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屍を超えて行け 25-4

 1575年の秋、織田信長と石山本願寺は和睦した。一般の門徒衆は安堵して以前のように年末年始の参拝や布施に石山本願寺に人々が訪れるようになったが今までと違ったのは門徒からも信長と本願寺の和睦の順守と確約を求める声が上がり出したのである。

 本願寺の求めていた 進むは極楽退くは地獄 に異議が上がり出したのである。


 特に摂津、河内、和泉、大和、山城など信長の勢力圏に組み込まれた地域では顕著だった。

 元々信長の支配圏だった尾張や三河の門徒衆は同じ浄土真宗を信じる者であったが大阪の石山本願寺とは己の命を守るため一線を画していたがその動きが広まっていたのである。

 本願寺だが信長との戦いに備えて莫大な軍費を寺領だけでなく布施で賄おうとしていたが以前のように集まらなくなっていた。

 それでも本願寺が強気だったのは越後の上杉謙信、安芸の毛利輝元が安芸鞆の浦に居る将軍足利義昭の打倒信長の命に従い本願寺への支援を申し出たからである。


 1576年の春になると安芸から毛利配下の村上水軍が海路で大阪石山本願寺に物資を搬入し始めたのである。

 

 お菊、おいち、お凛、雑賀の郷から手伝いに来てる七ッ童子たちはそのような状況の中でも淡々と巫女の仕事をしていた。ただやはり以前のような猫の手も借りたいような忙しさや賑やかさは失われていて少々手持無沙汰であったが。

「織田の塙直政公が本願寺に抗議してるそうやで。なんで毛利と組んでるねんって」

「それって将軍様の意向だからでしょ?将軍様が嫌いな信長公が怒るのは分かるけどさ」

 お菊はおいちに返したが

「弥生さんは安芸村上水軍の縁者やろ?門徒衆がいますねん、で押し切ればええのに本願寺もはっきり言わんなぁ。まぁ、和睦が破綻しないようとぼけてるんかいな」

 お凛も呆れ気味言うと

「織田と毛利は元々は友好的だったのが急の手の平返しに信長公が怒ってるそうですよ」

 横から蛍が入ると

「男と女の関係と一緒で、まぁ毛利が織田に飽きたんやろな」

 おいちがあくびをしながら変な言い方をしたが。

「なんか伊賀方面も伊勢で何かあったみたいでうまく行ってないそうやで。舞や伊賀衆や本願寺には好都合やけど」

 お凛もあくびをしながら言った。

「この前さ、近江屋忠兵衛様が布施に来たけど明智殿が丹波丹後で赤鬼の荻野直正公相手に苦戦してるんだって。その件でも信長公怒ってるみたい」

 お菊だが先日布施に来た近江屋の忠兵衛に聞いたのである。忠兵衛だがそのまま堺に光秀の命で物資の買い出しに向かったが。

「まぁなんか門徒衆も徹底抗戦か信長に従えやで別れてるけど堺の会合衆も反信長派と親信長派に分裂してるからなぁ」

 お凛も呆れ気味言った。

「あ!そう言えばまえこら大和衆に頼まれて(まえこらの居る)三津寺砦に堺から鉄砲を運ぶんやったわ。明日はウチ休ませてもうらうわ」

 お凛だが思い出したように言った。翌日だがお凛は堺衆と三津寺砦へ物資搬入のため巫女の仕事は休んだのである。


 この日はお菊はおいちと退屈そうに巫女の仕事していたが

「なぁ、お菊。丹波やけど隣国の若狭が信長公の配下になったのでこずえと平助のご実寺(家)は信長公に降伏するらしいわ。だからあの子らもそうするみたいや。で、本願寺の過激な(信仰心の厚い)坊官は怒ってこずえと平助の実寺を破門にするとか言うたらしいけどそこは顕如様が止めたみやいやけど」

