情けは人のためなのさ 23-5
「なんで織田軍が(内陸の)府中龍門寺城に居るんや?」
「美濃から来たんか!心眼さん、弥生さん、マリアさんが!」
おいちとお凛も訳が分からないと動転したが
「いや、村岡山砦ではなく織田の配下になった若狭衆が船で海を渡って本拠地の府中龍門寺城に攻め入ったのです!府中龍門寺城の守りが薄いのを見破られたのです!」
「下間頼照様は豊原寺(越前一向宗の名目上の本拠地)に後退を試みてますが脱出に苦戦されてる模様!我々は何とか突破して逃げられましたが」
発中と但中の返しにお菊、おいち、お凛、そして了観たちも信長の予想外の戦法と動きの早さに言葉を失ったのである。
「マズイのう。和睦交渉など信長公は気にしてなかったと言う事じゃな。となれば間もなくここに近江からの本隊が北上して来る!いや!もしかしたら府中龍門寺城で暴れてる敵の部隊も南下するかもしれん。挟まれてしまうか!まずは籠城の用意じゃ!」
了観が言うとみんな慌てて配置に入ったのである。
「くそっ!マズいぜ!これは!本願寺に帰るよりもまずは逃げられるかだな!」
小次郎がうめいたが
「加賀にも脱出できない?どうする?お菊!」
お菊もひとり唸っていた。
岡崎山砦だが全員籠城の体制に入ったが
「地元民は思ったよりも籠城に来なかったね?」
お菊は籠城している味方に地元民が殆ど居ないのに気付いたのである。地元の門徒衆が30人ほどだけであった。
「山奥に逃げた方が安全と思ったんやろうな」
「信用されてないからしゃあないわ。巻き込むよりマシやろ」
お凛とおいちも仕方ないと返した。
「(内陸部を守る)木の芽砦群から連絡!織田本隊が接近中!おそらく(沿岸部の)こちらにも別動隊が来ると!」
木の芽砦群からの伝令が慌てて来たのである。
「来たか!本願寺の和睦交渉が終わるまで持つかのう」
了観も諦めるように言ったが。
予想通りだがやがて南から織田の軍勢が進軍してくるのが見えたのである。北からも府中龍門寺城を襲ったと思われる部隊が向かって来たのである。
「数はそれほど多くないが陸路から出るのは難しいのう」
了観はうなっていた。
「お菊!戦が始まったら闇夜に紛れて船で逃げるぞ」
小次郎がお菊に小声で言ったが
「闇夜に海なんて危なくない?(織田軍も)杉津砦を超えるのは難しいと思うので北からの(府中龍門寺城を襲った)部隊だけを(岡崎山砦は)抑えれば良いから時間は稼げると思うけど」
「お菊。地元民がここに籠城しないって事は俺らに味方しないって事だ。もしかしたら織田に通じてるかもしれない。俺らはすげぇ不利だ。なら、ここで死ぬならいちかばちかだ!おいちとお凛は絶対連れて帰るからな!」
小次郎はお菊に返した。
「そうか。そうかもね。もしかしたら一緒に田植えや畑を耕した地元の人と戦わないといけないのか。寂しいね。杉津砦が何とか抑えてくれたら」
お菊はうつむいたのである。
翌日だが朝になると岡崎山砦の向かいの村に府中龍門寺城を襲ったと思われる部隊が入り陣を作っていた。
「若狭衆か。予想通りだな」
了観の配下の者が言ったが
「いや!おかしいぞ!あれは桔梗紋と瓢箪!(近江から来たはずの)明智隊と羽柴隊が混じってるぞ!」
了観の別の配下の者が慌てて言ったのである。
「バカな?杉津砦を突破したのか?たった1日で!」
七ッ童子の無二も仰天していた。
「いや、裏切られたかのう」
了観が諦めるように悟ったのである。確かに杉津砦では戦いが行われた形跡は見られなかった。
「堀江(景忠)殿が裏切ったと?」
お菊は驚いたが了観は黙って頷くだけだった。
確かに杉津砦の南や岡崎山砦の前の地元衆の村は織田兵から何の被害も受けずに普通に居たのである。
しばらくして岡崎山砦の門の近くに織田の足軽が机と首桶を持ってやって来た。机を置くと首桶から首を出し首を晒して去って行ったのである。
