つに区切られていて、1つ分が溜まるのに約10秒。MAXまで1分と10秒。1つ分が溜まった時点で、構えた刀身に淡い赤の光が灯る。
これで一撃分の炎属性値と爆発属性値が加算された。最大チャージで7撃分。最大チャージ後に7撃分の威力をまとめて一撃で放つこともできるようだ。これがエドガから渡されジェガンがインストールしてくれた魔導書の効果だった。
昨日の戦いでは使うのをすっかりと忘れていたが、これならあの鎧にダメージを与えることもできるかもしれない。
香澄は刀を振る。
刃が空を切る小気味いい音とともに、赤い残像が宙を舞う。
どれほどのダメージを与えられるかわからないが、ジェガンやジュリアの一助にはなるだろう。問題は7撃のみで、それ以上はまたチャージが必要だというこだ。
鎧の動きを思い出しながら、体を捌く。
鎧の動き自体は直線的だった。一撃をもらわなければ、動きと手数で圧倒できるかもしれない。
「見事なものね」
不意に声が掛けられる。
振り向くと、宿舎を背に赤い眼鏡の女性がこちらを見ていた。先ほどジェガンを訪ねてきたお客さんの女性の方だ。
香澄は納刀して頭を下げる。
眼鏡の女性が近づいてきた。大人しくうずくまっているアークの前を通る時は、少し遠回りするように。
「初めまして。私はレジーナよ。よろしく」
レジーナが差し出した手を握り返す。
「保科香澄です。おはようございます」
レジーナは背が高い。香澄からでは少し見上げる格好だった。
すらりと長い手足でうらやましいほどスタイルがいい。眼鏡の所為か知的に見えて、オフィス街が似合うキャリアウーマンといった感じだ。逆にこの片田舎のウルサズでは全く浮いた感じではあった。
「カスミ、少し聞いてもいいかしら」
「はい、なんでしょう」
レジーナがすっと目を細める。
少し怖い。学校の先生に怒られる前の様だ。
「あなた、そんな武器を持つことに怖さは感じないの?」
レジーナの視線が腰の刀を捉える。
香澄は首を傾げて疑問符を浮かべる。
「刃がないことは聞いたわ。でも剣は剣。それを人に向けることに躊躇いはないの?私は、あなたのような子供が武器を手にして、ましてやそれを他人に向ける事が当たり前の環境というものに納得できない」
武器を他人に向ける…。
香澄は刀の柄を握りしめた。
彼女の問いに上手く答えられるだろうか。
一つ一つを確認するように確かめるように、香澄は言葉を紡ぐ。
「…剣を人に向けるのが当たり前…。あたしは、騎士がそんな存在だとは思っていません。あたし達騎士が剣を持つのは、何かを、誰かを守るためだと思います。少し大げさに言うなら、このアルフェネアという場所を守るため、だと思っています。それが騎士のお仕事だと…。武器を振るうのがすべてじゃありません。もちろん剣を抜かなければそれに越したことがないと思います」
それが香澄が漠然と感じている事だった。
反応を窺う様にレジーナを上目遣いに見上げる。
しばらくの沈黙。
レジーナがふっと息を吐く。
「おいおい、何してるかと思えば、恥ずかしい話してるじゃねえか」
どきっとする。
宿舎の方から不意に話しかけられ、香澄が慌てて振り返ると、宿舎の戸口にジェガンがもたれ掛っていた。その向こうにレジーナと一緒にやって来たお客さんの男の子が苦笑いを浮かべていた。
聞かれていたと思うと、顔がかっと暑くなる。
「カスミ隊員の暑苦しい思いは、隊長として確かに受け取ったぞ」
ジェガンが人の悪い笑みを浮かべる。
香澄はもう笑うしかない。
「そんなやる気満々のカスミ隊員に特別任務だ。今日からこのお二人に随行し、人探しに協力しろ。ウルサズを案内してやれ。ビジターを」ジェガンはレジーナを見る。「お持て成しするのも立派な騎士の仕事だ。よろしく頼むぞ」
ジェガンは言う事だけ言うと、いつもの様に手をひらひらさせて去って行く。その向こうで「よろしくお願いします」と神父の恰好をした少年が一礼した。
香澄も頭を下げながら、セイラとアンネリーゼと旅にでようと提案したことを思い出す。
鎧問題に加え新しい任務。
ますますお休みが取りにくいなぁと香澄は心の中でため息を吐いた。
優士郎に促されるまま、ウルサズの町のこぢんまりとした協会で食事と休憩を取ったレジーナは、しばらくしてやって来た香澄と合流した。
