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第61話 過保護すぎる三人

 (守られているのか、囲まれているのか。本人にも分からなかった)


 翌日。


 結衣は、いつも通りスーパーに出勤していた。


 ――いつも通りの、はずだった。


「おはようございまーす」


 バックヤードに顔を出す。


「おはよう、結衣ちゃん」

「今日も早いねぇ」


 いつもの会話。

 いつもの空気。


 それなのに。


 なんか、違う。


 理由は分かっている。


 分かっているからこそ、気づかないふりをしていた。


 昨日の夢のこと。

 朝の三人の顔のこと。


 着替えながらも、ずっとそうしてきた。


「……結衣」


 背後から、低い声。


 振り返る。


 ノクスが立っていた。


「え、なんでいるの?」


「付き添いだ」


「いらないから」


 即答した。


 だが。


「無理だ」


 即答で返される。


「いやなんで!?」


 食い気味に突っ込む。


 ノクスは一歩も引かない。


「昨日の件を忘れたのか」


「忘れてないけど!」


 小声で言い返す。


 周りに聞こえていないか、つい目が泳ぐ。


「ここ職場だからね!?」


 そのやり取りを、少し離れた場所から見ている影が二つ。


「ねぇキリ」


「なんだ」


「完全に保護対象だよね」


「ああ」


 即答だった。


 アイルはくすっと笑う。


「過保護すぎない?」


「足りないくらいだ」


 真顔で返すキリ。


 重い、とアイルは内心で呟いた。


 その時。


「おはよー!」


 明るい声が飛び込んできた。


 リコだった。


「結衣ちゃん、今日も一緒のシフトだね!」


「あ、うん、おはよ」


 結衣が答える。


 そして、すぐに。


「あ、乃久栖さん!」


 リコの顔がぱっと明るくなる。


 迷いなく距離を詰め、自然に腕を伸ばす。


 ――触れようとした、その瞬間。


 ノクスの鋭い視線に射抜かれ、体が止まった。


 視線だけで空気が変わる。


 それが何なのかは説明できないが、手が動かなくなるような、そういう圧だった。


「……」


「近い」


 キリが、低く言った。


「距離を取れ」


 淡々と。

 容赦なく。


「……は?」


 リコの表情が、わずかに崩れる。


 アイルがにこっと笑って、さらに一歩前に出る。


「ごめんねー、この子ちょっと警戒心強くて」


 軽い口調。


 リコの視線が、わずかに揺れる。


「……ふーん?」


 軽く笑う。


 けれど――


 その後、何度話しかけても、ノクスは反応しない。

 キリは視線すら向けない。

 アイルはにこにこしているだけで、話を広げない。


 完全に、流されていた。


 その代わり。


「水分は取っているか」


「取ってるよ!」


「無理はするな」


「してないって!」


「顔色が悪い」


「普通だってば!」


 ノクスが、結衣の隣に張り付く。


 少し距離を置こうとすると、すぐに詰めてくる。


 まるで磁石のように。


「足元、気をつけて」


「子供じゃないから!」


 アイルが軽やかに並走する。


「段差」


「分かってる!!」


 キリが後ろから補足する。


 なんなのこの三人!!


 結衣は頭を抱えたくなった。


 明らかに扱いが違う。

 露骨すぎるくらいに。


 視線を感じるたびに、居心地が悪い。


 でも、どこかへ逃げようとすると、自然な動きで囲まれる。


 三人とも、気づいていないふりをしながら、全員が気づいている。


 その様子を、少し離れたところで見ていたパートのおばちゃんが、小声で言った。


「……ねぇ」


「なに?」


「結衣ちゃん、守られてない?」


「分かる」


 即答だった。


「なんか、ずっと誰か隣にいるよね」


「さっきからずっとよ?」


「トイレ行くときもついてきそうな勢いじゃない?」


「やめて怖い」


 ひそひそ声が広がる。


 結衣の耳に、うっすら届いた。


 やめて。

 ほんとやめて。


 頬が、じんわりと熱くなった。


 昼過ぎ。


 休憩室。


 自販機の前で水を買っていた結衣に、声がかかった。


「ねぇ、結衣さん」


 振り向く。


 リコが、壁にもたれながらこちらを見ていた。


 笑っている。


 でも、その笑顔は少しだけ薄かった。


「結衣さんってさ」


 一歩、近づく。


「いつも同じ服ですよねー」


「え?」


「なんか、ずっと動きやすい服っていうか」


 くすっと笑う。


「他にないんですかー?」


 一瞬、言葉が詰まった。


 何か言い返そうとして、うまく言葉にならない。


 責めているわけじゃない、という口調だった。


 だからこそ、受け流し方が難しかった。


「あー……まあ、米屋のこともやってるしね。汚れてもいい服じゃないと困るし」


 軽く笑って返す。


 いつものように。


「ふーん」


 興味なさそうに頷く。


「でも、ちょっともったいないですよね」


 一拍。


「せっかくなのに」


 その言い方は、軽い。


 軽いのに――妙に刺さる。


 どこに刺さったのか、自分でも分からないまま。


「……ははは」


 結衣は笑った。


 流すように。

 蓋をするように。


 けれど。


 胸の奥が、少しだけざわついた。


 ――アイルに言われた言葉が、脳裏をよぎる。


 働いてる手じゃん、かっこいいよ。


 その温度と、今の言葉の温度が、ちぐはぐに重なる。


 同じ自分を見ているのに、こんなにも違う。


 どちらが正しいのかではなく、どちらを受け取るべきなのかが、分からなくなる。


「――結衣」


 低い声。


 振り向く。


 いつの間にか、三人が立っていた。


「……聞いた」


 ノクスの声が、静かに落ちる。


「え」


 キリの目が、細くなっていた。


「不用意な発言だ」


 声は平静だが、目が全く平静ではない。


 アイルは、笑っている。


 でも目は笑っていなかった。


「結衣ちゃん、ああいうの気にするタイプ?」


「え、いや別に……」


 言いかけた、その瞬間。


「結衣」


 ノクスが言った。


 迷いなく。


「次の休みの日は、ショッピングモールに行くぞ」


「……え?」


 思考が止まる。


「服を揃える。必要だ」


「いや、別に困ってないし……」


「困っている」


「困ってない!」


「困っている」


 即答。


「判断は私がする」


「なんで!?」


 横から。


「いいじゃん、楽しそう」


 アイルがにこっと笑う。


「結衣ちゃん、絶対似合う服いっぱいあるよ」


「そういう問題じゃ――」


「決定だ」


 ノクスが言い切る。


 キリも頷く。


「異論は認めない」


「えぇ!?」


 なんでこうなるの!?


 結衣は頭を抱えた。


 だが。


 その奥で――ほんの少しだけ、さっきのざわつきが軽くなっていることに気づいていた。


 三人がこちらを向いている。

 声をかけてくる。


 それだけのことなのに、胸の奥の棘が、少しだけ丸くなる気がした。


 リコの言葉は、軽かった。


 悪意があったわけじゃないと分かっている。


 それでも刺さったのは、自分の中にある何かが、その言葉を待っていたからかもしれない。


 でも今は――


 三人の声の方が、少しだけ大きく聞こえる。

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