母なるとは良いことさ 20-3
伊勢長島願証寺だが織田信長からの降伏勧告を無視したのである。
石山本願寺も願証寺が決める事と静観したのである。
信長もそれを予想していたのか尾張や伊勢志摩に造ったり購入した船を集め織田の諸将にも兵の動員を命じ尾張や美濃には7万を超える大軍が集結しつつあった。
長島願証寺も籠城の準備を整え始めた。周辺の門徒衆が願証寺に集結し始めたのである。
5月になると本願寺だが海路でおいちら雑賀衆、冬、お菊、小次郎に願証寺に支援物資を届けるよう命じたのである。
しかし石山本願寺にとって淀川の対岸の信長配下の荒木村重の摂津中島城や東にある若江三人衆の若江城は嫌な存在であった。
大した戦力が居ないとは言え本願寺を守る部隊を配備しなければならないからである。
この対策だが荒木村重には武勇に優れる下間頼廉、若江三人衆には雑賀衆の鈴木義兼を本願寺に、高屋城に三好康長を配置したのである。
敵になってしまった阿波の三好長治には雑賀の郷で鈴木重秀が何かあったら対応になったのである。
今回の問題は海路が海が荒れて使えない場合に備えて送り込む陸路であった。今までは大和伊賀経由で進めたのが大和が織田の配下(筒井順慶)になり通れず、遠回りの山道の悪路で紀ノ川をさかのぼり高野山の領土を通り吉野山経由で伊賀を目指す事になったのである。ただ、今回より願証寺の周囲の北伊勢衆が信長に屈してしまったので願証寺の近くに進めないのである。
それでも南伊勢の北畠具教は信長の配下になっていたが信長と不仲で密かに本願寺や伊賀衆に協力したのである。信長もそこは見抜いて今回北伊勢衆を屈服させ伊勢山田の商人にも本願寺や具教に協力しないよう圧を掛けたのであるが。
陸路はそのため実際に戦が始まってから出発の後回しにしたのである。
陸路には心眼、阿形、吽形、弥生らが配置される段取りであった。
石山本願寺の蔵から清澄、悠然、こずえ、平助、まえこ、弥吉らが物資を本願寺、加賀、長島願証寺向けに分別。長島願証寺へ送る物資は船で雑賀の郷に運んで更に海路と陸路隊に分けて運ぶのである。
雑賀の郷の紀伊雑賀城で鈴木重秀やおいち、七ッ童子ら雑賀衆に交じって冬、お菊、お凛、小次郎らも物資の乗せ換えに汗を流していた。
長島願証寺への海路での物資の搬入は安定した天候に恵まれ予想以上に順調に進んだ。今までの慰労との事で6月になると冬、お菊、おいち、お凛、小次郎らに3日間の特別休暇が本願寺より許されたのである。
おいちだが大喜びで冬、お菊、お凛を以前から連れて行きたいと言っていた秘密の海に案内するとはしゃいでいた。おいちの秘密の海だが雑賀の郷から船で3時間強掛かると言う。
冬とお菊、お凛も了承したがお凛はやはり船が苦手なので結局来なかったのであるが。
「凛凛め。何やねん!ドタキャンしおって!せっかくの段取りしたったのに!」
秘密の海に行く途中の船の上でおいちは膨れていた。
「仕方ないよ。凛凛は海や船が苦手なんだから」
お菊がお凛を庇ったのである。
「うまいお魚さん腹いっぱい食べさせてやろと思うたのにな」
おいちはぶつぶつ言ってたが。
「俺はすごい楽しみだね。腹いっぱい食わせてもうらぜ!」
「冬さんたくさん食べてや!」
おいちはようやく機嫌を直したのである。
船は晴天に恵まれて青い海を進んでいた。
「おいち?まだ6月頭だけどさ?海、寒くない?」
「大丈夫や!お天とさんもウチらの味方や」
秘密の海は白浜と言い温暖な地域で地元民は5月から海に入ってると言う。
「あ!小次郎連れて来ればよかったな!いひひ!」
「あんたね。小次郎は恥ずかしがりだから来ないよ」
お菊が膨れたが。
「新入りさんを連れてくればよかったじゃないか(小雀、蛍、鶴首)」
「悩んだけど来年のお楽しみにしようかな?と思うてね!」
冬においちは返したが
「そうだな。生き延びて来年も来ようぜ。来年こそは小次郎も連れてくるか?ははは!」
「ええ~」
