女心と秋の空 24-1 挿絵あり
お菊たちの乗った越後の弁才船は西に向かっていた。お菊はおいちと海をぼんやり眺めていた。
「凛凛は大丈夫かな?」
「あかん。伸びてる」
お菊の問いにおいちは返した。この日は波が高く船は大きく揺れ船が苦手なお凛はすっかり伸びていた。風も向かい風で船は帆を畳んで櫓を使って進んでいたがお陰で織田の追っ手の心配は無くなったが。
「お菊殿、おいち殿、ちょっと」
お菊とおいちだが船長に呼ばれたのである。これからの行先の件だが船長だが意外な判断をしたのである。
当初の予定では石山本願寺の勢力圏の丹後まで行く予定だった。しかし海が荒れてるのと今回思ったよりも人をたくさん乗せ船が重く動きが鈍く、さらに向かい風で櫓漕ぎ手の船員の負担も重く、丹後へ向かう途中の若狭衆が信長配下になったので襲われる可能性をも考慮したのである。脱出時の戦いで鉄砲の弾や硝薬をほぼ使い切っており船の自衛も難しかった。
そこで織田の裏をかいて岡崎山砦の目と鼻の先の越前敦賀港に入る事にしたのである。
敦賀は織田の勢力圏だが日本海航路の船が多数入港停泊する交易の港で船が多いので監視の目が緩いと言う。いざとなれば役人に裏金を渡すのである。
敦賀に上陸後は越後屋敷に入りそこから上杉家の御用商人、蔵田家の取引先の堺や京の商人と大阪の石山本願寺に戻る段取りである。
お菊とおいちだが本音では丹後まで行きたかったが自然には勝てなかった。敦賀半島の先に見える丹後に向かう日本海は白波を立てて荒れ、お菊たちの船を待ち構えてた。そこに入るのは船に疎いお菊やおいちでも恐怖を感じたのである。
また船長の願いでお菊たちは 積荷 になったのである。これも船長の判断であった。
お菊、おいちは船長の提案を了承した。船だが日本海目指して西に向かっていたのを敦賀半島沿いに南に急旋回し敦賀港に向かったのである。
途中で陸と白い砂浜で繋がってるきれいな島が見えた。
「きれいな島だな」
「ほんまや。思いっきり泳ぎたいわ」
お菊においちが即答したが。
「そうだね。何もかも忘れて海ではしゃぎたいよ」
「ありゃ?清く正しく美しくなお菊らしくないな?」
おいちがお菊を冷やかすと
「なんか疲れたよ」
お菊がぼそりと言うと
「そやな」
おいちも静かに返した。
「ここは水島と言う島で敦賀半島と真っ白な砂浜で繋がっていてこの辺では風光明媚な島で有名ですな」
いつの間にかお菊とおいちの横に居た船長が返したが。
「おお!きれいな海に砂浜だ!」
「おわぁ!本当だ!」
七ッ童子の但中と蛍だが水島を見て興奮していた。
「船長!せっかくだから休憩しましょうよ!」
「よし!泳ぐぞ!」
無二と小雀ら七ッ童子だがそう言うと着物を脱いで海に飛び込んで水島に向かって泳ごうとして他の船乗りやたま、越前の若い衆を唖然とさせたが。
「こらこら!やめなさい!ここで降りたら若狭衆がみなさんを待ち構えてますぞ!」
船長が慌てて七ッ童子を止めたのである。
「あ~ん。つまんない」
「久々に息抜きしたかったぜ」
鶴首と下針も残念そうに言うと着物をぶつぶつ言いながら再度着て諦めたのである。
「あ~それにしても四方八方敵だらけやな」
おいちも最後にぼやいたが。
岡崎山砦から敦賀港は近い。その日の夕方には船は敦賀港に入ったのである。敦賀港にはたくさんの船が泊まり紛れ込むのは簡単そうではあったがしばらくしてお菊たちの船を追うように小舟が近寄って来たが。
「何だろ?大丈夫かな?」
お菊が心配したが
