第37話 ボルザルドの誤算
――アイリが影に呑まれ、姿を消してからほどなく。
たまらずベルドが声を荒らげた。
「おいお前! アイリをどこにやった!!」
ボルザルドは肩を竦めて言う。
「さあな。ま、とりあえず俺の深淵魔法で作った『影の世界』に招待し、そこで眠ってもらっただけだ」
「貴様……あまり我を舐めるでないぞ」
モッフィが語気を強めて言う。
フェンリルの殺気がひしひしと周囲に広がっていった。
「お前はあのガキ――セリエーヌの使い魔か。せいぜい、グレーターウルフ程度の雑魚だと思ってたが、こんなバリアを張れるとは驚いたぜ」
ボルザルドは足元の石を拾い、モッフィが展開したバリア魔法に投げつける。
石はゴンッと鈍い音を立てて、落下した。
「セリエーヌ、じゃと?」
「ケケケ、惚けても無駄だぜ。『アイリ』だとか偽名を名乗ってるらしいが、あのガキの素性はすでに掴んでんだ。依頼人が教えてくれたからなぁ」
モッフィは無言で目を細める。
しかしボルザルドはおどけたように口を開いた。
「ま、安心しろよ。俺の深淵魔法で捕らえたガキはちょっと借りるだけだ。傷つけたりする気はねぇよ」
「そ、それは本当なの!?」
ジェシーが叫ぶ。
ボルザルドはわざとらしい笑顔で頷いた。
「ああ、もちろんだ。さっきも言ったが、俺らも今回の暗殺の依頼はどうしたもんかと困ってるところでな。事を荒立てず、穏便に済むならその方がいいと思ってる」
「う、嘘だ……っ!」
ボルザルドの言葉を、忍者少女――ナデシコが遮る。
ナデシコはよろめきながらも立ち上がり、懸命に訴えた。
「アイツは、ボルザルドは、そんなこと……ぐああっ!!」
ナデシコにボルザルドの黒い影の腕が突撃し、殴り付けて黙らせる。
ボルザルドが操る深淵魔法による攻撃だ。
ボルザルドは呆れるようにため息を吐いた。
「ったく、テメェもつくづく学習しねぇよなぁ。俺に歯向かえば、自分が苦しむだけだってのに」
ボルザルドはやれやれと頭を振る。
モッフィが言った。
「どうやら、貴様のくだらぬハッタリはそこの少女に見破られておるようじゃのう」
「ケケケ……バレちゃあ仕方ねぇ」
ボルザルドは、ぐるんと頭を傾け、ボロボロになって倒れるナデシコを眺める。
「ナデシコ……ぶっちゃけテメェは死ぬもんだと思ってたんだがなぁ。捨て駒としちゃあちょうど良い存在だった」
モッフィは目を細めて言う。
「……捨て駒、じゃと?」
「ああ、そうさ! なにせ今回は『金貨一万枚』の大仕事だからなぁ! ターゲットが幼女とはいえ、そこらにいる普通のガキなわけがねぇ。だから、小手調べをしたんだ」
ボルザルドは、悪魔のような笑みで言った。
「ナデシコに寝床を襲わせ、ナデシコがどうやって殺されるのかを見たかったんだよ」
「……そうか。全ては貴様の指示だったんじゃな」
ボルザルドはおもむろに腰元からナイフを取り出し、言う。
「殺し方を見ればそいつの力量は推し量れるってもんだ。刺殺、撲殺、絞殺。武器で一撃か、魔法で仕留めるか。殺害時にどれほどの音が鳴るか。悲鳴は上がるか。殺す際に躊躇はあったか。どれだけ痛め付けて殺すのか。それとも有無を言わさぬ即殺か。――ただ『殺す』といっても無数のバリエーションがある。情報収集の観点から言えば、相手の『殺し』を見るのが一番早い」
ボルザルドはくるくるとナイフを指で回し、ガシッと掴んだ。
「なにせ『黒烏』は、『殺し』を生業にしてる――『殺し屋』なんだからなァ?」
ボルザルドは見せつけるように、手にしたナイフの刃を舌で舐る。
まともな人間とは思えないオーラに、ベルドたちが顔をしかめた。
「外道め……っ!」
否定的な視線を一身に受けるボルザルドは、ゴミを見るような目をナデシコに向けた。
