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母なるとは良いことさ 20-5

 伊勢山田(山田三方)で恐ろしい敵、織田信長に偶然遭遇したお菊だが安宅船の甲板の上でぼんやり海を眺めていた。

 船長の狐島吉次の判断で緊急に伊勢山田を出航したのでもう夕方に差し掛かっていた。

「明日の早朝には長島願証寺に着くって。今日は疲れたからご飯食べて早く寝ようや」

 おいちがお菊に声を掛けたのである。

「恐ろしい信長公に会って縮こまるなんてお菊らしくないな!」

 おいちがお菊を冷やかしたがお菊は黙って海を見ていた。

「どうしたん?」

 おいちだが少し心配になってお菊の横に並んだ。

「あんな敵だったなんて思いもしなかった」

 お菊は真剣な顔で海を見ながら言った。

「そやな」

 おいちもお菊に返した。

「あれが明智殿の主君だなんて」

「さすが伊達に延暦寺を焼いてないわな」

 おいちも返した。

「とんでもない敵と戦う事になったのかなってさ。勝てるのかなってさ」

 お菊が少しうつむくと

「勝たな 雑賀の郷 も 惣 も全て終わるわ。本願寺もな。明日のウチなんてウチでも分からんなぁ」

 おいちも寂し気に言った。


 お菊とおいちはしばらく海を眺めていたが

「ご飯食べようか」

 2人はそう言って船室に戻ったのである。


 夕食を食べた後だがお菊は今日の嫌な思いは忘れようと早めに寝たのである。


 お菊らの安宅船は無事に翌日早朝に長島願証寺に到着したのである。

「すごい!水城だ!」

「船でした移動できないんかい!」

「本当だな。これは織田と言えども攻め難い訳だ」

 お菊、おいちと小次郎も願証寺を見て驚いていた。

 木曽川、長良川、揖斐川の3本の大河の河口に位置し中州や島が多数浮かぶその中央の大きな島に願証寺が鎮座していた。石山本願寺に似た巨大な本堂の屋根が見え周囲がぶ厚い塀に覆われていた。長島願証寺を中央とすると木曽川を挟んだ北の島に元織田の城の小木江城、こちらも木曽川を挟んだ東の島には篠橋砦と五明砦、南の島には大島砦、西は長良川と揖斐川を挟んで美濃寄りに大鳥居砦、伊勢寄りに屋長島砦と中江砦があり願証寺(長島城)を守っていた。

「ここは大きな七つの島があるそうです。そこから訛って長島になったとか」

 船長の狐島吉次が説明した。

「ふうん」

 お菊、おいち、小次郎は感心していたが。

「しかしここに(門徒宗の)大軍が集まるのは良くない。狭すぎるな。7万は多過ぎるんじゃ」

 冬は別の懸念をしていたのであるが。


 安宅船は願証寺に接岸するとお菊たちも上陸したのである。先行していた雑賀の船団も既に兵員や物資を降ろしている最中で願証寺の中は賑やかであった。。


 願証寺の中だが兵以外の一般の門徒も多数居た。老人だけでなく女子供もである。むしろ一般の門徒や老人女子供が半数近くかと思えたのである。

「あんな小さい子供までいるんだ。赤子まで」

 お菊は暗い顔になった。

「仕方ないがな。父ちゃん母ちゃんがここに避難したらちびっ子も一緒に来るしかないやろ」

 おいちは最もな返しをしたが

「そうだけどさ。だけどさ(なんで子供も巻き込むのさ)」

「まぁ言いたい事は分かるけどな!行こうや!」

 お菊の言いたい事はおいちは黙らせたのである。

 子供はともかく一般の男子女子老人の門徒もいざとなれば戦うので兵扱いなのであるので集まってるのである。


 お菊と小次郎だが雑賀衆の面子と一緒に願証寺の本堂に向かったのである。

 おいちを先頭に冬、鈴木家の重臣の岡吉正、2隻の安宅船の船長の狐島吉次と松田源三、七ッ童子(ななつわらし)の小雀、蛍、鶴首、下針、発中、但中、無二と菊之助、喜兵衛、三郎とおいちの父親の直臣の佐武義昌と的場昌長、雑賀の浄土真宗の僧の坂井弁慶と三井寺坊主らと錚々たる面子であった。

(すごい気配だ!何だろう?でも怖くないけど?)

 ただ願証寺の本堂に近付くとお菊は法力を感じていたのである。


 本堂に入ると

「わざわざ遠路ありがとうございます。皆様は阿弥陀如来様の御加護です」

 願証寺の宗主の顕忍が迎え出て一行を労ったのである。

(え!)

 でもお菊やおいちは思わず声を出しそうになった。顕忍だがまだ14歳の子供だったのである。しかも顕忍の弟もまだ2歳の赤子で乳母に抱かれていた。

「たくさんの誉れ高き兵や兵糧や武器をわざわざ運んで頂きまして顕如様には礼を申したい」

 顕忍の後見人の下間頼成も嬉しそうに言った。頼成の傍らに居た色白の美女もにこやかに笑った。

 頼成の横には日根野弘就、大島親崇、大木兼能と言う武将格の男を筆頭に浪人衆が集まっていた。

 岡吉正や狐島、松田、おいちだが顕忍や頼成たちとその後、談笑していた。配置の件で話をしてたようだった。

(すごい法力だ!何だろう?この人たち?)