お菊は冬の冗談に変な声を出してしまったが。
「俺も海は好きなんだよ」
冬は海を見ながら言った。
「故郷はどちらなんですか?」
「駿河浅間社門前町大宮だよ。知らないと思うけどね。浅間社の門前町で北は富士山って日本一の山があるよ。冬は雪をかぶってきれいな形の山なんだ。そして南には駿河湾。泳ぎには適さないけど深い海の魚とか桜海老とか珍味が多いんだよ」
お菊が聞くと冬は懐かしそうに言った。
「わぁ!おいしそう!行きたい!」
「お菊は意外と食べ物に目が無いわな」
お菊の返しにおいちは呆れてたが。
「ははは。でも少し遠いんだよ。俺も何年も帰ってないな。まぁ乱世が終わったらみんなで行こうぜ!」
「そんな先かいな。あ~日本一の富士山見たいわ。残念やな」
「珍しいお魚さんも食べたいな」
おいちとお菊に冬は苦笑いしたのである。
船は入り江に錨を降ろし、おいちらは小船で上陸した。
おいちの秘密の海だがこの入り江から少し離れた場所にあると言う。
雑賀衆の勢力範囲で安全な地域なので護衛は付けず人払いのための3名の若者をおいちは連れて来ていた。
「ウチのお偉いさんのお子さんやから大丈夫!」
おいちの父の鈴木重秀の家臣の子たちだと言う。
「よろしくお願いします!」
元服したての13歳前後の子たちである。菊之助、喜兵衛、三郎と名乗った。
「婆やたちも料理のために来てくれるからな!」
年配の女性も2人来てくれた。
「楽しみ!」
お菊は大喜びである。
入り江から5分ほど林の中を歩くとおいちは
「ここで見張り頼むわ!」
おいちは3人に見張りを頼んだのである。
「はい!おいち様!」
3人は即答した。
「ここは内緒な!あんたらがこそっと来る分は構わないけど。ウチのお気に入りお魚さんスポットやねん」
「ありがとうございます!」
(でも確かにちょっと遠すぎるかな)
と3人とも内心思ったのであるが。
3人に見張りを頼んでおいちらは潮騒の音がする方に進むと急に視界が開け真っ白い砂浜と蒼い海が広がっていたのである。
「わあ!すごい!本当に真っ白の砂浜だ!」
「おお!良いね!」
お菊と冬が感動していた。
砂浜の方には既に大きな日除けの傘が置かれござも用意されていた。
「姫様~!」
日傘の横に居た女子3名がおいちに手を振っていた。
「おお!準備ありがとうや!」
おいちは彼女らに手を振り返していた。
「あらら!」
ただお菊だが彼女たちをみてちょっと顔を赤らめてしまった。
お菊と歳が近い女子で腰巻をしていたが殆ど裸だったのである。真っ黒に日焼けし健康そうな女子で手に銛と壺を持っていたが。
「海女さんだね。俺たちのために魚を取って来てくれたんだね」
冬が言った。
「海女?」
「女子の漁師やね。まぁアンタら町の衆は驚くかもしれんけど漁師は女子も男子も殆ど裸やで。着物着たまま潜ったら溺れるからな」
「確かに。なるほど」
おいちの説明にお菊は納得したのである。
彼女たちはこの白い砂浜の向こうにある入り江に住んでおり伊勢海老や鯛、鰹、アワビ、サザエなどを持ってきてくれたのである。
「わあ!すごい!大阪じゃ食べられないお魚だよ!」
「これはうまそうだな!」
お菊と冬は感動してた。
「ありがとな!よっしゃ!婆や!料理頼むわ!ウチは海に入るわ!冬さん、お菊、お先!」
おいちは婆やに料理を任せると海女と同じように全て脱いで海に一人で入ったのである。海女たちもすぐに追いかけて行った。
「あはは!おいちのやつ意外と野生だな!」
冬も呆れてたが
「まったく。おいちらしいよ。でもあたしちも汗かいたし!入ろ!」
「おう!ここは最高だな!極楽だな!」
そう言うとお菊も冬も全て脱いでおいちを追って海に入って行ったのである。
青い海でみんなで泳いだり水かけなどして思いっきり遊んだのである。
みんな思いっきり遊んだ後、海から上がると婆やが刺身や焼き魚など準備してくれていたのである。
「頂きます!来て良かった!おいしい!」
