可憐なる偶像 3-2
「う!無理だ!」
本堂へ到着すると緊張でお菊は思わず足を止めてしまったのである。
本堂へ続く道が一直線に開けられていたがその両側には無数の人が居たのである。
「お!着いたみたいだぞ!」
「あの娘さんかいな!織田の兵を一人で蹴散らした言うのは!」
「若いのにすごいわ!」
熱烈な歓迎の声が聞こえてきたのである。
「弥生さん!あたし別に戦いたくてこうなったんじゃないですよ!大袈裟ですよ!」
「あなたが仕方なく戦ったのは承知しているわ。でも結果を出したわ。人々はそんな華やかな偶像、いえ、巫女を求めるのよ。今あなたはそれを演じれば良いのよ」
「でも!」
「さ、行きましょう」
お菊たちが姿を見せると歓声はますます大きくなった。
「うわあ。恥ずかしい」
お菊は熱狂する門徒衆の声など耳に入らず顔を赤くしながら弥生と高僧の後を付いて行くだけであったが。弥生と高僧は堂々と慣れた感じで歩いていたが。
本堂の前の階段に来るとここで一行は足を止めたのである。次の瞬間、歓声は更に大きくなったのである。
「顕如様や!」
「きゃあ!」
顕如が奥から登場したのである。お菊だが顕如を初めて見たのである。年齢は20代後半とまだ若く爽やかな好青年でこの巨大教団の宗主と思えない雰囲気であったが人を惹き付ける魅力は抜群だった。
顕如は本堂の中央に来ると数珠を持ちながら観衆に手を合わせて挨拶したあと軽くみんなに手を振り続けたのである。
「みんなこの人に熱狂しちゃうんだ。分かる」
お菊が思わず呟くと
「あなたと同じですな」
お菊を連れて来た高僧がふっと笑いながら返したのである。
「え?」
お菊はぽかんとしたが
「みなさん!ご静粛に!ご静粛に!」
顕如の傍に居た高齢の高僧が声を上げると観衆は静かになったのである。
「さぁ、上がりなされ」
高僧がお菊に言うとお菊は緊張しながら一人本堂に上がり顕如の前に立ったのである。
顕如だがお菊の前まで来ると
「お菊。ようこそ。阿弥陀如来様が君を待っていたよ」
顕如は巨大な阿弥陀如来像を背景に言った。何か分からないがすごい何かを感じたのである。
顕如自ら袈裟をお菊に着せたのである。
「あ。ありがとうございます」
お菊は緊張しながら返した。
再度観衆から大歓声が上がったのである。
「お菊。ここにいるみなに顔を見せてあげておくれ」
お菊は振り返ると改めてたくさんの人に再度驚きつつ緊張してしまったのである。大歓声はやまなかった。
顕如はお菊の肩にそっと手を添え
「みんな。この少女は光福寺を襲った織田と戦い追い払ってくれた。でも光福寺の人はこの少女以外はみな極楽浄土に行ってしまった。この少女がこの世に一人残ったのは阿弥陀如来様のご加護です。私たちの教えをこの少女とこの世に広めるためみな力を合わせましょう!」
「おおお!」
観衆の雄叫びと喜びの声が響くと
「さぁみなさん。極楽浄土に行った光福寺のみんなに祈りましょう。そしてこの少女と私たちの勝利も祈りましょう。南無阿弥陀仏」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
巨大な念仏の声が石山本願寺の中を木霊したのである。
無事にお菊の披露が終わった後だが弥生はお菊を坊の桜花院に戻した後、再度本堂に戻り顕如と相談したのである。
「あのお菊と言う少女が薙刀を振り回して松永兵をなぎ倒し生き残ったとは信じられない」
顕如も少し驚きながら言った。
「薙刀を持った事もないようですが本人の話や状況から光福寺の本堂内の松永兵4名と外の2名はお菊が倒したようです。天性の何かを持っているのでしょう」
弥生が返した。
「お菊の経歴ですが光福寺の帳簿を調べました。お菊は1558年初め摂津の生まれ。父親は1525年丹波大江山近くの生まれで丹波の赤鬼の赤井直政公に仕えていましたが丹波が赤井氏から(松永久秀の弟の)松永長瀬殿の所領になった時に松永に鞍替えしています。が、理由は不明ですが松永を離れて大和興福寺で傭兵をしていたようです。しかし興福寺の下女と駆け落ちし摂津に移動し生まれたのがお菊」
顕如は弥生を一瞬見てから
「ふむ。続けて」
「その後、父親は三好長慶公の弟の実休公に仕えたようです。優秀だったようで多数の戦に出て実休公の馬廻り(親衛隊)までも務めましたが久米田の戦い(1562年)で実休公、そして奥方と共に戦死しています」
久米田の戦いは当時の畿内の覇者、三好長慶に逆らった管領の畠山高政との戦いで実休は戦いを有利に進めるも高政に裏を突かれ本陣を傭兵集団の根来衆に奇襲され鉄砲の雨を受け戦死したと言われている。
「鉄砲は恐ろしいな」
「さちはお菊の母の妹で1560年頃より実休公に仕えていますが長慶公が亡くなり三好三人衆が将軍義輝様の殺害(永禄の変、1565年)を起こすと三好を出て当寺院(石山本願寺)で六花仙として仕えていたようです」
「さちが六花仙だった?ほう。すごい。弥生は覚えているかね?」
弥生は少し黙った後
