第38話 襲撃の結末
天を高く突き上げ、『影の世界』を破壊するべく暴れまわっていたわたしは、ハッとした。
「これは森! わたし、現実世界に帰ってきたのか!」
わたしは空中で体勢を整え、華麗に着地した。
その直後、横で大きな物体が落下したように音が響いた。
「――ぐがはぁッ!!」
わたしがそちらの方を振り向くと、怖いタトゥーが目立つ大男が顎を押さえて倒れていた。
「あいつ……たしか殺し屋のボス!」
わたしの命を狙ってきた気色悪い男だ!
あれ、でもどうしてあそこに倒れてるんだ?
うーん、さっき拳に手応えを感じたような気がするけど、もしかしてわたしが不意打ちパンチを食らわしちゃった?
わたしが自分のちっちゃな右手を見ていると、背後から複数の声が上がる。
「か、頭ぁ!?」
「大丈夫ですかい!?」
「あ、アレはターゲットのガキ!」
「どうやって頭の深淵魔法から出てきやがった!?」
騒ぎだしたのは同じく殺し屋の連中だ。
すると、聞きなれた古めかしい声が聞こえた。
「アイツよ。無事なようで何よりじゃ」
「モッフィ!」
振り返ると、白いもふもふフェンリルことモッフィが凛とした雰囲気でわたしを見下ろしていた。
その隣にいるベルドさん、マーレスさん、ジェシーさんも、目を見開いた。
「ア、アイリ! 怪我はないか!?」
「得体の知れない魔法に巻き込まれたから、心配してたんだぞ」
「あぁ~、アイリちゃん!! 無事で良かったわーー!!」
わたしの無事を確認して皆ホッと一安心していた。
どうやら心配をかけてしまったみたいだ。
「あ、心配ついでにアレもかけとかないと」
『神のサングラス』を召喚し、すちゃっとグラサンを装着。
裸眼のままだと予期せぬ『魔眼の暴発』が発生するかもしれないからね。
モッフィはわたしがサングラスをかけたのを確認すると、隣に立つベルドさんたちに鼻先を向けた。
「アイリも帰ってきたがゆえ、そろそろ目障りなこやつらを蹴散らす。お主ら、しばし目を閉じていよ」
「目を……? わ、分かった」
「何をするつもりか分からないが、信じよう」
「え、ええ。これでいいかしら」
モッフィの指示に従い、ベルドさんたちが目を閉じる。
それを確認したモッフィが、ニヤリと笑う。
「いちいち雑魚と戦うのは面倒じゃからな。これで一掃されるが良い!」
モッフィは突如、聖魔法を放つ。
そのせいで、凄まじい光が辺りを激しく照らしだした。
「「「ぐぁあああああ! 目がぁああああああああ!!」」」
突然発生した光に、殺し屋の男たちの目が焼かれる。
ちなみにわたしはサングラスをかけているのでモッフィの光の影響は受けず、周囲をよく見渡すことができる。
しばらくして光が止み、モッフィがベルドさんたちに言った。
「目を開けて良いぞ。お主らは、そこで悶えておる男どもの拘束を頼む」
「あ、ああ、分かった!」
「殺し屋の連中が、皆やられている……!?」
「な、なにかあったのか知らないけど、観念しなさいアンタたち!」
ベルドさんたちが手持ちの道具で次々と殺し屋の男たちを拘束していく。
目潰しされた男たちはロクに反抗もできていないから、あっちはベルドさんたちに任せて良いだろう。
となると、残るは――
「ぐッ……クソ、がァ……!!」
森の中から、一人の男がよろめきながら立ち上がる。
わたしが不意打ちアッパーを食らわせた、殺し屋のボス――ボルザルドだ。
「なぜ、俺の『影の世界』に落とされて、生きてやがる!? 深淵魔物どもは、一体何をしていやがった!! Sランク冒険者だってそう簡単には抜け出せねぇハズだ!!」
口の端から流れる血を拭い、忌々しそうにこちらを睨みつける。
わたしはビシッと指を突きつけた。
「さあ、アンタも大人しくお縄についてもらおうか! わたしの命を狙った罪は重いよ!」
「抜かせクソガキィ……この俺を、舐めるなァ!!」
深淵魔法が発動。
ボルザルドの足元の影から、無数の黒い腕が伸びてくる。
だけどわたしは落ち着いて、サングラスを傾けて煌めく『魔眼』を露出させた。
「最初見た時は驚いたけど、もうそこまでの恐怖感はないな。だって、『影の世界』で散々その手の気持ち悪い魔物たちを蹴散らしてココに立ってるんだからね!」
わたしは『赤色』の魔眼である左目を閉じ、『黄色』の魔眼てある右目だけでボルザルドを見る。
味方が近くにいる森の中で炎魔法は不味いけど、右目ならいけるでしょ!
