第10話 容疑者アイリ
「うわーーーん!! ここから出してよぉぉおおおーーー!!!」
わたしの叫びも空しく、正面の扉が無慈悲にバターン! と閉められた。
わたしは今、狭い個室に閉じ込められている。
安っぽい椅子に座らされ、同じく安物のテーブルが目の前にあった。
雰囲気は完全に、取調室である。
「うわぁああああ! どうしてこうなったぁあああああ!! わたしのめくるめく素敵な異世界の旅が初っぱなから終焉を迎えようとしているぅぅううううーー!!」
ドンッ、とテーブルに顔を伏せ、魂の叫びを轟かせる。
わたしの手を離れてぴょんとテーブルに乗ったミニサイズのもふもふフェンリルが、ため息を吐いた。
「みっともないのぅ。ほれ、そうぴーぴー泣くでない」
「わぁぁああああん!! だってだってぇぇえええええ~~!!」
これからわたしはどうなっちゃうんだろう……!
なんか門兵が長ったらしい罪名を言ってたけど、頭がフリーズして聞いてなかったよぅ。
でもなんか『不法入国』がどうたらとか言ってた気がする。
み、身分証ひとつ持ってなかっただけでこんなことになるなんてーー!!
おいおいと泣きわめくわたしに、モッフィが面倒くさそうに告げた。
「アイリよ。こやつらが邪魔立てをするというならば、我が力を貸してやろうか? 我にかかれば、ちょちょいと一捻りじゃぞ?」
「い、いいいやいやいや! そんなことしたらダメだよ! 余計に話がややこしくなる!!」
斜め上の提案に、反射的に飛び起きる。
解決策がぶっ飛びすぎでしょ!?
てか、普通に犯罪だし!!
ただでさえ不法入国の嫌疑がかかってるのに、これ以上余計な罪状を増やさないでよね!
わたしが慌てて止めたことで、モッフィも渋々ながら溜飲を下げた。
よしよし、どうかそのまま大人しくしておいておくれ。
――不意に。
ギィィ、と扉が開く。
「……おっと、こいつは随分とキュートな容疑者さんが捕らえられていたもんだ」
外から、一人の男の人が入ってくる。
歳は四十代だろうか。
無造作に整えた赤髪に、無精髭を生やしたダンディーなイケオジだった。
白いシャツと黒いズボンというめちゃくちゃラフな格好だけど、それゆえ筋肉質な肉体が覗いている。
すっごく鍛え抜かれている感じだ。
「失礼するぞ」
イケオジは雑にわたしの正面の椅子に座る。
小さなテーブルを挟んで、向かい合う形だ。
「俺はザレックだ。よろしくな、ちっちゃな容疑者さん」
「ア、アイリです」
イケオジは手にもっていた資料にざっと目を通し、告げる。
「門兵から不審人物を確保したから取り調べを頼まれちまってな。報告を聞いたら、幼女がどうたらとワケ分からんことを言ってたから来てみれば、まさか本当に幼女が捕らえられてるとは」
イケオジ――ザレックさんはニヤリと笑う。
も、もっと怖い人が取り調べに来るのかとヒヤヒヤしてたけど……意外と優しそう?
モッフィが苛立ちを隠す素振りもなく鼻を鳴らした。
「おい人間。早く我らをここから出すのじゃ。我もアイリも、貴様らに危害を加えるつもりはない」
「ち、ちょっとモッフィ!」
傲岸不遜な物言いに、わたしはドキリと心臓が跳ねる。
モッフィは神獣だから事の重大さがピンと来ていないのかもしれないけど、この状況ってよく考えたら結構ヤバい事態だからね!?
人生初取り調べなんだからね!?
