女は柔よく剛を制すのさ 19-2
1573年の初夏だが足利義昭は再度、織田信長に叛旗を翻したのである。
義昭は自分が蜂起したら武田信玄や朝倉義景、篠原長房、三好三人衆、松永久秀、三好義継、三好康長らも蜂起するだろうと思ったのである。
義昭だが信長との戦いに備えて京の御所を離れて巨椋池の裾にある槙島城に籠城したのである。
顕如だが義昭からの支援の要請を受けて密かに援軍を送る予定だった。しかし予想外に事が起きたのである。
三好三人衆の三好長免、長虎親子から顕如に篠原長房救援の緊急の依頼が入ったのである。
阿波で篠原長房が主君の三好長治と揉めて長房が長治の勝端城を出て自城の上桜城に帰ったのは本願寺も把握していた。しかし長治だが異父兄の細川真之、異母弟の十河存保、そして篠原自遁と組んで突如、長房の上桜城を攻めたのである。
本願寺や三好三人衆は大騒ぎであった。
「何やて!嘘やろ!」
大声を上げて仰天していたのはおいちである。
長治の軍に雑賀衆が参加していると言う。
「父ちゃん(鈴木重秀)はそんな許可出してないわ!」
「は!銭をもらえるので勝手に参加したようです!あと恐らく法華宗(日蓮宗)系の者が参加したと思われます!」
雑賀衆の兵が戸惑いながらおいちと話をしていた。
「うわぁ。最悪や」
おいちは悲鳴を上げていた。長治だが実は石山本願寺の浄土真宗の門徒ではなく法華宗を信仰していた(長房は浄土真宗)。そのため阿波だけでなく周辺の諸国の法華宗の信者を動員したのである。
雑賀の郷だが鈴木氏(鈴木重秀)を中心とした地元の地侍や豪農、豪商、高僧らが合議で政治を行っていた(惣 と言う)。ただ雑賀の郷の地域は大きく5つ、雑賀荘、十ヶ郷、中川、南郷、宮郷と別れて海運や商い、漁業、農業が盛んな地域、更に宗派も浄土真宗、天台宗が多い地域など差が大きくまとまっていなかったのである。
おいちの父の鈴木重秀の力がある雑賀荘や十ヶ郷では浄土真宗の門徒が多かったがその他の地域ではそうではなかったのである。
石山本願寺だが足利義昭への救援より先に三好家の内紛、長房と長治の争乱の収拾に追われる事になったのである。顕如は長治への親書を用意し使者として下間頼龍に任せ三好三人衆の三好長免と長虎親子と一緒に長治の元に送るのである。
今回は腕が立つ心眼、吽形、阿形、弥生、お菊と小次郎も同行する命が出た。
雑賀衆は鈴木重秀が他の任務のため参加せずおいちの副官の鈴木義兼が雑賀衆の大将を務めると言う。
お菊だが見慣れない安芸(広島)の村上水軍の船団も大阪まで来ていた。
弥生の出身地の安芸因島周辺の浄土真宗の門徒が船を率いてやって来たのである。
信長と安芸の毛利輝元は表向きは友好関係であった。ただ足利義昭も輝元に支援を求めていた。輝元だが信長との関係を考慮し門徒衆の私兵と言う形で少数の兵を送ったのである。
「すまんわ。ウチは参加できん。父ちゃんから謹慎やって」
おいちが不満そうに港で言った。おいちは一行の見送りに来たのである。
「あんたが悪い訳じゃないのにさ」
お菊はおいちを庇ったが
「そやけど。雑賀衆へのけじめで一応表向きの処分は受けろって言われたわ。やはり人を使うって難しいわ。まぁウチみたいな小娘の言う事なんて聞かんのやろうな」
おいちはため息をついた。
「ぼやいてばかりもおれんで。信長公だけど噂やと5万を超える兵を動かしてるらしいわ。槙島城に来るのか長島願証寺に来るのか分からんけど。もし本願寺が助けるとしたら大事になるで。早く阿波の長治殿と長房殿の争いを止めてもらってこっちに戻って来て欲しいわ」
お凛は緊張気味に言った。
お凛の言う通り本願寺だが義昭の槙島城と伊勢の長島願証寺にも支援の兵や物資を送るため阿波方面は兵を割けず10艘程度の少数の船団でしか用意できなかった。
義昭の支援は三好三人衆の一人の岩成友通が参加し松永久秀、三好義継、三好康長も一緒に動いていた。
それでも信長の戦力5万には全く及ばない1万程度しか兵を集められなかったのである。
大阪を出発した船団は阿波の長治の拠点の勝端城に向かった。一行は船の上で今後の方針を話したのである。
「長治殿らは1万。長房殿は2千も集まらなかったとか」
下間頼龍が苦い顔で言った。
「どうも噂によると長治殿は信長公に付くとか。讃岐の兵も味方に付いてるようです」
「信長公は長治殿の南河内の安堵を認めるとか」
阿形と吽形も戸惑いながら言った。
「そうなると交渉すら出来ないかもしれませんね」
弥生も難しそうに言った。
「己の欲のために三好が滅ぶかもしれないと考えられんのか。あの若造は」
三好長免がうなだれながら言った。
「我々が信長公への手土産にされるかもしれない。最悪、交渉の最中に乱戦になる可能性もある。みんな覚悟するよう」
