第4話 旅立つ、幼女
――翌朝。
粗末な毛布にくるまれて体を休めたわたしは、眩しい太陽の光と森に住まう小鳥たちのさえずりによって目を覚ました。
「――ついに朝が来た!」
勢いよく立ち上がり、バサッと毛布がはだけた。
夜中の森は不気味で怖さもあったけど、疲労が大きかったからか昨日は割りとすぐに眠りにつくことができた。
今のわたしは快眠! 絶好調である!
「アラームで起きる必要がない生活! ああ、これだけで異世界に来た甲斐があったよ~!」
ブラック社畜街道をまっしぐらだったわたしにとって、目覚ましのアラームが鳴り響かないなんて何年ぶりだろうか。
しかも時間的に六時間以上は寝られてるし!
脳もクリアに働くよ!
早速、行動を起こした。
何たって今日は――
「いよいよ異世界を旅し、冒険する時! さあ、支度を済ませよう!」
よく眠れたからか、溌剌としている!
枕元に置いてあった古びたバッグに手を伸ばした。
「まずはこのマジックバッグ! これがないと旅はできない!」
昨日、小屋の中を物色した際に発見したものだ。
鑑定してみたら、次のように出た。
―――――――――――――――――――
【マジックバッグ】:物を収納できる魔法のバッグ。収納量はマジックバッグの質によって変動する
―――――――――――――――――――
ま、いわゆるアイテムボックスみたいな感じだね。
これがあるだけで身軽に旅ができる。
肩にかけたマジックバッグを、ポンッと叩いた。
そしてもちろん、『神のサングラス』も忘れない。
スキルを発動し、グラサンを召喚。
四角い縁の、やや大きめのグラサンを装着!
これで魔眼の暴発も防がれた。
「必要なものは昨日の内にあらかたマジックバッグに詰め込んだから問題なし、と。かなり大量の荷物があったと思うけど、このマジックバッグの収納量が多くて助かった」
この山小屋の中にある、幼女の私物と思わしき物品は全部マジックバッグに投入した。
何が良いとか悪いとか分からないので、手当たり次第に放り込んだ形だ。
おかげで、今やこの小屋の中はすっからかんになっていて、空き家のようである。
最後に寝ていた毛布も畳んでマジックバッグにしまい、勢い良く小屋の扉を開けた。
「よーし、これで準備は整った!」
小屋から一歩、外へ出る。
ギラリンと輝く朝日を、グラサン越しに見上げた。
暖かい太陽の光を全身に浴びながら、わたしは歩みだす。
目的地は、近場の人里だ。
「いざ、異世界の旅へしゅっぱ~~つ!!」
セルフで、おー! っと返事をして、意気揚々と森の草木を踏み分けて行くのだった。
■ ■ ■
――歩くこと三十分ほど。
わたしは早くも、挫けかけていた。
「はあ、はあ、はあ……。よ、幼女の体で、山道は、キ、キツいぃぃ~……!」
膝に手を付きながら、肩で息をする。
舗装されていない山道は想像以上に体力を奪われるのを実感した。
しかも山も急勾配で、うねうねと上ったり下ったりを繰り返し、さらにスタミナが削られた。
適当な岩を見つけ、よっこらせっと腰を下ろす。
「ふわぁ~……。ち、ちょっとこれ休み休み行かないと到底無理だなぁ」
マジックバッグから水筒を取り出し、水分補給。
ちなみに、この水筒も魔道具らしい。
―――――――――――――――――――
【魔法の水筒】:常に一定量の飲み水が入っている水筒。水属性の魔法陣が刻印されていて、水筒内の水量が減少すると自動的に追加の飲み水が補充される
―――――――――――――――――――
「ごくごく……ぷはぁ~! お水おいし~!」
ひんやり冷たいお水が喉を潤す。
すると水筒の底に刻印された魔法陣が青色に光って、追加の飲み水がぶくぶくと水筒の中に補充された。
ちゃぷん、と水面が揺れる。
「わあ、すごい! 本当に自動で水が湧き出てくる!」
魔道具ってホント便利だな。
一息吐きつつ、改めて目的地の距離を計算する。
「目指すべきは、『グリィト』っていう街か」
この異世界は初めて来たはずなのに、山の麓にある街の位置と名前を知っていた。これはセリエーヌちゃんの知識の一端だろう。
おおよそだけど、わたしがいた山小屋から直線距離で三キロくらい歩けばたどり着くくらいの距離じゃないかと思う。
「セリエーヌちゃんの知識は助かるね。一部しか引き出せないけど、こういう地図的な情報は『鑑定』スキルじゃ得られないし」
ただ、このセリエーヌちゃん本人の個人的な記憶や思い出とかは全く思い出せないんだよなぁ。
もともと何者だったのか、とかさ。
普通に考えるならまだ年端もいかない幼女があんな山奥の小屋に一人暮らししているのはおかしいから、何か訳アリの出自なのだろうか?
