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第74話 その弁護、追撃です

 (魔王の潔癖さまで暴露して、結衣は全力で守った)



「……ちょっとよく分からなかったが」


 豊が腕を組む。


「悪いやつじゃないんだろう?」


 一瞬。


 空気が止まった。


 ノクスの眉間に、深い皺が寄る。


 キリは、こめかみを押さえた。


 アイルは、苦笑い。


「お兄ちゃん……」


 結衣は、小さくため息をついた。


(米のことはプロなのに……)


 肝心なところが、だいぶ雑だ。


 でも、その一言で張りつめていた空気が少しだけ緩んだのも事実だった。


 豊には、たまにこういう力がある。


 結衣は、改めてエレクトの方を見る。


「……あの」


 一拍。


「エレクト、さん」


「エレンでいいよ」


 即答だった。


 そして、にこりと笑う。


「可愛い子ちゃん」


「かっ……!?」


 一瞬、言葉に詰まる。


 普通なら、こんな台詞、むず痒くて聞いていられないはずなのに。


(……なんで成立してるの)


 顔立ちのせいか。


 雰囲気のせいか。


 それとも――


(慣れてる)


 アイルとは違う。


 もっと意図的で、ちゃんと“分かってやってる”感じ。


(この人、女子の扱い上手いタイプだ)


 しかも。


(……逃げにくい)


 自然に距離を詰めてくるのに、押しつけがましさがない。


 気づいたら、間合いに入られている。


 じわじわと、ゆでガエルにされるような感覚。


「……私は結衣です」


 なんとか名乗る。


「結衣ちゃんだね」


 すぐに返ってくる。


「名前も可愛い」


「……」


 言葉が、少しだけ詰まる。


 嫌ではない。


 でも――どこか、落ち着かない。


 自分がなぜ落ち着かないのか、うまく言語化できないままだった。


「……」


 そのやり取りを。


 ノクスは、無言で見ていた。


 ほんのわずかに、目が細くなる。


「……馴れ馴れしいな」


 低く、落ちる声。


「え?」


 結衣が振り返る。


「そう?」


「そうだ」


 即答。


 理由はない。


 だが、明確に不機嫌だった。


 腕が、わずかに固く組まれている。


「……」


 キリもまた、視線を逸らしたまま口を開く。


「距離感、おかしいだろ」


「そうかな?」


 エレンは、軽く首を傾げる。


「普通だと思うけど」


「普通じゃない」


 被せ気味に返す。


 自分でも理由は分かっていない。


 ただ――落ち着かない。


 その感覚だけが、やけにはっきりしていた。


 その横で。


「ふふ」


 アイルが、くすりと笑った。


「分かりやすいなぁ」


「何がだ」


「別にー?」


 にこにこと誤魔化す。


(あー、これ)


 完全に理解していた。


(面白くなってきた)


 そして、その中心にいるのは――間違いなく、結衣だった。


「……ねぇ」


 その結衣に。


 エレンが、ふいに声をかける。


「さっきから思ってたんだけど」


 一歩、近づく。


「君」


 距離が、少しだけ縮まる。


「ちょっと近くに行っていい?」


「え?」


 返事をする間もなく。


 さらに一歩。


 気づけば、すぐ目の前。


(近――)


 思った、その瞬間。


 ぐい、と。


「え」


 腕を引かれる。


 そのまま――抱き寄せられた。


「「……!!」」


 ノクスとキリの、声にならない声が聞こえた気がした。


 けれど。


 結衣は、それどころではなかった。


「ちょっ――!?」


 金属の冷たさが、頬に触れる。


 甲冑の硬さ。


 そのすぐ近くで、エレンの息遣いが聞こえる。


 距離が、近い。


 近すぎる。


 思考が、一瞬だけ止まる。


 体が、どう反応すればいいのか分からない。


「おい」


「今すぐ放せ」


 同時に、低い声。


 ノクスとキリの手が、エレンに伸びる。


「あーはいはい、分かりましたよ」


 エレンは、ひらりと手を上げた。


 降参のポーズ。


 けれど、まったく悪びれた様子はない。


 するりと距離が離れる。


「結衣、平気か?」


 ノクスが、すぐ横に来る。


 いつもより、少しだけ声が低い。


「変なことされてないか?」


 キリの声も重なる。


「だ、大丈夫」


 結衣は、少しだけ息を整える。


「ちょっとびっくりしただけ」


 そう言いながらも。


 胸の奥に、小さな引っかかりが残っていた。


(……今の)


 一瞬だけ感じた、違和感。


 うまく言葉にできない何か。


(……やっぱり)


 それ以上は、考えない。


 代わりに。


 エレンが、軽く首を傾げた。


「結衣ちゃんってさ」


 一拍。


「魔力、持ってる?」


「え?」


 思わず聞き返す。


「勇者の家系だったりする?」


「いや、ないない」


 首を振る。


「魔力は、あるらしいけど……自覚ないし」


 一拍。


「うちは勇者とか、そんな大層な血筋でもなんでもないよ」


(そもそも地球に勇者っていないし)


