武器は 女 なのさ 21-2
8月上旬、織田信長だが小木江城から尾張清州城に戻ったのである。理由は色々である。まずこの年の8月だが天候不順で雨が降ったりやんだりであった。せっかく願証寺を織田家自慢の鉄砲や大筒の射程に収めても雨が降っては使えないので何も出来なかったのである。戦が出来ない以上は長島願証寺の周辺に居ても仕方が無いので信長は清州城に帰っただけである。
願証寺からも頻繫に降伏の話にやって来る坊主衆も信長にとって目障りであった。願証寺の放棄は呑んでも信長が要求した石山本願寺の放棄は範疇外と答えなかったのである。信長も途中から相手にしなくなったがそれでもまだ来るので相手にする事が面倒になったのである。
最後は願証寺を落とした後の今後の他方面へ戦の方針をこの機会に熟考したのである。
8月後半になっても天気は不順のままだった。信長は焦らずのんびり過ごしていた。清州城から長島願証寺までは船を使えばすぐなので信長は信頼の置ける重臣衆にも休憩を兼ねて清州城に呼んだのである。
呼ばれたのは丹羽長秀、前田利家、柴田勝家、滝川一益、川尻秀隆らである。
彼らの 生の声 も聞きたかったのである。
この日も外では雨が降ったりやんだりしていた。
「嫌な天気じゃ」
「のんびり快晴を待つのも悪くないのでは」
柱に寄り掛かって本を読む柴田勝家に滝川一益が返した。一益は最近入手したばかりの新型の小型の携帯型の鉄砲の整備をしていた。
「ふわあ!退屈だ」
前田利家はあくびをしながら畳の上で大の字で横になっていた。
信長だが丹羽長秀と碁の勝負を黙々としていた。
しばらくして川尻秀隆が入って来たのである。
「殿(織田信長)!大阪より良い知らせです!家老様(佐久間信盛)、京都所司代(明智光秀、細川藤孝)と荒木茶道(村重)が(大阪摂津)若江城に押し掛けて来た(石山)本願寺を追い払いました」
川尻秀隆だが信長の命で石山本願寺や大阪京都の状況確認に佐久間信盛と行動していたのである。8月半ばに長島願証寺の前線を信盛と離れて若江城まで出向いて戦況を確認しつい先ほど秀隆のみ若江城より戻って来たばかりであった。
「ふむ。ご苦労」
ただ信長だが碁に夢中だったので軽く返したが。
本願寺対策だが今後は佐久間信盛、明智光秀、細川藤孝らで間に合うのが分かったのでこれは信長にとって非常に良い知らせだったが信長は碁の勝負の方に頭が集中していただけである。
「早く晴れて欲しいぜ!さっさと願証寺に鉄砲と大筒の雨を降らせて終わりにしたいぜ!」
利家がぼやいたが
「いや、願証寺ですが兵糧切れで勝手に絶滅するでしょう。無理に攻めず連中が飢えて外に出て来たら狙った方が楽でしょう。まぁ本願寺次第ですかね。願証寺を見殺しにしてでも我々と戦い続けるが教義と門徒を救うため我々にひれ伏せるか」
長秀も碁盤を睨みながら返した。
「又兵衛(利家)は相変わらず気が短いな。俺は優しいんだ。本願寺が完全に降伏して願証寺と本願寺を明け渡せば良い。それで何もか終わりだ」
信長も碁盤を睨みながら返すと利家は信長に言われたくないと言いたげな顔をしていたが。
「しかし謀反を起こした越前(の土一揆)を黙らせるために鉄砲や大筒(の弾と硝薬)は大事に使っても良いかと」
秀隆も続いた。
越前だが信長が朝倉氏を滅ぼした後に突如、土一揆が蜂起したのである。ただ今度は土一揆の中で主導権争いを始めたので信長はいったん様子見したのである。土一揆の背後には加賀の一向宗や石山本願寺が絡んでるとも噂されそうであれば本願寺の出方をも見ようと考えたのである。
「うるさい(武田)勝頼公も居ますぞ」
勝家も本を読みながら言った。
