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第63話 左右からフォーク

 

 (逃げ場はない。しかも全員、悪気がない)


 歩き続けた疲れが、ふとした瞬間に一気に押し寄せた。


「……つかれた」


 ぽつりと漏れる。


 足が、少し重い。


 袋の持ち手が指に食い込んでいるのも、今さら気になってきた。


 その様子を見て、ノクスがわずかに視線を落とした。


「……結衣」


「ん?」


 返事より先に、ノクスの手が動いた。


 結衣の持っていた紙袋を、無言で引き取る。


 当然のように。


 それが自分の荷物であるかのように。


「少し休憩するか」


 自然な一言だった。


 命令でもなく、提案でもなく。


 ただ、当たり前のように。


「……うん」


 素直に頷いた。


 正直、助かった。


 周囲を見渡す。


 ちょうど目の前に、ファミリーレストランがあった。


「ここでいい?」


「ああ」


 四人で店に入る。


「いらっしゃいませー」


 店員の声。


 だが――案内されるまでの、ほんの数秒で。


 空気が変わる。


(……あ、これ)


 分かる。


 さっきと同じ。


 視線。


 ひそひそ声。


「あの人たちさっきの……」

「やばくない?」

「めっちゃかっこいいんだけど」


 全部、三人に向いている。


(もういいや)


 結衣は、そっと視線を落とした。


 気にしていたら、きりがない。


 案内された席に座る。


 向かいにノクス。


 横にアイルとキリ。


 完全に、また囲まれていた。


(……落ち着かない)


 けれど、さっきよりは少しだけマシだった。


 疲れの方が勝っている。


 結衣はメニューを開いた。


 写真が並ぶ。


 ハンバーグ。

 パスタ。

 ドリア。


(……お腹すいた)


 やっと、ちゃんとした感覚が戻ってくる。


 その間も、三人はメニューを見ていた。


 だが――様子が、少しおかしい。


「……なんだこれは」


 キリが低く呟く。


「料理の一覧だよ」


「いや、そういうことではない」


 真剣な顔。


「なぜここまで種類がある」


「え」


「一つの店で提供する量ではないだろう」


 アイルが笑う。


「確かに〜。僕たちの世界だと、専門店ばっかりだもんね」


「効率が悪い」


 キリが断言する。


「品質管理が分散する。調理工程も複雑化する」


「そこまで考えて食べないから普通の人は」


 結衣が即ツッコミ。


 その横で。


 ノクスは、別のところを見ていた。


「……価格設定が妙だな」


「今度はなに」


「同じ肉でも、調理法で価格が大きく変わる」


 メニューを指でなぞる。


「これは……付加価値か」


「うん、まあそんな感じ」


「なるほど」


 納得したように頷く。


「原価ではなく、“体験”に対して金を払わせる構造か」


「言い方が怖いのよ」


 アイルがひょいと顔を出す。


「ねぇ結衣ちゃん、これ美味しそうじゃない?」


 指差したのは、デザートのパンケーキだった。


 ふわふわに膨らんだ生地の上に、ベリーとクリームが乗っている写真。


「パンケーキ食べたい」


「さっきまでご飯の話してたよね?」


「別腹」


「便利な言葉だ」


 キリが呆れたように言う。


 そのやり取りを聞きながら。


 結衣は、少しだけ肩の力を抜いた。


 さっきまでの重さ。


 周りの視線。


 全部、少し遠くなる。


(……なんか)


 変だけど。


 悪くない。


「私はこれにする」


 ノクスが言う。


「ハンバーグか」


「肉は効率がいい」


「効率で食べないの」


 結衣が笑う。


 ほんの少しだけ、いつもの空気に戻っていた。


 料理が運ばれてきた。


「お待たせしましたー」


 テーブルに並ぶ皿。


 湯気。


 いい匂い。


「……」


 アイルの目が、きらきらしていた。


「すごい……!」


「だから普通のご飯だってば」


「いやいや、これはすごいよ」


 フォークを手に取る。


 一口。


 ぱくっ。


「……っ!」


 目が見開かれる。


「なにこれ、美味しい!!」


 ぱあっと顔が明るくなる。


「ねぇキリ、これ食べてみて!」


「……ああ」


 キリも一口。


 無言。


 一瞬の沈黙。


「……悪くない」


「すごく美味しいって顔してるけど」


 結衣が思わず突っ込む。


 その横で。


 ノクスも静かに口に運ぶ。


「……なるほど」


 一言。


「味の層が分かれている」


「分析しないで」


 結衣はため息をついた。


 その時。


「結衣ちゃん」


 アイルが声をかけた。


「ん?」


「これ、食べてみて」


 フォークを差し出す。


 先端に、ふわふわのパンケーキが刺さっている。


 自然な動きだった。


 あまりにも自然で。


 距離も、タイミングも。


 何も違和感がなかった。


「え、いや――」


 言いかけて。


 気づいた時には、口の前にフォークがあった。


(あ)


 反射的に。


 ぱくっ。


「……」


 一瞬、止まる。


 ふわっとした生地の柔らかさ。


 じんわりと広がる甘さ。


 クリームの冷たさが、後から追いかけてくる。


「……美味しい」


 思わず、呟いた。


 アイルが嬉しそうに笑う。


「でしょ?」


 その時。


 ぴたり、と。


 空気が止まった。


 ノクスとキリ。


 二人の動きが、同時に止まっていた。


 視線が、ゆっくりと結衣から自分の皿へ落ちる。


 そして――同時に、フォークを持ち上げた。


「結衣」


 ノクスが言う。


「これも食べろ」


「え?」


 差し出される。


 真顔で。


 当然のように。


 間髪入れずに。


「……仕方がないから、分けてやる」


 キリも、同じように差し出す。


「えっ、ちょ、待って」


 左右から。


 フォーク。


 迫る。


「どっちから!?」


「両方だ」


「選べ」


「選べないよ!?」


 アイルがくすくす笑う。


「結衣ちゃん、人気者だね」


「そういう問題じゃないから!!」


 結衣は完全に挟まれていた。


 逃げ場、なし。


「早くしろ」

「冷める」


「だから圧かけないで!?」


 結局。


 順番に食べさせられることになった。


(なにこれ)


(なんでこうなるの)


 顔が、じわじわと熱くなる。


 でも――味は、ちゃんと美味しかった。


 それがまた、悔しい。


 ふと顔を上げると、ノクスがこちらを見ていた。


 何かを言うわけでもなく、ただ――満足そうに。


「……なに」


「別に」


 そっぽを向かれた。


 でも、その口元が、ほんのわずかに緩んでいた気がした。


 その光景を。


 ガラス越しに、見ている人物がいた。


 リコだった。


 たまたま通りかかっただけ。


 ただ、それだけのはずだった。


 なのに――足が、止まる。


 店内。


 窓際の席。


 見覚えのある顔。


 そして、その光景。


 結衣が座っている。


 その周りに、三人。


 距離が近い。


 明らかに近い。


 そして――フォークを差し出している。


 順番に。


 当然のように。


 まるで、ずっとそこにいる人みたいに。


「……なに、あれ」


 ぽつりと漏れる。


 あれだけ、自分には距離を取っていたのに。


 今は――あんなに自然に。


 リコの指先が、ウィンドウガラスに触れた。


 自分でも気づかないまま。


 ガラスに映る、自分の姿。


 ほんの一瞬だけ、視線が揺れる。


「……あれじゃ、敵わない」

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