女は柔よく剛を制すのさ 19-3
石山本願寺の顕如は阿波から戻った下間頼龍、三好長免と長虎親子、心眼や本願寺の高僧たちと今後の方針を話していた。
足利義昭だが京の御所を離れて巨椋池のほとりに立つ槙島城に籠城していた。
しかし義昭が期待していた武田信玄だが甲斐に戻る途中に病死したらしいとの衝撃的な知らせが入っていたのである。
信玄病死の知らせを受けて元々出不精であったが朝倉義景も義昭の求めに応じず動いていないと言う。
義昭を支援するかどうか判断していたのである。
既に長島願証寺からも再度救援の依頼が本願寺に来ており海路は雑賀衆の鈴木重秀とおふう、冬の部隊が、陸路は清澄と悠然、ろくとマリアらが大和伊賀甲賀を通って伊勢に入ろうとしていたが本願寺の首脳の判断を甲賀で待っていたのである。
そんな折だが1573年7月だが信長は京に7万もの大軍を率いて姿を現したのである。信長だが尾張美濃から近江今浜で琵琶湖を坂本まで移動できる船団を用意し迅速に京まで大軍を動かせる体制を構築していたのである。
仰天したのは義昭である。義昭の京の御所は三淵藤英ら奉公衆が守っていたが信長の大軍の前にあっさり降伏、御所は信長によって破壊されてしまったのである。
信長は御所を破壊するとそのまま義昭の槙島城を包囲したのである。
義昭を支援するため三好長免、長虎親子と三好康長は河内や和泉の所領から兵を集めて岩成友通、三好義継、松永久秀と共同で援軍を送るも信長の7万の兵の前には1万の援軍では手の施しようがなかったのである。
本願寺の部隊にもついに出陣命令が出たのである。信長との和睦を破棄し戦う事を選んだのある。
「うわぁ。7万の相手をしろってどうするの?」
お菊がぼやいた。
「いや、普通に無理やろ!今日は雑賀の郷で謹慎のおいちがうらやましいわ!」
お凛もぼやいた。
本願寺だが義昭支援に回せる戦力は雑賀衆を入れても5千を切っていたのである。
「朝倉義景公がようやくだが動く。これより浅井長政公を救出し美濃に入る。心配無用」
本願寺の大将の下間頼廉が怯える味方を励ますように言った。
これは事実で朝倉義景はようやく重い腰を上げたのである。一乗谷を出発し小谷城の浅井長政救援の兵を出したのである。
そして長政を救出した後は槙島城や長島願証寺に兵を展開し手薄になっている美濃へ攻め入る段取りであった。
顕如も散々悩んだ末に決断し槙島城に籠城する足利義昭を助けるため信長との和睦を破棄する事にしたのである。
下間頼龍ら和睦派の意見は長島願証寺の放棄に反対する多数派には敵わなかったのである。
頼廉だが心眼、阿形、吽形と弥生に特別部隊を任せて本隊とは別行動を取らせたのである。
お菊やお凛も特別部隊に配置された。部隊は3百名にも満たない少数だが精鋭揃いであった。
この部隊は京に向かうと言う。槙島城を囲む信長の部隊を京に向かわせるため京で特殊活動を行うのである。
「何をするんですか?」
お菊だが嫌な予感がするので弥生に聞くと弥生は少し黙った後、正直に答えたのである。
「京を焼くわ」
「嫌だ」
お菊は思わず反発したが
「義昭様を救うためよ。嫌な任務なのはみんな承知よ」
弥生は冷静に返したのである。
義昭の槙島城を包囲する織田軍を少しでもこちらに惹き付けるための危険は陽動作戦であった。だから精鋭揃いで編成されたのである。信長の逆鱗に触れる危険ももちろんあったが。
それでも義昭が危機に陥ってるのは事実であった。お菊もそれ以上は返せなかったのである。
一行は京街道を東に進んだのである。その時であった。
「大変です!前方から京都所司代の部隊がこちらに!」
先行の兵が慌てて戻って来たのである。
「何!別動隊の迎撃か!」
心眼は焦ったが
「いや、我々と戦う意思は無いようです!」
「どういう意味だ?」
心眼は唖然としたが理由が分からなかった。
ただ京都所司代の軍と言えども3千近い戦力でこのこちらの3百の部隊ではまともに相手をすれば苦戦必至だった。心眼だが向こうの動きに乗って様子を見る事にしたのである。
京都所司代の部隊は戦う意思はなく手を振っていた。
明智光秀、細川藤孝、島田秀満らが率いていた。彼らは織田と本願寺との和睦が有効と認識しているようであった。
心眼と接触するなり光秀だが
「心眼殿!ちょうど良かった。義昭公の件でご相談があって。義昭公が降伏するのでね。本願寺で預かってもらいたく」
軽い口調で話し掛けてきたのである。
心眼と光秀だは旧知の仲であったが
「将軍様が降伏した?」
ただ心眼らはその内容に驚いてしまった。この情報はまだ心眼らに入っていなかった。
「そう。呆気なくね。ただ、信長公がかなり立腹しており京に戻るのは許さないので」
義昭だが槙島城の二の丸を奪われ城下を焼かれると3日持たずに信長に降伏していたのである。
「久秀殿も信長公に詫びに来ましたよ」
「久秀殿が?」
この情報もまだ心眼の元に入っていなかった。松永久秀も降伏し信長に詫びに来ていると言う。