「こりゃいいぜ!酒を持ってくればよかったな!」
「冬さん。お酒を飲んで海に入ると殆どの人は溺れるんですよ」
婆やが言うと
「溺れるのは嫌だな!まぁ俺らも今日を楽しく生きろって!」
「そ!明日知れぬ身やからな!」
「今を頑張って楽しもう!」
冬、おいち、お菊、海女、婆やら女子たちは賑やかに食事を楽しんでいたのである。
菊之助、喜兵衛、三郎ら3名の若者だが林の中で退屈そうに見張りをしていた。
「なぁ。しかしこんな所にそんな秘密のお魚なんておるんかいな?」
喜兵衛が聞くと
「聞いた事ないな」
三郎も返した。
「なんの魚を取っているのかな?ちょっと覗かせてもらおうかな。おいち様もこそっとだったら取っても構わないって言ってたし」
菊之助も不思議そうに言った。
3人はおいちたちがどんな貴重な魚を取っているのかと思って林を抜け砂浜に移動し隠れながらそっと覗いて見ると
「い!」
「うわぁ!」
三人は仰天したのである。
おいちたちが魚を釣りに来てると思ったら裸で泳いでいたからである。
「やばい!姫様たち何も着てへん!」
喜兵衛が興奮すると
「バカ!大きい声出すな!」
「静かに!」
三郎と菊之助が慌てて喜兵衛を抑えたのである。
雑賀の郷の雑賀城下の町(和歌山市)だが海運などの交易が盛んで鉄砲など鉄製品の工場も多数揃える当時は日本でも屈指の大都市であった。栄える町中に対して雑賀の郷の郊外は静かな農村や漁村で漁師や海女は普通に裸で漁を行っていたが鈴木家の家臣筋の子の菊之助、喜兵衛、三郎は町中に住んでおりこのような自然に慣れていなかったのである。
海女たちからすれば普段のように生活してるだけである。おいち、お菊、冬も海女たち合わせただけである。
ただ雑賀の郷の雑賀城下の町中に住んでる3人はそのような物に見慣れておらず刺激がきつかっただけである。3人の若者は真っ赤になって興奮しながらじっくり拝んでしまったのである。
「やべ!」
「バカ!あれ?俺も!」
喜兵衛と三郎が鼻血を出してしまったのである。
「わ!何やってるんだよ!着物が血だらけじゃんか!」
菊之助が焦ると
「わ!婆やがこっちに来る!」
「やべえ!戻れ!」
喜兵衛と三郎が婆やの動きに気付いて慌てて持ち場に戻ったのである。
「ご苦労さん。あなたたちも休憩しなさい」
婆やだがおいちに頼まれて3人の若者に刺身や焼き魚の差し入れを持って来たのである。
「ありがとうございます!」
3人の若者は元気よく返したが顔が真っ赤で喜兵衛と三郎の着物が鼻血で汚れてるのに気付き
「まぁ若い人は元気で何よりで」
にこりと笑って白浜に戻って行ったのである。
3時間ほどしておいち、お菊、冬らは海水浴を満喫して戻って来たのである。
「菊之助、喜兵衛、三郎、ありがとな!」
「おいちさま!差し入れ、その、ごちそうさまでした!」
三人は少し赤い顔でおいちに返事した。
「大丈夫?着物が汚れてるけど?」
お菊が喜兵衛と三郎の着物が血で汚れてるのに気付いて心配したが
「だ、大丈夫です!あ!」
喜兵衛だがまた鼻血を出してしまったのである。
お菊は唖然としたがおいちはすぐに見抜いたようで
「あはは!いやぁ男の子やね!マジでウケるわ!」
おいちは大笑いしていた。そして手拭いを差し出したのである。
「すみません。あの。おいち様たちがどんな魚を取ってるのかと思って。その」
菊之助が弁解したが
「え!もう!何やってるのさ!」
お菊は覗き見されたと分かって赤くなって少し怒ったが。
「わはは!意外とおいちは肝っ玉母ちゃんになるな!良い事さ!」
ただ冬もあまり気にせず大笑いしていた。
「よし!修行や!今度ウチの七ッ童子と紀ノ川に泳ぎに行こうや!アンタら水練もいまいちやろ?」
「え!いやあ!その!」
三人はしどろもどろになったが
「もう!紀ノ川で泳いできなさい!女子に慣れなさい!」
お菊も膨れながら言うと
「はぁい」
3人はしゅんとしてたが。
冬はずっと大笑いしていた。