「ただの街のお米屋さん」


「ふーん」


 エレンが、少しだけ目を細める。


「なんかさ」


 軽く肩をすくめる。


「結衣ちゃんの近くって、妙に居心地いいんだよね」


 一拍。


「かなり純度の高い魔力、持ってると思うよ」


「それを知って、どうする」


 ノクスの声が、低く落ちた。


 さっきよりも、明らかに刺々しい。


「別にー?」


 エレンは、軽く笑う。


「ただ納得しただけ」


 視線が、ノクスとキリへ流れる。


「魔王やエルフが居着くのも、まあ分かるなって」


 一拍。


「……魔力目当てなんだろう?」


 その言い方に。


 結衣の眉が、ぴくりと動く。


(その言い方)


 どこか、引っかかる。


 まるで――


(体目当てみたいな言い方、やめてほしいんだけど)


「魔王って割には魔力も少なく見えるし」


 エレンは続ける。


「エルフに関しても同じだ」


 軽い口調。


 けれど、視線は鋭い。


「結衣ちゃん」


 一歩、近づく。


「気をつけた方がいいよ?」


 笑っている。


 でも、目が笑っていない。


 そこにあるのは――明確な“不信”。


 魔族も。

 エルフも。

 信用する価値はない、と言っている。


 けれど。


 それでも。


 結衣の中に浮かんだのは、別の言葉だった。


「……違う」


 小さく、呟く。


「ん?」


「ノクスたちは」


 顔を上げる。


 まっすぐに。


「そんな酷い人たちじゃない」


 一瞬。


 空気が、止まる。


「結衣ちゃん、それは騙されて――」


「あのね!!」


 思わず、声が出た。


 自分でも驚くくらい、大きな声だった。


 部屋の空気が、びり、と震える。


「ノクスは――」


 一拍。


 言葉が、自然と出てくる。


「この店のために、遅くまでずっと作業してくれてたの、知ってる」


 視線が、ノクスに向く。


 ほんのわずかに、その肩が止まる。


「キリだって」


 次に、視線が動く。


「街の中、何回も歩き回って、ちゃんと調べてくれてた」


 キリの目が、わずかに見開かれる。


「アイルは」


 くるりと振り向く。


「初めて触るソフトなのに、夜遅くまでパソコンにかじりついて、動画見ながら頑張ってた」


 アイルが、ぱちぱちと瞬きをする。


 少しだけ、空気が変わる。


 言葉が、届いている。


「だから――」


 一拍。


「みんな、本当にちゃんとやってくれてるの」


 まっすぐな声。


 誤魔化しのない、言葉。


「……」


 沈黙が落ちる。


 ノクスが、わずかに視線を逸らした。


 キリは、口元を押さえる。


 アイルは、ふっと笑った。


(……あー)


 完全に、やられてる。


 けれど。


 結衣は、止まらなかった。


「それに!」


 ぐっと、指を立てる。


「ノクス、ちゃんとコップの水滴も気にするし」


「……は?」


 ノクスの眉が動く。


「布巾で拭かないと気が済まないし」


「いや、それは」


「掃除だって、四隅まできっちりやるし!」


「……」


「なんなら、溝の汚れまで気にするし!!」


 一瞬。


 空気が、固まった。


「ゆ、結衣ちゃん……?」


 アイルが、おそるおそる声をかける。


「それ、褒めてる……?」


 キリが、ぼそっと呟く。


 ノクスは、完全に無言だった。


 ほんのわずかに、こめかみが引きつっている。


 目が、泳いでいた。


 どう反応すれば正解なのか、この魔王には分からないらしかった。


 そこで、ようやく。


「……あ」


 結衣が、はっと我に返る。


「いや、その」


 一瞬、言葉に詰まる。


「と、とにかく!」


 勢いで押し切る。


「ノクスたちは、本当に悪い人たちじゃないの!」


 一拍。


「……ちょっと、たまに熱量が違う方向に行くだけで……」


「それはフォローなのか?」


 キリが真顔で返す。


「どっちかっていうと追撃じゃない?」


 アイルが笑いをこらえながら言う。


 ノクスは――何も言わなかった。


 ただ、深く息を吐いた。


 その表情が、怒っているのか、照れているのか、もう自分でも分からなくなっている様子だった。


 そのとき。


「ぷっ」


 小さく、音がした。


 エレンだった。


 肩を震わせている。


「……はは」


 堪えきれずに、笑いが漏れる。


「もう、結衣ちゃん面白い!」


「え、ちょっと」


 言い終わる前に。


 ぐい、と。


「わっ――」


 再び、距離がゼロになる。


 自然な動きで。


 何の躊躇もなく。


 抱き寄せられる。


「おい!!」


「いい加減にしろ!!」


 ノクスとキリの声が、同時に飛ぶ。


 今度は明確に怒気が乗っている。


 声の温度が、さっきとは段違いだった。


「ちょっとスキンシップしただけじゃん」


 エレンは悪びれない。


「距離近すぎだろ!!」


 キリが珍しく声を荒げる。


 ノクスは無言のまま、一歩前に出た。


 その目の奥に、静かだが確かな怒りが宿っていた。


「……へぇ」


 エレンが、少しだけ目を細める。


(あ、これ)


 アイルが横でにやにやしていた。


(完全に火ついてる)


 楽しそうに、腕を組む。


 完全に観戦モードだった。


 この展開、想定内どころか、期待通り以上だった。


 一方で。


「……腹減ったな」


 豊がぽつりと呟く。


 誰も聞いていない。


 部屋の端で、一人だけ別の次元にいた。

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