清く正しく美しく 4-1 挿絵あり
お菊だが今までの狭い道場から広い道場に入ったのである。既に道場にはこれから一緒に修行する女子が10名全員集まっていた。みんな緊張していた。
ここに来ていた女子は全員お菊に年齢が近い石山本願寺、浄土真宗の各地の末寺の子女たちである。ここで寺の子女としての浄土真宗の知識やいざという時に備えての武術、薙刀や太刀打ち、鉄砲、組み合いなどの修行を一緒に行うのである。お菊だが自分と年齢が近い女子が集まった事で漠然とした不安が収まり落ち着きも取り戻したのである。
彼女たちを指導するのは顕如直属の親衛隊、六地蔵の筆頭で石山本願寺最強と名高い心眼と言う僧兵である。心眼の配下の精強と評判の阿形、吽形、清澄、悠然らも来ていた。女子は六花仙の弥生だけが居た。
「心眼と申す。今日より私たちが諸君を鍛えるぞ。私の希望は諸君が立派に阿弥陀如来様をお守りする事である」
心眼は見た目も背丈があり筋肉質で強そうな強面である。彼の配下の六地蔵の阿形、吽形も同じような雰囲気の男である。
「怖い……」
誰か分からないか思わず呟いた女子が居た。ただ他の女子も同じような反応をしていた。確かに組み伏せられたら並みの女子では対応が難しそうな男たちである。心眼もそれを察していたように
「実際に諸君らへの直の修行は教えるのが得意な清澄と悠然に任せる事が多いのでしっかり彼らの指導を聞くように。私や阿形、吽形は諸君の技量の練度の見極めなどが主であるので」
心眼と同じように筋肉質だが背丈は普通で穏やかな表情の僧侶的な雰囲気を持つ清澄と悠然を紹介したのである。みんなほっとしていた。
「ではみなさん。早速始めましょうね」
「まずはお互い自己紹介からです。挨拶ができないと修行の道は極まりませんよ」
清澄と悠然が慣れた手順でその場を仕切ったのである。
早速だが各自簡単に自己紹介したのである。
「奈阿だよ。三河源妙寺から来たよ。16歳。お手柔らかにね」
「こずえ。播磨養光寺からや。16歳やで。よろしくやね!」
奈阿とこずえはお菊より3歳上であった。奈阿は背丈もあり腕も太い頑強そうな女子でこずえも細いが背丈があり口調もちゃきちゃきしていた。2人とも体も態度もお菊より年上然としていた。
「京香。伊賀覚明寺だよ。15です。みんながんばろや!」
「千代目。伊勢浄福寺。私も15歳。よろしく」
お香と千代目も年相応の育ちの良さそうな女子である。
「お静と申します。駿河生妙寺から来ました。14歳です」
「みずな。阿波行教寺です。14歳です。頼みます」
「まえこや。大和福西寺。14やで。よろしくやね」
「たまです。加賀円照寺からです。もうすぐ14です。よろしくお願いします」
「ひなたです。美作林当寺です。13歳。仲良くしてね」
お静、みずな、まえこ、たま、ひなたはお菊とほぼ同じ年のお菊同様にまだ幼さが残り恥ずかしがりなのか静かな感じの娘たちであった。
「え~と。近江通願寺のすえは織田の監視がきつくて来れないのかな?」
「近江は戦が始まってるから仕方ないですね」
清澄と悠然は一人来ていないのを何か調整していた。
(色々な所から来てるんだ)
お菊は地理感が掴めなかったが色々な所から来ているのだけは分かったのである。そう思っている間に自分の順番が来たのである。
「お菊です。石山本願寺です。13歳です。よろしくお願いします」
お菊が挨拶すると
「あなたがお菊さん?全然想像と違ったよ」
「ほんまやね。すごい普通やね」
奈阿とこずえがお菊に言った。
「?」
お菊はきょとんとしたが
「気にせんでいいよ。修行がんばろ!お菊さん!」
「ウチは楽しみやで!お菊!」
奈阿とこずえは軽く返したのである。
「さ!自己紹介も終わったので早速みんなと楽しく修行しましょう!」
清澄と悠然が軽い口調で入って来たのである。
「今日は組み合いの基本だけやりましましょう。私たちの見真似だけで良いですからね。修行着の首襟を掴んで引いたり押したりしてして間を詰めて隙を見て最後は足で払って倒します。手の袖口を奪うのも効果ありますよ。でも足を掛ける機会が大事です。倒れる時は以前教わったようにちゃんと畳を空いてる手ではたいて着地してくださいね。頭をぶつけないようにしてくださいね。今日は無理しないで良いですからね」
清澄と悠然が広い畳敷きの道場で互いに組んで実演して見せたのである。
その後は各自、相手を組んでは変えて見様見真似で組み合いを行ったのである。
「お菊。よろしくね」
お菊の最初の相手はひなたである。おっとりした少女である。
「ひなた。こちらこそ。行くね!」
お菊はそう言うとお互い修行着の首襟を掴み少し引いたり押したりしたがあっという間にお菊はひなたの足を外から足払いして押し倒したのである。
「あれ?あれれ?」
ひなたは何が起こったのか分からず呆気に取られていた。
「ごめんね!ちょっとひなたのんびりしてたから勝たせてもらったよ!」
お菊は軽くひなたに言ったのである。
「むう!」
ひなたは膨れていたが。
「お菊。お相手を」
次に相手をするのはお静である。
「よろしくね!お静!」
彼女も名前の通りであまり口数が多くなさそうだったが修行着の首襟をお互いに掴んで分かったが腕力があるのである。気を付けないと引き寄せられそうであった。
お菊は慎重に間を取った。
「今だ!頂くね!」
お静はそう言うと渾身の力でお菊を引き寄せたのである。
「わ!」
お菊は体勢を崩しお静に引き寄せられたが
「そこ!」
しかしお菊はそのまま逆にお静に全体重を掛けながら飛び付いたのである。
「え!」
お静だがお菊が踏ん張ると思いその時に足を払おうと思ったのだが逆にお菊が自分に突っ込んで来る動きは予想外でお静はお菊の全体重には耐えられず体勢を崩すとそのまま押し倒されてしまったのである。
「ごめんね!ちょっと無理に勝たせてもらったよ!」
お菊は軽く言ったが
「あたた。う~ん。予想外!参った!」
お静も伸びてしまったのである。
「ほう。なかなかだな」
「そうね。反応は速いし読みの切り替えも良いわね」
お菊の様子を見ていた心眼が少し驚きながら言うと弥生が嬉しそうに言った。
「へぇ。お菊さんやるね」
「見た目は大人しそうなのに全然違うやん!」
奈阿とこずえだけでなく他の面々もお菊の予想外の素早さにみんな驚いていた。
「お菊!相手してや!」
出て来たのはこずえである。背も高くはきはきして強気な少女である。
「どうぞ!」
お菊は3人目で少し疲れていたが受けたのである。
「はい!始め!」
清澄が合図をすると2人は互いに修行着の首襟を持ったのである。
(う~ん。さっきお静が引いて返り討ちにあったから押すかいな?)
