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屍を越えてゆけ 25-8 

「はぁはぁ。危なかった」

 法力を使ったお菊だが体力を使い込み八戒の遺骸の前で座り込んだまま動けなかった。

「お菊!大丈夫かいな?助かったわ!ありがとうな!」

 おいちだがさっきの鬼の形相と違い、普段のように軽く笑いながら言った。

「あんたこそあたしを助けてくれてありがとう」

 お菊は力なく笑いながらおいちに返したが。

「お菊!大丈夫かいな!動けんなら堺衆が背追って難波砦まで後退させるで!」

 お凛も駆け寄って来た。

「みんなと行く」

 お菊は難波砦への後退は断り同行すると言ったのである。

「でもな!アンタ、今のまま……」

 お凛は今のお菊の体調を気遣い無理だと言おうとしたが

「分かった!馬で行こうや!凛凛!馬を貸してや!」

「でもなぁ」

 おいちは軽く言うとお凛の反対を押し切り堺衆の馬を回してもらったのである。

 

「三津寺砦内の敵の残存兵は間もなく駆逐完了します。家老様(岡吉正)と大叔父様(鈴木義兼)と合流しつつ追撃戦に入ります」

「ご苦労さん。ろくめ!絶対に捕まえたるわ!」

「こちらに付いた根来衆をうまく使いましょう。戦うだけでなく戦意を喪失させるのも有りかと」

「ええと思うよ!ウチもそのつもりやね」

 無二だがおいちに投降した根来衆を当てる事を提案し、おいちも了承したのである。


 佐久間信盛、信栄、三好康長、ろくの天王寺砦への後退のため殿(しんがり)を務めた佐久間玄蕃、猿たちだが猿は配下の河童と八戒を失い、猿本人までも右腕の肘下をお菊に斬り落とされる重傷を負い逃げるように三津寺砦を脱出した。

「急げ!全員後退しつつ撃て!敵を近付けるな!」

 猿の配下衆は鉄砲を乱射しながらようやく三津寺砦の外に出ると本隊を必死に追ったのである。

「猿様!しっかり!」

 猿を背負った男は猿を励ましたが

「畜生。あの女(あま)。畜生。畜生」

 猿はうつろな目で呟くばかりだった。


 おいちだが馬に跨るとすぐ真後ろにお菊も跨らせた。

「大丈夫かいな?堺衆!お菊が落ちてもすぐに受け止めてや!」

 お凛だがふらふらでおいちに寄り掛かったまま、生気のないお菊を見て心配したが。

「ちょっとだけお菊に手伝って欲しいねん!お菊!すまんけどもうちょい我慢やで!菊坊!お菊の薙刀も持ってやってや!」

 おいちは軽く言ったが。

「おわぁ。重いっ」

 菊之助だが前に手持ち大筒を首からぶら下げ重い鉄盾を持ち、お菊の薙刀まで持たされてふらふらであったが。


「おいち様!お凛様!木津川砦からも下間頼竜様、六花仙の弥生様、マリア様の部隊が出陣して佐久間隊の追撃に入りました」

 堺衆の兵が報告すると

「ようし!北から爺や(岡吉正)と叔父上(鈴木義兼)、南から木津川砦の部隊で押せば天王寺砦まで押し返せるわ!この戦、勝ったわ!」

 おいちが軽く言ったが

「でも天王寺砦に籠られたら面倒やで?あの砦は高台に建ってるし周りは湿地帯やし。鉄砲の腕は百発百中の明智殿が守ってるんやろ?近付くのも危険やで?」

 お凛が心配すると

「まずは天王寺砦まで押し返せばええねん。そこから先は本願寺の偉い人と信長公が交渉すればええやん」

「まぁ、そうやけどな。でも(それが上手く行きそうも無いから一番心配やねん)」

 とお凛は正直に言おうと思ったが言うのはやめたのである。

「こちらのお願いを全部盛っても信長公だって良い返事をしないで。互いに妥協点を探ってもらおうや。どっちにしろこの戦力じゃ天王寺砦を落とせないで」

「う~ん」

 お凛は不服そうにおいちに返したが。ただ戦力は足りないのはお凛も感じたのでそれ以上は言わなかったが。

「本願寺の殿(鈴木重秀)や(下間)頼廉様の援軍を呼びます?」

 菊之助が横からおいちに聞くと

「勝ちにこだわらん方がウチは良いと思ってな。ここで無理に勝っても次がしんどくなるから交渉で何とかして欲しいねん。今回、根来衆を崩されたのはほんまに痛いわ。紀伊衆にはこれは長く重く響くで」