戦況だが心眼が思ったよりも急速に悪く動いたのである。
「まだ(三好三人衆の一人の)岩成友通殿が粘っているけど。まぁ時間の問題かな?」
光秀は飄々と言った。岩成友通だが最後まで抗戦し降伏しようとしたが義昭と違い彼は許されず脱出しようとしてそのまま信長に討たれてしまうのであるが。
「ところで京に何しに行ったのかな?まさか朝倉義景公の手伝いじゃないよね?」
「越前敦賀の湊で加賀(の門徒衆)に支援物資を送るだけですな」
心眼がそれらしい言い訳をしたが
「越前入りはしばらく不可だね。近江に朝倉義景公が入って来たので迎撃に織田の本隊はこれから戻るからね。今度こそ義景殿と信長公は決着を付ける気だよ。(浅井)長政公は信長公はかなり気を遣ってるけど僕らもどうする気か分からないけど」
心眼は適当な言い訳が通じた事に安堵しつつ義景が危ないのも感じたが助ける方法も無いとも感じたが。
「あと長島願証寺は破棄してほしいな。代わりの土地はもちろん用意するよ。織田領での浄土真宗の教えは許可する方針だよ」
光秀は長島願証寺の放棄を求めて来たのである。
これは信長からも再三言われているが本願寺としても呑めない話であった。和睦も長島願証寺の件でいずれ破棄されるのは確実だったが
「顕如様には伝える」
とこの場を取り繕うため心眼は答えておいたのである。
「僕らは本願寺と話が終わった後は高屋城に進軍する」
「高屋城がどうしました?」
「殿に内応しようとした畠山秋高公が(秋高の重臣の)遊佐氏に殺されたんだ。殿(信長)はたいそう立腹だよ。秋高公の殿の養女の正室は無事だったから良かったけど。彼女も織田家に一度戻す事にしたんだ。彼女を迎えに行くのでね」
畠山秋高だが正室が織田信長の養女であった。正室の提案で信長に味方したところ城内で信長に付くのに反対する遊佐氏に斬り殺されたのある。
信長だが高屋城を乗っ取った遊佐氏の成敗を決めたのである。ただ今回は先に朝倉義景を対処して後から遊佐氏は対応すると言う。
「足利義継殿が降伏すれば彼に高屋城を攻めてもらおうかなとも考えているけど。阿波の三好長治殿が信長公に臣従したいって来たけど信長公は後見の篠原長房公を殺した恩知らずは配下にしないって断ったんだ。むしろ今後は彼も征伐対象だね」
「!」
信長が長治の臣従を許さなかったのも初めて聞いたのである。
ただ、今回だが本願寺が信長との和睦を長引かせたので阿波勝端城の交渉で本願寺は信長と組んでいると長治に見られたので交渉団が命拾いをしたのも事実であったが。
「なんか阿波にはすごく魅力的な女性がいるようで随分と阿波衆は彼女に振り回されていると噂は聞いているけどね。僕もそういう女性は苦手だね」
光秀が冗談を言うと細川藤孝や島田秀満らは苦笑いしていたが。
「まぁ我々も本願寺の顕如様にはこれから挨拶しますが再度、長島願証寺の件は熟慮をお願いしますが」
そしてお菊の方に目をやると
「やはり高屋城の遊佐氏を滅ぼす時は君たちに手伝って頂こうかな?」
光秀が言うとお菊は何と返したら良いか戸惑ったが
「了承で」
弥生が代わりに返答したのである。
「良かった。ではまたお会いしたく」
光秀らはそう言うと石山本願寺に向かって去って行ったのである。
「どうします?和睦は破棄した話が織田に行ってないのはまずいのでは?」
阿形が言うと
「いや、将軍様が降伏されたのであれば織田と戦う必要は無い。今までのまま(和睦のまま)でむしろ良かった」
心眼は返したのである。
「もし長島願証寺と織田が戦いになればその時に和睦も終わるだろうしな」
吽形も続いたのである。
一行は頼廉の本隊と合流すべく槙島城方面へ向かったのである。
足利義昭が降伏し槙島城が落とされると信長は光秀の情報通り近江に侵入してきた朝倉義景と戦うために近江にあっと言う間に引き上げて行ったのである。
降伏した義昭だが京に戻るのも槙島城に留まるのも許されなかった。哀れにも義昭は城外に放り出されてしまったのである。将軍はわずかな家臣ととぼとぼと歩いて南に向かっていた。
「あれが将軍様なんだ」
遠くからお菊らはその様子を見ていた。助けるかどうか迷ったが結局本願寺は信長に遠慮して表向きは助けなかったのである。だがこの後、義昭の妹を娶っていた三好義継がしばらく義昭を預かる事になり義昭を自分の城の若江城に迎え入れたのであるが。
「将軍様でも負けるとああなるんだ」
お菊は呟いた。
「命を取られなかっただけまだ信長公は配慮してるわ」
弥生が横から言った。
「お菊。鶴姫のお話は続きがあるの」
「続き?」
「本当の鶴姫は備中(岡山)に居たの。敵との戦いに敗れて鶴姫の夫らは討ち死にしたの。落城直前になって鶴姫は覚悟して敵の大将と決死の一騎打ちを望んだの。でも女とは戦えないと断られたの。鶴姫は最期は侍女たちと城で自害して果てたの」
「……」
お菊はとぼとぼ歩く義昭を複雑な想いで見るしかなかったのである。




