第9話 『グリィト』に到着!
――馬車が進む。
ガタガタと揺れる馬車の中で、わたしは積み上がった木箱に囲まれながら出来合いのスペースに腰を下ろしていた。
わたしの足の間には、小さくなったモッフィが乗っている。
ムスッとした顔つきだけど、ミニサイズだとそのふてぶてしさも可愛らしい。
対面に座るネモさんが口を開く。
「ところで、アイリちゃんはどうしてこんな森の中にいたの?」
来たか、その質問が。
ベルドさんにも聞かれたけど、まあ気になるよね。
「グリィトまで行きたくて、旅をしてきたんです」
山奥の小屋からね。
まあ、そこまで詳細には語らないけど。
「旅って、アイリちゃんだけで!? 親御さんは!?」
「いません。わたしにいるのは、モッフィだけです」
「うむ」
モッフィがこくりと頷く。
ネモさんは、そうなんだ……、と視線を落とした。
ちょっと沈みかけた空気を変えるように、ネモさんがわたしを見る。
「ちなみに、その真っ黒なメガネはなんなの? ここらじゃあんまり見たことがないんだけど……オシャレなのかな?」
やっぱこのサングラスも気になるよね。
だけどこれ、どう説明したものか。
魔眼の暴発を無効化するために女神様から貰った神器です! と、馬鹿正直に言えないし。
「ああ、これはちょっとわたしの目に関するもので……」
「ま、まさか目に病を!? そ、そんな中、幼女が使い魔と二人だけで旅するなんて……いえ、あまり深く詮索はしないわ」
ネモさんは悲しげに瞳を潤ませる。
あれ、なんか深読みして勘違いされちゃった?
変に気を遣われてるような気がするけど……どっちみちこのサングラスの真の効果やわたしの素性は詳しく話せないから、ここは流しておこう。
あまりわたしの個人情報について深掘りされたくはないので、今度はこちらから尋ねてみる。
「ネモさんは商人なんですか?」
「そうよ。今日は隣街で武器や薬草を仕入れてきたの。それをグリィトの冒険者ギルドに卸しに行くのよ」
ネモさんは傍らに積まれた木箱をポンポンと叩く。
へえ、この積まれた木箱の中には武器とか薬草が収められているんだ。
たしかに馬車の移動に合わせてガチャガチャと金属が打ち合うような音が響いている。剣とかナイフかな?
そこで、わたしは一つ聞いてみたいことを思い付いた。
ネモさんが商人なら、もしかしたら《《アレ》》についてもなにか知っているかもしれない。
「あの、ネモさんは『巻物』って知ってますか?」
わたしの突然の質問に少し眉を上げた後、ネモさんが答える。
「ええ、もちろんよ。魔法を習得する時の補助アイテムよね。相性にもよるけど、巻物を見ればスムーズに魔法を学習できるって冒険者たちも使っているわ」
「実はわたし、訳あって魔法の暴発を抑える巻物の上級の巻を探してまして」
わたしはマジックバッグから、下級の巻物を取り出した。
「これは下級なんですけど、この上級バージョンの巻物って、グリィトに行ったらありますかね?」
「この巻物、すでに使用済みかしら?」
「え? はい、多分」
「なら、ちょっと中を見させてもらうわね。巻物は最初に開いた人間にしか効力を発揮しない作りになってるから」
そうなんだ。
巻物って使いまわしできないんだね。
昨日わたしが山小屋の中にあった巻物を片っ端から開いた時も特になにも起こらなかったし、すでにセリエーヌちゃんが使用済みだったのかな? ただ、魔眼の暴発は全く解決されていないけど。
わたしから巻物を受け取ったネモさんは、ふむふむと唸る。
「系統的には、『暴発抑制の書』……か。これはまた、随分と珍しい類いの巻物を持ってるわね」
「そうなんですか?」
ネモさんは、こくりと頷いた。
「巻物といったら、だいたい冒険者が使う戦闘系や補助系の魔法か、あるいは生産職が扱う生産系の魔法……それから一般人でも使える軽い生活魔法あたりが収められていることが多いわ」
だけど、と言って続けた。
「この巻物は、魔法の暴発を抑える内容の書。魔法の暴発なんて、そうそう起こるものじゃないわ。そもそも、暴発するレベルで魔力を有している人間が少ないもの。多くの人の魔力量なら、たとえ暴発したとしても大した問題にはならないわ」
「じゃあ、この内容の上級の巻物を見つけるのは難しい、ですか?」
「そうね……。あまり簡単に手に入るとは思わない方がいいかも。グリィトにも魔道具店はあるから一度行ってみてもいいかもしれないけど、こういう特殊な巻物はまず置いていないと覚悟した方がいいわね」
むむむ、そうなのか。
そう都合良くはいかないらしい。
まあ、普通に手に入るならとっくにセリエーヌちゃんが手に入れて、『魔眼の暴発』問題は解決してたか。
「ちなみに、どこに行けば手に入れられそうとか分かりますか?」
「こういう特殊な巻物を入手するには、大きめの専門店に行かないとダメでしょうね。それか巻物を生産している『巻物職人』に直談判して特注品を製作してもらうか」
取り得る選択肢は、主にその二択か。
ネモさんが噛み砕いて教えてくれる。
「大きめの専門店なら、この近辺だったら王都に行くのが間違いないでしょうね。アイリちゃんが求める巻物があるかは分からないけど、少なくとも巻物の種類はかなり取り揃えてあるはずよ。ああ、それと一応言っておくけど、巻物職人に直談判に行くのはあまりオススメしないわ」
「どうして?」
ネモさんは困ったように肩を竦める。
「優秀な巻物職人は、神出鬼没で出所が掴めないタイプが多いのよ。噂によると巻物職人が豊富にいるエルフの村があるらしいけど、秘境に居を構えてるから素人が行ってもまず場所は特定できないわ。一般人がレアな巻物を手に入れるには、王都の巻物店で探すのが無難よ。もしその店になかったらオーダーメイドでの発注をお願いして、それを受けてくれる巻物職人が現れるのを気長に待つしかないでしょうね」
何年後になるかは分からないけど、と最後に不穏な一文を付け加えるネモさん。
うーん、巻物収集は難航しそうな予感……!
