大義 ってなんなのさ 22-2
1574年10月末、お菊とおいちは伊賀での休暇を終えると吉野経由で紀伊の雑賀の郷に帰ったのである。お菊は体力も元に戻りおいちの左腕も完治した。お菊はその先は大阪まで先に船で向かう予定だったがおいちも一緒に来たのである。
「あんた雑賀の郷で少し休めば良かったのにさ」
「まぁウチも色々あるんや。今回は大阪に入ろうかなって。アンタがおらんと寂しいし凛凛にも会いたいからな」
大阪へ向かう船の上でお菊の心配をよそにおいちは淡々としていた。
お菊とおいちは半年ぶりに大阪石山本願寺に帰ったのである。
「うわあ!お菊とおいちがお帰りや!」
お凛だが普段はあまり感情を表に出さないが今日は珍しく感情を露にしたのである。
「凛凛も元気そうで良かった!」
「ウチらは絶対にここに帰るねん!」
3人で抱き合ったのである。
「ゆっくり休めた?」
弥生もやって来たのである。
お菊とおいちだが伊賀で長島願証寺の戦の件でもやっとしてたので弥生たちに八つ当たり気味の塩対応をしてしまったのでちょっと弥生たちに対して後味が悪く
「えっと はい!えへへ」
と笑ってごまかしたが。
「顕如様もあなたたちの活躍は評価してるわ。しばらく大阪でゆっくりしてね。いつものように年末年始の巫女のお仕事を頼むわ」
「弥生さんは?」
「越前がヤバいって聞いたけど」
お菊とおいちが聞くと
「越前で蜂起した門徒衆の支援は本願寺が顕如様、(下間)頼廉様が対応するわ。おふうと(加賀の出の)たま、(越前の出も)庄助が今、越前で本願寺から派遣された(下間)頼照様、七里頼周殿、杉浦玄任殿、本願寺兵と対応しているわ。私とマリアも暮れに援軍を率いて越前に応援に行くわ」
弥生は軽く返した。
「なる(ほど)!なら安心やね!」
「あの 杉浦殿 も居るし!」
おいちが返すと珍しくお菊も嫌味を言ったが。
「でも信長公、このまま黙っているかな?」
お菊だが信長がやはり越前を放って置かないと思ったのである。
「そうね。このまま黙ってると思えないわね。ただ越前は後で本願寺が先との噂もあるわ」
弥生が厳しい顔で言った。
「だから万一に備えて心眼殿やあなたたちは大阪に居て欲しいのよ」
「やっぱ問題は信長公か」
お菊は呟いた。
「もうこうなったら因果ね。でもあなたたちは今はゆっくりしてね」
弥生はそう言うと去って行ったのである。
「まぁ信長公も願証寺との戦いで兵が疲れてるから今年は動かんと思うけどな」
「でも来年はかなりキツイかな?」
おいちにお凛も続いた。
「お菊とおいちが願証寺に居る時、ウチら堺衆は本願寺で待機になったねん。(織田方の)若江城の件もあるけど淀川を挟んで摂津の北を織田の荒木村重が抑えてるから強力な備えが要るって。だから本願寺の頼廉様やおいちのお父上の(鈴木)重秀様は願証寺の支援に送らず大阪に居たねん。佐久間信盛公と川尻秀隆公が2万弱で若江城に来た時は焦ったけどな」
お凛が大阪の事情を説明すると
「やはり佐久間隊は大阪に来てたんか」
おいちがうなったのである。
「ちょっと数じゃもう敵わないかもね」
お菊が考えながら言うと
「時代は鉄砲やで!鉄砲を上手く使えば少数でも何とかるわ!」
「そや!」
お菊が言うとおいちとお凛が威勢よく返したが。
「婆や!ただいま!」
桜花院に戻ったお菊だが婆やとも久々に会ったのである。
「良かった!無事に戻れて」
婆やもお菊を涙ながらに抱きしめたのである。
「すごく苦しい戦いだったと色々聞きましたよ。たくさんの方も亡くなって。あなたが無事に生きて帰れて本当に良かった」
「そう簡単には死なないよ!死んで行った人たちのためにも!願証寺は守れなかったどここ(石山本願寺)は絶対に守るよ!婆やも!」
ただ婆やは少し悲しそうな顔を一瞬したが
「ありがとう!でもご自分も大事に。ご自分が第一ですよ」
笑顔で返したのである。
「婆やのご飯を食べたい!」
「すぐに用意しますね」
婆やはすぐに夕食の準備をしてくれたのである。
「そうだ!小次郎は?」
「殆ど帰ってないですね。心眼様、阿形殿、吽形殿と新しい志願兵の訓練場に泊まり込んでますね」
「小次郎って結構マジメだな。せっかく生きて帰れたからどこか一緒に息抜きに行こうかなと思ったのにさ!」
お菊は小次郎に感心しながらも呆れたが。
「でも志願兵が減ってるのと越前の一向一揆を支援するために小次郎殿も越前に行くかもって話されてましたね」
婆やは夕食の支度をしながら言った。
「弥生さんたちがもうすぐ越前に行くみたい。あたしは若江城や荒木村重殿対策で大阪に今回は居るけど越前が騒がしくなったらまた行かされそうだな」
お菊が言うと
「ここは本願寺の偉いお方の出番なのですがね。うまく行っていないみたいですね」
婆やが悲しそうに言ったがお菊は意味が良く分からなかったが。
織田信長だが1573年8月に朝倉義景を倒して越前を手に入れ新しい守護代を元義景の家臣で義景を裏切った前波吉継に任せた。しかし朝倉家では大した身分で無い前波が横柄な態度で政治を行ったので前波に反発する旧朝倉氏の家臣や地侍、有力農民が土一揆、反乱を起こし1574年初めに前波を殺害したのである。