優士郎が香澄にもバートの写真を渡し、人捜しの状況を説明する。
実際バートの安否については、それほど心配していなかった。あいつが周りに迷惑を掛けるのは、今に始まった事ではない。粗暴な振る舞いが目立ったかと思えば引きこもり。かと言ってドラッグや柄の悪い連中と付き合うような勇気はない。
結局子供なのだ。体だけデカいだけの。
レジーナは溜め息をついて髪を髪を掻き上げる。
今回の事だって、本当は知ったことではないのだ。ただ、奴の母親、叔母さんに泣いてお願いされてしまったから、わざわざこんな辺ぴな場所に来るはめになった。
目の前で楽しそうに出身の話をしている香澄と優士郎。
自分の境遇を省みると、明るく笑い合う二人の前にいるのが悲しくなる。
「ちょっと外の空気吸ってくるわ」
レジーナはそう言い残し、先に独りで教会を出た。
いつもなら会社に出勤しているような時間だ。まだ朝と呼べる。
ウルサズの町にも徐々に人の流れが出来ていた。
動き出した1日。
レジーナはそっと深呼吸する。
濃い緑の匂いが何だか懐かしい。こんなに自然の気配が濃厚な所に来たのは、いつ以来かな。
レジーナは教会の石柱に背中を預けながら、バックの中から短剣を取り出し手の中で転がす。優士郎の案内でなんとかという町に寄った際露店で思わず購入してしまった品だ。木製に品良く入ったシルバーの細工が精緻で、手作りだというのが信じられなかった。剣身は半透明なガラス製。もちろん実用品ではない。
「綺麗な剣ですね」
いつの間にか隣に来た香澄が手元を覗き込んだ。
レジーナは恥ずかしい秘密を見つけられた気がして、慌てて短剣をしまった。武器云々の話をした後で少し気まずい。
「話はもういいの、優士郎?」
照れ隠しも含めて、教会から出てきた所の優士郎に問い掛ける。
我ながら嫌な言い様だ。
「ええ、すみません、ハリソンさん」
「で、探す当てはあるのかしら?」
「はい、宿屋から始めようと思います」
香澄は思案するように大きな瞳をくるりと動かした。
「ウルサズでビジターの方が宿泊できる場所は限られています。バートさんを見た人がいるかもしれません。まずはこの教会の向かいの宿からです。あっちです」
時代錯誤な鎧を着込んだ香澄が軽やかに駆け出した。レジーナと優士郎もその後に続いていく。
宿屋回りは、三軒空振りだった。
そう大きな町ではない。回った三軒とも食堂や酒場に併設された小さな宿だった。宿泊客も少なそうだった。もしバートが利用していれば、従業員の誰かが覚えている可能性が高いだろう。
それよりも意外だったのは、本当に何もかもがハンドメイドだということだった。
宿帳は手書き、料理のメニューも手作り。宿に入った瞬間、鼻孔を突く食欲をそそる柔らかな香りは料理人が一から作り出すスープの香り。農家のおじさんが朝摘みの生の野菜たちを売り込みにやってきて、宿屋の主人とにこやかに談笑する。
レジーナに取っては料理は機械が作るのが当たり前。最近は家庭の中でさえそうだ。人が手で作った料理を出すのは、ご縁のない高級料理店だけだ。
料理だけじゃない。
広場の真ん中の水場で洗濯する老婆たち。驚く事に手洗いだ。洗濯物は家と家の間に渡された紐に通され、陽光と風をはらんで青い空に揺れている。
現代の町では見れなくなったどこか懐かしい風景とゆっくりとした時間が流れていた。
「でも…」
香澄と優士郎の後を歩きながら、ウルサズの町並みを見詰めながらレジーナは呟く。
「作り物なのよ、所詮」
嫌な女だと思う。きっと疲れているのだ、どこかが。
香澄が歩調を緩めて、そっとレジーナに並んだ。
「あなたはこの場所が好き?」
思わず香澄に問い掛ける。
「はい、好きですよ」
香澄はレジーナを見てにこっと笑った。
レジーナはその純真な曇りのない表情に一瞬呆気に撮られた。
「でも所詮は作りものじゃない。この地面だって、この町だって、宿屋のおばさんやあなただって。私から見れば、ハロウィンの仮装パーティーよ」
別に香澄を責めるつもりはない。でも香澄のような子供に武器を持たせ、騎士だ魔法だと言う環境に違和感を感じるのだ。ふと気を抜けば心の内に忍び寄るノスタルジックな感傷に支配され、レジーナ自身がそんな虚構に取り込まれてしまいそうになる。言葉の端が棘々しくなるのは、そんな心持ちへの抵抗と虚勢なのだ。
