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情けは人のためなのさ 23-3

 お菊、おいち、お凛、了観だが阿虎の店でご馳走になった後は尾山御坊の港の宿に戻ったのである。尾山御坊の門前町でもう少しゆっくりしたかったが次の日の朝、船長から帰りの船の風向きが良いとの連絡があり残念ながら長居せずにすぐに岡崎山砦にとんぼ帰りしたのである。船が苦手なお凛にとっては帰りも波が穏やかだったのは幸いで往路と違って復路は時間は掛かったが丸一日掛かって岡崎山砦に無事に戻ったのである。


 岡崎山砦の暮らしは本当に静かであった。春になれば桜を楽しみ桜が散れば地元の村人の手伝いで田植えや畑を耕し時間があれば敦賀から取り寄せた本を読んだり武道の訓練をしたりである。


 東海道の三河遠江方面だが織田信長の同盟者の徳川家康だが石山本願寺に協力する甲斐の武田勝頼と争い押され気味との情報が入っていた。そのため信長だが家康の支援に大軍を動かし越前は後回しにしていた。本願寺も勝頼を支援するため雪解け後の夏に加賀越前衆を信長の拠点の美濃に村岡山砦の部隊を山超え乱入させ信長の後方を攪乱する計画も噂されていた。それでもここはまだ静かだったのである。


 大阪から来たお菊たちに村の長老らは心を開いてくれ時々珍しい足の長い蟹を持って来てくれたりしたのである。

 この足の長い蟹はこの地域の名産で村の男たちが沖合遠くまで船で出て地引き網で漁をすると言う。府中龍門寺城や尾山御坊の門前町に運ぶと高い値段で売れるので土地が狭く農作物が少ないこの地域の貴重な財源だと言う。

「蟹漁だけど連れて行ってもらおうか?面白そうじゃん」

 お菊は軽く言ったが

「海は危険ですよ。沖合は波が高いし船が沈んだら一巻の終わりですよ」

「命懸けの漁だからここの蟹は 高く売れる んですね。船は海が荒れると危険ですから」

 七ッ童子の無二と下針が言った。

「そうか。なんか地元の子がみんなで賑やかに漁をしてるから楽しそうかなと思ったけどさ」

「ウチは絶対嫌やな」

 お凛がお菊に返すと

「アンタ船が苦手なのは仕方ないけど泳ぎの練習した方がええで。船でまた動くかもしれんし。命は大事やで。夏になったら一緒に泳ごうや!」

 おいちがお凛を気遣って言うと

「泳ぎが大事なのは承知やけどアンタらのやり方はちょっとウチはキツイな。遠慮するわ」

 お凛だが昨年の紀州での海水浴での話を聞いていたので遠慮したのである。

「アンタ意外と恥ずかしがり屋やな?着物着たまま泳いだら溺れるから仕方ないから脱ぐだけやで」

 おいちが軽く言うと

「分かってるわ!こう見えても心は細やかなんやで!ウチは!」

 お凛が膨れて返すと

「あたしやおいちと比べても一番男に劣らぬ 怪力 なのは凛凛なのにさ」

 お菊が言うと

「むかぁ!」

 お凛は膨れたが

「ただ、ここは海が急に深いし水も冷たいので泳ぐのは危険ですかね」

「雑賀の郷だったら穏やかな海や川もありますぜ!お凛さん」

 無二と下針が言うと

「あ~雑賀の郷に帰りたいな。なんかずっと遠征やもんな」

 おいちが溜息をつくと七ッ童子もみんな頷いた。

 お菊、おいち、お凛は阿虎の脱出の勧めの件が頭をよぎったが黙った。

「とにかく雑賀の郷に帰ったら今度こそ凛凛を秘密の海に連れて行ったるわ!絶対みんなで雑賀の郷に帰るで!冬さんに申し訳が立たんわ」

 おいちが強い口調で言うと

「とりあえず分かったわ」

 お凛も冬を思い出しそれ以上は言わなかったのである。お菊も黙った。


 6月半ばになると短い夏の後にすぐに梅雨が来たのである。

「うわぁ。退屈」

 雨で外に出れずてるてる坊主を見ながらお菊はぼやいた。

「お菊さん!組み合いをしましょうよ!」

「体を動かしましょ!」

 小雀と蛍とが武道の訓練を申し出たが

「船だぜ!」

 その時、小次郎が雨の中を向かって来る船に気付いたのである。

「何だろう?」

 一行は浜辺に乗り上げた弁才船を迎えたのである。


「お元気そうで」

 降りて来たのは京の豪商の中川屋の敦賀の店番の藤畑伝六である。伝六だがこの日は銭函だけ持って来てくれた。米や鉄砲はなかったがそれでも布施をしてくれるありがたい門徒衆を支援する商人である。

