情けは人のためなのさ 23-6
岡崎山砦と砂浜の間に広がる村に居座る織田軍だが朝から大騒ぎになっていた。男たちの悲鳴や叫び声に交じって時々鉄砲の音も聞こえた。織田の兵は逃げ惑っているようだった。
「いったい何が起きてるねん?」
騒ぎを聞いて駆け付けたおいちも門の上から唖然としてた。
「蛇が出た?何も見えんけどな?なんやろ?」
お凛も不思議そうに南蛮望遠鏡を覗きながら言った。
「おい!村(織田の陣)はがら空きだぞ!」
七ッ童子の無二は織田の陣に兵がいなくなっているのに気付いた。お菊も昨日の堀江景忠と花の言葉を思い出したのである。
「あの船のとこに行こう!」
お菊は決心したのである。
「堀江殿と花が時間が稼いでくれているよ!みんな!一気に村を抜けて船まで行くよ!」
「堀江殿と花が何をしたのか分からんけど確かに村に織田兵はおらんなってるな」
お菊が言うとお凛は南蛮望遠鏡を覗きながら返した。
「誰もおらんなったらなら行くしかないわ!いちかばちかや!」
おいちも決断すると全員慌てて甲冑や武具を持って身支度をし、岡崎山砦を思い切って飛び出したのである。
「お菊殿!船が沖に出るまでの殿はワシらに任せい」
「織田兵もいずれこちらに気付く。僧正(了観)!村の家に潜んで待ち伏せでしましょう!」
了観と配下の圓宮寺党の僧兵が返すと
「了観僧正!皆さん、すみません!ありがとう!」
お菊は了観らを見捨てる事になるのが分かったが頼んだ。
「若い衆は織田に渡したくない。そのまま船に乗せて脱出させて欲しいの」
了観が言うと
「あの船じゃそんなに乗れないぜ!」
小次郎が返したが
「分かりました!」
お菊はそれを遮るように返したのである。
「お前、勝手に決めるな!」
「うるさいったら!」
お菊に小次郎は怒ったがお菊も小次郎に怒りながら返したのである。
お菊、おいち、お凛、七ッ童子、堺衆、了観と圓宮寺党、地元の衆と岡崎山砦を飛び出して人気の無い村に入ったのである。
「地元の人と仲良くなって良かった!」
「道は問題なしやな!」
この地域の道はお菊たちは村民と親しくしていたので充分に把握していた。
「みんな気を付けろ!待ち伏せがあるかもしれんぞ!」
ただ、無二が言った矢先だったが
「うん。良い判断だね」
角を曲がると聞き覚えのある声がし、その先には桔梗紋の盾を持った鉄砲隊がお菊たちの行く手を阻んだのである。
民家の屋根の上には盾の裏に見覚えのある男たちも立っていた。
「明智殿!」
お菊は仰天した。明智光秀だが自慢の2口鉄砲を持って民家の屋根の上でお菊に狙いを定めて立っていたのである。
「あの人!」
「藤畑伝六殿がなぜ!」
おいちとお凛も驚きの声を上げた。光秀の横に居たのは中川屋の藤畑伝六であった。
「おっと。藤畑伝六ではなく僕の重臣の藤田伝五だよ。今回は伝五の策で越前の民を味方にして君たち門徒衆をうまく惑わす事ができたよ。伝五が渡した武器や金で加賀や本願寺の腐敗した門徒衆の坊官を憎む地元の越前衆が今、彼らを成敗しているよ。昨日は下間頼照とか言ったかな?本願寺から来た坊官の首が敦賀に届いたね。信長公もご満悦だったよ」
光秀は爽やかに言った。
「頼照様が討たれた?」
「嘘や!」
おいちとお凛が驚くとしばらくすると別の民家の屋根の上にも明智兵が姿を現しお菊たちに鉄砲を向け、完全に囲まれたのである。
「不覚!盾を持ってくれば!」
小次郎が歯ぎしりし
「くぅ!さすが!だけどさ!」
お菊は逃げるか強行突破するか迷ったのである。
「お菊。信長公は君を憎んでるよ。長島願証寺で信長公のかわいがってた兄や弟、一門衆をとんでもない策を使って殺したってね。裸になって騙したって?女って恐ろしいね。ただ僕は君の実力は認めているし君を殺すのは惜しいけど信長公の命だから諦めて欲しいけどね」
「因果応報だよ!門徒だからって理由だけであなたたちは人を殺めるからさ!」
お菊が光秀に返すと
「減らず口だね。まぁ良い。さらばだ。南無阿弥陀仏」
光秀はそう言うと銃口をお菊に向けたのである。
(避けれるか!お菊!)