 おいちはこずえや平助まで本願寺を離れたとの情報を言ったのである。

「本願寺も援軍が送れないなら残念だけど仕方ないよ」

 ただお菊も事情は察し、こずえと平助を庇うように言った。

「そうやな。あと今度、三津寺砦に一緒に行こうや」

「まえこの手伝い?」

「ろく やねん。なんか(紀伊の)根来衆と粉河衆の一部が信長公に降伏するらしいわ」

「え?じゃあ敵になるの?」

 お菊は驚いたが

「紀伊衆同士で敵になったら面倒やしお互いに戦いたく無いから紀伊に帰って静かにして欲しいって頼んでるんやけどな。ろく がどうしたいのかを確認するねん」

「なんだかねぇ」

 おいちの返しにお菊も複雑に返したが。


「ところでアンタも忠兵衛様、いや、明智殿に誘われんかったん?」

「!何言ってるのさ!」

 お菊はおいちの問いに変な反応をした。

「アンタ良く明智殿に味方になれって声を掛けられてるらしいもんな」

「あの人は義姉やあたしの門前町のみんなを殺した仇さ!」

「でも明智殿も信長公の命で仕方なく殺ったんやろ?」

「そうであっても許せないって!」

 お菊は口を尖らせた。

 しかしおいちには内緒だったが光秀から近江屋忠兵衛経由で再度声を掛けられたのは事実だった。即に断ったが。勘の良いとこがあるおいちには見抜かれたような気もしたが。

「あの人はアンタを女とは見てないようやけど優秀な兵として見てるからな」

「その言い方は腹が立つけど否定できないな。でもあたしはあの人の言う信長公の泰平の世は受け入れられないのさ」

 お菊が口を尖らせながら返したが。

「もしな、信長公が門徒と 惣 を少しでも認めてくれたら考えるかなってな」

「おいち?何言ってるのさ?」

 お菊は怪訝な顔をしたが

「この戦、キリが無いなと最近思ってな。雑賀の郷も信長公の勢いに動揺してるしな」

 おいちは寂しそうに言った。

「そうだけどさ。でも信長公が認める訳ないじゃん。今回の停戦だってもう危ういのにさ」

「明智殿みたいに弁が立つ人をうまく使えんかなと思うてな。ちょっと犠牲が多過ぎるわ」

「そうだけどさ。本願寺の偉い人がそれは決める事じゃん。あたしらが及ばない世界だよ」

「そやな。残念やなぁ」

 お菊の全うな返しにおいちは再度寂しそうに言った。


 木津川沿いには石山本願寺を起点に西回りに楼の岸砦、難波砦、穢多崎砦、三津寺砦、木津川砦が築かれ上町台地沿いの陸路が封鎖されても木津川経由で海路、石山本願寺に物資を搬入できる体制を整えていた。

 各砦にも信長との戦いに備えて戦力を順次配置していた。木津川砦は堺衆と堺の商人と親しい下間頼龍、雑賀衆の鈴木義兼の部隊。三津寺砦はろくと根来衆、まえこら大和衆、和泉衆、弥吉ら河内衆。難波砦と穢多崎砦には雑賀衆の家老の岡吉正と弥生とマリアの部隊。楼の岸砦に鈴木重秀雑賀衆本隊と本願寺には下間頼廉ら 本願寺の主力隊が配置される段取りであった。

 これを牽制するため織田信長も穢多崎砦の木津川の向かいに荒木村重に野田砦を、佐久間信盛と塙直政には木津川砦の目と鼻の先に天王寺砦を造らせ牽制したのである。

 最も本願寺と信長は和睦してるとは言え些細な事から両者は一触即発し戦いが始まる危険な兆候は既に出来ていたが。


 数日後、お菊はおいちとろくの根来衆とまえこと大和衆の居る三津寺砦に向かった。

 おいちだがろくとの話し合いがこじれた場合に時に備えて自分より人生経験のある後見の鈴木義兼と家老の岡吉正に同行を頼んでいた。交渉で小娘如きと舐められないようにである。

「あれ?お菊とおいち、巫女の仕事は良いんかいな?」

 三津寺砦に突然やって来たおいちとお菊にまえこが驚いたが

「小雀、蛍、鶴首に任せてるから心配無用やね。今日は ろく はおるかいな?」

「今週はおるで。最近は居たり居なかったりでよく分らんけど。ちょっと根来衆が心配やな。そう言えば最近弥吉も河内衆もよう地元に戻ってるもんな」

 まえこも根来衆や河内衆に動揺が起きてるのは承知だったので不安そうに言ったが

「そ!今日はその件やねん」

 おいちは軽く返したが。


「(ろくの動きは)事前に調べた通りですな」

「根来衆には雑賀衆と縁戚で親しい同士もたくさんいますからな」

 義兼と岡が小声で言うとおいちはうなずいた。

 

