第35話 『深淵魔法』
突如わたしたちの前に現れた不気味な男。
その男はわたしを襲撃してきた忍者少女――ナデシコちゃんに向かって気味の悪い笑みを浮かべる。
ナデシコちゃんは、絶望した顔で言う。
「お、お前は……ボルザルド……ッ!!」
ボルザルド――それがこの男の名前か。
ボルザルドはニタリと笑った。
「ケケケ、そのガキを殺すために向かわせてやったってのに、随分な仕打ちじゃねぇか。ガキの暗殺に失敗したばかりか、『奴隷印』に抗ってまで俺たちの情報をリークするとはよぉ……」
ナデシコちゃんは、即座にわたしに視線を切った。
「い、今すぐ逃げて! ボルザルドの狙いはアイリ……あなただから!」
突如、後方のベルドさんたちが声を上げる。
「な、なんだお前たちは!!」
振り向いてみると、わたしたちの周囲をぐるりと取り囲むようにガラの悪そうな男たちが武器を構えていた。
わたしは唇を噛み締め、ボルザルドを見上げる。
「これが……『黒烏』か」
「ケケケ、俺たちの存在を知ってるなら、説明が省けて助かるな」
ボルザルドは、腰元からナイフを取り出した。
「サングラスをかけた幼女……決まりだな。そこの裏切りモンが言っていた通り、用があんのはお前だ」
やっぱり、わたしの暗殺を……!
ベルドさんたちが困惑しつつも、威勢良く吠えた。
「お前らがアイリを狙ってる連中か……!」
「殺し屋、だな……!」
「アンタたちふざけてんじゃないわよ! アイリちゃんが一体何したって言うのよ!!」
『黒烏』のメンバーは、ざっと二十人ほど。
わたしはモッフィの毛並みを掴み、ボルザルドに向けて言った。
「わ、わたしを狙ってるなら他の人たちは関係ないでしょ!」
「ああ、そうだな。俺たちも手荒な真似はしたくない。大人しくお前が俺たちの元に来るなら、他の奴らの身の安全は保証しよう。それどころか、お前の殺しを取り下げるよう依頼人に交渉してやってもいい。俺もガキを手に掛けるのは心が痛むからな」
ボルザルドは悲しげな顔を浮かべる。
が、ナデシコちゃんが猛烈に反発した。
「だ、騙されてはダメだ! ボルザルドはそんな約束を守るような男じゃ――」
「うるせぇよ」
ボルザルドの背後から黒い腕が伸びる。
明らかに人間のものではないその腕が、ナデシコちゃんの体を殴り付けた。
「かはぁ!」
ナデシコちゃんは殴り飛ばされ、後方の木に激突して倒れる。
「ナデシコちゃん!」
「ケケケ、すごいだろう?」
ボルザルドを、キッと睨みつける。
だけどボルザルドは黒い腕をアピールするように振り回しながら、得意気に語った。
「『深淵魔法』って言ってな。自慢のスペシャルな魔法だ。魔法も暗殺も中途半端なそこのゴミとは違って、俺は一流なんだよ」
わたしはボルザルドから目を離さず、モッフィに身を寄せる。
「モ、モッフィ……!」
「我から離れるでないぞ。――セイクリッドバリア!」
モッフィが聖属性のバリア魔法を張ってくれた。
わたしを含め、ベルドさんたちも守られる。
だけど遠くに殴り飛ばされたナデシコちゃんはバリアの外だ。
ボルザルドが眉を曲げた。
「なんだ? 防御魔法か」
「殺し屋だの『黒烏』だの、そんなことはどうでも良い。アイリを狙うならば、我が追い払うだけじゃ」
ボルザルドの部下のゴロツキが、バリア魔法に剣を振り下ろす。
が、ガキィン! と弾かれて倒れこんだ。
「か、頭っ! この防御魔法、並みの硬度じゃありやせんぜ!」
ボルザルドがフッと笑う。
「そうかそうか。ま、ガキが一人で森をうろついてんだ。そりゃ最低限の自衛手段くらいは持ち合わせてるのは当然か」
だが、と鋭い眼光を突き付ける。
「俺には関係ねぇな」
同時、ボルザルドが手にしていたナイフを投げてきた。
でもそれはわたしの目の前のバリアで弾かれる。
しかし、一瞬だけ気を逸らした隙に、ボルザルドの空気が変わる。
ボルザルドの全身に浮かぶ不気味なタトゥーが、鈍く光っていた。
「お前らに深淵魔法の真髄を見せてやるよ。今まで数多の人間たちを殺ってきた、コイツを食らうがいい!」
その瞬間、わたしの地面がドプン……、と波打った。
いや、波打ったのは――《《わたしの足元の影》》だ。
「食らえっ! ダークシャドウフォール!!」
――刹那。
わたしの足が、ズルンと影の中に吸い込まれた。
そのまま、水中に落ちるように影の中に落下していく。
「わぁあああああああああーっ!!」
モッフィやベルドさんたちが、反射的にわたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。
驚愕した皆の顔を見ながら、わたしは全身がどっぷりと影の中に吸い込まれていくのだった。