 おいちが将来を見据えたように少し暗い顔で言うと

「そうなんですか?」

 菊之助はちょっと理解できないようで不思議そうな顔をしたが。

「確かに会合衆も割れてるわな」

 お凛も静かに言った。堺の会合衆では信長に付くか本願寺に付くか意見が割れていた。信長派が優勢なのはお凛も知っていたが。


 おいちやお凛らが体制を整え直している間に難波砦から出た岡吉正、鈴木義兼の雑賀衆は佐久間隊、三好隊に追撃戦を行っていた。雑賀衆はこの辺りの地形、湿地で葦(あし)が生い茂り進み難いのを考慮して無理に接近せず鉄砲で敵兵を見つけ次第の射撃戦に徹していた。

 佐久間隊も天王寺砦の退却に難儀していた。天王寺砦は上町台地の上に立ち、遠くに目視出来るのだが今居る周りは葦が生い茂る湿地帯だった。

 道は整備されているのでそこを進めば容易く移動できたが雑賀衆の鉄砲の格好の標的になるので使えなかった。

 だから進み難いが雑賀衆に見つからないように湿地帯を水に浸かりながら進んだのであるが撤退に時間が掛かったのである。佐久間兵は地理地形にも詳しく無いので誤って雑賀衆に近付いてしまい不意打ちされる者も多数居た。

 それでも佐久間信盛、信栄、三好康長のような上級将校やその護衛は鉄の盾や厚みのある甲冑で多少は鉄砲から身を守れたが足軽や傭兵は薄手の甲冑に木盾や竹束などしかなく心持たなかった。しかも湿地帯を水に浸かり逃げたのでまともに反撃できなかった。

 佐久間信盛、信栄、三好康長の5千の戦力は三津寺砦に入るも中のゴタゴタで砦の外に追い出されモタモタしてるうちに雑賀衆の岡吉正と鈴木義兼の2千の遠距離射撃で足軽や傭兵は数をガリガリ半分以上も削られたのである。

 さらに木津川砦からも下間頼龍、弥生、マリアの2千の鉄砲隊も加わろうとしていた。天王寺砦への後退すら困難になっていた。


 塙直政だが決断を迫られていた。塙直政の部隊だが湿地帯に入る寸前、上町台地の西側の裾で待機していた。そして前方の佐久間隊、三好隊の悲劇的な戦局を眺めていた。


 塙直政の陣まで何とか逃げ延びたどり着いた佐久間兵の情報からも塙直政は戦況を冷静に整理していた。

 三津寺砦の根来衆への内応工作が中途半端に失敗、人質を虐殺したので雑賀衆の少女少年兵を怒らせて奇襲され佐久間隊の精鋭兵、三猿を失う手痛い打撃を受けた。さらに天王寺砦へ後退しようとして外に出て難波砦からの部隊に待ち伏せされここでも大打撃を受けた。

 道を一気に走り抜けるのも慌てて三津寺砦から出たので馬の頭数が充分ではなく道を使えず、また湿地帯を通りながら反撃を試みるも転んだり深みにはまって鉄砲が水に浸かるなどして鉄砲が使えなくなりまともに反撃できず犠牲の山を築いたのである。

 残念ながら失敗の積み重ねであった。


 自軍の消耗を少なくするため数々の失敗を犯した佐久間隊、三好隊を見捨てて天王寺砦に撤収する策もあった。

 ただこの作戦を許可したのも自分だった。

「我ながら不覚だったか。いや、甘かったか。殿(織田信長)の期待に応えられなかったか」

 塙直政はそう呟くと決断したのである。


 塙直政は危険を承知で味方の救援を決めたのである。

 織田家の家老の佐久間信盛、信栄親子を死なす訳には行かず、また最近家臣になったばかりの河内衆の三好康長を見捨てて彼が討たれたら新たしく織田の領土になった地域、河内や和泉で不穏な動きが起こると考えたのである。

 塙直政だが息子の安友に今回の経緯を書いた書状を持たせて天王寺砦に戻し留守役の明智光秀に渡すよう命じ、自ら親衛隊を率いて佐久間信盛、信栄、三好康長、ろくの救出に向かったのである。

 

 塙直政だが本隊は雑賀衆の目を引き付けるためわざと残し、自ら鉄砲や槍を担ぎ親衛隊と湿地帯の葦をかき分けながら進んだのである。途中でこちらに気付かなかった雑賀衆の兵を撃ち倒しながら進むと前方で鉄砲の散発的な撃ち合いの音が聞こえ、そこを目指したのである。


「予想通りかな」

 塙直政が苦笑いした。葦の中に佐久間信盛、信栄、三好康長、ろくと護衛がおり、少し離れた葦の中から佐久間兵が陸に居る雑賀兵に発砲していた。雑賀衆も無理に突っ込まず散発的に狙撃し塙直政が感じるにだらりとした戦いであったが。