「だが、結果は意外だった。ナデシコが暗殺に失敗したのはまあいい。しかしナデシコが五体満足でアジトまで帰還するとは思ってなくてな。てっきり俺は、ナデシコは死ぬか……運が良くても瀕死の重傷を負うだろうと確信していた。セリエーヌか、そこのウルフに反撃されてな」
ボルザルドはさらに饒舌に語る。
「ま、仮にナデシコを捕らえ、拷問して情報を吐かそうとしても無駄だ。俺を売るような言動をしようとした瞬間、『奴隷印』が起動して言葉も喋れなくなっちまう。ケケケ、こんな都合の良い捨て駒はねぇだろう!?」
黙ってボルザルドの独演を聞いていたモッフィは、呆れたように眉を下げた。
「都合の良い捨て駒、か。貴様、随分と調子良く喋っておるが、それほど我らに手の内を明かして良いのか?」
「ああ、構わねぇさ! ナデシコ一人殺せなかったってことは、セリエーヌも使い魔のウルフも大した力はねぇって証拠だ! 仮に力があったとしても、ロクに使い方も分かってねぇアマちゃんだろうが!」
ボルザルドは舌を出し、凶悪な笑みで嘲る。
「そんな雑魚に俺が遅れを取るはずねぇだろ! それに今は部下の野郎どもで囲ってる! 防御魔法は多少優れてるようだが、それも時間の問題だ……なんせクソウルフの魔力が切れたら終いの、その場しのぎの籠城作戦だろ! それに何より、すでにターゲットのセリエーヌは深淵魔法の手中に引きずりこんだ! もう依頼は達成したようなモンだ! 後は目撃者であるテメェら全員皆殺しにするだけの楽な消化試合なんだよ!!」
ゲラゲラとボルザルドが笑う。
同調して、周囲の『黒烏』のゴロツキたちも盛大に嘲笑した。
それらをつまらなさそうに眺めたモッフィは、ぽつりと独りごちる。
「使い魔のクソウルフ、か。ならば、刮目するが良い」
「あぁん?」
「貴様の魔法への対応なぞ、我の力の1%も必要とせぬわ」
モッフィが手のひらサイズの光の球体を出現させ、ボルザルドに放つ。
その光の球体はボルザルドの背後から伸びていた『深淵魔法の腕』に命中。漆黒の腕を瞬時に蒸発し、消失させた。
目にも止まらぬ速度で深淵魔法を破壊したモッフィに、ボルザルドの顔から笑みが消える。
「ば、バカな!? どうやって俺の深淵魔法を……一体、何をしやがった!?」
「驚くこともなかろう。そのような低レベルの闇属性魔法など、破れぬ方がおかしい。我のような――『神獣』の身からすればのぅ」
『神獣』というワードに、ボルザルドは息が止まった。
「し、神獣、だと……!? く、くだらねぇハッタリをかましてんじゃねぇ! 神獣なんて伝説上の存在がこんな辺鄙な街にいるもんか! それに、あんなただのクソガキが神獣を使役できるわけがねぇだろ!」
モッフィはボルザルドの足元に視線を落とし、得心したようにフッと頷いた。
「たしかに、"ただのクソガキ"ならば我を使役することはできんじゃろうな」
しかし、とモッフィは不敵に笑う。
「アイリは我と同じか、ある種それ以上に――ユニークな幼女じゃ」
モッフィが言うと同時、ボルザルドの足元の影がボゴボゴッと脈打った。
異変を察知したボルザルドが、視線を足元に落とす。
「――――――……ぁぁぁあああ……!」
「な、なんだ……!?」
地の底から反響するような、かすかな声。
嫌な胸騒ぎを覚えたと同時、ボルザルドの足元の影から、にゅっと小さな拳が飛び出した。
――その直後。
「おっらぁああああああああっ!! 気持ち悪いカエルども、全員ぶっ飛ばして脱出してやったぞぉおおおおおおーーっ!!」
現れたのは、右の拳を突き上げたアイリ。
黒ひげ危機一髪のように、ボルザルドの影から垂直に飛び出してきた。
「な、なに――ぐがぁあああああああああっ!!」
アイリの拳は勢いそのままに、ボルザルドの下顎にクリティカルヒットする。
ドゴォン! と鈍い音が森に響く。
不意打ちのアッパーを食らったボルザルドは、叫び声を漏らしながら美しいエビ反りで宙を舞うのだった。