香澄が考えるように首を傾げる。
「昔、家のベランダで朝顔を育ててたんです」
レジーナは訝しげに香澄を見た。
「小さな鉢植1つ。夏休みに観察日記をつけてました。ある日綺麗な花が咲いて、とっても喜んだんですよ。でも、花が咲いたことに満足して、その後の世話を忘れるようになりました。そしたら、あっという間に枯れちゃって…」
香澄は恥ずかしそうに頬を掻く。
「その話が何なの?」
「えっと、その朝顔はちゃんと本物だったんですよ。鉢植という狭い場所、誰かに世話して貰えないと枯れてしまう環境でも。きっと、きっとこの世界も同じだと思うんです。外側がただの作りものだとしても、そこから芽吹いて来るものは、きっと本物に違わないと」
香澄は大きな黒い瞳でレジーナを見上げる。その輝く光に吸い込まれそうになる。
「偉そうな事言ってすみません。でも、だからあたしはここが好きですよ。レジーナさんにも好きになってもらえたら嬉しいです」
そう言って香澄はほやんと笑う。その笑顔はまるで夏の日の朝に咲く一輪の朝顔のように輝いていた。
派手さや華やかさはない。ただ可憐な花。
思わずレジーナも釣られて微笑んでしまった。
「あなたには負けるわね」
香澄を見ていると、色々考え込んでしまう自分が面倒になってしまう。
「ちょっと、優士郎。何こっち見て笑ってんのよ」
少し照れくさかったので、取り敢えず優士郎を弄る。困り顔が似合うこの少年は、八つ当たりするにはちょうど良い。
「え、自分ですか…」
突然の振りに優士郎が目を泳がせる。その表情に、香澄とレジーナは笑みを広げた。
その瞬間、がしゃりという金属音が狭い通りに響く。
レジーナと香澄が慌てて振り返ると、まるでコスチュームを来たヒーローのような鎧が立っていた。
レジーナは思わず後ずさる。
半透明のバイザーの向こうの赤い目が獰猛に光る。
その目に見つめられた気がして、レジーナは背筋に冷たいものが走った。鎧から漂う気配は、そういう凄惨なものだった。
「アンセラムの鎧!本当にいたのか!」
優士郎が叫ぶ。
香澄は腰を落として刀の柄に手を掛けた。
「貴方には闘争禁止エリアでの戦闘行為他、お話を伺いたい事があります。即時武装解除して投降して下さい。これはアルフェネアの治安を預かる騎士の厳命です!」
香澄が低い声で警告する。緊張しているのか、声の端が震えていた。
「ハリソンさん、下がって下さい」
真剣な表情をした優士郎がレジーナの腕を引く。優士郎は僧服の懐から黒い銃を取り出した。細かな彫刻の入ったフリントロックピストルの様な形をしていた。
香澄の警告をあざ笑うかのように、鎧がゆっくりと拳を構える。
「あくまでも無法に訴えるなら、王国の法の裁きを受けていただきます!」
香澄が刀を抜く。その煌めきに、レジーナは緊張で拳を握りしめた。
「保科さん。自分は魔導銃で援護できます。しかしこの通りでは狭い。大通りに誘導して下さい」
優士郎が香澄に聞こえるように呟く。香澄は微かに頷いた。
香澄が刀を正眼に構え、アンセラムの鎧が腰を沈める。
石畳を踏み抜いて鎧が地を蹴った。
ウルサズの大通りに面したカフェのオープンテラス。燦々と降り注ぐ夏に日差しを避けるようにセイラとアンネリーゼは日陰の席で、通りを行き交う人々をぼんやりと眺めていた。
セイラはオレンジジュースのストローをくわえながら何度目かの不満を口にする。
「香澄のヤツ、あたしたちを置き去りにして…」
不満をぶつけるように、グラスの中の氷を突っつく。
「まぁ突然やって来たのは我々だからな。香澄には仕事がある。しょうがないさ」
優雅に足を組んだアンネリーゼは、アイスティーに口をつける。スラリと長い足。この王女さま何をしてても絵になる。
ちょっと悔しい。
あたしだってもう少し身長があればなぁ…。
セイラはストローをくわえて頬を膨らませる。
「ところでセイラ」
そのアンネリーゼが眉を顰めた。
「その防具と剣はなんだ」
セイラはふわりとした白の上衣にショートパンツの私服姿だったが、その上に紅獅子騎士団の胸当てだけを身につけていた。アークがばらまいた荷物から回収した愛用の剣も隣の席に立て掛けてある。
「セイラといい香澄といい、君達は何でそうプライベートに無骨な物を持ち込むんだ」