なかなか上手くはいかないかぁ。
肩を落とすわたしに、御者の隣に座っていたベルドさんが振り返って叫んだ。
「おーーい! そろそろグリィトの街に入るぞー!」
その言葉に、わたしは猫のようにピコーン! と顔を上げる。
視界の多くは馬車の幌で覆われているけど、唯一景色がこぼれている御者台の方に近付いていった。
「ふわぁぁあああ~~! あ、あれが、異世界の街グリィト!?」
森を抜けた先には、草原が広がっていた。
その先に、堀や塀で周囲を守る街並みが見えた。
馬車はぐんぐん進んでいき、やがてグリィトを繋ぐ門の前までやって来る。
ほどなくして、わたしたちの馬車の番になった。
ついにお待ちかねの異世界の街に入るんだー!
ドキドキワクワクして待っていると、門の両脇に槍を持って立つ兵士の一人が歩み寄ってくる。
「そこで止まれ!」
街の門をくぐる寸前で門兵が叫び、馬車が停止した。
門兵が御者台の傍まで近寄り、続ける。
「ここへは何用で?」
「俺は冒険者のベルド。こいつらは同じく冒険者のジェシーとマーレスだ。そこの商人を護衛依頼を受け、この街までやって来た」
ベルドさんに促され、ネモさんが御者台に向かう。
「ネモです。この街には武器と薬草の卸売りに来ました」
ベルドさんとネモさんの話を聞き、門兵のおじさんは、ふむ、と唸る。
「分かった。それでは全員、身分証を見せてもらおう」
「ああ、これは俺たち冒険者パーティのギルドカードだ」
「私のは、王国印の商業ギルドのギルドカードです」
おお、ギルドカード!
異世界モノのネット小説だと定番アイテムの一つだ!
すごいなぁ。
わたしもいつか作ってみたいかも!
おじさんは全員から受け取った身分証を確認し、やがて返却した。
「うむ、どれも本物で間違いないようだ。では通って良――……うん?」
おじさんは荷馬車の奥を凝視した。
それにより、御者台近くの木箱の隙間から顔を出してワクテカしていたわたしと目が合ってしまう。
「ちょっと待て。その荷馬車の中にいる子供はなんだ!」
「ひゃう!」
突然大声で叫ばれ、わたしはビクンと肩を跳ねさせる。
驚いたわたしを気遣って、ネモさんが答えてくれた。
「この子は、道中の森で一緒になって。同じグリィトの街に用があったみたいだから、馬車に乗せてあげたんです」
「……ふむ。怪しい者ではないということか?」
「ああ! 何なら、魔物に襲われていた俺たちを救ってくれた、命の恩人だぜ!」
ベルドさんもフォローしてくれる。
その二人の発言に門兵は思案するように黙った後、ジロリと再度わたしに目を向けた。
「経緯は分かった。じゃあ、お嬢ちゃんも身分証を出してくれ」
「へ?」
ミブンショウ……?
わたしは無言でマジックバッグを漁ってみる。
がさごそがさごそ。
うん、身分証らしき物はない。
わたしは門兵のおじさんと目を合わせ、キュートな笑顔で首を傾げた。
「てへへ、みぶんしょーって、なぁに?」
可愛さ満点の金髪幼女の笑顔。
ちょっとサングラスもずらして可愛い笑顔をおじさんに見せつける。
「「「はうぅ! か、かわいいっ!!」」」
そんな幼女の姿を見て、おじさんも胸を打たれたようにはっと息を呑む。
ネモさんとベルドさんも巻き添えでキュン死していた。
ふっふっふ、どうだ!
これぞ美幼女の肉体に転生した特権かつわたしの必殺奥義、"純真無垢な幼女"攻撃だ!
門兵は胸を押さえて、わたしを見上げる。
「お、お嬢ちゃん。ちょっと馬車の外まで出てきてくれないかい?」
え、それってわたしの姿をもっと間近で見たいってこと?
もぉー、しょうがないなぁ。
あんまり美幼女を安売りするつもりはないんだけど、街に入れるならもうちょっとくらいサービスしてあげちゃう?
わたしはモッフィを抱いたまま、よいしょよいしょっと積み上げられた木箱の隙間を移動する。
小柄な体型を利用してするりと荷台部分を抜け、御者台に到着。
そして、ぴょんとジャンプして大地に降り立った。
「ふふふ、これでどう、おじさん? わたしを街に入れてくれる気になった?」
わたしはくるりとその場で回り、服をひらつかせる。
美しいゆるふわな金髪も、ふわりと宙に舞う。
可愛さ満点の演技で魅了するわたしの肩に、門兵は優しく手を置いた。
そして、笑顔で言う。
「それじゃ、お嬢ちゃん。グリィトの街の不法侵入未遂及びパロウル王国不法入国未遂の容疑で、ちょっと庁舎まで来てもらおうか?」
………………え?




