母なるとは良いことさ 20-1 挿絵あり
若江城では討ち死にを選んだ三好義継夫婦やその家臣、小姓らの葬儀が行われるとすぐに城の修復が行われたのである。
「(石山本願寺に)近過ぎる!」
心眼が心配そうに言った。
若江城だが義継の重臣の若江三人の意向で織田の城になると言う。
「高屋城を落とすための出城にするとか」
「顕如様も押し切られたようです」
阿形と吽形も苦い顔で返した。
若江城だが石山本願寺まで直線距離で5キロも離れていないのである。
「明智殿、佐久間様に相談してみよう」
「長島願証寺の事を持ち出されるかもしれないわね」
心眼のつぶやきに弥生が入ったがその通りでもあった。
信長にとって長島願証寺は尾張の目と鼻の先にある。
大阪の石山本願寺と若江城の関係に似ていた。
願証寺放棄の取引材料かもと疑ったのである。
「若江三人衆が味方に付けば何とかなるが」
「それは難しいでしょうね」
心眼の希望を否定するように弥生は言った。
弥生の言う通りだが若江三人衆は信長を恐れて主君の義継を裏切って葬ったのである。心眼だけでなく顕如にも策がなかったのである。
お菊、おいち、お凛らも石山本願寺への撤収準備を行っていた。
「後味の悪い戦だったなぁ」
「それもそうやけど本願寺の目の前に織田の城はヤバいと思うな」
お菊にお凛が返した。
「本願寺、どうするのかな?」
「分からんけど信長公とドンパチになったらぞっとするわ」
お凛が心配そうに言った。
「ところで将軍様どこに行ったのかな?」
「分からんけど多分、堺に潜んでるかな?」
「堺衆は信長公に睨まれるって大騒ぎなんじゃない?」
「そやな。でも多分将軍様もそれを承知やから堺から違うとこに行くと思うけど」
お凛が堺を心配するよう言った。
しばらくすると明智光秀が御殿から出てきた。光秀だが義継が亡くなってからは終始不機嫌でこの日もつかつかとお菊たちの前を無言で通り過ぎて自分の陣に戻って行った。
「あの人ずっと不機嫌やね」
お凛が小声で言うと
「将軍様が欲しい言う物資を明智殿が用意して搬入したらそれに紛れて若江城を脱出したからなぁ。明智殿もそれを見落としたって佐久間殿に文句言われたそうやで」
おいちが小声で言った。
「将軍様への良かれが裏目なんて明智殿も予想外やろうな。お侍も大変やなぁ」
お凛も光秀に同情していたが
「まぁ信長公も恩を仇を返す将軍様って思うてるやろうな。そんなお方かいな?」
おいちも続いた。
「将軍様が信長公に従いたくない(京に連れ戻されたくない)から自分の意志でここを出たなら仕方ないけど信長公は収まらないよね」
お菊も言うと
「でも義継公も正室様も将軍様が信長公に従わないのを承知で逃したなら残された自分たちもタダで済まないのは分かってるやろうけど。タダで済まないのは覚悟でそれでも操り人形(傀儡)にはなりたくなかったんやろうな。それがせめてもの抵抗だったんかな。悲しいな」
おいちも続いた。
その時である。
「おいおい!女子の足軽だぜ!」
「飯炊き女(軍で食事や看病や他の世話をする下女)かと思ったらマジかよ!さすが本願寺だぜ!」
「本願寺のやつら つがい とか楽しい事やるから軍でも雄雌で一緒らしいぜ!」
「うらやましいな!へへへ!」
お菊たちだが突如、織田の兵に絡まれたのである。
「なにさこいつら!無礼だよ!」
お菊はむっとしたが。
「こんな下っ端は放っておこうや」
おいちは冷静に返したのである。
全員お菊たちと歳が近い若い男たちであった。
「こんなガキが戦場にいるなんてな。気に入らねぇな!」
隊長格の男が言うと
「どうでもええけど文句の前に名乗り位はどうかいな?」
おいちが隊長格の男に返した。
「佐久間信盛隊足軽隊長の佐久間玄蕃だ!はん!」
隊長格の男は誇らし気に言った。織田家の家老の佐久間信盛隊の面子なのはお菊たちも分かったが。
「味方で良かったな?敵だったら俺らのご馳走になってるぜ!ぶひひ!」
隊長格の男の横の太った巨漢がいやらしく言った。
「なぁなぁ!ちょっと遊ぼうぜ!戦も終わったし織田と本願寺はお友達だろ?薙刀で遊ぶより俺らと遊んだほうが楽しいぜ?」
隊長格の男の横の背の高いひょろりとした男も続いた。
「飯炊き女の相手は飽きてたんだな。俺たちの相手なんて 誉れ だぜ!」
隊長格の男が言うと
「さすがさ猿殿!」
「河童や八戒もやてまえ!ひゅう!」
彼らの配下の取り巻きの男たちがはやし立てた。
しかし
「出来損ないのイモな西遊記かいな。しょうもないわ」
お凛が啖呵を切ると
「比丘尼(びくに 売春婦)が欲しけりゃお金払って相手してもらいなよ。あなたらあたしら全然好みじゃないしさ。あたしたちに手をだしたら首が飛ぶよ」
お菊も薙刀を構えたのである。
取り巻きの男たちはお凛とお菊の気迫に押されて黙ってしまったが
「気に入ったぜ!そこまで言うなら覚悟しろや!」
「生意気!ぶひ!」