偉そうなモッフィの発言に、イケオジは目を丸くした。
「おお、なんだ! その使い魔、人の言葉を喋れるのか!? すげぇじゃねぇか! まだ幼いってのに、こんな質が良い魔物をテイムしてるとはな!」
「モ、モッフィがごめんなさい。でも、モッフィの言う通り、わたしたちは怪しい者じゃないです!」
ザレックさんは薄笑いのまま、スッとわたしを見る。
へらへらしてるけど眼光は鋭く研ぎ澄まされていて、しっかりと疑いの目を向けられていることを理解させられた。
「ちなみに、アイリはどこからこの街に来たんだ?」
「え、えっと、それは……」
正直に言えば、山奥に佇んでいた山小屋からである。
だけど、それを言ったら今度は、なぜそこに一人でいたのか? という質問が飛んでくるだろう。
そして果てには、これまでどんな暮らしをしてきたのか、なぜその山小屋にいたのか、など質問攻めに遭うのは目に見える。
くっ、不味い。
わたしの素性を深掘りされればされるほど、わたしが『転生者』であるという事実に触れないと説明ができなくなる。
「言えないか?」
「…………」
言葉を紡げずにいるわたしに、ザレックさんは同じトーンで続けた。
「なら、質問を変えよう。アイリに親はいるか?」
……分からない。
この幼女――セリエーヌちゃんが持っている知識の一部は記憶として引き出すことはできるけど、セリエーヌちゃん本人に関する思い出や記憶はすっぽりと欠落していた。
かつてのセリエーヌちゃんがどんな子で、どんな体験をし、どういった経緯で山小屋で一人暮らしするハメになったのか、てんで見当もつかない。
「……これもだんまり、か。じゃあ、アイリの年齢はいくつだ?」
「えっと……六歳、です」
「お、これは答えてくれるんだな。ふむふむ、六歳ね」
ザレックさんが手元の書類にペンを走らせ、さらに告げる。
「じゃあ、アイリはこのグリィトの街に何をしに来たんだ?」
「それは! ……人と、会ってみたくて」
その言葉に、ほんの僅かにザレックさんが眉が反応した。
だけど、すぐに表情が変わった。
優しい、温かさを感じる笑顔に。
「そうか。それなのに、こんな形で怖い男連中ばっかりと会わせちまって悪いな」
「い、いえ……」
ザレックさんは握っていたペンを手放し、椅子の低い背もたれに上体を預けた。
「ま、俺もそこまで本気で疑ってるわけじゃないんだよ。アイリはまだ子供すぎるし、何か悪さを企んでるとも思えない。つーか、どっちかと言うと犯罪に巻き込まれる側だろ」
「じ、じゃあ――!」
許してもらえそうな雰囲気にわたしが顔を明るくさせる。
ザレックさんは、だが、と遮った。
「俺もこの街の警備に携わってる者として、疑わしきを野放しに――って決定も下しずらい。このまま行ってもアイリが逮捕されることはないだろうが……まあ、しかるべき施設に預けられることになるだろうな」
し、施設!?
それって、孤児院みたいなところ、だよね……!?
「アイリは、この街の施設で同年代の子供たちとずっと平穏に暮らしていくことを望むか?」
「い、いやだ! わたし、この世界を旅するんだもん!」
ザレックさんは、見定めるようにわたしを眺めた。
わたしは傾いたサングラスから、オッドアイの両目を半分覗かせて、必死に答える。
ザレックさんはしばしわたしと視線を交錯させた後、フッと笑って体を前のめりに倒した。
ぐっ、とイケオジの顔が近くなる。
「時に、アイリ。お前、山の中でベルドたちの冒険者パーティを魔物の群れから助けたそうだな」
「は、はい」
ザレックさんは、ニィ、と面白い獲物を見つけたように口角を上げた。
「それなら話が早い。実はアイリにはもう一つ、スペシャルな選択肢がある。こいつは危険もつきまとうし、あんまりオススメはしにくいものなんだが」
「な、なんですか……!?」
もったいぶった口振りに少し身構える。
ザレックさんは挑戦的に笑って、言った。
「俺と一戦、模擬戦をしないか? そこで俺が認めるほどの実力をアイリが示せたら――冒険者ギルドの身分証を進呈するぜ」




