女心と秋の空 24-5
北国(塩津)街道を南の近江からやって来た瓢箪印の部隊は羽柴秀吉配下の竹中半兵衛だった。
「みなさん大丈夫ですか?間に合って良かった。最近ですが賊が出るとの知らせがあったので警戒していたのです。味方!賊を追え!」
半兵衛だが味方の部隊に賊の追撃を命じながら一行を気遣ったのである。
「おお!半兵衛様!ありがとうございます!」
「あれ?忠兵衛殿?近江屋さんですか?」
半兵衛は忠兵衛の一行と知って驚いていた。
「なんや?お知り合いかいな?」
「なんか世の中、狭過ぎないかいな?」
お凛とおいちが少しいぶかっていたが。
半兵衛だが一行を近江塩津まで護衛しながら案内すると言う。
半兵衛と忠兵衛は親しく話していた。
「まさかこの一行が忠兵衛殿とは。加賀から仕入れた奴隷を大阪まで運ぶとは危険な商いですね。まさか異国に売るのでないですよね?殿には報告しますが信長公にばれたらまずいです」
「依頼主も売り先も決まってます。女子は大阪の女郎屋です。男は本願寺の下男ですよ。私もそれ以上は分からず。越後の(上杉謙信配下の豪商の)蔵田五郎左衛門様が後ろに居ます」
忠兵衛は半兵衛にしれっと返したが
「それも危ない橋ですね。まったく。でも上杉が絡むなら確かに知らぬが仏ですかね。それにしてもさすが抜け目がないですね。また信長公と本願寺との交渉が始まるようですしね」
半兵衛と忠兵衛はお菊たちが気になる事を言ったが。
「殿(羽柴秀吉)の大事な国友(近江の鉄砲生産地)を生かす(明、中国王朝からの輸入品の)硝薬は今度、お安くお譲りしますので今回はご容赦を」
「それなら悪くないですね。でも敦賀港に上陸したこの子たちを見て見ぬ振りをしたのはどうせ十兵衛殿(明智光秀)と(敦賀城の)留守役の蜂屋殿でしょ?確かにあまり巻き込まれたくないですね」
半兵衛だがこの件は深入りしないと言ったのである。
「どこまで本当の事を話してるのかな?」
お菊が小声でおいちに聞くと
「分からんけど全部ホンマにもウソにも聞こえるな」
おいちも返した。
こうして一行は半日ほどで敦賀から近江塩津に無事に到着したのである。
「あ~疲れたわ」
「着物が汗臭くてたまらんわ」
「お風呂に入りたい」
思いがけない戦いと歩き疲れでおいち、お凛、お菊はぼやいたが。
しかし
「みなさん!すぐに用意した船に乗ってくだされ。羽柴殿の気持ちが変わる前にすぐに出発しますので」
忠兵衛にせかされるままみんな疲れを癒す間も無く坂本行きの船に荷駄を積み込んだのである。
「羽柴殿の気持ちが変わるってなんやねん」
荷駄を船に積みながらおいちがぼやいたが
「どうも越前に居た加賀の門徒衆は壊滅したらしい。越前に居る外から来た門徒衆を捕らえろって命が信長公から出ててるらしい」
小次郎が噂聞きした情報を返した。
「弥生さんやマリアさん、おふうさん、心眼殿たち大丈夫かな?」
お菊は呟いた。
荷駄を積み終えるとお菊たちも船に飛び乗った。船はすぐに出発したのである。
「たまが居ない!」
お菊だが出発してすぐ、たまが居ないのに気付いたのである。
しかし
「たまさんは乗らないと。本願寺に帰らず越後に行くと」
忠兵衛の配下の番頭の男が返したのである。
「え?そんなの聞いて無いよ!」
お菊が驚くと
「あ!たまや!」
お凛が湖岸で船に手を振っているたまを見つけたのである。横にはたまを庇って負傷した副船長が腕に布を巻いて立っていた。彼も手を振っていた。
「そう言う事かいな。しゃあないな」
おいちも悟り、笑いながら言った。
「庇ってくれた人だし誘われたらから断れなかったのかな?」
お菊が言うと
「まぁ、自分で決めたんやろ。この戦にたまも疑問を感じてんかもな」
お凛がぼそりと呟いた。
「さようなら!」
「仲良くな!」
「元気でな!」
お菊、おいち、お凛はたまに手を振って応えたのである。
船だが風向きが良く順調に坂本に進んでいた。忠兵衛によると明日の朝には坂本に着くと言う。琵琶湖なので波も少なく快適な船旅で船が苦手なお凛も配られた握り飯を食べ終えると疲れていたのと既に夕刻だったのでぎゅうぎゅうに押し込まれた船倉で文句も言わずみんなとくっ付きながらすやすやと熟睡に入っていた。
「みんな疲れてたんやな。臭いもぎゅうぎゅう詰めも気にせずにすぐにお寝んねやな。あれ?お菊はどした?」
お菊だが船倉に居ずに夕刻の夕日に赤く染まった船首でぼんやり琵琶湖を眺めていた。おいちはお菊の傍に寄ったのである。
「どしたねん?」
「別に」
「明智殿の言葉が気になったんやろ?」
「別に」
お菊はおいちに琵琶湖を見ながら無感情に返した。
「おいち。あんたは雑賀の郷の惣を守るために戦ってんだよね」
「そや」
お菊がぼそりと聞くとおいちは即答した。
「あの人(明智光秀)はさち姉や頑強僧正を殺した敵だ。あたしの仇だ。なのになんであたしたちを時々庇ったりするんだろ?」
「気に入られてるんやで」
「冗談でも嫌だよ」
お菊はおいちに膨れたが
