女心と秋の空 24-3
敦賀城で明智光秀は丹羽長秀の留守役の蜂屋頼隆と話をしていた。蜂屋は光秀より4つ上で元美濃衆で光秀とは昔からの長い付き合いである。
「なんやて?岡崎山砦を逃げ出した船の連中がここ(敦賀)の上杉屋敷に逃げ込んだぁ?」
蜂屋は光秀からの報告を聞き変な声を出した。
「上杉屋敷には手を出せんから出て来たら捕まえたるわ」
「そうも行かないですよ。敦賀の港の役人が越前若狭近江の通行手形を渡しましたからね」
「どうやって手に入れたんや。上杉の商人からこれか?」
蜂屋は袖の下を通す仕草をした。光秀は笑いながらうなずいた。
「しゃあないな。ま、俺の懐にも入ってるからなぁ!あ!黙っとけや!」
「知ってますよ。それしか楽しみがないんでしょ?だから(手形を勝手に発行した)役人は見逃がしますがね」
「楽しみだけちゃうで!戦続きでワシらの懐もいつもカツカツや!必要経費やで!」
蜂屋はぼやいた。信長だが基本は風紀にも銭にもうるさい男だが家臣には甘い所もあった。戦続きで部下の懐が厳しいのは信長も承知していたので見て見ぬ振りをしていたのである。光秀もそれは承知していた。
「殿(織田信長)にはバレてないかいな?」
「バレていても上杉相手だから手は出せませんからね。ただこのまま黙って見逃すのは癪かな?」
「そうやな。どうする?」
「僕に策がありますので。僕の兵の主力が越前に居て手持ちが無いので兵を貸してくださいよ」
光秀はひそひそと蜂屋と話したのである。
「承知や。物見は越後屋敷に張り付けておいたわ」
蜂屋は光秀の策を受け入れたのである。
「たま。ごめん」
「ほんまやな」
「明智殿だから手荒なことはしないと思うけどな」
上杉屋敷でお菊、おいち、お凛は光秀に捕まったたまの件で沈んでいた。
「明後日にも大阪に向けて出るそうだ。俺たちは加賀からの奴隷だからそれらしく演じろって」
小次郎が入って来たのである。
「副船長さんがたまを探してるがおそらく敦賀城の中に居るらしい。もう諦めろ」
「分かってるけどさ」
小次郎にお菊は返した。
次の日だが商人が上杉屋敷にやって来たのである。船長と和やかに話した後にお菊たちに挨拶に来たのである。
「近江屋の忠兵衛様だ。みなさんを大阪まで案内してくれる」
船長が商人を紹介した。40歳位の目付きは厳しいが温厚そうな男である。横には番頭で用心棒も兼ねてると思われる細身の背の高い強面の男が居た。
「近江塩津まで歩いて琵琶湖を堅田衆の船で横断、坂本から歩いて京まで行きます。京からは大阪までは再度船です。皆様は奴隷と言う事でそれらしく振る舞ってくだされ」
「このボロ着を着てくだされ。みなさんの普段着や武具は荷駄にしまっておきますので」
忠兵衛が言うと横に居た番頭も説明した。
ボロ着にみんな ええっ と顔をしかめてたが。
「まさか明智殿の拠点(の坂本)を通るなんてさ」
お菊もまさか明智光秀の所領の坂本を通る事にぼやいたが。
翌日、全員出発前にボロ着に着替えたが
「腰縄をするなんて演技でも嫌やなぁ」
「なんやねんこのボロ着は本物過ぎるわ。臭いし恥ずかしいわ。うわあ」
おいちとお凛は悲鳴を上げた。奴隷らしくみんな腰縄で結ばれしかも臭うボロの着物を着てわざと顔も汚す細工までしたのである。
「でもさ、こんな少数の護衛で手形があっても大丈夫かな?」
ただお菊は別の心配をしたが。近江塩津までは山道である。たった10名の護衛で傭兵と思われたが覇気が感じられなかった。船長らも察しそこで副船長ら上杉兵も5人程、近江塩津まで同行させると言う。
「山賊が出たらどうしよう」
敦賀と近江塩津の間の山道は山賊が出るとの噂が出てみんな心配していた。
「おまえが追い払えば良いんだよ」
「何さ!小次郎がしなさいよ!」
小次郎の返しにお菊は怒ってたが。
「忠兵衛様!ご無事を!越前からの敗残兵の賊が最近出るようなのでお気を付けて!無理をせずに!」
上杉屋敷を出る前に船長が忠兵衛らを気遣うと
「ははは。必ずみなさんを大阪にお連れしますよ。いざとなったらお嬢さんたちにも戦って頂くよ」
