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母なるとは良いことさ 20-6

 7月も半ばになると長島願証寺の沖合の海上には織田の大船団が、陸も大鳥居砦の周囲は柴田勝家の部隊に包囲されてしまったのである。

「うわぁ。なんやねんコレ!どこからこんだけぎょうさん集めたねん!」

 おいちは仰天していた。願証寺の沖合には大小の船が少なくても100隻は浮かび大鳥居砦の前にも織田兵が少なく見ても1万以上展開していた。完全に海上も陸上も封鎖されたのである。

「10万以上の戦力は伊達じゃないですなぁ。いやはや」

 岡吉正は変に関心していた。

「だから雑賀の郷にトンずらすりゃよかったのによ」

 小次郎が呆れ気味においちに言った。

「しかも相手は柴田勝家公と来たもんだ」

 日根野弘就もぼやいた。大鳥居砦の前に居たのは織田でも最強と噂される柴田勝家だったのである。

 ただ大鳥居砦だが堀と厚い塀で囲まれており鉄砲も充分に用意されていたので勝家もそこは察してすぐには力攻めはしなかったのである。

 また大鳥居砦と願証寺の間には大河の長良川と揖斐川が流れていたがこの区間は浅い箇所で織田の大型の安宅船が入って来れないのが幸いだった。そのため大鳥居砦だが願証寺と船での行き来が出来たのである。

 ただ屋中島砦と中江砦の間には織田の関船が入って来て願証寺との行き来が出来なくなって孤立していたが。

「ここはまだ願証寺とのやり取りが出来るからどうするか考えようよ。どうやって突破するかさ」

 お菊は頭をひねっていた。


 織田軍が展開したにも関わらず願証寺の西側の大鳥居砦、屋中島砦と中江砦の周囲だが織田側も意図的に動かず静かだった。

 

 ただ願証寺の東側だが激戦が始まったのである。九鬼嘉隆、滝川一益ら織田の水軍衆は大筒(大砲)や大鉄砲を積んだ安宅船や関船で一番東にあった五明砦を砲撃、信長の嫡男の信忠ら織田一門を主力とした数万の大戦力の兵を上陸展開させると戦力差で押しまくり五明砦はついに落ちて残存兵は篠橋砦に逃げ込んだのである。


 小木江城も織田信長自ら前田利家、羽柴秀長、佐々成政ら精鋭軍に美濃衆まで率いて押し掛けるとあっという間に落城させ願証寺側の小木江城の残存兵も願証寺と篠橋砦に逃げ込んだのである。


 願証寺から来た伝令兵だが小木江城と五明砦が落ちたが雑賀衆の七ッ童子は全員無事なのと兵糧を弾薬の節約を伝えて来た。おいちは七ッ童子が無事で安堵していたが。  

「どうやら信長公は我々を干し殺し(餓死)させる段取りのようですな」

 しかし岡は信長の意図を見抜いのである。

「敵ながら良い作戦だ。味方の兵を失う事無く勝利できる」

 日根野弘就も嫌味を言うように続いた。

「8万も居たらそりゃすぐに兵糧は無くなるからねぇ」

 冬も続いた。

「(石山本願寺からの)陸路隊は何時到着予定かいな?」

「雑賀の船団は4日程で大阪に戻っていると思いますがすぐに大阪を出発しても伊賀に着くのに10日は掛かると。伊賀に入っても北伊勢衆は今回は織田に味方していますので(落ち合わせ場所の)伊勢多芸山(養老山)までうまく進めるかどうか」

