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第79話 嫌いな男


 (嫌いなはずだった。なのに、その言葉を完全には否定できなかった)


 店に戻ると、結衣はすぐに振り返った。


「お兄ちゃん、ちょっとエレンのこと見ててくれる?」


「え?」


 豊が目を瞬かせる。


「大丈夫だって、結衣ちゃん」


 エレンが軽く手を振る。


「だーめ」


 即答だった。


「なんか、ちょっと顔色良くないし」


「……」


「無理しないで、ちょっと休んでて」


 一拍。


「また後で、外連れてってあげるから」


 にこり、と笑う。


「……行ってくるね!」


「おう、気をつけてな」


 豊が片手を上げる。


 結衣はそのまま、小さくなったノクスを連れて店の奥へと消えていった。


 ――ぱたん、と扉が閉まる。


 静かになる空間。


 残されたのは。


 豊と――エレン。


「……」


 ほんの一瞬、間が落ちる。


(……最悪)


 エレンは、小さく息を吐いた。


(よりによって)


(こいつと二人きりとか)


 視線を逸らす。


(……一番、嫌いなタイプ)


 ああいう、何も疑っていない顔。


 根拠のない「大丈夫」を平気で口にするやつ。


 ぞわり、と軽く鳥肌が立つ。


 そのとき。


「……あのさ」


 豊の声。


 顔を上げると、こちらをじっと見ていた。


「……何」


 素っ気なく返す。


「いや、なんていうか」


 少し言いづらそうに頭をかく。


「気分悪いなら、横になってた方がいいんじゃないか?」


「……だから、平気だって」


 間髪入れずに返す。


「そうか?」


「そう」


 視線を外す。


 そして、ぽつりと。


「せっかく一緒にいるなら」


 軽く肩をすくめる。


「ムサい男とよりも、可愛い女の子の方が良かったな」


「はは、言うねぇ」


 豊が苦笑する。


 全く気にした様子もない。


(……ほんとに)


 エレンは、内心で呟く。


(こういうとこだよ)


 嫌悪の理由。


 けれど。


 それ以上は言わない。


 言っても意味がないと、分かっているから。


 代わりに、軽く背もたれに体を預ける。


 視線は、どこか遠くへ。


 そして。


(……さて)


 ほんの少しだけ、目を細めた。


(どうやって時間潰そうかな)


 そう思った、そのとき。


「そういえばさ」


 エレンが、ふと口を開いた。


 わざとらしく軽い声。


「さっきの話だけど」


「ん?」


 豊が素直に反応する。


「注文減ってるんだろ?」


 一拍。


「結構まずくない?」


 ストレート。


 少しだけ、刺すような言い方。


「え、ああ」


 豊はあっさり頷いた。


「まあ、減ってるのは事実だな」


「……」


 あまりにも普通の反応に、エレンの眉がわずかに動く。


「それで“大丈夫”って言ってたけどさ」


 さらに踏み込む。


「何か根拠あるの?」


 一瞬の間。


 豊は、少しだけ考えるように視線を上げて。


「うーん」


 軽く頭をかいた。


「ちゃんと話し合って決めたことだしな」


「……」


 エレンが、わずかに目を細める。


「結衣と二人で、ちゃんと考えて出した答えだし」


「もし失敗したら、そのときはまた二人で考えるよ」


 あっさりと言う。


 けれど、その言葉には迷いがなかった。


「それにさ」


 豊が少しだけ笑う。


「今は二人だけじゃないしな」


「頼もしいやつらもいるし」


 ちらりと、奥の方へ視線を向ける。


 アイルやキリのいる方へ。


「だからまあ」


 肩をすくめる。


「なんとかなるって思ってる」


 にかっと笑う。


 さっきと同じようで、少しだけ違う笑い方。


 軽さだけじゃない。


 芯のある楽観。


「……」


 エレンは、何も言わなかった。


(……ああ)


 内心で、小さく呟く。


(そういうことか)


 結衣の言葉。


“ちゃんと考えてくれてる”ってやつ。


 それを、こいつも――


(……それでも)


(甘い)


 断じる。


 はずなのに。


 完全には、否定できない。


(……だから)


 小さく、息を吐く。


(余計にイラつくんだよ)


 はっきりと、そう思った。


 嫌いなはずの考え方。


 否定したいはずの価値観。


 なのに。


 どこかで引っかかる。


(こういうのが、一番厄介だ)


 視線を逸らす。


 関わらない方が楽だと分かっている顔。


 けれど――


 そのまま、完全に切り捨てることもできない。


「……やっぱり、ムサい男は苦手だな」


 ぼそりと呟く。


「はは、ひどいな」


 豊が笑う。


 本気で気にしていない顔で。


(……ほんとに)


 エレンは、わずかに目を細めた。


(嫌いだわ、こういうやつ)

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