「家老!撤収しましょう」

「こちらの鉄砲で牽制しますのでその隙に!」

 塙直政の親衛隊が佐久間信盛に接触し小声で声を掛けると

「おお!すまん!塙殿の隊か!」

 信盛はようやく安堵した。

「雑賀衆の足止めに徹しろ!斉射を行ったら私が斬り込む!」

 塙直政だが鉄砲衆に支援を命じ自ら陸に居る雑賀衆の懐に飛び込んで斬り掛かり時間を稼ぐ策を取ったのである。塙直政だが雑賀衆が太刀打ちが苦手と聞いていたのと己の剣の 腕 を信じたのである。

 そして策を実行しようとしたその時だった。


 その時である。

「お~い!降伏した方がええで!武器と甲冑を置いて行けば見逃したるで!」

 若い女子(おなご)が馬に乗って大声を上げていたのである。

「あの娘は!」

 塙直政は驚愕した。馬に乗っていた女子2人は塙直政が石山本願寺で見た巫女だったからである。

「畜生。あの女(あま)ども、殺してやる。よくも河童と八戒を……」

 背負われた猿が真っ青な顔でおいちとお菊を睨みながら呟いた。

「あの娘たちが三猿隊を撃破した?」

 塙直政は再度驚愕したが

「あのただの小娘(ガキ)たちが?」

「信じられん!」

 塙直政の親衛隊衆も同じ反応をしていた。

「ふっ。私の娘みたいなのを戦場に駆り立ててるとはな。世も末だな」

 塙直政はふっと笑うと洋弓銃(ボーガン)を構えたのである。

「備中守様(塙直政)!あの後ろの髪を束ねた女子のお菊は危険で!地獄のお菊と言われてる大物です!討てば大金星!」

 ろくがお菊を直接狙撃するように言った。

「お菊か。十兵衛殿も何か言ってたな」

 塙直政も思い出したように言うと狙いを定めたのである。


「おいち!危ないで!そんな目立ってどうすんねん!敵の残り物がまだ潜んでるで!撃たれるで!」

 お凛だが馬上では目立つし狙撃されるから危険だから下馬するよう心配そうにおいちに言ったが

「ここで士気を上げて敵をビビらせて逃げてもらいたいねん。さっき暴れたお菊を見たら敵さんもビビるやろ?無駄な戦はしたくないやろ!」

 おいちは軽く言った。

「それでも降りた方が良いです!」

「危ないですよ!」

 無二と小雀も心配したが

「みんな!鈴木孫一ここにあり!えいえいお~!」

 おいちが構わず勝どきを上げると

「えいえいお~」

 とみんなおいちとお菊を心配しながら呆れながら返したが。


「あれが噂の鈴木孫一?」

「影武者(にせもの)だろう」

 塙直政は驚く部下に返したが。


 ただそれでも何人かの佐久間兵が降伏したのである。

 塙直政は様子を見ていたが本当においちらは降伏した兵は見逃したのである。

「本当に甘いガキ共だよ!」

 ろくが嘲る様に言ったが

「そうだな。しかし正しい」

 塙直政は呟いた。

 そして

「殿(しんがり)はお任せを。家老様は今の内に撤収を」

 塙直政は佐久間信盛、信栄、三好康長、ろくを天王寺砦へ逃がすと自らはお菊に狙いを定めたのである。

 ただお菊は顔色が悪く疲れ果て力なくおいちにもたれ掛かっていただけだが。

(この娘が本当に地獄のお菊なのか?よく分からんが疲れ果ててるではないか。私の娘と同じ齢くらいではないか)

 ただ塙直政は内心動揺していた。

 そして

「直撃させてやりたいが。それは卑怯だな」

 そう言うと馬に洋弓銃を射たのである。

 馬の首に矢が直撃すると馬は悲鳴を上げるとゆっくり崩れたのである。

「おわあ!」

「きゃあ!」

 おいちとお菊も落馬してしまった。

「あたた。何事やねん」

「痛い~」

 おいちは尻をさすり、お菊は伸びていたが。


「敵だ!展開!守りに入れ!」

 無二が慌てて命を出したがすぐに葦の中から鉄砲が斉射されたのである。

「危ない!」

「ぐわっ!」

 雑賀衆の兵が何人か撃たれて倒れた後、

「死ねぇ!」

 突如、重武装な兵が数名ほど乱入したのである。

 雑賀衆が苦手な太刀打ちの乱戦に雑賀衆の守備兵が何名か斬られたり刺されると雑賀衆は押され始めたのである。

「ヤバい!盾を使って守りや!」

 おいちが慌てて命を出すと雑賀衆は何とか盾を展開しこれを抑え、体格自慢の堺衆も雑賀衆の支援に展開したが塙直政らだが並みの武将ではなく堺衆を槍技で3名も死傷させたのである。