「越後の弁才船は上杉家の息が掛かっています。信長公と上杉家は一応友好関係ですので迂闊には手を出さないでしょう。信長公の商人の扱いは放任で寛大ですし」
船長が返した。
それでも小舟は明らかにこの船を狙って並走してたが。
「まぁ、後は俺らに任せておきなっての。ちょっとした細工もしたしよ」
不安がるお菊らに対して船長の副官の船乗りの男も軽く返した。船名を偽装し船長部屋に飾ってある毘沙門天像を南蛮船のように船首に括り付ける下手な細工をしていたのである。
「あの船で違いなさそうだな」
「へい!船名を替えたり変な飾りを船首に付けて偽装してますが違いないと」
並走する小舟の男たちはこの弁才船をじっくり観察し岡崎山砦の砂浜から脱出した船と確信していた。
この船の接岸場所を確認すると
「よし!十兵衛様に報告するか」
そう言うと小舟は急旋回し去って行ったのである。
「どこか行っちゃった?」
「嫌~な予感がするわ」
お菊とおいちは小舟を見送った。
その頃、明智光秀だが落とした岡崎山砦、杉津砦を羽柴秀吉、藤田伝五、堀秀政らに任せて荒深小五郎と織田信長の越前攻めの本陣の敦賀城を訪れて越前の戦況を報告したのである。
岡崎山砦、杉津砦から敦賀は陸路でも半日も掛からない距離で光秀はお菊たちより先に敦賀に入っていたのである。
光秀だがまず若狭衆を懐柔、若狭美浜の国吉城の粟屋勝久の協力を得ると船を使い明智光秀と羽柴秀吉の部隊は敦賀湾を横断し杉津砦、岡崎山砦の北に上陸。一向宗の拠点で無防備だった府中龍門寺城を襲撃、壊滅的な打撃を与えた。
木の芽砦、杉津砦、岡崎山砦は予想外に背後の府中龍門寺城を襲われて浮き足立ち、元々加賀や石山本願寺の坊官に不満を持ち、織田家からも内応の誘いを受けていた越前衆もこの機会に織田家に応える形で門徒衆を裏切ると木の芽砦、杉津砦は中から呆気なく崩壊したのである。柴田勝家、丹羽長秀、蜂谷頼隆らは木の芽砦、杉津砦を難なく突破し府中龍門寺城の完全平定に向かい、美濃からの守りの村岡山城の部隊も木の芽砦や杉津砦の落城を知ると村岡山城から門徒衆の多くが逃げ出し村岡山城も金森重近ら美濃衆に落とされたのである。
岡崎山砦が最後まで粘っていたが堀秀政の活躍で最後は籠城していた門徒衆は船で脱出して岡崎山砦も落城し越前はほぼ織田家に制圧されたと光秀は信長に流暢に報告したのである。
信長だが圧倒的な戦果に終始満悦で近く、自らも近く府中龍門寺城に行くと言う。
ただ信長は光秀に岡崎山砦を脱出した船の行く先を調べるようにも命じたのである。
光秀は敦賀でその任務に当たったのである。
敦賀港に接岸した越後の弁才船は敦賀港の役人2人と船長が運んで来た物資とその税の支払いの手続きをしていた。
「越後の船なのに越後の名産の青苧は無い、奥州の米も無い、積んでるのは奴隷だと?」
港の役人たちは積荷の報告を怪訝な顔で見ていた。確かに船には若い女子と男子が50人程乗っていた。
「青苧や米は加賀で急に売れてしまったので。奴隷は加賀で仕入れたのでね」
船長はそれらしく返したが
「うるさい謙信公にバレたらまずいんじゃないか?まぁ越前の支援に必死の加賀の門徒衆に頼まれて青苧も米も売ったんだろうが。まぁ加賀の門徒をボッコにして越前は今は織田のモノだがな。でもな、信長公と争ってる加賀衆にモノを売ったのはちょっとなぁ」
役人が言うと
「お役人様!お手間はかけませんよ!えへ!」
船長の副官の男はそう言うと役人たちの袖の下にずっしりとした巾着を通したのである。
役人たちはにこやかに笑うと
「そうだな。俺たちも面倒事は嫌いなんだよ。越後衆は話が通じて好きだな。奴隷の件は目をつぶっておくよ」