 おいちが聞くと岡が暗い顔で言ったが。

「前向きに考えようや。陸路隊が多芸山に着いたとしたらここ(大鳥居砦)の部隊と前の敵(柴田勝家隊)を挟み撃ちにしてその隙に脱出とかどうかいな?」

 おいちが言うと

「考えは悪くないですが願証寺がまずは降伏を決めないとダメですかね?」

 坂井弁慶と三井寺坊主が返すとおいちはにやりと笑い

「アンタお坊さんでら願証寺に行って偉いお坊さんたち(願証寺の下間頼旦と顕忍)を説得してや!」

 おいちが急に言うと

「ええっ!」

 坂井弁慶と三井寺坊主は予想外で仰天していたが

「だってこの戦は勝負ありやで?海が織田の船で覆われてたら兵糧なんて1ヶ月も絶対に持たないわ。ウチは飢え死になって絶対嫌や!」

 おいちが言うと坂井弁慶と三井寺坊主は黙っていたが

「そうですな。確かに今回は厳しそうですな。相談に行って来ましょう」

 坂井弁慶と三井寺坊主も納得了承したのである。その後2人は願証寺に向かったのである。

 

「ねぇ、おいち」

 お菊だがおいちがひとりになった時にこそっと声を掛けたのである。

「もしさ、信長公が願証寺の退去を前提に許してくれたとしても責任者の首をよこせって言うと思うけど?あんたどうするのさ?」

「それは嫌やなぁ。お菊に代わってもらおうかな?」

 おいちはとぼけたが

「嫌だよ!でも多分だけど信長公は(降伏を)許さないと思わない?」

 お菊が真剣に言うと

「ウチもそう思う。あの人はマジで干し殺ししようとしてるわ」

 おいちも返した。

「どうやってここを出るか考えない?」

「もちろん考えているで!」

 おいちはにやりと笑ったのである。


「伊賀衆が動いてるねん!大阪でも叔父上(鈴木義兼)の陽動隊が動くらしいわ!信長公だけど大阪に少し戦力を振るみたいや。その時やね」

 おいちは小声で言った。

「その情報、間違いないの?」

 お菊は怪訝そうに聞いたが

「分からんけど信じるしかないわな。ここで飢え死にするよりええかな」

 おいちは返した。

 雑賀衆だが本願寺の間者(かんじゃ スパイ)だけに頼らず昔より伊賀衆など独自の間者を雇っていた。真夜中に織田の水軍の目を盗んで長良川を泳いでは伊賀経由で大阪や雑賀の郷まで情報をやり取りしていたのである。


 数日後、坂井弁慶と三井寺坊主が願証寺の下間頼成と顕忍との交渉を終えて大鳥居砦に戻って来たのである。

 諸般あって坂井弁慶と三井寺坊主は報告はおいちと岡吉正だけに行ったのである。

 おいちと岡らは意外な答えを聞かされたのである。

 頼功と顕忍も願証寺が非常に不利なのを悟り降伏と願証寺の引き渡しを信長に持ち掛けたが拒否されていると言う。信長だが願証寺だけでなく本願寺の引き渡しも求めていると言う。

「無茶振りやな。干し殺しする気満々やんけ」

 お菊は溜息をついた。

「信長公は尾張や美濃の門徒宗に顕如様が願証寺の独断に迷惑してると言いふらしてるとか」

「本願寺は口先だけで何もできないとも。仏の加護も何もないと」

 坂井弁慶と三井寺坊主は厳しい顔で言った。

「くぞ!信長め!」

 岡が珍しく声を荒げたが

「ふうん。信長公、そこまで言うならやったろうやないか!」

 おいちも決めたのである。

「頼成様も顕忍様もこの作戦が上手く行けば脱出も構わないと」

 坂井弁慶と三井寺坊主が返すと

「決めたわ!やるで!アンタらは頼成様も顕忍様の横に居てや!上手く行くのを阿弥陀如来様に頼んでや」

 おいちが言うと坂井弁慶と三井寺坊主は願証寺に戻って行ったのである。


 7月末になると石山本願寺の援軍が多芸山(養老山)の南端近くのまで来ているとの知らせが願証寺の寺の間者からも入ったのである。

「おかしい?陸路隊は着くのは8月上旬じゃないか?」

 岡が怪訝な顔をしていたが

「思ったよりも早く着いたんかな?伊賀衆も動いてるし」

 おいちが返したが

「むうう。ちょっと考え難いですがな?」

 岡はうなったが。

「願証寺の間者によると佐久間信盛が大阪に移動するらしい」

「本願寺が大阪で若江城を攻めるらしくそれの援軍に京都所司代が向かうらしいですが戦力が足りないので佐久間隊が大阪に移動し柴田勝頼隊の一部が屋長島城と中江城の牽制に向かうので大鳥居砦の攻撃隊に隙が出来そうです」