しかしこの後は土一揆内の分裂、日蓮宗など他宗派との争い、加賀の一向宗の介入もあり越前は混乱する。信長も1574年は長島願証寺との戦い、第3次長島合戦に対応していたので混沌とした越前には手を出さず様子見したのである。
1574年の暮れには越前は加賀、更には大阪石山本願寺の一向衆の支援も受けて内乱を終結させたが信長との戦いに備えるため加賀と本願寺の坊官は越前の門徒衆から布施と称して税を厳しく取り立てこれが新たな火種となっていた。
お菊や小次郎はそれを知らず婆やはそれを聞いていたので心配したのである。
お菊はあまり考えずこの日は婆やの夕食を久々に楽しんだ後は自分の布団でぐっすり寝たが。
この年だがお菊、おいち、お凛らは少し早めの11月から巫女の仕事を始めたのである。戦続きで石山本願寺の財源がひっ迫している事情で布施を多く集めようと言う意図があったのである。しかし今年は本願寺に人が全然参拝に来ず布施が激減したのである。
「暇だね」
お菊はあくびをしながら言ったが
「マズイって、これ」
「小遣い減らされるかもな」
おいちとお凛が呟くと
「え~!(家がお金持ちの)おいちと凛凛は平気かもしれないけどあたしはきついよ~」
お菊は悲鳴を上げてたが。
「今年は全然お布施が集まらないね。商売上がったりだね」
こずえも諦め気味に言うと
「そりゃそうだ。長島願証寺の結末を聞いてみんな引いてるんだよ」
平助が突っ込んだが。
「なんか若江城のある東摂津の門徒衆は織田に恐怖してるから本願寺に行けないそうやで」
まえこが言うと
「本願寺に行ったら捕まるって噂か。嘘だと思うけど本当っぽいな」
平助も諦め気味に返した。
織田信長だが長島願証寺との戦いで門徒衆を多数殺戮したので信長の支配下の門徒衆は恐怖していた。ただ、信長だが自分の領土では門徒衆だからと罰する事は無かった。信長が罰する基準は自分に従うか従わないか、それだけである。だから従えば手は出さなかった。自分に従う門徒衆が本願寺に参拝に行こうが信長は知った事ではないのだがそうであってもやはり長島願証寺での怖ろしい結末に門徒衆は恐怖したのである。
「七ッ童子にも手伝ってもらおうかと思ったけどその必要もないなぁ」
おいちも諦め気味に言った。
12月半ばになると去年よりはかなり少ないが布施も増え始めたのである。
「ありがとうございます!」
お菊、おいち、お凛は愛想を振りまいていたが。
ただやはり話を聞くと願証寺を見捨てた本願寺の対応に不満を持ってる門徒衆が多かったのである。
この頃になるとお菊も越前の事情を理解したのである。
大阪や加賀から派遣された門徒衆の坊官に越前の門徒衆が不満を持つ異常事態になっていた。布施が減ってるのはそのような門徒衆の戸惑いでもあった。
弥生、マリア、そして急遽、心眼も12月になると越前に援軍として出発した。しかし年が明け1575年、巫女の仕事が一段落すると2月にお菊と小次郎にも越前に行く命が出たのである。
久々に桜花院に戻った小次郎とお菊は話したが本音を言ったのである。
「なんか門徒衆同士で争うって変な話だよね。それを鎮めるなんて」
「そうだ」
「どっちが悪いのかな?」
お菊の問いに小次郎は少し黙った後
「大阪と加賀の坊官だろ」
言い難そうに言ったが
「だからあたし行きたくない」
お菊も分かっていたので言ったが
「俺もだ。でも断れない」
「分かってるけどさ。なんか言わないと気が済まなくてさ」
桜花院の中庭の向こうに見える生駒山と満月を見ながらお菊は呟いた。
越前への出発直前だが
「お菊!ちょっと待ったあ!」
「お菊!ウチらも行くで」
おいちとお凛が突然越前に行くと言い出したのである。
おいちは七ッ童子と少数の雑賀衆、お凛は堺衆を連れていた。
「おいち?凛凛も?なんで?」
お菊がぽかんとすると
「(行く予定だった六花仙の)ろくの根来衆が行けなくなったので急遽行くんや」
おいちが返した。
「根来衆どうしたの?」
「越前で門徒衆が真言宗や日蓮宗を襲ったから真言宗が多い根来衆が怒ったんや。しばらくは本願寺に協力しないってな」
「戦力が足りんから急遽ウチらが応援やね」
おいちとお凛が返した。
「あの人、杉浦玄任殿が居るからだよ。だから上手く行く事もおかしくなるんだよ」
お菊がぼやくと
「あはは!そうや!」
「お菊、良い事を言うわ!」
お菊は本気で言ったがおいちとお凛にはウケたのであるが。
お菊ら一行だが反織田、親本願寺勢力の播磨、丹後から若狭を通り越前に大回りで陸路で入ったのである。
越前の一向衆が本拠地としている府中龍門寺城を目指したが府中龍門寺城への途中の道には しゃれこうべ と化した晒し首が何ヵ所かあったのっである。
「わ!」
「何やねんこれ?」
おいちとお凛が動揺していたが府中龍門寺城に入ると憔悴したたまと庄助が待っていた。そして珍しく心眼が怒鳴る声が奥から聞こえて来たのである。
一行の嫌な予感は当たったのである。