 お菊だが苦しそうな表情で薙刀を持ち、怯えていた。さっきの三津寺砦での戦いで法力を使い過ぎて戦える状態では無かったのである。


「やるな!でもこっちが数は優勢やで!無駄な戦は嫌やねん!天王寺砦に帰ってや!」

 おいちだが体制を整えると塙直政に吠えたが

「威勢が良いな。そっちも戦力が足りないのは見抜いたがな」

 塙直政も返した。

「それにしても本願寺の巫女が本当に戦場に立って人を殺めてるとはな。世も末だ」

「そうさせてるのはそっちやで!」

 お凛も塙直政に返したが。


 おいちの背後の雑賀衆の鉄砲隊は塙直政とその親衛隊衆に狙いを定めたが

「さっきの三津寺砦の連中のように二重甲冑かも!」

「危険です!後退を!」

 発中と但中兄弟が読んで心配そうに言ったが

「分かってるわ!でもな!」

 おいちも返し双方の少し睨み合いが続いたが。


「む?なんだ?」

「何!新手か!」

 その時、石山本願寺方面から別のかなりの大規模な部隊が上町台地の西麓に展開する塙直政の陣営に向かって来たのである。

「父上(鈴木重秀)や!」

「(下間)頼廉様や!」

 おいちやお凛が喜んだが

「何だって!クソッ!」

「やられたか」

 塙直政たちだが本願寺の本隊の動きは予想せず観念したように呟いた。


「大将さん!降参してや!手荒な真似はせんで!」

 おいちは塙直政らに降伏するよう求めた。

「うむ。お嬢さんの言う通りだな。勝負あり。撤収も難しいか」

 塙直政も自分らの不利を認めた。

 塙直政の陣だが本願寺から来た部隊との戦いが始まると戦力差があり過ぎて陣は崩され、旗印がばたばたと倒れて行ったのである。

「完敗だな。やむなしだな。家老様たちが逃げ延びたならばそれが私のせめてもの功かな」

 塙直政だが敗北を認めると

「お嬢さんの降伏勧告はありがたい。なかなかあなたは知恵もあり頼もしいな。しかし、人質になって交渉の出汁(だし)になって殿(織田信長)のお手間を掛けられない。だからこれが答えだぁ!」

 そう叫ぶと塙直政らは捨て身の物凄い形相で突っ込んで来たのである。

「なんで逃げないのさ?なんで突っ込んでくるのさ?なんで死にに来るのさ!」

 力が出ないお菊だが絶望に打ちひしがれて涙目で返すと

「戦に負けるとは、こういう事だ!覚えておけ!」

 雑賀の守備兵を何名も斬り倒し刺し倒して突進したのである。


「そんなの嫌だ!」

 お菊だが逃げ出したのである。

「敵に背中を見せるのか?なぜ三猿を倒した時のように戦わん!なぜ!」

 塙直政だがお菊の予想外の行動に動揺してしまったが。おいちだがこの日は戦う気力を使い切っていたのである。


「お菊さん!逃げてくだされ!」

「行かせない!」

 発中と但中兄弟が逃げるお菊の支援に入ったが

「ええい!邪魔!」

 塙直政は発中と但中兄弟に手傷を負わされても猛然と反撃し負傷させると更にお菊を追おうとした。

(これがお菊?弱すぎる!なんだ?影武者か?罠か?)

 しかしやはり塙直政は逃げるお菊を理解できなかったのである。

「う!今日は戦いたくない!」

 お菊は半泣きで力なくふらふらと背中を見せながら逃げ回ってた。

 おいちと菊之助が慌ててお菊に取り付き、お菊の手を引くように逃げるのを手伝った。

「堺衆!何とかせい!うわっ!」

 お凛らも塙直政の親衛隊に阻まれ救援できず

「その首を地獄の土産に取って見せる!」

 塙直政は動揺しながら鬼の形相でお菊に突っ込もうとしたのある。

 雑賀衆が慌てて3人掛かりで突っ込むもこれすら次々と討ち倒しすぐ塙直政はお菊の真後ろに迫ったのである。

「そうか。十兵衛殿が言ってた法力とやらを使って動けんのだな!それしても自分の娘みたいな女子(おなご)を背中から刺すなど下衆(げす)だが許せ!」

 塙直政は呟いたが

「うわぁ!ヤバい!」

 おいちも悲鳴を上げたが

「おいち様!行って!」

 菊之助だが急に立ち止まり振り返ると首からぶら下げていた手持ち大筒を塙直政に向けたのである。

「しまった!ええい!」

 塙直政は急いで菊之助を一突きにしようとしたが

「うわぁ!」

 菊之助が叫ぶと菊之助の手持ち大筒は火を噴き塙直政の二重甲冑を至近距離から直撃貫通したのである。




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