「久秀公が大和の東大寺大仏殿を焼いた時に六花仙内で東大寺を支援するかでいさかいがあり(石山本願寺が東大寺を支援しなかったので)彼女は六花仙を辞めました。腕は立つ娘でしたが」
「ふむ」
顕如はバツが悪そうに返した。
大和の領有を巡って久秀は大和の興福寺を背後に持つ筒井順慶と争った。当初は三好三人衆や実休の重臣の篠原長房が久秀を攻める展開だったが三好長慶の養子で三好家の後継者の義興を久秀は切り崩し味方にすると形成は逆転し久秀有利に戦いは進みその過程で戦場になってしまった東大寺大仏殿などが焼けたのである。三好三人衆や篠原長房は拠点の阿波に撤収し堺や摂津は久秀の権勢が強くなったのである。
石山本願寺だが三好三人衆、篠原長房に味方するか久秀に味方するかで決断できず中立を決め込んだが東大寺が焼けるのを傍観してしまったのでさちのように石山本願寺を出て行く者も居たのである。
「さちですがお菊の両親が堂島に持っていた家を茶店にしてお菊と営んでいたようです。戦死した光福寺の頑強僧正も若い頃は三好兵だったようで仲が良かったようです。そして今回巻き込まれてみんな極楽浄土に向かって旅立たれた次第です」
顕如の重臣の僧が眼鏡で老眼を調整しながら言い終わると
「よく分かった。ならば我々で手厚く彼女を育てねばならないな。彼女の活躍は門徒のためにもなる。弥生。予定通りお菊を君に預ける。六花仙候補として期待しているよ」
「はい」
弥生は顕如に返したのである。
お菊だがこうして石山本願寺の阿弥陀如来を守る巫女として修行を受ける事になったのである。
午前中は浄土真宗や石山本願寺の歴史、文字の読み書きなど座学で教養を学び午後は武術、主力武器の薙刀、太刀、鉄砲の基本的な使い方や構えを教わったのである。時々武術の修行の代わりに石山本願寺の巫女としての仕事、布施の受付や祈祷手配なども行ったのである。
今までの生活と全然違い慣れていない上に一人ぼっちもあってお菊は一週間でへとへとになり懐郷病になってしまったのである。
「あたし何やってるんだろ。お家に帰りたい。あ、お家には誰もいないけど」
お菊は布団の中でしくしく泣き出したのである。
「どうしたの?」
お菊の泣き声を聞いて声を掛けて来たのは世話役の婆やである。
「あたしここで何をやってるのか分かんない」
布団に潜ったままお菊が返すと
「あなた様は阿弥陀如来様をお守りする巫女ですよ」
「そんなの知らないよ」
「あなた様の住む町を壊した織田信長に天罰を下すのですよ」
「ううう。織田信長なんて人は知らないよ」
お菊だが今回の事件の背景がよく分らなかったのである。
「織田信長は明智光秀の主君です。我々一向宗を敵視する男です」
婆やが返すとお菊は布団から飛び出し
「おかしいよ!最初は明智殿はあたしの町と仲良しだったよ!明智殿も倒すのは三好の野田福島城だけだって言ってたよ!頑強和尚ともうまくやってたよ!それが急に石山本願寺の僧兵が明智殿たちを襲って来て明智殿が反撃して見せしめで町のみんなを信長の命令で殺したって言ってたよ!確かにさち姉を殺ったの明智殿だけどさ!あたしを見逃したのも明智殿だよ!もう訳が分かんないよ!うわあん!」
お菊は婆やの胸に顔をうずめて泣いたのである。
明智光秀、いや、その主君の織田信長は本国の尾張では一向宗と確かに争い禁教令を出して弾圧していたが石山本願寺とは争う気は無かったのである。信長が本国の尾張から摂津まで攻めて来たのは信長が擁する将軍足利義昭に敵対する三好三人衆を摂津から阿波へ排除するためだけであった。
石山本願寺も最初は信長と争うつもりはなかったが突然方針を変えて信長を襲撃したのである。それと同時に信長を敵視する朝倉義景、浅井長政、比叡山延暦寺も信長を攻めたため信長と義昭、光秀や久秀は辛くも摂津を脱出し本国の尾張までの退路を確保するため京(近江大津)まで撤退したのである。
「信長が野田福島城を落とした後に石山本願寺を襲うとの噂があったからです。顕如様は先手を打たれたのです」
「嘘だ!明智殿や松永久秀は本願寺が攻めて来た時はびっくりして慌てふためいていたよ!」
婆やだが突然悲しそうな顔をすると
「お菊さん。人の心は読むのが難しいのですよ。人の心は。偉い人の心は尚更ですよ」
何か分からないが婆やの悲しそうな顔を見てお菊も大人の事情があると悟り
「分かった。もういい。婆やおやすみ。もう寝る」
お菊は泣いてすっきりしたのもあるが布団に入ると気が収まったのである。もう忘れようと寝たのである。
婆やだがこの後すぐに気を利かせて弥生と相談してお菊を他の女子との共同修行するよう勧めたのである。婆やだが石山本願寺の末寺から寺の子女としての修行に女子が10名が石山本願寺に来ると聞いていたのである。
石山本願寺の首脳はお菊が既に実戦の実績を持っていたので特別の修行を考えていたが弥生も婆やの提案を受け考え直し、また兵として人との繋がりや協力を学ぶのは必須なので弥生は石山本願寺と相談してお菊を他の女子との共同修行にしてもらったのである。