 お菊、岡、義兼、おいちはろくの使ってる小屋敷に向かったのである。

「雑賀のお嬢ちゃん、どうしたんだい?」

 ろくはおいちたちに警戒したが

「気持ち根来の兵が少なくなってんなと思ってな」

 お菊は軽く返したが。

「減ったよ。根性無しが本願寺から離れて行ったよ」

 ろくは不満そうに言った。

「雑賀も同じやで。理由は何であれ戦いたく無い者は国に返してるで。今日、来たのは紀伊衆同士戦いたくないから本願寺に従わんなら道は通すから根来に帰って欲しいって頼みにきたんやね」

「あんた誰に口を訊いてるんだい?あたしはあんたの倍、長生きしてる筋金入りの門徒なんだよ?あたしは撤収しないって」

 ろくはおいちを睨んだが。

「アンタは居てええねん。本願寺に従わない衆の事を言ってるんやね」

 おいちは上手くろくに対応していた。

「分かったよ。確かに紀伊衆同士で殺し合いは御免だね。味方が混乱されても困るね。門徒の志が無いのは根来に戻すよ」

「頼むで。噂やけど織田信長公や右腕の丹羽長秀公が京に入り明智光秀公も主力を本願寺に向けてるそうやわ」

「ま、根来衆の力を見せてやろうかね」 

 ろくが自信満々に返したが。

 お菊は政治的な話がよく分らずぽかんとしたが。


「どう思うかいな?」

 ろくとの話が終わった後、おいちだが岡と義兼にひそひそと聞いた。

「勘ですが 怪しいか と」

「ろくではなくろくの部下の津田(算正)と杉坊(照算)兄弟の目が泳いでましたな」

 岡と義兼も小声で返すと

「爺や(岡)と叔父上(義兼)の部隊をいざとなったら貸してや。父上(鈴木重秀)は慎重やしウチが兵を動かすのを最近良く思ってないみたいやし。何か絶対に企んでるわ」

 おいちが不満そうに言うと

「御意」

「七ッ童子も呼びましょう」

 岡と義兼はおいちに返した。

 お菊は再度、政治的な話がよく分らずぽかんとしていたが。


 おいち、お菊、岡、鈴木義兼が去った後

「ろく様!やはり再考を!今回かましたら前みたいに(1571年の白井河原の戦いの前哨戦で根来衆が雑賀衆を誤射) なぁなぁ じゃ絶対に済みませんで!」

「ワシも反対す!ろく様に怒られるのを承知で言いますが味方に殺されるのは勘弁!」

 ろくの配下の根来衆の筆頭の津田算正と杉坊照算兄弟だが珍しくろくに反対意見を述べたのである。

「お前ら男だろ!付いてるんだろうが!信長公の信用を得るには土産が居るんだよ!」

 ろくは怒ったが

「ここでうまく信長公を喜ばせても紀伊で根来が雑賀に焼かれたら意味がないっす!」

「信長公に根来を焼かれるか雑賀に焼かれるか!そんだけなんだよ!」

 ろくは津田に声を荒げたが。

「雑賀の大量の鉄砲は侮れんですわ!危ないですわ。あと、おいちの下に居るお菊って 切れる と鬼神の如き強さらしいでっせ!長島では脱出時に信長公の弟たちを殺って重臣の森(長可)殿の部隊にも大打撃を与えて信長公を激怒させたそうですし!ここは黙って撤収しましょうや!」

 津田も下がらなかったが

「そうも行かないよ!これは博打なんだよ!根来が残るか滅ぶのかだよ!」

 ろくが険しい顔で返した。

(あと、あたしだってここでくすぶる気はないのさ!こうなったら織田で取り立ててもらわないと根来の地にあたしの安泰の地はないのさ!)

 ろくは自分に言い聞かせるように呟いたが。

「あたしだって策は練ってるさ。まずは大和衆、河内衆ごとこの砦を手土産にするんだよ。(織田に)手渡したらあたしたちも撤収さ。あの小娘も佐久間隊のお土産におあつらえだろ?」

 忙しそうに動き回っていたまえこを遠くから見ながらろくは呟いた。

「あの小娘や大和衆、河内衆を叩いたら絶対においちとお菊は黙ってないでっせ!やめましょうや!」

 それでも津田と杉坊兄弟は反対したが。

「塙直政公の密使との連絡は怠るなよ!」

 ろくが津田と杉坊兄弟の不満を無視するよう命じると

「はぁぁ」

 津田と杉坊兄弟も覇気の無い返事をしたが。



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