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情けは人のためなのさ 23-7

 岡崎山砦の北の村の砂浜に乗り上げていた越後からの北前船は阿虎の命に従い、お菊、おいち、お凛を待っていた。

「船長!なんか岡崎山砦だけでなく村も騒がしいです!」

「何か起きてるのかもしれませんぜ!」

 船乗りたちは船長に報告した。

「船長。織田の大将の日向守(明智光秀)が出港するなって騒いでますが?どうするんですかい?」

「積んでる米を横流しして見逃してもらおうとしても頑として首を縦に振らないんで面倒な奴ですが」

 船乗りたちは口を尖らせた。

「ワシらはただの米の運搬船だ。ついでにお菊、おいち、お凛を大阪に送り返せば良い。後は状況に応じて対処する」

 船長は冷静に言ったが

「どんな娘かも分からんのに阿虎様も無茶を言うぜ」

「本当に娘たちは岡崎山砦から脱出できるのかよ?」

 船乗りたちはぶうぶう言っていた。


 お菊たちは了観たちと別れて砂浜を突っ切って船に向おうとしていた。

「お菊!(越前の若い子たちの)乗船を拒否されたらどうすんねん?」

「何と言われてもみんな連れて帰る!」

 お菊はおいちに即答した。

「こんなに乗れないぜ!越前の若いのはダメだろうが!」

 小次郎が渋ったが

「村長(むらおさ)さんの頼みでしょうが!だから村長さんはたまと庄助や杉津砦から逃げて来た子たちを危険を冒してまで匿ってくれたんでしょうが!」

 お菊が返すと小次郎も返せなかったが。


 お菊、おいち、お凛、小次郎、たま、庄助、七ッ童子、雑賀衆、堺衆と越前衆の若者たちは砂浜を走って突っ切って船に向かったのである。


「おい!あれもしかしたら!」

「船長!たぶん、お菊たちでっせ!」

 船乗りたちがこちらに向かって来るお菊たちに気付いたのである。

「さすが!しかし思ったよりも数が多いではないか!」

 船長は驚いたが

「すまぬが全員は乗せれんか」

 小声で呟いたのである。


「船乗りさん!乗せて!助けて!」

 お菊たちは波をかき分けながら船に近付くと声を上げた。

「阿虎様からお菊さん、おいちさん、お凛さん、小次郎殿、雑賀衆、堺衆は乗せて良いと言われているがそれ以外はダメだ」

 船長は冷静に言ったのである。

 たまや庄助、越前の若者たちは顔が蒼くなったがお菊は構わず船に乗ると船長に抱き付いて泣いたのである。

「船長!船乗りは仲間を見捨てないでしょう?同じですよ!みんな地獄を抜けてここまでやっと来たんです!乗せてください!」

「く!しかし、重過ぎるのだ!」

 船長はお菊の涙に躊躇し言葉を押し返そうとしたがお菊は船長に抱き付いて離れなかったのである。

「みんな!乗るんや!」

 お菊が船長の対応をしている隙においちがそう言うとみんな構わず次々と船に飛び乗ったのである。

 船長がお菊に躊躇している間に

「出航!櫓を全力で漕げぇ!」

 誰かが大声を上げると

「えい!ほ!えい!ほ!」

 漕ぎ手たちはいっせいに船を砂浜から離岸させるため櫓を漕いだのである。


 しかし船はびくとも動かなかった。

「どうした!もっと漕げ!」

「クソ!重過ぎるんだよ!」

 船乗りたちが焦ると村から10人ほどが砂浜から海に入って船に向かって来たのである。