 でもお菊は頼成とその色白の美女ばかりが気になってしまったが。


 配置がおおよそ決まった後だが人払いをした後、

「姫様。少し」

 狐島、松田、岡がおいちに小声で話したのである。

「どした?」

「どうも織田の戦力ですが我らの予想を遥かに超える兵と水軍衆を尾張と伊勢で準備してると間者(かんじゃ スパイ)から知らせが入ってます」

「織田は10万の兵と100艘以上もの安宅船や関船を用意しているようです。織田による海上封鎖が始まったら以前のように海路経由では物資の搬入は不可能と。脱出も困難と」

「10万?100艘?」

 おいちは狐島と松田の知らせに声を裏返してしまった。

「多芸山(養老山)に紀伊吉野から伊賀経由で本願寺からの陸路隊が向かう予定ですが戦力差があまりにあり過ぎる。願証寺を囲む織田の包囲軍に返り討ちにされるかもしれん」

 岡も深刻な顔で言った。

「じゃあどうしろゆうねん?」

 おいちが聞くと

「安宅船2隻は殿(鈴木重秀)から絶対雑賀の郷に戻せと厳命されています。それで雑賀の郷にあなたは密かに戻りなされ」

「待て!お菊や小次郎、七ッ童子や雑賀の衆を置いて行くって?それは出来んわ!」

 おいちが拒否したが

「姫様!ご自分の立ち位置を忘れずに!仕方ないのです!本願寺への義理は果たせば良いのです。それから雑賀の方針を再度、殿(鈴木重秀)は決めます。来週準備が出来次第就航しますので!ご準備を!」

「……」

 狐島は出航日を一方的に決めたがおいちは返せなかったが。


 7月になると配置先が正式に決まった。

 お菊、小次郎、冬、坂井弁慶と三井寺坊主は大鳥居砦になったのである。

 七ッ童子は篠橋砦と五明砦、おいちと岡、佐武義昌と的場昌長は願証寺である。

 本願寺の武将格は日根野弘就が大鳥居砦、大島親崇が小木江城、大木兼能が中江砦である。

 その頃になると信長の兵も願証寺の周囲に展開し始めたのである。

「うわ!それにしてもすげぇ兵力だな!思ったよりも全然多いぜ!」

 小次郎が驚きの声を上げた。

「ちょっと今回はまずいかもね」

 お菊も同意した。願証寺の沖合にも織田の船が姿を見せ始めた。

「この砦の背中を流れる長良川を渡られると願証寺はすぐだ。ここは重要拠点だ」

 日根野が返した。

「そう簡単にこんなでかい川を渡れないだろ?」

 小次郎が日根野に聞いたが

「普段はな。でも水量が少ないと危ない」

 日根野が言うには水が少ない乾季は徒歩で渡れる箇所もあるので注意と言う。

「ところでおぬしら兜かぶるか?ワシの作った兜は鉄砲対策済みだ。形が丸いから弾を弾く」

 日根野が作った兜は頭部が湾曲しており耐弾性が優れてると長島でも評判と言う。

「へぇ。でも頭が重いと動き難いからな」

 お菊は似合わない日根野兜を被りながら言った。

 

 翌朝早くだが雑賀衆の安宅船2隻と関船4艘だが願証寺を出港して行った。

 慌てて出て行く感じだった。


「さよなら!おいち!」

 お菊は船団に手を振っていた。

「お前、知ってたのか?」

 小次郎が聞くと

「当たり前だよ。おいちに何かあったら雑賀は終わりでしょ?おいちは雑賀衆をここに連れてくるためだけに 演じた んだよ」

「お菊……」

 小次郎は返せなかった。

「ははは!俺はお菊が大人になって嬉しいな」

 冬も横から入った。

「そうだな。まぁでも今回は予想外だったかな。信長公がこれだけの戦力を集めると思わなかったからな」

 冬も諦め気味に言った。

「明日にはこの海は織田の船に。陸は織田の兵に埋め尽くされるだろうよ」

 横から来た日根野も言った。

「小木江城は織田の大軍に包囲され降伏するらしい。篠橋砦と五明砦の辺りも織田の大軍が展開してるようだ」

 日根野の息子の高吉も諦め気味に言った。


「でもさ!絶対負けないさ!死んでもさ!あたしたち間違っていないさ!」

 お菊は明るく返したのである。


「そうや!ウチらは負けへんで!」

 その時、聞き覚えのある声がしたのである。

 おいちがにやにやしながら立っていたのである。

「おいち!あんたなんでここに?」

「船で雑賀の郷に戻ったんじゃ?」

 お菊と冬が仰天した。

 横には岡も苦い顔で立っていた。

「雑賀の 鈴木孫一 が逃げた なんて噂が立ったらカッコ悪いやろ?」

 おいちは平然と言った。

「それとこれは違うでしょうが!あんたが倒れたら終わりでしょうが!」

 お菊が呆れ気味に言ったが

「違うで。前も言ったやろ? 勝たな 雑賀の郷 も 惣 も全て終わるわ。本願寺もな。やるしかないねん。それに父上とバカ弟が居るから心配無用や」

 おいちは悟ったように言った。

「ワシも諦めました。姫に任せます」

 岡も両手を上げて降参と言わんばかりに言った。

「まったく。バカだなぁ」

「なんやと!ここは感動の対面やろ!」

 お菊が再度呆れるとおいちは怒ったが

「でもさ、あんたが居ると絶対に勝てる気がする!ありがと!がんばろう!」

「そうや!ウチらは正しいで!」

 お菊とおいちは抱き合ったのである。


 お菊とおいちを密かに苦い顔で見ていたのは日根野弘就と高吉親子であったが。


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