 しかしこの日の藤畑は険しい顔であった。

「堀江(景忠)殿を呼んでくだされ!大事な話ですぞ」

 藤畑が言うと小雀と鶴首が杉津砦へ堀江を呼びに行ったのである。


 堀江らが到着すると

「大変な事になりました。先月末に三河長篠で信長公と家康公の3万の軍が勝頼公の2万の軍と激突し勝頼公にたった1日の戦いで壊滅的な打撃を与えました。勝頼公は甲斐に逃げ帰り信長公は越前に兵を向ける準備をしています。米や鉄砲は信長公が買い占めており入手出来ずに」

 藤畑が驚くべく報告をしたのである。後世に言う長篠の戦いである。

 武田勝頼だが若年であったが信玄の最強と言われる武勇に優れる重臣や騎馬隊を引き継ぎ実際に徳川家康相手には有利に対応していた。が、長篠の戦いでは信長の馬防柵と大量の鉄砲隊の連携作戦に壊滅的な大敗北を喫したのである。

「大丈夫や!鉄砲がここにはたくさんあるで!そう簡単に落とされへんで!」

「岡崎山砦も防御を強固にしている!」

 おいちと無二が強気に返したが最強と名高った武田の騎馬隊がたった1日で壊滅したとの結果にやはり不安はあったのである。

「ここを放棄して逃げた方が良い。信長公も武田との戦いで多少は消耗してるので今後に備えて戦力は確保したいはず。逃げる相手は深追いしなだろう」

 藤畑が言うとお菊らは阿虎の言葉を再度思い出したのである。

「藤畑様!ありがとうございます!府中龍門寺城に確認します!」

 堀江だが厳しい顔で返したのである。


 藤畑だがすぐに翌日敦賀に戻るため出航して行った。数日後だが堀江が送った府中龍門寺城から使者が戻ったのである。

「徹底抗戦せよ。武官を送る だそうだ」

 堀江が厳しい顔で使者の書状を読み上げた。一同覚悟したのである。


「たぁ!あちゃあ!」

 お菊は岡崎山砦内の道場で組合の訓練をしていた。気合を入れるのと恐怖を紛らわすためである。

「小雀は組み合い強いね。負けた」

 お菊だが小雀相手には時々苦戦したのである。小雀だが背は低いがすばしこく腕力があった。薙刀はかなりの腕だった。

「そやねん!ウチは相手にならん」

「ウチもキツイ!小雀やるわ!」

 おいちとお凛も小雀に苦戦してた。

「小次郎に相手させようよ。って小次郎どこ行った?」

「なんか小船で漁に行ってるわ」

「あいつ余裕だな」

 お菊は小次郎に呆れたのである。


 お菊は岡崎山砦の北の海で小舟に乗って黙々と漁をする小次郎が戻って来ると

「余裕だね?」

 ちょっと嫌味を言ったが

「まぁな。良い魚が釣れたぜ」

 鯛やスズキを小次郎は釣って来た。

「あなたがひとりで漁に行くなんてさ。漁が好きだったなんて思わなかったよ。小雀の相手してもらおうと思ったのにさ」

「お菊。ちょっと耳を貸せ」

「?」

 小次郎は厳しい顔で小声で話したのである。

「俺が漁をするのは魚を釣るためじゃない。いざとなった小舟で逃げるための操船を学んだ」

「小次郎!」

 お菊は驚いたが

「でもこの小舟、10人も乗れないよ?みんな逃げれないよ?」

「信長との戦いになったら全員生き残れるとは思えない。これで充分だ」

「!」

 お菊は小次郎に返せなかった。

「あなたが怪我したらでも意味が無くて?」

「俺とお前は大丈夫だ。おいち、お凛は本願寺の大事な支援者の子だ。だから絶対に連れて帰れと命じられてる。これは六地蔵の務めなんだ。失敗したら本願寺はもうまずいのさ。それだけ考えておけって」

「でもさ!」

 小次郎の冷徹な返しにお菊は躊躇したが

「全て本願寺のためだ。逆説で考えろ。情けは人のためならず(情けは他人のためではなく、いずれは自分にも帰るので誰にでも親切にせよ)。じゃねぇ。情けは人のためなるべからず(情けを掛ける事はその人のためにならない)」

 小次郎はそう言うと釣った魚を持って台所に去って行った。


「情け無用 は嫌だ。仲間を捨てて行けない。情けは人のためなのさ。下間頼成様もおひょう様も冬さんも長島願証寺に残った人たちもあたしたちに代わって極楽浄土に行ってくれたのさ。だからあたしは今日まで生きて来たのさ」

 お菊は暗い顔で呟いた。



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