大義 ってなんなのさ 22-5
府中龍門寺城から岡崎山砦に帰ったお菊たちだが杉津砦の堀江景忠に頼んで木の芽砦群に向かった。杉津砦大良砦から山道を歩く事1時間で到着したのである。
木の芽砦群だが名前の通りだが街道を挟むように砦が幾つか配置されていた。木の芽砦を拠点に鉢伏山、西光寺の砦で連携を取って敵を翻弄し互いに支え合うのである。
「見つけた!」
「元気かいな?」
木の芽砦に居たたまと庄助にお菊、おいちたちは声を掛けたのである。
「お菊!おいち!どうしたの?」
「え?どこから来た?」
突然のお菊たちの訪問にたまと庄助は驚いていたが。
たまと庄助は山から切り出した木材を整え砦を強固にする作業に追われていた。
「ウチら杉津砦の北にある岡崎山砦に居るねん」
「杉津砦から木の芽砦群がこんな近くだったなんて驚いたわ」
おいちとお凛が返すと
「そうだったんだ。でもみんなが近くに居ると心強いよ」
「杉津砦と木の芽砦群は織田が攻めて来たら一番の激戦地になるからお菊たちが配備されるのも分かるな」
たまと庄助は返した。
「あ!隊長の頼俊様を紹介するね」
たまと庄助だがここの責任者の下間頼照の次男の下間頼俊を紹介したのである。
頼俊だが20歳前後の若い僧だった。この木の芽砦群だが織田信長が朝倉義景を滅ぼすと無用との事で破壊されたが越前を門徒宗が抑えると再度織田への防衛拠点として急遽再整備されたのである。頼俊もたまや庄助と同じように色々指導を飛ばしつつ木を切ったりして木の芽砦群の城壁の整備などをしていた。
ただ作業はあまり進んでいなかった。杉津砦も似たような状況だったが兵に覇気がなかったのである。いや、覇気が無いと言うよりも嫌々やっている空気であった。みんな自前で兵に駆り出されているのでその気持ちは分かるしお菊たちも杉津砦でそれを薄々感じていたが
「門徒衆が門徒衆を罰した報いだな」
お菊たちの気持ちを見抜いたのか頼俊だが淡々と言ったのである。
「兵糧も不足してるし」
庄助も諦め気味に言った。
「(石山)本願寺に支援を頼んでるで!」
「本願寺から支援物資が着いたらこっちにも廻すよ」
おいちとお菊が軽く言うと
「感謝する。信長公だが田植えの時期が終わる初夏には越前に兵を動かすと噂されている。みんなで力を合わせよう!」
頼俊はにこやかに言ったのである。
お菊、おいちはたま、庄助とゆっくりした後に岡崎山砦に戻る事にしたのである。
「たま!庄助!今度はこっちに遊びにおいでよ!凛凛もいるし魚もごちそうするよ」
「本願寺から物資が届いたら取りに行くね」
ただ、たま、庄助と別れた後だが
「ちょっとやはり越前の門徒衆と大阪の門徒衆の壁があるかいな」
お菊もおいちに頷いた。お菊もおいちも見えない両者の壁を感じたのである。
お菊、おいち、お凛らは岡崎山砦に戻ると雑賀衆や堺衆と一緒に城の修復をするだけでなく砦の近く地元の衆の田んぼの田植えや畑の耕作や種蒔きなど手伝いをしたのである。
最初は地元の衆はお菊たちの行動が予想外で警戒してたが3日ほど経つと何となく打ち解けて来たのである。
「村長様(堀江景忠)の命で?」
村の長老がお菊やおいちに聞くと
「砦に居てもする事ないからお手伝いしようってね」
「ウチら雑賀衆はこういうの好きやねん」
お菊とおいちが軽く返した。
「実家を思い出して懐かしくて楽しいですよ!」
「良い運動にもなるし」
小雀と蛍も続いた。
「そうですか。それなら良かった。前の城代様とはやはり若い皆さんは全然違いますな。感心感心」
長老もお菊たちの回答に安堵したのである。
翌日だがお菊やおいちらが農作業の手伝いをしてると聞いて堀江景忠が驚いてやって来たのである。
「これはこれは!本願寺から来た皆さんがこのような事をしなくても!」
堀江も驚いていたが
「大丈夫ですよ。楽しくやってるし」
「体も鍛えられるしな!」
お菊とお凛は泥だらけになりながら返した。
「おいち様は?」
「今日は岡崎山砦の守りを固める改造作業を雑賀衆としていますよ」
お菊が返すと
「そうでうすか。申し訳ないです。ところで七里様の使者が来て明後日にも兵糧と鉄砲が加賀より届きます。お菊殿とおいち様、お凛殿が七里様に掛け合ってくれたおかげです。私からも礼を申し上げます」
「良かった!ちょっと兵糧も鉄砲も足りさそうも無いって心配やったからな」
「お腹が減っては戦ができないもんね」
お凛とお菊はようやく安心したのである。
「届いたら地元の人にも分けようや。ここの人、なんかみんな凄い痩せてるもんな」
「賛成!」
お凛だけではないがお菊もおいちも地元衆がおそらく税で米を取られて痩せてるのを気にしてたのである。
「船だ!こっちに向かってる!」
翌日、物見の声でお菊たちは目が覚めたのである。
「やったわ!兵糧や!鉄砲や!」
おいちが喜んでいた。みんな岡崎山砦を飛び出し岡崎山砦の北側の砂浜で弁才船を歓迎した。200石級の大きな弁才船は海岸の砂浜に乗り上げると船乗りたちは積んでいた小舟で上陸したのである。
「お~い!みんな元気そうで何よりだよ!」
