第26話 その看病は不要だ
(その行為は、すでに私が実施した)
結衣は、結局次の日も強制的に休まされることになった。
同じ部屋でノクスが資料を片手に作業している。
見張りを兼ねているのだろう、たまにこちらへ視線を向けてくる。
問題はその視線だった。
目が合うたびに、昨夜の感触が蘇ってくる。
温かい腕。背中を撫でる手。
それを思い出すたびに顔が熱くなって、心臓が余計な音を立てて、そのたびにノクスに気づかれる。
近くにある横顔は、やっぱり憎たらしいくらいに整っていた。
「追加の資料を取ってくる。……大人しくしているんだぞ」
去り際に、さらりと頭を撫でられた。
何でもない動作だった。
ノクスにとっては、きっと本当に何でもない動作なのだろう。
結衣の頬は、また少し赤くなった。
ノクスがいなくなってすぐ、扉が勢いよく開いた。
「結衣ちゃん大丈夫⁉」
飛び込んできたのは、金髪の青年だった。
「えっ……?」
一瞬、誰だか分からなかった。
背が高い。肩幅がある。子供の頃の面影はあるけれど、ずっと大人だ。
「……アイル?」
後ろに立つ銀髪の青年が小さく頷く。
こちらも、見慣れない姿だった。
「……もう起きて平気なのか」
「キリまで……?」
米を食べた後、一定時間だけ本来の姿に戻れるようになったらしい。
頭では分かっていても、目の前の二人がいつもの双子だと認識するまで、少し時間がかかった。
「心配したんだよ?」
次の瞬間。
——ぎゅっ。
「へっ!?」
アイルが容赦なく抱きついてきた。
子供の時とは違う、しっかりした腕。近すぎる距離。胸に伝わる体温。
「ちょ、ちょっと待って——」
「ほらキリも!」
「なっ……!?」
「ぎゅーってして! 結衣ちゃんを幸せな気分にするために!」
「お前、それ……!」
顔を真っ赤にしたまま、キリが硬直する。
「テレビで言ってたじゃん。オキシトシン!」
「それは……っ、こういう使い方では……!」
「ほら早く!」
半ば押し出されるようにして、キリがそっと腕を回した。
「……失礼する」
耳まで赤い。こっちも大概だった。
左右から挟まれる形になる。
「ちょちょちょちょ待って!? なにこの状況!?!?」
青年二人に抱きしめられるという異常事態。
心臓が破裂しそうだった。
「ほら、幸せになってきた?」
「なってない!!……こともないけど、そうじゃない! びっくりしてるだけ!!」
そのとき。
静かに、ドアが開いた。
「……お前たち」
低い声だった。
振り向くと、そこにいたのはノクス。
無表情のまま、部屋の入口に立っている。資料を持ったままだった。
部屋の温度が、数度下がったような気がした。
アイルの笑顔が、ぴたりと止まる。
キリの背筋が反射的に伸びた。
数秒の沈黙。
「何をしている」
「看病だよ?」
アイルが当然のように答える。
「抱きしめると幸せ物質が出るんだって、この前テレビで見たじゃない」
ノクスの眉がぴくりと動いた。
「……不要だ」
一歩、近づく。
「その行為は、すでに私が実施した」
「え?」
結衣が固まる。
した、って——。
ノクスは当然のように続ける。
「よって追加は必要ない」
「必要あるよ!」
アイルが反論する。
「幸せは多い方がいいじゃん!」
「量の問題ではない」
ノクスは二人を無言で見下ろした。
「離れろ」
声は低いが、圧が強い。
キリが即座に腕を離した。
「すまない」
アイルだけが名残惜しそうに離れる。
「えー、もうちょっとで回復しそうだったのに」
「十分だ」
ノクスは結衣の前に立ち、さりげなく双子との距離を遮った。
自分でも気づいていないような、自然な動作だった。
「結衣は病人だ。刺激は不要」
刺激って——!
顔が一気に熱くなる。
そのとき、廊下の向こうからひょこっと顔が出た。
「おー、なにやってんの?」
豊だった。
状況を見て、にやっと笑う。
「ハグ大会か?」
「違う!!」
豊は気にした様子もなく言う。
「俺もするかー?」
「しない!!」
「遠慮すんなよ。漢のハグは元気出るぞ」
「だからいらない!!」
豊は肩をすくめる。
「そっかー。残念」
そのまま普通に去っていった。
沈黙。
結衣は布団をかぶりたい衝動に駆られた。
もう無理。恥ずかしすぎる。
ノクスは小さくため息をついた。
「……全く」
それからぽつりと呟く。
「病人の周囲は騒がしい」
その声は、ほんの少しだけ——いつもと違う色を含んでいた。
苛立ちとも言えない。落ち着かなさとも違う。
ただ、何かが引っかかっているような。
ノクス自身も、それが何なのか分かっていないようだった。
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