謎多き幼女の身の上を思案していると、ガサッと音がした。
「な、なに!?」
思わず立ち上がる。
茂みがガサガサと揺れた。
「ま、まさか……魔物!?」
異世界には魔物が出現するのが定番だし、例によってこの世界にも魔物は存在する。
そしてこの山はもろに魔物の生息地帯。
冒険者が狩猟場にするくらいには、魔物はありふれてるっぽい。
わたしは装着したサングラスのフレームに指先をかける。
「も、もし戦闘になるなら、私の『魔眼』で……!」
昨日の内から、魔物と遭遇した際のシミュレーションは考えていた。
襲われそうになったら、魔眼で駆逐してやる……!
赤色の瞳から発される炎魔法があれば、弱い魔物なら倒せるはずだ。
固唾を飲んで揺れる茂みを注視していると、やがて茂みから一つの影が飛び出してきた。
その影はわたしの目の前に着地し、ぽよよんと柔らかそうな丸い体を震わせる。
その定番モンスターに、グラサン越しに目を見開いた。
「あっ! あれ、スライム!?」
茂みから現れたのは、ネット小説などでよく見るスライムだった。
両手に乗るくらいのサイズの青い雫に、黒い点々みたいなお目目がついている。
「ぷぅ~?」
スライムは警戒する私に、ぽよんと向き直った。
「たしか、この世界だとスライムは雑魚の部類だったはず。進化形のスライムなら強い個体もいるらしいけど、この子は……」
目の前のスライムは、状況がよく分かっていないのか、単純に私に興味があるのか、不思議そうに体を揺らしながらぽよんぽよんと跳ねていた。
互いに、にらみ合い(?)の状態が続く。
「……敵意はない、のかな? 戦わなくて済むなら、それに越したことはないんだけど……」
恐る恐るスライムに近付いてみる。
だけど、スライムは何の反応もなかった――瞬間。
キィン! と、凄まじいエネルギーの波動が体を突き抜ける。
その莫大な気配は、木々の奥から感じた。
直感的に、強大な魔力エネルギーの塊が近くにいることを察する。
「あ、スライム!」
スライムはそのオーラに驚き、一目散にすたたた~っと逃げ出してしまった。
直後、私の周囲の木々や茂みが一斉にざわめき、隠れていたスライムたちが我先にと避難していく。
「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ!」「ぷぅ~!」
スライムの濁流が、わたしの足元を流れ過ぎていく。
「わ、わあ!? スライムの大群!? こんなに隠れてたの!?」
いくつもの水色の丸い生物が駆け出していく。
敵意はなく、何なら私のことすら認識していない様子。
ただひたすら逃げることだけに専念していた。
「このスライムたちが逃げてるのって……間違いなく、今のオーラの主からだよね」
右側の森の奥から、魔力の波動がさらに一段強まった。
い、一体、この先になにがいるんだろう。
魔物だとしたら、相当な強敵だろうけど……気になる。
「わたしもスライムと一緒に逃げるべきなんだろうけど、好奇心には抗えない……!」
圧倒的なオーラを感じるものの、不思議と殺意や死の恐怖のようなものは感じない。
ただただあまりに強大な存在として、彼我の格差に圧倒される感じだ。
「……よ、よし。行ってみよう。ガチヤバな魔物がいたら、その時はすぐに逃げたら良いし」
意を決して、木々の間を進んでいく。
スライムの大群の流れに逆らって、魔力の波動の根源へ歩みを進めていった。
やはり、オーラに近付けば近付くほど、その強大さをまざまざと実感する。
そして森を歩いていると、やがて視界が開けた。
鬱蒼と生い茂る草木が無くなり、目の前には川辺が広がっている。
「か、川だ。これ、山小屋の近くに流れてた川だね」
その瞬間、突風のような魔力の波動が吹き荒れる。
「うっ、また一段と圧が……!?」
オーラの濃度が高まる。
そして対岸から、ベキベキッ、と草木を踏みしめる音が響いた。
く、来るっ!
い、一体どんなヤツなんだ!?
ごくりと生唾を飲み込んで、太めの木の後ろに隠れる。
そぉ~っと頭を出して、恐る恐る様子を見た。
すると、川を挟んだ対岸の森がかすかに揺れる。
ズシン……ズシン……、と大きな肉体を持つ生物の足音が響く。
そして、その正体が姿を現した。
「っ! あ、あれって……!」
わたしの瞳に飛びこんできたのは、濃い茶色の毛皮をまとった、野性味のある四足歩行の魔物だった。
まるで土で作った狼みたい。
体長は二メートルはある。
かなり大きい。
「……ゥゥ……ルルゥゥ……」
謎の巨大生物は、肉食獣のようにかすかに喉を震わせながら川辺へと降り立った。




