番外編2-2 理解できない感情
(理由はない。——だが、離れる必要もなかった)
夜。
帳面を開いたまま、結衣は机に突っ伏していた。
小さく、寝息が聞こえる。
「……結衣」
ノクスは呼びかける。
反応はない。
完全に寝ている。
しばらくそのまま見下ろしてから、ノクスは小さく息を吐いた。
「……無理をするなと言っただろうに」
そう言いながらも、手は自然と伸びていた。
指先が、そっと髪に触れる。
やわらかい。
そのまま、少しだけ整えるように撫でて——
ぴたりと、止まる。
(……昼間)
ふと、思い出す。
アイルが同じように、結衣の髪に触れていた。
無遠慮に。
当然のように。
――あの時。
胸の奥に、わずかな違和感が走った。
(……なんだ、あれは)
不快、ではない。
だが、看過もできない。
整理のつかない感覚。
ノクスは無意識に、触れていた手を少しだけ引いた。
だが、完全には離さない。
(……リコ、とやらも)
あの女も、距離が近い。
妙に自然に、入り込んでくる。
笑いかける距離。
話しかける距離。
あれは——
(……なんだ)
考える。
理屈を当てはめようとする。
だが、うまくいかない。
代わりに、別の感覚が残る。
ほんのわずかな、引っかかり。
そして。
今。
目の前にいる結衣は、何も知らずに眠っている。
無防備に。
静かに。
ノクスは、もう一度だけその髪に触れた。
今度は、先ほどよりもほんの少しだけ自然に。
(……まあ、いい)
小さく、思う。
(結衣の側は——)
言葉にしかけて、やめる。
代わりに、視線を落としたまま。
(……離れる理由が、ない)
それだけ、確認するように呟いた。
そして。
指先を離すことなく、しばらくその場に留まった。