「ヤバい!了観上人の部隊が突破されたか!」

 小次郎が焦ったが

「いや、違う!丸腰だぞ!」

「おじいさんたちだ!助けてくれた村長さんだ!」

 無二とたまが気付いたのである。

 村長らは船を押すために自らを投げ打って海に入ってきたのである。村長たちは船に飛び付くと船を押し始めたのである。


 しかし村長たちを追うように今度は明智兵も船に向かって来たのである。

「明智隊が了観上人を突破したわ!」

 おいちが声を裏返すと船長も決断し

「重い物を全て捨てろ!(積荷の)米も酒も捨てろ!甲冑を脱げ!」

 船長が声を上げるとみんな甲冑を脱ぎ、次々と積荷を海に捨てたのである。

「若いのは櫓漕ぎを手伝え!」

 船乗りが言うと雑賀衆や若い越前衆は櫓漕ぎの支援に入ったのである。

 それでも船はわずかにしか動かなかった。


「船長!鉄砲を借りるで!七ッ童子!撃て!」

 おいちが命を出すと小雀、鶴首、下針、無二らが素早く弾を込めつつ、おいち、蛍、発中、但中らが船上から了観らを突破し海に入って船に襲い掛かろうとする明智兵に射撃を加えたのである。明智兵は何人か倒されると進軍を躊躇して止まったのである。

 しかし代わりに大蛇が居なくなって村に戻って来た織田兵がわらわらとやって来た。数が多いので倒されても力押しで来たのである。

「まずい!村長!手伝う!」

 そう言うと庄助や一部の若者が船を飛び降りて船を押し始めたのである。

「庄助!なんで降りちゃったの!」

 たまが悲鳴を上げたが

「たま!元気でな!俺はここの出だからここに残るぜ!みんな押せ!」

 20人程の力で船はようやくわずかに動き出したのである。

「撃て!奴らを近寄らすな!」

 船長が命を出すとおいちらはひたすら撃ったのである。お菊も弾込めを手伝った。


 明智光秀だが了観と圓宮寺党の僧兵を突破してやようやく砂浜までやって来た。

「まったく。散々手こずらせて。船を押してる連中を狙撃しろ!」

「十兵衛様!敵の船の上からの狙撃で味方に負傷者が続出しています!海に入って近付くのは危険です!」

 光秀は命を出したが味方の足軽隊長に止められたのである。

「十兵衛様!お菊たちは逃がしましたが岡崎山砦は落としたので戦果としては充分でしょう。こちらの負傷者がこれ以上増えるのははまずいです。戦はまだまだ続きます」

 藤田伝五も深追いに反対した。

「織田兵に手柄は任せましょう。こういう危険な任務は」

 荒深小五郎も小声で言った。

 光秀も落ち着きを取り戻すと

「そうだね。今回の戦は金が掛かり過ぎたしね。無理に戦って味方にこれ以上死人や怪我人を出すのは良くないね。我々は矢を使って織田兵の援護に徹しよう」

 光秀は無理に兵を突っ込ませずに後方から弓矢で織田兵を支援する事にしたのである。

 織田兵だがお菊らの船から激しく鉄砲を撃って来るので海に入って船に近付こうとしても次々と撃ち倒されていた。そこで織田兵も砂浜から鉄砲や矢を放ちながら近付こうとしたのである。

 矢や鉄砲の弾が当たり船の押し手が何人か倒されると新たに別の者が船を飛び降りて船を押し続けた。ようやく船は沖に向かって動き出したのである。ただ織田兵も犠牲を顧みず海に再度入って船に飛び付こうとしたのである。