「あれは!下間頼俊様!」
小次郎が仰天していた。お菊たちもである。おそらくだが府中龍門寺城で討たれてしまったようだった。
さらに今度は堀江の家臣が岡崎山砦にやって来たのである。名は知らないがお菊たちも顔は知っている男である。
「殿(堀江景忠)からの親書です。お受け取りを!」
門の入口で彼は申し訳なさそうな顔で言った。
「まさか堀江殿が裏切るとはのう」
了観は苦笑いしながら門の上から言うと
「お許しくだされ。殿は一族郎党、地元衆のため苦汁の決断をした次第でして」
男は堀江の裏切りを認め、土下座したのである。
了観だが彼を岡崎山砦に入れて話を聞く事にしたのである。
了観は堀江からの親書を読んだ。
「府中龍門寺城は織田が制圧したか。杉津砦は織田の手に落ち木の芽砦群も落城寸前か。で、ここはもう勝ち目が無いので責任者の首をよこせば勘弁したるか。うむ」
了観は言うとおいちらにも親書を見せた。
「ワシの首だけなら構わんが」
「ええっ!ウチとお菊とお凛の首もよこせって!嫌や!」
おいちが悲鳴を上げ
「なんでウチら(足軽級の)下っ端の首が欲しいねん?」
お凛も変な顔をした。
「ワシの首だけにまけてくれんかのう?」
了観が男に聞くと
「交渉します。が、厳しいと。信長公ですが雑賀衆や堺衆の象徴の首を取って石山本願寺への支援勢力の士気を落とそうとしてますので。特に信長公はこちらのお嬢さんたちをなんか目の敵にしてるようで」
男は言い難そうに言ったが。
「あたしたち普段は おしとやかに してますけど」
「好きで目立っておらんて。死ぬのは勘弁やから抵抗してるだけや!」
「アンタら男が女子に手を出すからやで!」
お菊、お凛、おいちが返すと男は予想外の反応と返しに窮していたが。
「せめてそのう。交渉で時間は稼ぎますので」
男はそう言って杉津砦に戻って行ったのである。
「信長公、力押しで来るかな?」
「来る。来たらなるべく敵に被害を出させる。そうすれば敵の気が変わるじゃろう」
お菊が聞くと了観は返したが
「兵糧と鉄砲弾次第やけどね」
おいちは不足君の兵糧や鉄砲に諦め気味に言ったが
「最期は突っ込んででも突破して逃げてやる!」
お菊は強気で返したのである。
しかし織田軍だがお菊たちの予想外に慎重に動いたのである。木の芽砦群が落ち杉津砦も堀江の裏切りで落ちたのもあるが岡崎山砦が海に突き出た半島で守りが固いのもあり兵糧攻めに切り替えたようであった。戦は起こらなかったのである。
お菊たちだが岡崎山砦でも長島願証寺での籠城戦でやったように魚釣りを闇夜に行い兵糧の節約に入ったのである。既に静かな3日目を迎えていた。
月明かりを頼りにお菊と小次郎は磯で釣りをしていた。
「意外と敵は動かないな?」
小次郎が呟いた。
「分かるよ。明智(光秀)殿が来てるよ」
お菊も呟いた。
「桔梗紋があるからそうだろうよ」
小次郎は素っ気なく返したが
「意外と慎重そうな男だからな」
「何か企んでるよ。絶対に」
小次郎にお菊は返した。
「ねぇ。たまと庄助、無事に逃げれたかな?」
「分からん」
小次郎は再度素っ気なく返した。
「おいちとお凛の脱出はどうするのさ?」
「本人らが断ってきやがった。本当に意固地な奴らだ」
小次郎が不満そうに言った。お菊は笑ってしまったが。
「みんなで無理やり突破して山に逃げない?」
「無理だ。敵は堀江殿の戦力を入れると5倍以上は居る。明智殿の鉄砲は危険だ。山狩りも絶対している」
「じゃあここで(本願寺と信長の)和睦が成立するまで待つの?」
「そうだな。そうするしかない」
「お魚はもう飽きたよ」
お菊がぼやくと
「贅沢言うな。お!」
小次郎は何かが掛かったのである。
「お!でっかい鯛だ!」
「やった!お魚は飽きた は取り消し!」
「まったく」