穏やかに返したのである。
「ところでどこにつれて行くんだい?」
もう一人の役人が船長に聞くと
「京か大阪に買い手がいる」
船長が返すと
「女郎屋かい?なかなか粒揃いじゃないか?今夜遊ばせてくれよ。頼むよ」
役人たちがこの奴隷、お菊たちが上玉と思ったようで船長に頼むと
「それは無理ですね」
船長は即座に断ったが
「越前若狭近江を通れる手形を発行してやるよ?どうだい?」
役人たちは船長が欲しがっていた物を提示したのである。
奴隷の通行手形は越後の豪商の蔵田五郎左衛門の新しい取引先の近江の豪商、近江屋に頼む予定だった。しかし若い子女の奴隷の通行手形は意外と自分の評判を気にする織田信長が問題視して難しいと言われていたのである。近江屋だが西近江を地盤とする信長の重臣になった明智光秀に通じていると噂され光秀が許可を出さない可能性もあった。船長もどうやってお菊たちを大阪に連れ出すか悩んでいたのである。
おいちが真っ先に反応したのである。
「船長!好機やで!」
おいちがささやいたが
「しかし!君たちにそんな事をさせられない」
船長が返すと
「良い考えがあるねん!任せてや!」
おいちが船長に返すと
「お役人様!先に手形を頂けたら考えますぅ!」
おいちは猫撫で声で返した。
「はい?」
「また何か企んでるよ」
お凛とお菊がおいちに呆れたが
「おお!すぐ用意する!物分かりが良いな!夕方迎えに来る!」
役人たちはそう言うと喜びながら役場に帰ったのである。
「あんた何を考えてるのさ?知らない男の相手なんて嫌だよ」
「責任取ってや。ウチは知らんで」
お菊とお凛がおいちに膨れると
「ウチを触ると高くつくで!杉津砦でやった七里殿の戦法や!」
おいちが返すと
「なる(ほど)」
「でもうまく行くかな?」
お凛とお菊は返したが。
とりあえずそれでも越後の船は入港税の支払いを終え、一行は無事に敦賀に上陸し越後屋敷に入れたのである。
その日の夜だが役人2人は本当に越前若狭近江を通れる手形を持って越後屋敷に来たのである。
船長は安堵しつつ不安であったが。お菊たちは無事に大阪まで帰れるので大喜びであった。
「じゃあ約束通り今からご一緒させてもらうよ」
役人2人は顔を赤くして鼻の下を伸ばしながら言った。
「お菊、おいち、頼むで」
お凛が他人事のように返したが
「えっと、あの娘とあの娘とあの娘とあの娘」
役人たちはお菊、おいち、お凛、たまを指名したのである。
「え?なんであたしが入ってるの?」
「ちょい!何で4人やねん!2人で充分やろ!」
たまとお凛が反発したが
「分かりました!でもお腹も空いたな~」
おいちがしれっと返すと
「おいしい越前蟹が入ったんだ!みんなで食べよ!」
役人たちは嬉しそうに返した。
(ようし!上手く行った!もらった!)
おいちとお菊はにやけたのである。
「じゃあ外で待ってるよ!」
役人たちは嬉しそうに外で待ってると先に出て行った。
「気を付けてな」
船長が心配そうに言うと
「しかし女って怖いよな!何を考えてるんだが」
小次郎が呆れ気味に言うと
「男がバカだからでしょうか!すぐに女、女ってさ!あなただっていつも必死な顔してるってさ!呆れるよ本当に!」
お菊が反論すると
「最中に人の顔をじっくり見るな!」
小次郎が赤い顔でお菊に怒ったが
「もう知らない!」
お菊は小次郎を放って出発したのである。
その頃、明智光秀も息抜きで越前蟹の有名な料亭に荒深小五郎と向かっていた。
お菊たちの動きも気付かずに。




