情けは人のためなのさ 23-1 挿絵あり
おふうと藤畑伝六たちだが3日後には忙しそうに敦賀に出航して行った。
それと入れ違うように敦賀から別の弁才船がやって来たのである。
「みんな元気?」
「欲しい物を持って来たぞ!」
こずえと平助が乗っていた。
「アンタたちとは!」
おいちが驚いたが
「人が足りないからね。仕方ない。俺の実家の丹波から石山本願寺と西国の門徒宗の布施の物資を積んだけど敦賀で門徒衆の京と越後の商人からも布施を頂いたから積んで来たぞ」
「阿弥陀如来様にありがたやだね!」
平助とこずえが積荷を指差しながら言った。
「京の中川屋様からと越後の春日屋様からだね。中川屋様は米100俵と鉄砲50丁、銭函3つ。春日屋様からは米300俵鉄砲100丁。本願寺からは雑賀衆の布施を含んで米300俵に鉄砲200丁、太刀、槍、甲冑も有る」
平助が表を見ながら言った。
「ホンマありがたいけど。中川屋さんはこの前も藤畑伝六様が布施してくれたけど。何やろ?また真新しい坂本(京銭)やけど」
お凛はやはり少しいぶかっていた。
「そうやけどもらえる物はありがたくもらわんとウチらの命に関わるからな」
おいちはあっさり返したが。
「京の門徒衆の商人たって中川屋さんが代表なだけで色々な商人たちの合わせた布施かもしれないな」
平助も返すと
「そうかもしれんけど。なんかな。信長公に見つかったらマズイと思うけどな」
お凛はやはり納得してなかったが。
「信長公もそれどころじゃないと思うよ。武田勝頼公が信長公の盟友の徳川家康公と戦いを始めたから信長公も援軍を出すみたいよ」
こずえが言うと
「じゃあ越前はしばらく落ち着くから準備を整えられるね」
お菊が言うと
「いや、勝頼公を支援するため美濃か近江に攻めるかな?」
おいちは逆の予想をしたのである。
「東近江に羽柴秀吉公、西近江には明智光秀公がおるで。美濃衆も信長公の正室の帰蝶様の配下の旧斎藤家の部隊って結構侮れんらしいで」
お凛が返すと
「ウチには名将の七里頼周様、杉浦玄任様がおるんやで!」
おいちが返すと大笑いが起きたのである。
しばらくすると杉津砦から堀江景忠が慌ててやって来たのである。
「また物資が来たとは!ありがたい!」
「何とか籠城できるね!父上!」
一緒にやって来た花も嬉しそうに言った。
「中川屋さんと春日屋さんに礼を言わんとな」
おいちが言うと
「実は中川屋様の出店が敦賀にあり藤畑伝六様がそこに居るそうで私が直接挨拶に行こうと」
堀江が言った。
「じゃああたしたちも行こうか」
お菊が言うと
「実は皆様には春日屋様に行って頂きたく」
堀江が言った。
「父上だけど元は朝倉家の家臣で越前三国湊周辺を所領にしてたけど朝倉義景公に逆らって朝倉家を追い出されたの。その後は能登の畠山氏に仕えて代官をしてたけど今回、加賀の門徒衆のお願いを受けて越前に戻って杉津砦の城主を務めたの。能登を出たのは越後上杉家に従う派と畠山家と一向宗で独立する派に別れて内輪揉めしたからなの。ただ能登は揉めたままだけど加賀の門徒衆は越中で謙信公に負けたし能登でも力を失いそうになってるから能登の争いには手を出さないで謙信公と協力、実際は和睦するらしいの」
花が説明すると
「謙信公の配下の衆と越後商人が加賀尾山(金沢)御坊(加賀一向衆の本拠地)に入ったそうです。おそらく春日屋様もこれほどの物資を動かしてる以上は謙信公の配下の方でしょう」
堀江が言うと
「なる(ほど)ね!堀江様が昔の経緯から加賀に行き難いならウチらが加賀に行って謙信公の配下の春日屋様に挨拶に行こうや」
おいちが納得したのである。
「我々が船を用意します。我々はこの航路は慣れていますし船が早いです」
堀江の配下の者が言った。
「船ならウチは行かん」