この日の漁は終わりにしたのである。
5日目だが早朝、弁才船が岡崎山砦の北の砂浜に突如入ったのである。
「どこの船だ?」
「上杉だ。越後だ」
「でもどうしようも出来ないな。畜生」
物見の兵はぼやいた。
砂浜への村は織田の兵が待機しており近付けなかったのである。
(あれに乗ろう!闇夜に紛れて泳ぐか!いや、遠いかな。凛凛は小次郎の小船で行かすか)
しかしお菊は決めたのである。どうやって船に辿り着くかだけを考えたのである。
しばらくして岡崎山砦に意外な人物が訪れたのである。堀江景忠が娘の花とやって来たのである。
「急にどうしたんだろう?」
「いまさらお詫びかいな?」
お菊は驚いたがおいちたちはあまり関心が無いようだったが。
「この度はこのような形での再会、お許しくだされ」
堀江は岡崎山砦の衆に詫びたのである。
「ワシらは本願寺と信長公の和睦が決まるまでとりあえず粘る」
了観が言うと
「承知です。しかし明智殿は焼き討ちを考えているようです。風の強い日はご注意ください」
「信長公の重臣らしいわ。長島の繰り返しかいな」
おいちは呆れ気味に返したが。
「ところでお菊殿と少しお話がしたく。我々だけにさせてくださらぬか?」
「あたしですか?」
お菊は予想外に驚いたが了承したのである。
お菊だが堀江、花と3人だけになると
「お菊殿。娘を救って頂きながらあなたたちを裏切る形になって申し訳ない」
堀江と花はお菊に深々と頭を下げたが
「乱世だから仕方ないですよ。でもあたしはまだ諦めてないですよ。逃げますよ」
お菊はにこりと笑いながら軽く返したのである。
堀江もお菊の返しを聞くとにこりと笑い
「それでこそお菊殿です。私ですが初めてあなたに会った時から感じていました」
堀江は妙な事を言ったのである。
「?」
お菊が不思議な顔をすると
「握手を」
堀江が手を差し出すとお菊は堀江と握手をしたのである。
「あ!」
お菊は思わず声を出してしまった。
この感触に覚えがあった。下間頼成ほどではなかったが頼成と握手した時のあの何かである。
「人ではない?」
お菊は思わず呟いたが
「お菊殿。私は多くを言えない。私はあなたのような驚くべく力も無い。遣い方も分からない。でもこの力を持って生まれたからには世のために使いたく」
堀江はそう言うと手を離したのである。
「当家の家紋は蛇の目なのです。私もその血を継いでる。この子も」
堀江は花の肩に手をやった。
「はぁ?」
お菊は堀江の言ってる意味が分からなかったが。
「あなたは私たちが及ばない恐ろしい力を持っている。でもそれは役に立つ。世のためになる。だから明日の早朝、越後の船に乗りなさい。私たちの蛇が敵を引き付けますので」
「どうやって?」
お菊は良く分からず唖然としたが
「あなたには私たちの力は及びませんが敵を惑わせる事くらいはできます。隙を作ります。そこを村を駆けて砂浜まで抜けなさい」
「お菊さん!本当にありがとう!ご武運を!」
堀江と花は勝手に色々言うと去って行ったのである。
お菊はよく分らずぽかんとしたが。
「どうしたんじゃ?」
堀江と花が杉津砦に帰った後も複雑な顔をするお菊に了観が声を掛けたが
「僧正、後でご相談を。おいち、お凛、小次郎も」
その日の夜だが堀江の言葉を信じてお菊なりに解釈してみんなに伝えたのである。みんなもよく分らなかったが隙が出来たら越後の船に乗る事を目指したのである。
翌日の早朝明け方だが織田の陣地は大混乱に陥っていた。岡崎山砦にもその大騒ぎの声は聞こえて来た。
「大蛇が2匹出ただと?あいつら何を言ってるんだ?」
「蛇如きに何を言ってるんかな?寝ぼけてるんかな?」
騒ぎを感じて門の上に立った無二と小雀は眠い目をこすり織田の陣地を見ながら言った。
「あ!堀江殿が!花が!」
お菊だけ何かを感じていた。