「あの人は本気で天下を鎮めたいと思ってるんやろ。そのために逆らう人を殺めるのは仕方ないと思ってるんやろ。でも早く天下を鎮めたいからアンタみたいな優秀な兵を単に欲しいだけやと思うわ」
おいちも琵琶湖を見ながら返した。
「それだけなんだ。あたしは天下を少しでも早く鎮めるための道具なんだ」
お菊は再度ぼそりと言った。
「それは本願寺も同じやで。ウチら雑賀衆もそんだけやで。お凛や堺衆もな」
おいちも少し悲しそうに返した。
「たまみたいにアンタも考えが変わったら仕方ないわ。これから増えるやろうな。そういうの。千代目と一郎もそうやったな」
「……」
お菊は長島願証寺の脱出時に本願寺で一緒に修行した仲だったが自分たちに立ち塞がり戦場の露になった千代目と一郎を思い出した。
「そうなっても恨みっこは無しやね。乱世やからね」
おいちは軽く言ったが
「アンタと戦うのは嫌だよ」
お菊は再度ぼそりと返したが。
「それでもええやん。だから一緒に戦うって。もう寝よや」
おいちはそう言うと船倉に戻って行ったのである。
お菊だが日が暮れても琵琶湖を眺めていたのである。
翌朝、船は坂本に入ったのである。
「すごいお城だ。なるほどね」
お菊だが坂本城を見て信長の光秀への待遇を感じたのである。
「信長公が美濃から京に向かう時は羽柴殿の近江長浜で船に乗り坂本城で降りるのでここは重要拠点ですな。堅田衆を抑えてるのも明智殿ですし」
忠兵衛がお菊に返した。
船だが坂本城下の港に接岸すると
「荷駄を降ろすの手伝えって。奴隷らしくしろって」
小次郎がみんなに指示を出した。
蔵田五郎左衛門の別の大阪行きの荷を積んだ船も坂本に入っていた。坂本で馬や荷車に荷駄を乗せ換え、志賀越えして京に入り巨椋池の淀川の船着き場に行けば大阪は船ですぐである。
「よし!頑張る!」
「大阪はすぐだぜ!」
七ッ童子の小雀と無二が気合を入れるとみんな船から荷駄を降ろし馬や荷車に積み込む作業に奮闘していた。
「ははは。元気やな」
「さすが忠兵衛殿は元気なのを仕入れて来るわ」
「かわいい女子衆とちょめっと遊びたいけど越後の豪商の蔵田殿と近江の忠兵衛殿の大事な商品やから手を出せんな。残念やな」
忠兵衛が琵琶湖での輸送を頼んでいた堅田衆はお菊ら一行の正体に気付かず元気に働く奴隷と感心していたが。
「あなたたちかわいそうね。いや、私も同じかな」
「え?」
突然、高貴な着物を着た13歳くらいの女子が作業をするお菊たちに声を掛けて来たのである。
「お嬢様!かのような下賤な者たちにお話してはなりません!」
彼女の女中が慌てて彼女を止めたのであるが
「この人たちは私と同じよ。知らない家に行って住み込まされるのよ。見てても良いでしょ?」
彼女は女中に文句を言った。
「わ!明智様の姫君だ!」
「ははぁ!」
堅田衆や忠兵衛らは驚いて彼女に頭を下げたのでお菊らもよく分らず頭を下げたが。
「姫様!お父上様は仕方無くやっているのです。天下を鎮めるためです!」
女中は彼女を説得しようとしたが
「父上はいつも明智家を強くするため人を物のように売り買いしてるだけよ。あたしも物なのよ。この人たちと同じよ。もういい!もっとゆっくり見たかったのに!」
彼女はそう言うと膨れて坂本城の方に戻って行ったのである。
「あれが明智殿の姫君?」
お菊だが昔、比叡山焼き討ち時に幼い彼女を見たが雰囲気は変わっていたように感じたのである。
「血の気の無さそうな冷徹な美少女やな」
「明智殿に性格が似たんかいな」
お凛とおいちがひそひそと言うと
「こらこら!」
忠兵衛がお凛とおいちを慌てて注意したが。
一行だが馬や荷車に荷駄を積むと坂本を出発し京に向かったのである。そのまま京を抜けようやく巨椋池の淀川の船着き場に到着したのである。
「やった!ここまで来た!」
「もうすぐ大阪や!」
「あ~マジで疲れたわ」
お菊、おいち、お凛が声を上げたが
「山!迎えの船が来とらんぞ!」
忠兵衛だが番頭の山に文句を言っていた。
「おかしいな?段取りしたんですが?」
山は焦っていたが船が来ていないのを悟るとすぐに交渉に出向き別の船を確保して来たのである。
一行は山が確保した船に乗って淀川を下りようやく大阪の石山本願寺に戻ったのである。
ただ、大喜びの一行と違い、本願寺からの歓迎は無く静かな帰還となった。むしろ突然の帰還に本願寺側が驚いていた。
忠兵衛と山だが何が困った顔でひそひそ話をしていたがお菊は聞いてしまったが。
「山!話が違うと本願寺に話をして差額は払ってもらえ!」
「はぁ。まったく。へい」
忠兵衛に文句を言われて山は溜息をついていたが。
本願寺だがお菊らの越前からの突然の帰還を聞いた下間頼廉が慌てて対応したのである。
「根来衆が巨椋池まで迎えに来る予定だったが来なかった?ろくめ、日程を間違えたか?」
頼廉だが忠兵衛と渋い顔で話をしていたが何はともあれお菊、おいち、お凛、七ッ童子、雑賀衆、堺衆、越前からの若衆は無事に1575年の秋に石山本願寺に戻ったのである。