船嫌いのお凛が断ったが
「凛凛!尾山御坊の城下は大きい町でおいしい茶店がたくさんあるで!楽しいで!」
おいちが小声で言うと
「行く!行く!」
茶店に飢えてたお菊は大喜びだったが
「うぐう!おいしい茶店かいな!行きたいわ!悩むけど!」
結局お凛も茶店の誘惑に勝てず船で尾山御坊に行く事になったのである。
尾山御坊の近くまでの湊は風向きが良ければ1日程度で杉津砦から着くと言う。
府中龍門寺城から急遽、了観僧正を案内役に呼んで2日後だが快晴風向き波良しでお菊、お市、お凛、了観たちは急遽尾山御坊に向けて朝一番に出発したのである。
「あ~船は苦手やけど茶菓子に負けたわ」
お凛が船上でぶつぶつ言うと
「今日は最高の天気ですぞ!寝てればあっと今に尾山御坊ですぞ!」
堀江の部下の船長は気軽に言った。確かに波はべた凪で穏やかであった。
「小次郎連れて来れば良かったかな?」
「留守役を頼まんといかんから仕方ないわ。でもお礼言ったら今回は信長公が分らんからすぐに帰るで」
お菊においちが返したが
「本当は3日くらい休んで尾山御坊の城下町でお茶したいよね」
「それやな。帰りの船の風向きが合わなくてとかごまかして尾山でのんびりするかいな?」
お菊においちがひそひそと相談した。
船長の通りで春の日本海は穏やかで追い風に乗って船はすいすいと進んだのである。
その日の昼過ぎに尾山御坊の湊に到着したのである。
「今日は快適な船旅やった!」
「ふう。揺れなくて助かったわ」
上機嫌なおいちに対してお凛は安堵していたが。
大野川河口の湊で船を降りて馬に乗り換えると尾山御坊の門前町までは1時間弱である。
「おお!石山本願寺にそっくりや!」
「ほんまやな」
尾山御坊だが石山本願寺に似た石垣造りの大寺院だった。その下には門前町が広がっていた。
「ここは元の守護を追い出して100年近く加賀の門徒衆が治めてるのじゃよ」
了観が説明した。
「ただな、ワシに言わせれば僧じゃなくお侍になっとるがな。だから尾山御坊には行かん方が良い」
了観は寂しそうに言った。
「せっかく来てるのに?」
お菊は不思議そうに言ったが
「春日屋様に行った方が良いな」
お菊らはよく分らないが了観の言う通りしたのである。
ただ了観も最近出来たばかりの尾山の春日屋が分からなかったようで
「おかしいな?この辺りじゃが?」
きょろきょろ手書きの地図を見ながら春日屋を探してた。
「お茶しよ!お茶!」
お菊がその隙に茶店を目ざとく見つけると
「仕方ないのう。おぬしらは休んでなさい」
了観はそう言うと春日屋を探しに去って行った。
お菊だがあんこ餅の茶店を見つけたのである。お菊、おいち、お凛の3人で茶店に入ると甘味を楽しんだのである。
「あんころ餅じゃなくささげ餅だって」
「甘過ぎなくてちょうど良いな!」
「久々の甘味は最高やな!」
3人が甘味を楽しんでるその時であった。
「邪魔すんな!爺さんよ!」
若い男の怒号が聞こえたのである。
「若い門徒兵の傾奇者だよ」
「嫌だね。まったく」
茶店の他の客も渋い顔であった。
絡まれているのは了観だった。
「すまんのう。探し物してたらおぬしらにぶつかってしまったわ」
了観は詫びてたが
「俺たち加賀の門徒のおかげで爺さんらは良い暮らしをしてるんだぜ!」
「土下座しろって!」
傾奇者たち3人は粋っていた。
「何言ってやがる。越中では関東管領(上杉謙信)相手に歯が立たずへこへこしといてよ」
「税金だって随分と上げやがって威張り散らしてこれかよ。もうお上は誰でも良いぜ」
茶店の客たちは不愉快そうに陰口を叩いていた。
「……」
お菊たちは加賀の支配者の門徒衆の悪評に複雑な顔をしたが。
了観だが仕方なく土下座しようとしたその時だった。