「おふうさん!」
降りて来たのは六花仙のおふうである。
「待たせたね。たくさん米と鉄砲を持って来たよ。降ろすの手伝っておくれ」
「はい!」
みんな大喜びで岡崎山砦の面子総出で荷下ろしを手伝ったのである。
「おお!思ったよりもあるわ!」
おいちは弁才船に乗るとたくさんの積荷を見て喜んでいた。
「あの七里殿、意外と良い人やったな!」
お凛が言うと
「ははは。七里殿からのはこれだね」
「え?こんだけぇ?」
おいちは変な声を出してしまったのである。
そこには米俵100俵と鉄砲が30丁ぽつんと置いてあったのである。
「なんだかなぁ。あの人やはりだね」
お菊はがっかりとぼやいたが
「え?じゃあこの1000俵を超える米俵と200丁の鉄砲、弾薬、硝薬、銭函は一体何で?」
お凛が逆に唖然とすると
「門徒宗で京の豪商の中川屋様が銭で布施してくれたんだよ。物は越後の商人衆が加賀や越中能登で買い集めた。後で中川屋の番頭の藤畑伝六様に挨拶しときなよ」
おふうが指差すと船の主屋方に50歳くらいの男が若者と一緒に居た。
「お凛、中川屋さんって知ってるか?」
「京の商人て聞いた事ある気がするけどよく知らんな。最近大きくなったのかな?」
堺衆のお凛も分からない感じだったが
「でもこんだけ布施をしてくれるなんてすごい大商人だよ」
お菊が言うと
「これだけ景気が良いと今、勢いのある織田の商人かもな。でも信心深くても信長公に睨まれてまで本願寺を支援するかいな?」
お凛は聞こえない小声で呟いたが。
「藤畑様!お布施ありがとうございます!」
おいち、お菊、お凛は藤畑に礼を言ったのである。
「ははは。主人の命で対応しただけですな。我が主人は商人なので戦は無理なので第六天魔王(織田信長)と戦う皆様を支援するくらいしか出来ないのでね」
藤畑は穏やかに言った。
(あれ?この人見た事ある気がするけど?気のせいかな?)
お菊は藤畑を以前見た事があるような気がしたのである。藤畑だが白髪の長髪をなで上げ、長髪は背中で結んでいた。
お菊だが藤畑をじっと見たが思い出せなかったのである。
「お嬢さん?どうされたかな?」
お菊に藤畑が不思議そうな顔で聞くと
「あ!ごめんなさい!人違いで!」
お菊は慌てて藤畑に詫びたのである。
しばらくして堀江も慌ててやって来たのである。
「おお!これは!ありがたい!南無阿弥陀仏!」
堀江は支援物資を見て大袈裟に振る舞ったがこの大量の支援物資に心底喜んでいた。
「こちらは京の中川屋さんのお金の布施で物は加賀、能登、越中で手配です。石山本願寺からの物資も間もなく別の船で敦賀より到着します。心置き無く戦えますよ」
おふうも堀江に返した。
「本願寺からの支援物資もまだ来るんだ!」
「良いね!これでしばしお腹は安泰だね!」
お菊とおいちは盛り上がっていた。
「堀江殿!我が主人がこれも景気付けにと」
藤畑は主屋形の奥に隠してあった酒樽を少し茶目っ気を含みながら指差すと
「今晩はでは皆様の歓迎の宴を」
「兵糧は大事に使って頂きたいので我々だけで軽く」
藤畑が言うと堀江も嬉しそうに頷いた。
「長旅で疲れたので少し散歩したく」
藤畑の申し出に堀江も再度頷き
「私は頂いた支援物資を分配しますので。気が済んだら杉津砦に来てくだされ」
藤畑らは堀江に再度感謝するとのんびりと長旅を癒すように周辺を散策したのである。
岡崎山砦も軽く見た後、藤畑らは集落を散策しながら南の杉津城へ去って行った。
お菊、お市、お凛らは弁才船から降ろした物資を堀江の命でみんなで杉津砦、大良砦、岡崎山砦に分別していた。
米俵や鉄砲は平等に分別したが銭函(お金)だけ杉津砦に多めに振られ少数が岡崎山砦に廻ったが米や鉄砲の方が大事とお菊、お市、お凛らは考えたので気にしなかったが。
ただお菊はやはり藤畑が何か気になっていたのである。以前、会った気がしたのである。一人考えていた。
お凛だが銭函を開けると
「(近江)坂本か。京銭やな。しかも真新しい出来立ての銭やな」
この銭の産地を堺商人らしく見抜いたのである。
「へぇ。でも坂本の京銭って品質が良いんやろ?南蛮商人が良い銅やって喜んで買うって聞いたけど」
おいちが返すと
「そやけどマズくないかな?近江坂本って事は信長公の重臣の明智光秀公にあの藤畑殿、関わってるんちゃうかな?」
お凛が心配そうに言ったが
「それでも阿弥陀如来様を信じるからウチらを手助けしてるんちゃうかな?」
おいちはあまり気にしていないようだったが。
「なぁ!地元衆にお米をあげようや!仲良くするのは良い事やで!」
おいちが話を変えるように言うと
「賛成やな。機嫌取りも大事やね」
お凛も同意し銭の事は置いて米俵を幾つか長老に渡したのである。
お菊、おいち、お凛だがおふうとその日の晩はゆっくり話をしたりして楽しんだのである。
長老だがその日の夜だが海で取れた珍しい魚や蟹を米俵のお礼に差し入れてくれたのである。その日はみんなご飯をお腹いっぱいになるまで久々に楽しんだのである。そして普段のここの日々を忘れたのである。