忠兵衛はお菊たちをちらりと見ると笑いながら船長に返した。
「船長!本当にありがとうございました!」
お菊、おいち、お凛、小次郎や七ッ童子や越前からの若者たちも船長に最後に礼を言ったのである。
「気にせずに。私は阿虎様の命をこなすだけ。御礼もみなさんが無事に大阪の石山本願寺に戻ってからですよ。忠兵衛様からの知らせを待ってますよ。それから祝杯をあげようかな?私も楽しかった。みなさんの無事を祈ってますぞ」
船長は笑顔でそう言うとお菊たち一行を見送ったのである。
上杉屋敷を出て敦賀の町を抜けるまではみんな奴隷らしく暗い顔で粛々と歩いたのである。
「あの子たちは大阪に売られるのか」
「若いし女子が多いから高く売れるだろうがえげつない世やな」
敦賀の町衆はお菊たち一行を本当の奴隷と思い哀れんでくれた。
「越後屋敷から本願寺の女たちが出ました。近江塩津に向かってるかと。奴隷の振りしてボロ着に腰縄をしてますが丸腰です」
蜂屋の物見がひとり敦賀城に戻り報告を上げた。
「それは良い知らせだね。ご苦労。追うぞ。狙いはお菊だけだ」
「そんな凄い女子なんか?」
蜂屋が光秀に聞くと
「顕如上人の正室の如春尼の親衛隊、六花仙の筆頭で凄腕で危険ですよ。味方になれば許すけど敵のままなら味方が死ぬので放っておけませんよ」
光秀は蜂屋に返した。
「僕らも出発前に様子を見ようか」
光秀と頼隆は町人に紛れて途中の茶屋に潜んだのである。
お菊たちの一行を見て
「ははは。良く変装している」
光秀は感心したが
「ありゃ?お菊たちを連れてるのが忠兵衛様じゃ?」
荒深小五郎が変な声を出し焦った。光秀も渋い顔になった。
「商人が知り合いかいな?」
蜂屋が聞くと
「最近当家に出入りしてる新しい商人ですね。こちらの無理な注文もこなしてくれて気に入ってるのですが。新参は危険な仕事をしないと儲からないから仕方ないかな。忠兵衛殿たちには絶対に手を出すな。他の者は適当にあしらっておけ。絶対に殺すな。雑魚の傭兵は僕が狙撃する。狙いはお菊だけだ」
光秀が指示を出した。
「十兵衛様!あいつら変装が上手すぎてどれがお菊か分からないです!」
物見が言う通りみんなぼろを着て顔などを汚していたので誰か分かり難かった。
「確かに。なかなかやるね。分かった。たま を連れて行こうか」
光秀は策を練ったのである。
光秀、蜂屋らはお菊らを見送ると敦賀城に戻ると甲冑を着て山賊風に見せるため獣の毛皮を羽織って能面を持ち、嫌がるたまを連れ出すと騎馬30騎程で裏街道からお菊たちを先回りしたのである。
敦賀の町を出て山道に入るとようやくみんな緊張が切れて賑やかになった。
「ふう!何とか奴隷っぽくごまかせたかな?目指せ近江塩津!」
「そんな急坂じゃないのは楽ですね!」
「みんなでワイワイ歩きましょ!」
七ッ童子の小雀と蛍、鶴首が軽く言うと
「あ!奴隷らしく暗く物静かにお願いしますが」
忠兵衛の顔だけ強面の番頭の男がみんなに注意したがみんな聞いてなかったが。
「おいち!縄があっても近過ぎるわ!引っ付き過ぎやで!この着物、匂いがあかんって!ウチ、マジでキツイわ!」
「ええやんか!ウチだってキツイわ!こうなったらヤケやで!みんなでいちゃいちゃ匂いを忘れるよう楽しく歩こうや!」
おいちとお凛が揉めていたが。
「ねえ。小次郎。後を付けられてないかな?」
「それは無いだろ。ただの通行人だぜ。山賊の噂はあるが織田の勢力圏だからさすがに昼間は出ないだろうよ」
「でもなんか嫌な予感がするよ」
お菊は小次郎に返した。
その時である。
「こらあ!止まれぇ!」
突如、鬼の能面をした男が飛び出し一行の進路を阻んだのである。
「わ!昼間に鬼や!」
「んな訳ないやろ!」
おいちにお凛が突っ込んだが。
「なに!山賊だと!」
忠兵衛らも仰天したが
「出たか!鉄砲!用意!」
番頭の男が命を出すと護衛の傭兵たちだが慌てて鉄砲を用意して構えた。
「お菊の嫌な予感が当たるとはな!」
小次郎が緊張しながら言った後
「あれ?もしかしたら?」
お菊は変な声を出したのである。