こずえは策を巡らすと
「たあ!」
掛け声を上げて身長差と足技を使い無理にお菊を押し倒そうとしたがお菊は自分の左手をこずえの首襟から右手の袖口に素早く掴み変え腰を思いっきり低くかがめてこずえの懐に入るとそのまま体を捻り反転させ右手はそのままこずえの首襟を持ったまま投げたのである。
「い?」
こずえはお菊の背中に乗ってしまい前のめりになりそのまま倒れてしまったのである。
「えええ!あんた何なん?すごいわ!」
「ごめんね!」
唖然とするこずえにお菊は軽く返したのである。
「よし!じゃあ締めはあたしでどうかな?」
大柄の奈阿が出て来たのである。
「う!どうぞ」
お菊は変な返しをしてしまった。4人目の相手で疲れているのもあったが奈阿は身長が170センチを超え、少し豊満でがっしりしていた。身長だけでもお菊と20センチも差があったのである。
「はい!始め!」
清澄が合図をすると2人は互いに修行着の首襟を持ったのである。
「はあ!」
奈阿は気合の入った声を上げると何度か素早く足払いを仕掛けてお菊を倒そうとしたのである。
「く!」
しかしお菊もそれをひらりと軽く跳びながら巧みにかわしたのである。
「おお!お菊さすが!」
「奈阿の足技もなかなかではないか!」
阿形と吽形が感嘆していた。
「え~!奈阿のあの足裁きを避けれるんかいな!」
「すご!」
こずえと京香もお菊の動きに驚いて唖然としていた。
お菊も隙を見て左手で素早く奈阿の右手の袖口を掴むとこずえの時と同じように体を捻りながら奈阿の懐に飛び込んで引っ張りつつ右手で無理やり奈阿を首襟を掴んだまま引き倒そうとしたが
「同じ手は通じないね!」
奈阿は腕力に任せてお菊に袖口を引かせず踏み留まったのである。
それでも
「やああ!」
お菊は声を上げると再度奈阿の右手の袖口を左手で下に引きながら右手で奈阿の首袖を高く上げ、再度素早く奈阿の懐に潜り込んで奈阿を背中に乗せて投げようとしたが
「お菊さん!よくやったけどいかんともしがたいね」
奈阿はそう言うと逆にお菊が掴んだままの自分の右手の袖口を無理やりお菊の肩に押し付けて力付くでお菊と身長差と体重差を使って一気にそのまま押し倒したのである。
「むぎゅう」
さすがのお菊も大柄な奈阿に上に乗られ圧し潰されて伸びてしまったのである。
「あらら。お菊さんごめんね。ちょっと本気出してしまって申し訳なかったね。大丈夫かい?」
奈阿はそう言うとお菊の手を握りお菊を起こしたのである。
「見事だな。みんなよく頑張った」
心眼だが感嘆しながら言った。
「みんな一生懸命で素敵だったわ。女子は清く正しく美しくないとね」
弥生も続いた。
「清く正しく美しくか」
お菊が呟くと
「良いわ!それ。気に入ったわ!」
「そやな。女子の魅力をここで磨いて男に振り向いてもらわんとね!」
こずえと京香も畿内の人のノリで返したのである。一同笑いが起きたのである。
「婆や!ただいま!」
修行を終えお菊は桜花院に戻ったが婆やだが元気になったお菊に安堵したのである。
「あらあら。お帰りなさい。楽しかったですか?」
「楽しかった!あ!」
「お部屋にお届け物置いておきましたよ」
部屋に戻ると堂島の茶屋にあった荷物が届けられたのである。
「わあ!懐かしい!」
家財やお菊が最後まで抱いていた亡き両親からの贈り物の日本人形もあったのである。お菊は日本人形を懐かしく抱きしめた。
さちが最期に戦ったあの薙刀も届いていた。
「さち姉」
薙刀を見てさちの最期を思い出してお菊は悲しんでしまった。ただ、薙刀は清掃されたのか血痕は無くきれいになっていた。
「弥生様が堂島まで行って探してきましたよ。お菊さんが元気を出してくれればと。あとお菊さんがお使いなさいと」
「弥生さんがわざわざ見つけてくれたのか。ありがとう」
お菊は遺品の薙刀の柄を握ったのである。