「僧正!そんなんに謝る必要ないわ!」
「そんな無礼なカス放っておいた方が良いわ」
おいちとお凛が間に入ったのである。
了観と男たちは驚いていたが。
「なんだ?随分と威勢の良いお姉ちゃんだな?」
「ほう。こっちの方が楽しそうだぜ?俺たちは加賀門徒衆で顕如様の精鋭だぜ!」
若い男たちが偉そうに言うと
「勝手に気安く顕如様の名前を使うな!顕如様に無礼だ!あなたたちこそ顕如様に土下座しなさいよ!この恥知らず!」
お菊が返すと
「へぇ!俺、こんな強気な女子、すげえ好みだな!遊ぼうぜ!」
「どこの茶屋なの?お嬢ちゃん?」
男たちがいやらしく言うと
「あなたちは好みじゃないからさ!嫌だよ!」
「下衆は好かんわ!怪我する前に下がれや!」
お菊とお凛が返すと茶屋の客らはこの3人の女子の強気に唖然としていた。
少し離れた箇所でこの様子を見ている中年の女性が率いる一行が居た。
「いあや。元気な女子ですね」
中年の女性に仕える中年の細い男がお菊らに感心していた。
「あの3人、かなり腕が立つと見ましたが?助太刀しますかな?」
中年の女性と同じ齢くらいの中年の筋肉質の厳つい男が中年の女性に聞くと
「少し様子を見ようか。確かにあの若い女子3人は只者では無いと見た」
中年の女性も笑いながら言った。
「楽しませてやるってよ!」
「ほれ!遊ぼうぜ!」
男たちがお菊とお凛に手を出したが
「たあ!」
お菊は男の腕を捻ると腰をかがめながらこの男を放り投げたのである。
「触んな!」
お凛に触れた男はお凛に腹を思いっきり殴られ2人とも変な声を出して伸びてしまったのである。
茶屋の客はお菊とお凛の離れ業に唖然としていた。
残された1人も唖然としていたが
「生意気な女め!成敗してやる!」
突然、太刀を抜いたのである。
「そんなんだから門徒衆は嫌われるんやな。その物騒なの、しまってや。これで終わりやで」
おいちが軽く言うと
「ふざけるな!ここは一向宗(門徒衆)の国だ!俺たちに従わない奴は許さん!」
この男は血が上り勝手に怒っていたが。
「あたしたちだって門徒衆さ?」
「なんでそんなに威張るんかいな?」
お菊とお凛は逆に落ち着いて不思議そうに聞くと
「俺たちに逆らうのが問題なのだ!」
この男はひとりただ怒っていた。
「そう言う事じゃな。門徒の国だがこれが実態じゃ。100年の門徒の支配は共同体じゃなく門徒の間で支配する者とされる者に別れたんじゃな。だから支配する者しかいない尾山御坊に行かなくて良いとワシは言ったんじゃな」
了観が寂しそうに言った。
「そっか。だから七里さんや杉浦さんはあの悪態でここじゃ普通なんやな。悲しいな」
おいちが言うと
「あたしたち、何のために戦ってるのさ?」
お菊は悲しくなって小声で呟いたのである。
おいちとお凛、了観は聞いていない振りをした。
男が太刀を持って前に出ようとしたのでお菊たちは回避の体制を取った。茶屋の客は悲鳴を上げて逃げ出した。
「おう!若いの。いい加減にしろ」
突如、中年の男が入って来たのである。厳つい武勇に優れそうな男である。
「越後から来たがここは確かにひどいな。これでは兵の心はまとまらない。戦に勝てない」
中年の男の後ろに居た中年の女性が言った。
「越後から来た?ひぃ!」
この若い男はそう言うと急に蒼褪め、太刀をしまって逃げ出したのである。
お菊に投げられた男とお凛に腹を殴られた男もふらつきながら逃げて行ったのである。
「行ってもうた?」
「急にどした?」
お凛とおいちは唖然としてたが。
「何だろうね?あ、ありがとうございます」
お菊は間に入ってくれた中年の女性と男の集団に礼を言ったのである。
「礼には及ばぬ。若い女子はまっすぐで素直で元気で大変よろしい」
中年の女性はにこりと笑って返したのである。