 日根野弘就と高吉親子も続いた。

 おいちだがこの情報を事前に雑賀衆の間者が掴んでいた情報と近いと判断したのである。

「多芸山に合図送ろうや!反応あったら考えよ!」

 おいちは岡に命じた。岡はまだうなっていたが。

 おいちだが密かに願証寺に居る七ッ童子の小雀、蛍、鶴首、下針、発中、但中、無二と鈴木家の重臣の子の菊之助、喜兵衛、三郎、さらには父親の鈴木重秀の直進の佐武義昌と的場昌長を呼んで雑賀衆の戦力の体制を整えたのである。


 岡は多芸山の方向にのろしを上げたのである。本当に反応があったのである。

「でも、おかしい?」

 岡はまだうなっていたがおいちは決めたのである。

 

 事前の情報通りだが柴田勝家隊の半数が屋長島城と中江城の牽制のためだろうが南に移動を開始したのである。また、一部が多芸山方面も移動したので大鳥居砦の前の部隊はかなり少なくなったのである。

 なお小木江城の羽柴秀長隊も多芸山に向かっていると言う。織田軍が占領した五明砦でも部隊が移動しているとの情報が入っていた。


 おいちは決めていた。次の日の明け方に夜が明ける前に出発する事にしたのである。

 多芸山の南に織田軍が居るので更に南の多度山を通り山中から味方と合流する策を取ったのである。山道で移動が困難だが戦力不足を考えてである。多度山と多芸山の中で戦っている間に願証寺から脱出と援軍も回してもらうのである。


 当初は願証寺の地元の門徒伊勢衆が道案内の予定だったが直前にこの地に詳しく前回の長島合戦で多芸山で信長を急襲した経験のある日根野弘就と高吉親子に先導を頼んだのである。


 朝の日が昇る前の暗い時間に雑賀衆と大鳥居砦の主力部隊は密かに大鳥居砦を出発したのである。

 先頭は日根野弘就と高吉親子、続いて大鳥居砦の守備隊、おいちら雑賀衆主力と冬と駿河衆、最後尾はお菊と小次郎と七ッ童子である。最後尾は殿(しんがり)で危険なのと何かあって後退する場合に血路を開く重要な役で腕利きの部隊が置かれたのである。


 出発前だが

「大丈夫かな?」

 お菊はぼそっと言った。

「どうせここに居ても飢え死にするだけだ。やるしかないな」

 小次郎は素っ気なく返したが。

「なんか嫌な予感がする」

 お菊が呟くと

「あんな狭い所に押し込まれたらままだと体がなまります!外が良いな!」

 七ッ童子の小雀も続いた。

「暗いので敵も無理に戦はしないと思います。一刻でも早く多芸山に入れば戦力差はともかくこちらが地理的に有利です」

 七ッ童子の無二も続いた。

「とにかく早く行こうぜ」

 小次郎が締めたのである。

 

 一行は多度大社の前を通り先頭は山中の木が両面に繁る狭い道に入ろうとしていた。

 日は登り辺りは徐々に明るくなり始めていた。

「すごい神社だ!」

 多度大社を見て小雀が言うと

「安全を祈ってちょっと挨拶して行こうか」

 お菊が軽く言うと

「賛成!」

 小雀、蛍、鶴首ら女子衆が返すと小次郎や下針、発中、但中、無二ら男子衆は苦笑いしてたが。

 