「美濃衆は思ったよりもイマイチだな。帰蝶(織田信長正室、斎藤道三娘、美濃衆筆頭)も十兵衛(美濃衆、京都所司代、明智光秀)を美濃に戻すとか言ってたな」
信長は碁盤を見ながら返した。この年だが春に西美濃の明知城を勝頼に奇襲され奪われてしまったのである。ただ勝頼だが全体の戦力差では信長に敵わないとも見ていたのでそれ以上は進まずむしろ信玄時代に破綻した信長嫡男の奇妙と勝頼の義妹の松姫との婚姻の修復に再度動こうとしていたのである。
「(甲斐の歩き巫女の)梓が たまたま 清州に来てるようですが?」
長秀が言うと
「狙って来たんだろ?俺はあの小娘が弁財天か疫病神か読めないが」
信長が言うと一同は思わず笑ってしまったが。
「呼びますか?」
「構わん。面白い話だったら小遣いでもやれ」
信長だが碁盤を見ながら返したのである。
「あ!」
「殿!頂きます」
「く!長秀に一本取られたか!」
丁度、信長と長秀の碁の勝負もついたのである。
梓だが信長の前に通されたのである。
「ほう」
信長たちは梓を見て感心したのである。この日の梓は白拍子の格好をしていたのである。
「お久しゅうございます。殿にお呼ばれしたので至急参った次第です」
梓はさらりと返した。
「俺が呼んだ?そうか?」
信長もとぼけたが。
「今日のお話に殿は喜ばれるかと思いまして。先にご挨拶を」
梓はそう言うと指をぱちんと鳴らすと若い10代前半の男子の太鼓持ちと笛吹を呼んだのである。
音楽と同時に梓は歌いながら舞を始めたのである。
「思へばこの世は常の住み家にあらず」
「へぇ。敦盛か。良いな」
信長は予想外だったのでちょっと感嘆したのである。
「人間50年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」
梓は信長が好きな敦盛を軽やかに舞ったのである。
信長はゆるりと梓の歌と舞を見とれてたのである。
梓が舞い終わると信長は梓に拍手したのである。
「素晴らしかった。で、今日はどうした?」
「いかがわしい法力 に惹かれて甲斐より参りました」
「俺の法力か?」
「いいえ。願証寺からですよ」
梓は信長に臆せずにすらすらと返した。
長島願証寺の下間頼旦と愛人のおひょうだが強烈な法力持ちであった。
織田家で法力を感じる者はほぼいない。武将たちも怪しい妖力か何かと思ってる程度である。ただ信長は自分を法力持ちと認識していた。完全に御してなかったが怒りや感情が高ぶった時に自分の力以上の何かを感じた。信長はそれを法力と解釈していたのである。信長は自分の家臣では明智光秀が法力を感じているのに気付いていたが光秀は感じるだけで御してないと思っていたが。
だから法力を感じる信長は頼旦とおひょうは妖怪に近い強力な法力持ちと認識していた。
しかしいくら法力持ちと言えども不死身ではない。鉄砲で傷も負うし死ぬ事だってあった。
第2次長島合戦で信長は岐阜城への後退時におひょうの襲撃を受けて重臣の林通政が殿を務めて戦死したがおひょうの軽い法力持ちの配下衆も信長ら織田側が鉄砲や太刀打ちの飽和攻撃で倒している。ただ強敵には違いなかったが。
「あそこの坊官とその愛人は妖怪だろ?」
信長は本音を隠して冗談を言うと信長の配下の者は笑い転げていた。
しかし
「いえ、危険なのは若い娘ですよ。本願寺の」
「本願寺の?」
信長は予想外の返しだったので怪訝な顔をしたが。
「十兵衛様(明智光秀)を困らせる悪い娘ですよ」
梓は続けた。
「十兵衛を困らせる?誰だ?」
信長は思わず家臣衆の方を見たが長秀も秀隆も他の者もきょとんとして知らないと顔に書いてあったが。
「噂の雑賀衆の鈴木重秀とこの田舎姫か?」
梓は首を横に振った。
「本願寺の名も知れぬ女騎ですが注意された方が良いと」
梓は静かに言った。
(あいつか?)