「行っけぇぇえええええ! 雷魔法ーーーっ!!」
わたしの右目がバチバチッと静電気のような火花を帯び、目の前の視界に放たれる。
森の木々の間を縫うように迫る無数の黒い腕だけど、それら全てをわたしの雷魔法が蹂躙した。
草木も大地も関係なく、雷の渦が刺し貫いた。
そしてその雷は、ボルザルドの肉体にも到達する。
「ぐがぁああああああああああああっ!!」
ボルザルドは体を硬直させ、感電した。
ほどなくして雷魔法が止むと、ボルザルドは黒い煙を体から上げていた。
でも、ボルザルドの目はまだ戦意を失っていない。
「これくらいで……倒れる、かよ……!」
「深淵魔物たちはコレで一撃だったのに、気絶すらしないとは――はっ!」
直感的に、足裏に違和感を覚えた。
わたしの影が一瞬かすかに揺れる。
これは、またわたしを『影の世界』に引きずり込むつもりか!
「何回も同じ手を食らうかぁ!!」
わたしは反射的に大きくジャンプした。
ボルザルドは目を見張って固まる。
「なッ! あのガキ、俺の魔法……ダークシャドウフォールを読んだ、だと……!?」
「モッフィー! 受け止めてーー!!」
「任せよ!」
盛大に飛び上がったものの、着地を考えていなかったわたしは空中でモッフィに手を伸ばす。
と、モッフィがすぐにこちらへ滑り込んできてくれて、わたしをもふもふの背中でキャッチしてくれた。
「だったら、その使い魔ごと引きずりこんでやる!」
「無駄じゃ」
ボルザルドがモッフィの足元の影を操ろうとしたけど、何も起こらない。
驚愕するボルザルドに、モッフィは冷徹な視線を向けた。
「何度も言わせるな。貴様のような程度の低い魔法など、我には効かぬ」
「ぐっ……クソッタレがァ!!」
ボルザルドは激昂し、懐に手を忍ばせた。
「依頼主が"セリエーヌの眼球を傷つけるな"なんて要望を出しやがったから綺麗に殺そうと努力していたが、背に腹は代えられねぇ! テメェら全員、粉々にくたばれぇ!!」
ボルザルドの手には、小さなフラスコがあった。
その中には、赤い液体がちゃぷちゃぷと揺れている。
アイツ、内ポケットの中に収納系の魔道具でも仕込んでたのかな?
てか、あのフラスコはなんだろう?
小首を傾げるわたしに、背後のベルドさんが青ざめた顔で叫んだ。
「気をつけろ! アレは爆弾ポーションだ! フラスコが割れたが最後、敵味方関係なくここら一帯が吹き飛ぶぞ!!」
「うえぇ!? マ、マジで!?」
アレは異世界の爆弾!?
ヤバイ!
爆発する前に止める!?
いや、それよりもモッフィに防御魔法を張ってもらうのが先か!?
