情けは人のためなのさ 23-2
「ところで僧正?何をお探しで?」
中年の女性が聞くと
「おお!そうじゃ。春日屋を探してたんじゃがきゃつらにぶつかってしまった。最近目が弱くてのう」
「我々が案内しましょう」
中年の厳つい男が言った。
「良かった!」
お菊たちは安堵したのである。
「あれ?すぐ傍じゃん」
春日屋は茶店のすぐ近くでお菊たちが通り過ぎた場所だった。お菊が変な声を出すと
「ありゃ?見落としたか?」
「頼んますわ。僧正」
春日屋を見落としていた了観にお凛が突っ込んでいたが。
「ありがとうございました!」
春日屋まで案内してくれた中年の女性らにお菊ら3人は礼を言った。
「うわぁ。大きいお店」
「大名の贔屓の店って感じやね」
お菊にお凛が返した。春日屋だが堺でも豪商級の巨大な店舗であった。
お菊らは中に恐る恐る中に入ろうとしたが
「ところで春日屋に何の用で?」
案内してくれた厳つい男がお菊らに聞くと
「えっと。その、お礼ですわ!」
おいちが返すと
「入りなされ」
そう言うと厳つい男は店の中に入り案内したのである。
「あれ?春日屋の方だったんかいな?」
おいちが驚くと男は黙って店の奥座敷までお菊、おいち、お凛、了観ら一行を案内したのである。
中庭の見える広間まで通され待っていると誰か入って来たが
「あ!」
お菊たちは声を裏返してしまった。先ほどの中年の女性が入って来たのである。先ほどの2人の厳つい男と細い男も一緒だった。
「先ほどは名乗らず失礼した」
彼女はにこやかにそう言うとお菊たちの前に腰掛けた。
「春日屋の阿虎と申す。越後の(上杉)謙信公の頼みで私が越後の青苧の製造販売や弁才船で京や堺への輸送販売を一貫して手掛けている」
中年の女性は阿虎と名乗った。越後の上杉謙信の配下と言う。
(女の人の主なんだ!)
お菊は新鮮に驚いたのである。
「この度はたくさんのお布施をありがとうございました!」
おいちが深々と阿虎に礼をした。お菊、お凛、了観もおいちに倣った。
「気にしなくて良い。謙信公は曹洞宗だが仏門に通じている。仏門同士で(石山)本願寺を助けない理由は無い。かなり信長公に押されて苦戦されてるので謙信公も心配している。謙信公は越中の制圧の件では越中一向宗の抵抗で時間が掛かったがようやく降伏させた。越中の門徒衆を支援していた加賀の門徒衆が謙信公と和睦に応じるので我々は尾山に店を開いた。能登も今は独立か上杉に従うかまとまっていないが四面楚歌でいずれ上杉とは和睦するだろう。ただ、越前では加賀門徒の支援を受けても一向宗は信長公相手に苦戦すると思うが」
阿虎は茶を飲みながら冷静に一気に世情を分析したのである。
お菊らはぽかんとしたが。
「あのう。だったら何で越前衆が不利なのにお布施をしてくださったんですか?」
お菊が聞くと
「撤退戦でも武器は必要だろう?そなたらには生き残って欲しい。お菊、おいち、お凛」
「なんで阿虎様、ウチらの名前を?」
おいちが驚くと
「おふうとは知り合いでね。そなたたちの事は良く聞いてる」
阿虎はにこやかに返した。
「おふうさんから?」
「そうや。おふうさんって越後の出やね。おふうさん阿虎様とお知り合いやったのか」
驚くお菊にお凛も返した。
「でも杉津砦も木の芽砦群も険しい山城で守りも堅そうですけど」
「さっきの若者と同じだ。兵を率いる者の心掛けがなっていない。越前の民は加賀から来た坊官に愛想を尽かしている。絶対に中から崩れる」
阿虎が冷静に言うと
「はぁ」
お菊らは再度ぽかんとしたが。
「謙信公だが加賀の門徒衆との和睦が成立すれば加賀に家臣を送り込む。少し時間が掛かっても加賀の坊官を鍛え直して加賀の民の信頼を取り返し両者の亀裂を埋め合わせて加賀の体勢を整え直す」
阿虎は色々考えを巡らせながら言った。
「でも謙信公が加賀の門徒衆と仲直りし本願寺とも仲良くなったら謙信公は門徒衆が大嫌いな信長公と仲良しなのがアカンなるかな?」
おいちだが謙信が信長とは友好関係と聞いていた。謙信は亡き武田信玄とは不仲で信濃川中島で5度も戦っている。信玄と言う共通の敵が居たので謙信は信長と手を組んだのである。
「そうだな。謙信公と信長公は基本は友好関係だ。でも謙信公は信長公のやり方に不満だ。比叡山や長島で門徒を撫で斬りし焼いた事に信長公に強烈な不満を表した」
比叡山焼き討ちでは信玄も信長に抗議していたが謙信も同じであった。この頃より謙信と信長の関係は微妙になっていたのである。
「信長公は何と返して来たのですか?」
お凛が聞くと
「信長公だが信玄公に比叡山の件を批判されると自分は第六天魔王だと返したらしいが謙信公には(足利)義昭様の前の将軍の義輝様が作らせていた洛中屏風をくれた。南蛮のマントも置いて行った。ふふふ」
「はぁ?」
お菊、おいち、お凛は信長の意図が分からなかった。だが信長だが謙信に対してはかなり警戒していたのである。謙信は戦上手でほぼ負け知らずとこの時代でも有名であった。だから信長も珍しく謙信にはへりくだったのである。
