禁忌のプロトコル
ルカとセピアの、奇妙な共同生活が始まった。
ルカが廃棄資料を解析する傍らで、セピアは瓦礫の中から見つけたガラクタ――壊れた人形や、色褪せた写真――を、愛おしそうに並べていた。
セピアは、古い資料に残された人間の行動を模倣しようとした。
彼女は、解析に疲れたルカの背中を、拙い手つきでさすった。
「お兄ちゃん、頑張れ!」
「『頑張れ』。活力を促す言葉ですね。しかし、私のパフォーマンスは、最適化されています。努力という精神的負荷は、むしろ効率を下げます」
「でもね、セピアは、お兄ちゃんが頑張ってる姿を見ると、セピアも頑張ろうって思うの。これが『あいじょう』のシナジーだよ!」
セピアの屈託のない笑顔と、その一挙手一投足は、ルカの解析作業を著しく遅滞させた。しかし、同時に、ルカの「頭」の中にある、感情をバイパスする回路を、少しずつ、しかし確実にショートさせ始めていた。
ある日、ルカは、100年前の極秘プロジェクト「プロジェクト・アニマ」のデータ・チップを発掘する。
それを解析したルカは、戦慄した。
そこには、現代の人間がこれほどまでに非効率を嫌い、残酷(他者をリソースとしか見ない)になった、真の過程が記されていた。
かつて、人類は感情による葛藤と、それによる争いで滅びかけていた。
当時の指導者たちは、人類存続のための「最終解決策」として、グリッドによる精神管理と、遺伝子操作による感情回路の切除を断行したのだ。
それは、生存のための「勝利」だった。
しかし、その勝利は、人間性の完全な喪失という「敗北」の上に成り立っていた。
そして、そのプロジェクトの過程で、一つの実験が行われていた。
「失われる感情を、遺伝子レベルで完全に模写し、データ化するための『生体モデル(デザイナーベビー)』の開発」。
ルカは、解析データと、傍らで眠るセピアの生体IDを照合した。
結果は、完全一致。
セピアは、人間ではない。
彼女は、かつて人間が持っていた「友情」や「愛情」といった感情表現を、ただ模倣し、出力するためだけに、当時の最先端の遺伝子工学で「作られた」被検体だったのだ。
彼女の無邪気な笑顔も、ルカへの献身も、すべては100年前に設計された、精巧なプロトコル(手順)に過ぎなかった。
その事実を知った瞬間、ルカのバイオフィードバック装置が、かつてないほどの強度で警告を発した。
(彼女の感情は、偽物だ。100年前の人間が作った、ただのおもちゃだ)
ルカは、眠るセピアを見つめた。
彼女の小さな鼓動。櫂が持っていたのと同じ、不規則な心拍数。
もし、これがすべてプロトコルだとしたら。
では、なぜルカ自身は、これほどまでに胸が締め付けられるような感覚――「悲しみ」――を、抱いているのか。
ルカは、グリッドに接続された自分の脳が、激しく軋むのを感じた。