信長は山田三方(伊勢山田)で自分を立って睨んでいた娘を思い出したのである。
一瞬法力を感じたがすぐに感じなくなったが。
(いや。あの娘は山田三方の住民だろう)
信長は違うだろうと判断したのであるが。
「まぁ十兵衛に聞いてみるか。法力持ちなど恐るるに足らずさ。ところで松姫(武田信玄の末娘で奇妙の婚約者だった)は元気か?」
信長は話を変えたのである
「わらわ の願いは松姫様と奇妙様の幸せ 」
梓はそう言うと再度、敦盛を舞ったのである。
信長だが再度、梓の舞を嬉しそうに見ていた。
ただ梓のこの言い分には長秀と秀隆はかなり苦い顔をしていたが。普通に武田との友好はもう無いと考えているからである。
だから長秀と秀隆だけでは無かった信長が甲斐の歩き巫女の梓を赦して自分に近付けてるのが理解できなかったが。
信長だが男なので女と遊ぶ。だから側室も子も多い。でも梓はそれに入っていないのである。この2人はよく分らない法力で繋がってるのである。
「お前の夢は 諏訪衆 の夢だろ?」
信長が小声で言うと梓は聞こえたのかにこりと笑い舞っていた。
「諏訪頼重の娘の信玄への怨念か?それが松姫と梓?俺にはよく分らないが。女とはそら恐ろしいかもな。帰蝶もどんな顔するか。奇妙の件もある。まぁ、勝頼次第で考えるか」
ただ信長だが最後はぶつぶつ色々考えながら冷静に言った。
舞が終わると梓は最後に梓の故郷の高遠の薬膳酒を献上したのである。
「殿の健やかさを祈り我が故郷で飲まれてる薬膳酒であります。行きずりの仙人を助けたら教えて頂いた貴重な物です」
梓は薬膳酒を信長の盃に注いだのある。
「毒見を!」
長秀が慌てて間に入ったが信長は大丈夫と長秀を止め薬膳酒をさっと飲んだのである。
「良薬、口に苦しか。本願寺め。どう出るかな?」
信長は厳しい顔で呟いたのである。
8月も後半に入ったある日、長島願証寺に籠城するお菊だがこの日は願証寺を守る塀の上で釣りをしていた。
「釣れた!今日は調子が良いね!5匹め!」
お菊が嬉しそうに言った。
「お菊さん!やりますね!海女さんにもなれますよ!」
「あたしも頑張ろ!」
「あたしは釣りは苦手だ~釣れないよ~」
おいち配下の雑賀衆の七ッ童子の女子、蛍、鶴首、小雀もお菊と釣りに奮闘していた。
「ちびっ子!はい、どうぞ!」
「お姉ちゃん!ありがと!晩御飯だ!」
お菊だが籠城する子供に釣れた魚を渡すと子供は喜んで台所に魚を持って行ったのである。
「お前、意外と釣りの才能あるな」
塀の下から小次郎が呆れた。
「晩御飯くらいは自分で釣って確保しないとね」
お菊は返した。
「敵さんに狙撃されないよう気を付けろよ」
小次郎が心配そうに言った。願証寺の前に川の上には織田の関船が浮かんで願証寺の様子をのぞき込んでいた。
「あたしは当たらないよ」
お菊がけろっと返すと
「どこからその根拠の無い自信は来るんだ?」
小次郎は呆れたが
「恋文もらったもんね」
お菊は返した。
「はぁ?」
お菊の変な返しに小次郎も変な声で返したが。
「ほら」
お菊は手紙が括り付けられていた1本の鏑矢を小次郎に渡したのである。
小次郎は手紙を開くと
「い?」
思わず変な声をだした。
「健気に毎日魚釣りをするあなたを見とれ早くこの戦が穏便に終わらないかと心待ちにしています。なんだこりゃ?」
小次郎は変な声を出した。
「あと4本あるよ」
もう1本も読んでみると、
「あなたは私の敵です。でも引き金を引けません。後悔したくないのです。あなたとお話するまでは引き金を引きません。はぁ?」
小次郎はぽかんとしていた。
「最初は きもい! って思ったけどなんか 快感 になったよ!」
お菊は上機嫌に言った。
「小次郎さんも負けずに書いてあげてくださいよ!」
「でないとお菊さん、取られちゃいますよ?いひ!」
鶴首と蛍が小次郎を冷やかしたが
「でもこいつら(手紙の書き主)バカだな。お菊の得意技は 寝首を掻く 事って知らずによ」
小次郎があくびをしながら言うと
「ちょっと!あたしそんな事した事ないってさ!あなたこそ 女心に疎すぎだよ!」
お菊が膨れると
「こんなのを書く方がどうかしてるぜ」
「ほんとうに鈍感!呆れた!」
「何だと!」
お菊と小次郎が小競り合いを始めたが。
「ははは!いつも通りお菊と小次郎は元気やね!美少女釣り衆、がんばってるねぇ!」
おいちがふらりとやって来たのである。
「こら、おいち!サボってないであんたもお魚さんを釣りなさいよ!ちびっ子がお腹空かせてるんだからさ!」
お菊が怒ると
「お任せや!雑賀の釣りキチの腕を見せたるわ!」
「ほんとお前ら軽いな。なんだよ雑賀の釣りキチってよ」
おいちの返しに小次郎も呆れてたが。