「その癖に義昭様を京から追い出したが、あの男」
阿虎は最後は不満そうに言ったが。
「だからこの世はこんなに騒がしくなってるんやね」
おいちが返すと阿虎もうなずいた。
「でも信長公をそこまで警戒させるって謙信公って凄いね。本願寺が謙信公と正式に和睦したら越後へ挨拶に連れて行ってもらおうかな」
お菊が言うと
「確かに。あの信長公がそこまで恐れるとはウチも興味あるな」
お凛も同意した。
「う~ん。そやな。そやけど」
ただ、おいちは戸惑った顔で阿虎をちょっと凝視したのである。
阿虎はにこやかに若者たちの会話を嬉しそうに聞いていたが。阿虎の横の男たちは素知らぬ顔をしていたが。
「能登で謙信公に逆らっている連中は信長公の支援を受けている」
厳つい男が横から言った
「信長公からも能登の件は穏便に済ませて欲しいと来てる」
細い男も続いた。
「謙信公もそこは穏便に済ますつもりだ」
阿虎も続いた。
「どうやってです?」
お菊が聞くと
「戦わずに相手を中から倒すのだ」
阿虎がにこりと笑いながら言うと
「戦わずに中から崩す?」
お菊が不思議そうに聞くと
「信長公はそれを越前でしようとしてる。そなたらも気を付けなさい。いざとなったら加賀か越後に逃げるか丹波経由で本願寺に戻るよう。(武田)勝頼公と信長公との戦いが始まったら加賀の坊官は動くだろうがそなたたちは参加しない方が良い。加賀の坊官もうまく味方を御できていないので結果は見えてる。謙信公も心配してる」
阿虎は冷静に言った。お菊、お市、お凛らは互いに顔を見合わせた。
「阿虎様。そろそろ時間で」
厳つい男が横から言うと
「もうそんな時間か」
阿虎はそう言うと
「私は尾山御坊の僧と打ち合わせがあるので失礼する。ゆっくり休んで行きなさい。(河田)長親、彼女たちにお菓子でも用意して対応してあげなさい。それからそなたも尾山御坊へ。柿崎(景家)は私と一緒に」
「は!」
阿虎の配下の柿崎景家と河田長親はすぐに動いたのである。
長親はすぐに茶菓子を手配してくれたのである。
「ありがとうございます!頂きます!」
お菊、おいち、お凛は長親に礼を言ったのである。
「ゆっくりして行きなさい。謙信公も君たちには期待しているよ」
長親も急いで尾山御坊へ出掛けて行ったのである。
「阿虎様って女大将みたいだったね。すごいね」
「でも確かに越前の味方は当てにならんかなぁ」
おいちもお菊に続いた。
「しかし勝手に本願寺には帰れんで」
お凛が言うのも事実だった。
「弥生さんやマリアさんも美濃方面へ展開してるしたまと庄助も居るしね。逃げた方が良いって言われても放っておけないよ」
「う~ん」
お菊、おいち、お凛は迷ったが。
「それもそうやけど、おかしいな?」
「どうしたの?」
「謙信公って女の人やって以前聞いてたけど?」
「謙信公って名前からしてお坊さんでしょ?違うでしょ?」
おいちが思い出したように言ったがお菊は否定したが。
「そやな。謙信公って確かにお坊さんの名前やな?阿虎様は謙信公の彼女かな?分からんな」
「ウチらに布施してくれるありがたいお方やから別にええやん。正式に決まったら越後に行って謙信公に挨拶しようや」
お凛が締めたのである。
「ところで、青苧って何?」
「着物の材料やて。越後の名産で謙信公の財源やね。堺や京でも庶民の着物の材料で扱ってる店も多いね。ウチらの甲冑の下に羽織る着物もそうかもな」
お凛が返すと
「凛凛さすが」
お菊とおいちは感心したのである。
お菊、おいち、お凛だが阿虎に今日は会って良かったとも思った。
その頃、阿虎、柿崎景家、河田長親は尾山御坊に馬で向かっていた。
「阿虎様。なんで素直に 私が謙信だ と言えば良いのに?」
柿崎景家が呆れ気味に言うと
「加賀と能登、石山本願寺との和睦が締結されれば彼女たちは私の配下で活躍して欲しいから今は黙ってるだけだ。彼女たちは非常に良い素質を持っている。ただ越前は持たないな」
阿虎が言うと
「勝頼公が動いてるようで信長公も動くとか」
「3万も信長公は動員するとか」
柿崎と景親が言うと
「多過ぎる兵は動きが鈍いだけだ。力押しなら良いが崩れたら脆い」
阿虎は言った。
「でも勝頼公が 持つ かは微妙ですが」
長親が言うと
「織田兵ひとりは大した事ないが信長公の鉄砲は侮れない。勝頼公が慎重に動けば良いが」
阿虎、謙信も勝頼を心配したが
「蔵田五郎左衛門(謙信配下の越後の豪商)に弁才船を一隻いつでも岡崎山砦に動かせるよう伝えよ。万が一のお菊、おいち、お凛の支援に遣わせよう」
越前での戦いにも備えたのである。
上杉謙信だが加賀能登本願寺との和睦交渉だが謙信は長年の課題の関東方面の北条氏政との争いを一度棚に上げて優先し1576年に長年争っていた謙信と顕如率いる浄土真宗は和睦し手を結ぶのである。そして信長とは正式に敵対関係になったのである。
これに一番警戒したのは織田信長だった。