細い男と太った男がお凛とお菊に殴り掛かって来たのである。
お凛は素早く避けると担いでいた鉄砲の銃身を持つと鉄砲の台下部で細い男の肩を殴り付けたのである。
お菊も薙刀を峰打ちに持ち帰ると太った男の一撃を素早く避けると腹部に薙刀を振り下ろしたのである。
「ぐへぇ!」
「ぶひぃ!」
細い男と太った男は変な声を出してうずくまって倒れたのである。
「へぇ。やる」
隊長格の男は嬉しそうに言うと
「河童と八戒をかわすとはやる。俺は最高に頭に来たぜ。この猿様がお前たちの大好きな極楽浄土に送ってやるよ」
男は十文字槍を構えたのである。
「遠慮しないってさ。恨みっこ無しさ」
お菊も薙刀を峰打ちから普段持ちに替え構えたのである。
「あ!ウチ、名乗ってなかったわ!」
おいちが急に入ると猿と言う男は怪訝な顔をしたが
「鈴木孫一や!ウチは太刀打ち苦手やねん!」
おいちが言うと後方から雑賀衆が数名鉄砲を持って走り寄ると鉄砲を構えたのである。
「こいつが雑賀衆?嘘だろ?」
猿は驚きの顔をしたが同時に
「こいつら胡散臭い明智殿が言ってたうるさい雑賀の三羽烏じゃねえか?」
細い男が肩を抑えながら言うと
「地獄のお菊とやらかもブヒ!」
太った男も腹を抑えながら続いた。
「へぇ。そりゃなおさら可愛がり甲斐があるなぁ。こいつら結構好みなんだよな。へへへ」
猿はいやらしそうに言った。
その時であった。
「こらあ!若いの!やめんか!」
騒ぎを聞きつけて佐久間信辰(信盛の弟)と光秀の重臣の藤田伝五が慌ててやって来て両者を止めたのである。
「ち!命拾いしたな。まぁお前らはいずれ織田の敵になる。その時は散々辱めてやるってさ!楽しみに覚えておけ!」
猿、河童、八戒はそう言うと配下の衆を連れて去って行ったのである。
「何さ!いやらしい!感じ悪い!下衆!」
「腹立つわ!返り討ちにしたるわ!」
お菊とお凛は怒っていたが。
「若気の至りだ。失礼いたした」
「すまんかった。詫びる。当家で働きが良いので図に乗ってるだけで」
藤田伝五と佐久間信辰がお菊たちに若い衆の非礼を詫びたのである。
お菊やお凛はずっと膨れてたが。
おいちだけは
「若い男はほんまにどうしょうもないなぁ」
と苦笑いしてたが。
本願寺に戻った一行だが年末12月から1月は門徒衆からの布施の受け取りを笑顔で返す巫女の仕事が大忙しである。
「うわぁ。忙しい。処理できない」
「ちょっと応援が無いとキツイな!」
お菊とお凛が根を上げた。
今年もやはり門徒衆の間でも来年は信長との衝突を予測して本願寺への布施が多かったのである。
「なぁ。悲しい話やけど阿波衆になったみずなと新兵衛やけど(篠原)長房殿と(上桜城で)戦死してもうたらしいわ」
おいちが小声で言った。上桜城の戦いに参加して撤収した雑賀衆の情報であった。
「嘘やろ?なんでこの世は良い子が早死にして悪いのばかり長生きするねん!」
「ひどすぎるよ。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
お凛とお菊は肩を落とした。
「あたし、みずなと仲良しやったのに!」
まえこも涙気に言った。
「そんなだから末寺は誰も自分の子を本願寺に預けないのさ!」
平助が不満気に布施された米俵を弥吉と運びながら言った。
子息子女のつがいと本願寺との繋がりを期待して末寺は子息子女を本願寺に託したが信長との戦いが始まると予想外に戦に送り込まれて戦死する者が多過ぎて子息子女を本願寺に預ける寺は無くなってしまったのである。
「この和睦で本当にこの戦は終わって欲しいな。そうでなければ行くとこまで行ってみんな終わりさ!」
一郎も不満気に小次郎と重い布施された武具が入ってると思われる木箱を担ぎながら言った。
「そうだよ。若江城が織田の城になるなんて大問題だよ?信長公と揉めたらどうすんのよ?」
千代目も心配そうに言った。
「なんか越前って朝倉(義景)殿が滅んだ後に信長公の領土になったけど一揆が起きてるんだって」
「また布施を加賀に送るらしいけどなかなか静かにならない世の中だな」
たまと庄助も心配そうに言った。
「まぁみんな余計な心配しないで今を頑張ろうよ。弥生さんに日雇いでも良いから手伝いに来てもらうように頼んだからみんな少し辛抱してよ」
大人のこずえがみんなをなだめたのである。
こずえの嘆願が実ってようやく人手不足を補うため石山本願寺の門前町の寺の若い僧たちも手伝ってくれたのである。
おいちも動いて若い雑賀衆を連れて来たのである。年齢はお菊、おいち、お凛より2歳ほど下で女子3人と男子4人である。
雑賀の郷の若手の武術の訓練を受けた精鋭部隊でおいちの配下になると言う。七ッ童子と名乗り布施の対応に元気よく迅速に対応してくれ、お菊たちの負担を大いに低減してくれたのである。
七ッ童子の小雀、蛍、鶴首、下針、発中、但中、無二たちはこれから始まろうとする信長との地獄の戦いでも奮闘するのである。