 多度大社にお菊らが向かおうとした矢先、前方から大量の鉄砲の爆音が聞こえて来たのである。

「敵だと!」

 無二が声を裏返した。

「謀られたか!援護するぜ!」

 小次郎が叫ぶと全員前に走って向かったのである。


 最前線の大鳥居砦の部隊は突然の鉄砲の雨を受けて総崩れであった。みんな慌てて後ろに逃げ出したのである。

「騙された?」

 おいちは唖然としていた。

「体制を整え直せ!反撃しろ!落ち着け!盾を開け!鉄砲用意!」

 岡吉正が味方に命を飛ばしたが今度は至近距離に潜んでいた別の部隊に鉄砲の斉射を受けたのである。


「ぐ!」

 岡は肩を撃たれたが踏み留まっていた。

 雑賀衆の前方に居た三郎は頭を撃たれて生き絶えていた。おいちは運良く当たらなかった。

「ダメだ!下がりましょう!」

 岡が言うとおいちもようやく我に返り

「後方に下がるんや!下がれ!」

 慌てて命を飛ばしたのである。


 同時に前方から織田の足軽隊も飛び出して来たのである。

「あ!」

 おいちは声を裏返した。菊之助だが足を撃たれて動けないようだった。

「菊坊!助けたる!」

 おいちはそう言うと馬を飛び降り盾と鉄砲を持って菊之助の元に向かってしまったのである。

「わあ!姫様!行ったらダメだ!」

「戻って!」

 佐武義昌と的場昌長が悲鳴に近い声を上げたが

「さすがおいちだな!母なるとは良いことさ!駿河衆!おいちを援護する!全員突っ込むぜ!」

 冬が命を出すと冬は駿河衆と一緒に敵兵に突っ込んだのである。


「菊坊!立て!逃げるで!」

「おいち様!すみません!」

 おいちが駆け寄ると菊之助は涙目に返したが冬と駿河衆に織田の足軽隊は押し返されると後退し鉄砲隊が前に出たのである。

「危ない!頭下げ!」

 冬はおいちと菊之助の頭を無理やり下げ庇ったが同時に織田の鉄砲隊の弾を背中に2発受けたのである。

「おいち!菊之助!逃げな!達者でな!」

 冬はにこりと笑うとおいちと菊之助を後退させ再度向かって来た織田の足軽衆と太刀打ちしたが背中を撃たれていた冬に戦う力は残ってなかったのである。

 10名以上の足軽衆相手に冬は駿河衆と一緒に討たれてしまったのである。


 雑賀衆だが慌てて鉄砲で反撃したが間に合わなかったのである。


「うわあ!ウチが冬さんを殺してもうた!」

 おいちは無事に後退したが冬の戦死を目の当たりにして泣き叫んだ。


 前線に走ってやって来たお菊たちはようやく事態を理解したのである。

 駿河衆は壊滅し冬は既に首を取られてしまっていた。

 雑賀衆も負傷者続出で慌てて後退しようとしていた。

 新たな織田の鉄砲隊も展開し狙いを 生き残りの殲滅 に定めていた。

「ああ!味方が殺られてるよ!」

「おいち様たちが下がり切るまで撃て!撃ちまくれ!盾開け!蛍が撃て!みんなで弾込めしろ!」

 蛍が悲壮な声を上げ無二が指示を飛ばしていた。

「お菊さん!小次郎さん!一緒に時間稼ぎを!下針!発中!横から突っ込んで敵の攪乱をするよ!」

 小雀たちも薙刀を構え決死で織田兵の横に回って攪乱しようとしたが


 しかしお菊は完全に 切れた のである。


 ここには法力を感じる者は誰も居ないがお菊は怒髪天の表情で目を赤く光らせ体から不気味な赤い光を放っていたのである。


 そして


「返せぇ!首を返せぇ!」


 そう叫ぶと猛然と織田の足軽鉄砲隊の大軍に薙刀を構えながら真正面から突っ込んだのある。


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