お菊だが愛用の薙刀を構えたその時、突如鉄砲の音が複数すると
「ぐ!」
光秀だが左腕を撃たれてのけぞったのである。
「十兵衛様!」
伝五が慌てて盾を使い光秀を庇った。
光秀や明智兵だが突然、山からの兵に撃たれたのである。明智の陣地は混乱に陥っていた。
民家の上の明智兵も慌てて反撃したが撃たれて軒下に次々と落ちて行った。
山から下りて来た部隊はそのまま光秀の配下衆と太刀打ちを始め一部の若い兵の部隊はお菊たちと合流したのである。
「お菊!おいち!お凛!助けに来た!あの船で逃げよ!」
「杉津砦から逃げて来た!ここの地元衆が匿ってくれたんだ。若いのは船に乗れって!」
たまと庄助ら生き残った杉津砦の部隊は岡崎山砦まで逃げたが村に居た明智兵に阻まれて岡崎山砦に入れなかったがここの地元衆が密かに庇ってくれて山中で機会を待っていたと言う。
「裏道から逃げよう!」
杉津砦の部隊が明智兵と戦っている間にお菊らは村の別の裏道を使って砂浜の船に向かったのである。
ただ一部の明智兵がお菊らに気付き向かって来た。
「生意気な奴らめ!何?うわぁ!」
明智兵はお菊らに発砲しようとしたが突如、背後から現れた頭が複数ある大蛇に腰を抜かしたのである。
「きゃあ!なに!あれ!」
「うわっ!」
蛇の事を知らないたまと庄助も悲鳴を上げたが。
明智兵はお菊たちではなく大蛇に向けて慌てて発砲したが大蛇は平然としていた。
「うわ!バケモンや!」
「マジかいな!」
おいちとお凛たちも頭が複数ある大蛇に腰を抜かしかけたが
「あの大蛇があたしたちを助けてくれてるのよ!」
「みんなとにかく船まで走れ!」
お菊と小次郎が言うとみんな一目散に大蛇には目もくれずに浜の船を目指して村の裏道を走ったのである。
「お菊たちを逃がしただど!蛇など放っておけ!お菊たちを追え!」
光秀に代わり現場の指揮を執った藤田伝五だが明智兵が大蛇や杉津砦からの兵に気を取られてお菊たちを逃がした事に怒っていたがこの日は溝尾茂朝や三宅秀満が府中龍門寺城におり手が回らなかったのである。
大蛇だが何か妙な波長を時々出し、明智兵はその波長を浴びると頭痛を起こし戦いどころでは無く逃げ回っていた。
光秀だが傷の手当てが終えると
「ええぃ!オロチ(大蛇)め!幻覚や幻聴で我が兵をこれほど惑わすとは!許さん!」
光秀だが怒りの感情から法力を発したのである。ここで見えるのは光秀だけだが目を赤く光らせ体からも赤い光をかすかに放っていた。
大蛇は光秀の気配を感じたのか光秀を見つけると突っ込んで来たのである。
「十兵衛様!退去を!」
光秀の側近衆の荒深小五郎が慌てて光秀に逃げるように言ったが光秀は大きく息を吸うと
「僕はそれほど法力に長けてないが今日は行けそうだ。見える!」
光秀だが突っ込んで噛み付こうと大蛇の頭を次々と太刀で両断したのである。光秀が太刀で斬り落とした大蛇の頭だが落とされた首は遺骸も何も残らず雲のように消えてしまったのである。
「何ぃ!幻覚?」
「バカな!」
伝五や小五郎や明智兵は仰天した。この大蛇は頭を3つ光秀に斬り落とされるともう1匹と一緒に慌てて山中に逃げて行ったのである。
「そうさ。我々は幻覚を見せられていたのさ。まったく」
光秀だが呆れ気味に言うと
「お菊らを追え!鉄砲を浴びせよ!生かして返すな!」
光秀は命を出したのである。
「十兵衛様!村の中で堀江景忠公と娘が大怪我をしていると!杉津砦の部隊にやられたようです」
明智兵が光秀に連絡を入れると
「手当してやれ。杉津砦からの残存兵は?」
「間もなく片付けが終わります」
光秀に伝五は返した。
「おのれ。大蛇の親子め。惑わせおって。信長公に相談して後で成敗してやる。お菊。僕から逃げられるかな?」
光秀は体から法力を放ったまま不愉快そうにひとり呟いた。
お菊たちは村を抜けてようやく浜辺までたどり着いた。
「う!来る!明智殿?すごい法力を使ってる?」
お菊は急に止まると変な声を出したのである。
「なんとしても逃げるしかないわ!」
「絶対雑賀の郷に帰るわ!」
ただお凛とおいちは覚悟したが。
「予定通りワシらがここできゃつらを食い止める!若いの!船に乗れ!さらばじゃ!」
了観と圓宮寺党の僧兵が雄叫びを上げると明智兵を砂浜の船に近付けないために守りの体制に入ったのである。
「了観上人!ありがとう!さようなら!」
お菊たちは了観らに任せて砂浜を船に向かって走ったのである。




