屍を超えて行け 25-3
1週間後、おいちとお凛は石山本願寺に帰って来たのである。
「寂しかったやろ?ウチらが恋しくなったやろ?」
「ゆっくり休憩できたかいな?でもヒマで参ったやろ?」
「なんかその言い方は腹が立つけど否定はしない」
お菊もおいちとお凛に笑顔で返すとお互い軽く抱擁した。
「それにしても相変わらず本願寺は静かやね」
おいちが言うと
「そりゃ織田の戦力が目と鼻の先(の若江城)に来てるので門徒も参拝するのもおっかないやろうな。堺衆も最近は本願寺か織田かで割れてるわ」
お凛も寂し気に返した。
「で、本当に顕如様は信長公と和睦するの?」
お菊は噂の件をおいちとお凛に聞いた。
「決定らしいな」
おいちは素っ気なく返した。
「なんで信長公、和睦を受け入れたのさ?信長公が有利なのにさ?」
お菊は信長の意図が分からなかったが
「その間にお互いに叩き合いするため本格的に戦力を整えるんやろ」
「じゃあ来年になったらまた和睦を破棄してお互いに戦うの?」
「かもな」
「おかしくない?」
「おかしいな。みんなおかしいから戦になるんやで。まぁ顕如様も策は練ってるそうやで」
「でもさ!」
お菊は不満気においちに返した。
10月になるとお菊たちには朗報が入ったのである。越前一向一揆の後に行方知れずになっていた心眼、弥生、マリア、おふうらが無事に石山本願寺に帰還したのである。
六地蔵、六花仙の帰還なので本願寺も宣伝も兼ねて帰還を派手に演出したのである。
たくさんの門徒が集められ顕如だけでなく正室の如春尼、顕如の後継者でまだ若い教如、顕如らも登場し会場を盛り上げた。
心眼、弥生、マリア、おふうらは大歓声の中、英雄のように帰還したのである。
「お帰りなさい!本当に良かった!」
お菊は弥生に抱き付いたのである。
「すまなかったわね。心配をかけたわね」
弥生も返した。
「よく逃げられたわ」
「さすがやね」
おいちとお凛も感心していた。おいちとお凛だが用意された演出の花束も手渡し盛り上げたのである。
「加賀目指して七里頼周殿らと山中を逃げまわったたんだよ」
マリアが言った後に
「さすがに今回は死ぬかと思いましたよ」
マリアの配下の銀閣は軽く言ったが
「七里殿もなんとか加賀に帰れたけどあの杉浦玄任殿は逃げ切れず途中で討たれたけどな」
金閣も静かに言った。
「そうなんだ」
お菊はあの嫌な杉浦を思い出したが死んでしまったと聞くと複雑な顔をしたが。
「信長公と顕如様で和睦が成立したので越後の上杉謙信公が船を手配してくれたので帰れた。顕如様に感謝だな」
心眼も続いた。
「まぁでもこのままではこの戦は終わらないね。信長公だが若江城に佐久間信盛公に続いて塙直政公も投入するらしいからね」
おふうも続いた。
「塙直政公?」
「信長公の若手の重臣衆だね。織田の南山城、大和、河内の司令官に就任するそうだよ」
「ふうん」
お菊は聞いた事が無い名前だがおふうによると信長の覚えが良く織田家中を一気に出世した男だと言う。
(明智殿を超える人が居るんだ)
「とにかく戦から少し解放されるのは嬉しいかな」
お菊がぼそりと言うと
「気休めだよ。信長公は丹波丹後を明智日向守(明智光秀)に攻めさせ伊賀も信長公の息子らに征伐させるらしい」
「丹波丹後と伊賀で戦うのでこちらに戦力を割けない。だから信長公は和睦を受け入れたのでしょうね」
金閣と銀閣が話した。
「こずえや平助、伊賀の舞やみんな、大丈夫かな」
お菊が心配したが
「残念だが救援軍は送れない。善戦を期待するだけさ」
小次郎が冷徹に言うと
「分かってるけどさ。けどさ」
お菊はそれ以上は言うのはやめたのである。
「ちょっと失礼するわね」
弥生だがひとこと言うと人混みに紛れて去って行ったのである。
「旦那さんと息子さんが迎えに来てくれたんやろな」
おいちがにこりと笑いながら言ったが
「だったらこの戦、もう本願寺も終わりにすれば良いのにさ」
お菊は再度ぼそりと言ったのである。
1575年の秋だが織田信長と石山本願寺の3度目の和睦が成立すると門徒衆も安堵したのか本願寺への参拝客は再度増え始めたのである。
「ありがとうございます!」
お菊らは布施をしてくれる門徒衆に元気に対応していた。
忙しくなって来たので雑賀の七ッ童子の女子衆の小雀、蛍、鶴首にも手伝ってもらったのである。
「新たな巫女候補は全然本願寺に来ないね。越前衆の女子は回してくれなかったね」
お菊が不満そうに言うと
「いつドンパチがまた始まるか分からんのに自分の可愛い娘を本願寺に送る親なんておらんって」
おいちが小声で言った。