一瞬、判断が遅れた。
ボルザルドはその隙を逃さず、爆弾ポーションを持ったまま大きく振りかぶった。
「爆死しやがれクソ野郎どもがぁあああああああああああ!!」
ボルザルドの腕が大きくカーブを描く。
あのフラスコがアイツの手から離れた後、行き着く先はわたしたちの方だ。
スローモーションに見えるボルザルドの投擲モーション。
目を見開いてその様を眺めるしかなかったわたしに、不意に凛とした声が響いた。
「――――そうはさせない」
瞬間、わたしの後ろから一本のクナイが放たれる。
そのクナイはボルザルドの右手の手首に命中する。
「ぐがぁあああああっ!!」
クナイが刺さった痛みに、ボルザルドの動きが乱れた。
それゆえ、爆弾ポーションはわたしたちに投げられることはなく、不自然な起動で上に投げ出される。
「ああ! 爆弾がっ!」
わたしが声を上げると、人影が目にも止まらぬ早さで宙を舞う爆弾ポーションに迫った。
そして、空中でパシッとフラスコをキャッチ。静かに着地を決める。
爆弾ポーションは、幸いにもフラスコ内で波打っているだけで起動した様子はない。
ふぅーっ、と安堵の息を漏らすと、わたしは改めてちゃんと爆弾の危機を救ってくれた少女を見た。
ボルザルドはうずくまってクナイが刺さった手首を押さえ、その少女を睨みつけた。
「ナァデシコォオオオオオオオッ!! テメェ、何しやがるッ!!」
「……もう終わりだボルザルド。こんなことは、もう止めよう」
「うるせぇ! 奴隷の分際で俺に逆らいやがって! 命令だ! 今すぐその首掻き切って自害しろッ!!」
「…………」
ボルザルドは憤怒の形相でナデシコちゃんに最悪の命令を下す。
でも、ナデシコちゃんはボルザルドを無言で見下ろすばかりだった。
自分の命令に従わないナデシコちゃんに、ボルザルドは怪訝に眉をひそめた。
「ど、どうした! さっさと死ねって言ってんだ!!」
「なんじゃ、まだ気付いておらんのか」
「あぁ!?」
「そやつに施されておった『奴隷印』は、我がとっくに解除済みじゃ」
「な、なん、だと……!?」
ボルザルドの顔から、怒りの感情が消えた。
「今まで、散々私を道具のように使ってきたな」
「っ!」
ナデシコちゃんがおもむろに、新たなクナイを数本、手に握る。
ボルザルドの顔が強張った。
「でも、もう私はお前のオモチャじゃない。『奴隷印』で無理やり行動を縛られることもない」
「ま、待て! わ、分かった! さっきの命令は取り消す! あ、あれは俺の本意じゃなかったんだ!!」
「この期に及んで命惜しさに嘘ばかり。今まで何人もの人間を殺めてきたというのに、自分がそのターゲットになるのは嫌か。ボルザルド、お前は本当に救えない」
ナデシコちゃんが、クナイを握る手に力を込め、腕を上げた。
ボルザルドは息を呑む。
「そんなお前に使われてきた私も同じだ。もはや綺麗な手とは呼べない。同じく、私も救えない存在だ」
ナデシコちゃんの後ろ姿からは、悲しげな雰囲気が滲んでいる。
ボルザルドが呼吸を乱して喚いた。
「た、頼む! 今までのことは謝る! も、もうあのガキの依頼も降りる! だから、ここは一緒に逃げようじゃねぇか! 俺たちは、ファミリーだろう!?」
「今さら何を言っても無駄だ。いくら弁明しても、犯した罪は変わらない!」
ナデシコちゃんが、クナイを振り下ろした。
ボルザルドは死を覚悟し、叫ぶ。
「う、ぐぁああああああああああああ!!」
ザザザァン!! と、クナイが放たれた。
――しかし、ボルザルドは死んでいなかった。
「あ、え……? こ、これは……」
うつ伏せの状態で地面に固定されている。
服の端に数本のクナイが刺さり、ボルザルドを大地に縫い止めている状態だった。
「ク、クソ! 動けねぇ……! お、おいナデシコ! 今すぐこのクナイを――」
ナデシコちゃんは憐れみの目でボルザルドを見下ろし、素早い手刀をボルザルドのうなじに命中させた。
「ガッ! ぐ、がはぁ……」
「大人しく裁きを受け、罪を償おう。お前も、私も……」
ボルザルドは気絶し、うつ伏せのまま倒れる。
ナデシコちゃんはゆっくりとわたしたちの方に向き直り、自らベルドさんたちに捕まっていった。
こうして何とか襲撃を切り抜けたわたしたちは、捕縛した殺し屋連中の面々を引き連れてグリィトの街に連行するのだった。