 おいちらは必死に鉄砲を撃ち、船乗りらも矢を射ていた。

「味方!盾から顔を出すな!矢に当たるぞ!漕ぎ手!頑張れ!もう少しだ!」

 船長が必死に指揮を執っていた。

「あたしは何も出来ないなんて!」

 お菊は矢を避けつつ鉄砲の弾を込めながら歯ぎしりしたが。

「おい!あいつら村から小舟を持ち出そうとしてるぞ!」 

 船乗りたちは織田兵が村から追撃用の小舟を出そうとしているのを見て慌てると

「お菊!あいつらがこの船に追いついたら出番だぞ。叩き斬ってやれよ」

 小次郎が悪気なく言ったがお菊は小次郎を睨んでしまったが。


「お?織田兵ですが小舟で追い掛けるようですが?」

 荒深小五郎が織田の動きに気付いた。

「十兵衛様!織田兵の犠牲が思ったよりも増えすぎてますが?船は間もなく(砂浜から)離脱しますが?それでも追わせますか?」

 藤田伝五が光秀に聞くと

「まったく。手柄欲しさにやみくもに突っ込むからだよ。船を用意してもろくに操船も出来ないできないだろうに。しかしお菊たちめ。よくやる」

 光秀はそう言うとしばらく考えた後、

「織田の足軽隊長に僕が指揮を執ると伝えよ。これ以上の損失はまずい。僕に妙案がある。追撃を中止させよ」

 命を飛ばしたのである。


 しばらくすると織田の足軽隊長の堀秀政が光秀の元に飛んで来たのである。

「日向守様!これほどの犠牲を出して門徒を逃したら私は信長公からただではすみません!村に船が隠してありましたのでそれを使って追撃許可を!」

 堀秀政は信長への畏怖を兼ねて必死に言った。

「いや、みなさんは良く戦った。僕が信長公に良く報告するので安心してください。むしろ杉津砦、岡崎山砦を短期で落とせたので信長公は堀殿を評してくれますよ」

 光秀が爽やかに堀に返した。堀だが信長の小姓として気に入られ出世した男である。ただ 戦は慣れてなかった。今回だが手柄を立てたく必死だったのである。それでも信長の重臣の光秀の高い評価を得た事で堀はようやく落ち着いたのである。

「あと門徒の船を逃がすために船を押して残った門徒の若衆は生け捕りにしてください。味方のための犠牲の美談は信長公はお好きですからね」

 堀は光秀の指示に従ったのである。そして前線に戻って行ったのである。


「信長公だが長島で殺め過ぎたから健康な若い男女は奴隷にして長島に送り込みたいらしい。府中龍門寺城に居る(溝尾)茂朝と(三宅)秀満にも伝えよ。役に立たない者や老人や従わない連中は成敗して構わない。伝五はこの地域で治安維持を頼む。僕は敦賀の信長公の元に小五郎といったん戻る」

 光秀は命を出す荒深小五郎と敦賀の信長の本陣に後退したのである。


 船は何とか沖合に出たのである。おいちたちだが鉄砲の射程内が続く限り撃っていた。船を押していて残された者たちは明智兵と織田兵に囲まれてしまっていたが何が起きたのかそれ以上は遠すぎて分からなかった。

「ああ。庄助」

 たまは庄助の最期を予想して泣き崩れていた。

「阿弥陀如来様。残されたあの人を救ってあげてください。南無阿弥陀仏」

 小雀も無駄と分かっていたが阿弥陀如来に祈っていた。

 お菊もおいちもお凛も沈んでいた。


「船長。ありがとうございます」

 お菊だが船が沖合に出て順調に航海に入ると改めて船長に礼を言ったのである。

「お菊!勝手な事はもうやめろって。頼むぜ」

 しかし小次郎が横から入ると

「あなたさ、いつからそんな仲間を捨てれるようになったのさ?」

 お菊が怒ると

「今回は船が離岸出来たからよかったが離岸出来なかったら全滅だぞ?俺は本願寺の指示に従がってるだけだ!」

 小次郎も怒ると

「本願寺の指示がいつも正しいって訳じゃないでしょうか!」

「お前な!それを言うな!お前こそおかしい!」

 お菊と小次郎は口論を始めたのである。

「分かった!あなたはもういい!船長!お話が!」

 お菊は船長にぴたりと寄り添ったのである。

「は?い、いや。お菊殿、ちょっと待ちなされ!」

 船長が逆に焦ったがお菊は無理やり船長と船長室に行ってしまったのである。

「はぁ?なんだよ!あいつ!」

 小次郎も怒って船内のどこかに去って行ったのである。


「あちゃあ。お菊と小次郎、今日もお熱いな」

「両者の言い分はそれなりやけどなぁ」

 おいちとお凛もため息をついた。


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