「越前衆やけど下間頼廉様とこの大部隊に編入されるようやで。なんでも信長公の本隊とぶつかれる戦力を擁す大部隊らしいで。傭兵もかなり投入されるみたいで堺の人売りが体格の良いのを買い漁って売り込んでるらしいわ」
お凛が嫌そうな顔で言った。
「や~な時代だね」
「ホンマやな!」
お菊とおいちもため息をついた。
「そうだな。嫌な時代だな」
お菊らの会話に割り込むように30歳半ばの目付の鋭い侍が布施に来たのである。
「おわっと!ありがとうございます!」
お菊らは慌ててにこやかなに対応した。
男は金一封と太刀を布施に置いた。
「元気な巫女衆で結構だな。祈祷もお願いしたい」
「はい!お待ちを!」
おいちとお凛が祈祷の手続きの対応に本堂に向かって行った。
「お嬢さん。つかぬ事を聞くが本願寺に巫女衆の兵が居ると噂を聞いたが。まさかあなたたちではないと思うが?」
この男は残ったお菊に変な質問をしたのである。ただ侍だったのでお菊も警戒した。本当の事を言うか迷ったが
「人が足りないので女子の兵は居ますよ」
と返しておいたのである。
「本当でしたか。本願寺は凄まじい事をされるな。いやはや」
男の家臣が呆れ気味に言った。
「家老(佐久間信盛)配下の突撃隊の三猿隊(猿と称する佐久間玄蕃、配下の河童、八戒)が高屋城で女子兵を見たとか」
「長島でも信長公の弟たちに女子の裸を見せて油断させ騙し討ちして信長公の逆鱗に触れた連中も女子の門徒兵とか」
他の家臣衆も続いた。
「……」
お菊は黙っていたが。
しばらくして大将格の男はじっとお菊を見た。
「??」
お菊はなんで見られているのか分からずちょっと緊張したが
「私の娘みたいなのが戦場で人を斬ってそして斬られて果ててるとはな。世も末だな。娘は尾張で元気にしてるかな」
男は寂しそうな顔で呟いた。
「お待たせしました!」
「どうぞ!ご案内します!」
しばらくしてお市とお凛が戻ってくると男たちは本堂に祈祷に向かったのである。
「何だろう?あの人たちさ」
お菊は男たちを見送ったが。
お菊だが弥生が帰って来たのでちょっと息抜きしたくなったのである。信長との和睦も成立し京まで移動できるの京への小旅行を目論んだが弥生は本願寺に居なかったのである。
「弥生さんは心眼殿と安芸に行ってるぜ。おふうさんも加賀に行ってるぜ」
小次郎が事情を教えてくれたが
「本当にまた信長公と戦うつもりなの?」
お菊もその動きの意図を見抜き呆れると
「俺に聞くなよ。本願寺が決める事だ」
小次郎は素っ気なく返したが。
「顕如様の意図なの?」
お菊が悲し気に聞くと
「安芸の鞆(広島県福山市鞆の浦)に将軍様(足利義昭)が居る。その命だとさ」
小次郎が返した。
足利義昭だが織田信長に京から追い出された後は安芸の毛利輝元の庇護を受けていた。そして安芸の鞆で打倒信長の野望と画策に燃えていたのである。
「なんで武家でも無い本願寺が元々敵だった将軍様の言う事を聞くのさ?」
お菊は再度悲しくなると
「顕如様だって悩んでるが信長公に負けたら広大な寺領を取られてしまう。そうなると本願寺が抱える坊官が困るだろ?俺もお前も、いや、弥生さんも心眼殿もだ。仕方ないんだ」
「それで門徒が死んでも?門徒もそれを見抜いてるから最近は(門徒)兵も集まらないじゃん。おかしいってさ」
「おかしいから戦になるんだよ!」
「なにさ!あなた、本当に変わったわ」
お菊だが小次郎に寂し気に言ったが
「年を取れば人は変わるんだよ。俺たちがこれからの本願寺兵の中核を担わなきゃならないのさ。お前こそ変わった方が良い」
小次郎は事実を返したがお菊は受け入れられなかった。
「弥生さんらの後任はお前らなんだぜ?しっかりしろってよ」
「!弥生さんの後任?あたしたちが?」
お菊だがその言葉も受けれなかったのである。
「弥生さんも時間が来れば下がる時が来るのさ。そしてお前らがこれから前線に立つんだ。もちろん俺も心眼殿の後任と自負してる」
「小次郎……」
「お前ら織田では雑賀の三羽烏って畏れられてるらしいぜ。もっと自信を持てよ。おそらく来年また戦が始まるだろうよ。それまで準備を抜かりなくだぜ」
小次郎はそう言うと下間頼廉の道場に去って行ったのである。
「小次郎。あなたさ……いや、もういい。でも弥生さんはあたしが超えれない壁のはずなのさ。それを超えないといけないのか」
お菊は何とも言えない心境になったのである。
お菊はしばらく独りで本願寺の本堂の軒下で沈んでいたが
「あ!お菊さん!手伝ってくださいよ!」
「今日はお布施が多いんですよ!おいち様も探してましたよ」
七ッ童子の小雀、蛍の声で我に返ると
「ごめん!行く!」
そう言うと巫女の日常に戻って行ったのである。