アンネリーゼが半眼で剣を見る。
「何でって、一応あたしはあんたのお付きである訳だし、なんか物騒だし。備え、よね」
「うーん、まぁ、それもそうだけど、な。襲撃はもう嫌だな」
アンネリーゼがため息を付く。
「まぁ暇しなくていいじゃん?」
王女さまの困り顔が面白くて、セイラは笑った。
そのアンネリーゼの背後から地元民の格好をした女の子が二人、駆け寄って来た。
「あのっ」
片方のショートカットの子が目を輝かせて声を掛けて来た。
「もしかしてアンネリーゼ王女様ですか?」
「ん、そうだが」
アンネリーゼが答えると、彼女達は黄色い歓声を上げる。
「すみません、突然。あたしたちアンネリーゼ様のファンなんです。サインをいただけないでしょうか?」
もう一人の三つ編みの子がどこからか色紙を取り出して来る。
「ん、私のサインで良ければかまわないが…」
困惑顔のアンネリーゼは、その色紙にサラサラとサインする。慣れた手つきだ。
「ありがとうございました!」
色紙を受け取った少女達は感極まったように声を上げて走り去った。
「何々、もてもてじゃん。サインも上手だし…。人気者は辛いわね」
ここぞとばかりにセイラは突っ込んだ。
「む、サインは決裁書類に必要だから慣れているだけだ。あの娘たちも、私のサインなど、何が良いんだろうな」
アンネリーゼは真面目な顔をしてアイスティーに口をつける。
ダメだ、この王女様は全然わかってないらしい。
セイラは苦笑を浮かべる。
その時。
ドン。
何か重く低い音が響く。
セイラは辺りを見回した。
再び重低音。何だか近づいている気がする。
アンネリーゼも気が付いた様だ。
2人で次の瞬間に何が起こるのか、じっと身構える。
ドン…!
さらに近い。
複数の足音が聞こえる。セイラは剣を引き寄せた。
そして、カフェの隣の路地から、文字通り人影が転がり出てきた。
「「カスミ!」」
2人の声が重なる。鎧のあちこちに傷を作った香澄が素早く起き上がり刀を構えた。
「「昨日の鎧!」」
香澄の後を追うように現れたその姿を見て、再びセイラとアンネリーゼの声が重なった。
さらにその後ろからビジターらしきメガネの女性と、黒い僧服に銃のような物を握った男の子が駆けてきた。
鎧と香澄が大通りで対峙する。昨日と同じ光景にセイラは目眩を覚える。
同じ頃。
大通りを望む領主館の城壁の上で大剣をだらりと提げたジェガンが、石壁にもたれ掛かっていた。隣で退屈を持て余すようにミアが投擲用ナイフを弄んでいる。
そのミアが急に鋭い目つきで階段口の方を睨みつけた。
程なくして石階段を登る足音が高く響く。
現れたのは、筒のような奇妙なシルエットと無機質な仮面の姿。帝国の魔術師エドガ・ワルプルギスだった。
「やっぱりな。ここから高みの見物のつもりだったな」
ジェガンが体を起こし、獰猛な笑みを浮かべる。
「フム、アマリ見タクナイ顔ダナ」
エドガが肩を竦めた。
「そう連れないこと言うなよ」
「私ノ事ナドヨリモ、アノ可愛イ騎士ヲ助ケテヤラナクテイイノカネ?君ノ部下ダロウ?フム、ドウヤラ苦戦シテイルノデハナイカ?」
エドガが大通りの方に顔を向けた。
ジェガンは笑みを浮かべたまま顎の無精髭を撫でつけた。
「あいつなら心配いらんよ」
ジェガンのその言葉が終わるより早く、その背後からミアが飛び出し、エドガの顔面に向けて投擲用ナイフを放った。
エドガは動かない。
ナイフは仮面に当たり、乾いた音をさせて落ちた。
ミアは驚きで目を丸くする。網膜ディスプレイに表示されたエドガの耐久性値は減っていない。
「フム、ソレガ”ミア”カネ。ナルホド彼女ノ面影ガアル」
ジェガンが無表情でエドガを睨む。
「彼女ガ去ッテカラ随分経ツナ。君ハソノ彼女ノ娘ヲ外ノ世界ニ出サナイツモリカネ?彼女ト同ジ様ニ」
「…お喋りの時間は終わりだな」
ジェガンがゆっくりと大剣を構えた。その隣に小剣を逆手に構えたミアが並ぶ。
黒い外套を裂いて、まがまがしい手甲に包まれたエドガの腕が突き出された。
戦いが始まる。
第5話は次回で完結予定です。なるべく早く完成できたらなと思います。
次回は戦闘のお話予定です。
目に余る点があれば、ご指摘いただければ幸いです(笑)
ご一読下さった方、ありがとうございました。