心眼が厳しい顔で言った。今回だが腕利きが選ばれたのはその為であった。
みんな緊張しながらうなずいたのである。
阿波に上陸した本願寺の一行だが三好長治の拠点の勝端城には入れず城下の寺にて待機させられたのである。
数日後、下間頼龍と心眼、阿形、吽形、三好長免、長虎親子、鈴木義兼らだけ勝端城に入る許可が出て交渉に行き残った弥生やお菊たちは寺で留守になったのである。
弥生は愛用の薙刀を研いでいた。
「勝端城で乱戦にならなくて良かったわね」
弥生はにこやかに言った。
「それにしても育ての親の長房様に対して恩知らずな奴だな」
弥生の配下の長兵衛が珍しく膨れていた。
「小少将とか言う淫乱な女にたぶらかされるようじゃ三好も終わりだな」
太郎も膨れていた。
「それって本当なんですか?自分の家が滅ぶなんて考えないのかな?」
お菊が不思議そうな顔をすると
「悪女って言うのはそんなもんだ」
「だから悪女なんだ」
長兵衛と太郎は不満そうに返した。
「朝倉義景公が信玄公に催促されても動かなかったのも側室と子供に溺愛しているからだそうだ」
長兵衛は再度不満そうに言った。
「そうなんですか?」
お菊は義景の件は初めて聞いたのである。
「美しい奥方や愛しい我が子への溺愛が国を滅ぼす事もあるってな」
太郎も再度不満そうに返した。
朝倉義景だが美しい側室を娶ると彼女が産んだ男子と彼女を溺愛し判断を鈍らせたと噂されていた。
「清く正しく美しいって難しいんだ」
お菊は呟いた。
「聞いたか?義景殿のその問題の側室も 小少将 だとさ!」
「何かの悪い冗談としか思えんわ!」
長兵衛と太郎の不満は止まらなかった。
「まぁ、女も 経験 を積むと悪い人間になる事もある。お菊はどうかな?」
「お菊が 良い女 になるか 悪女 になるかどうか掛けてみるか!」
長兵衛と太郎がお菊を冷やかすと
「むかっ!あたしはそんな節操の無い事はしません!」
お菊は返したが
「ははは!美男美女は情愛に溺れるものさ!」
「がはは!」
「やらしい!」
お菊は悪い冗談を言う長兵衛と太郎に膨れたが。
「こんな理由を聞くとなんか戦うのが嫌になるよ」
お菊が呟くと
「そうだな」
「同意だ」
長兵衛と太郎も同意していた。
「弥生さん。なんで戦うんですか?」
お菊は思わず弥生に聞いてしまったのである。
「そうね。本願寺は私の家だから。家を守るため戦うのかしら」
弥生は即答した。
「弥生さんって おひとり なんですか?」
しかしお菊は聞いてはまずいかもしれない事を思わず聞いてしまったのである。お菊は自分でも はっ としてしまったが。
「知ってるんでしょ?」
弥生は笑いながら返した。
「ごめんなさい」
お菊は弥生に詫びたのである。
長兵衛と太郎は聞いてない振りをしていた。
「良いのよ。私も自分は死なないと念じながら戦ってるのよ。実際は分からないけど」
お菊は弥生の子供と声しか聞こえなかったが弥生の主人を思い出したのである。
「あたしもいつも思ってる」
お菊も弥生に返した。
「良い心構えだわ。私の主人だけど私を庇って大怪我してね。戦えない体になって足軽をやめたのよ」
「そうだったんだ。でも、ご主人は弥生さんが戦うのに反対しないんですか?」
「反対してるけど止められないって諦めているのよ。家を守る、家族を守るためだから。あなたも含めてかしらね」
弥生は笑いながら言った。
「弥生さんはご主人と2人で戦っていたのか」
「そうね。2人で生き残れば素晴らしいわ。この戦いが終わるまで私は死なないわ」
弥生は笑いながらだったが強く言った。
「ごめんなさい。小少将さんの話を聞いてげんなりしてたから変な事を聞いちゃった」
「良いのよ。でも小少将さんって悪い女の人かもしれないけど自分の情愛に正直な人なのかもね。それも女だったら大事だけど時と場合によるかしらね」
弥生はお菊に大人の返しをしたのである。
「ところでお菊は鶴姫って知っている?」
「?知らないです」
お菊は初めて聞く名前だった。
「私の故郷の安芸の大島に居た姫なの。彼と一緒に戦って彼が戦死した後も戦って敵を追い払った後に彼を追って自害したと言われてるわ」
「ええっ?良い話じゃないよ。かわいそう」
お菊が変な声を出すと
「そうね。でも実は生き残ってその後も戦い続けて敵を追い払った後は彼を弔うために尼になったとも言われてるけどね」
「ふうん。でもどちらにしてもかわいそうかな?」
「でも2人で力を合わせて戦う話は私は好きよ。男と女って一緒に歩んで子を育てる。そうあるべきでしょ?こんな嫌な時代だけど。だから私も戦ってる。それで良いかしら?」
「うん!分かった!」
お菊は弥生ににこりと笑って返したのである。
「ま!お菊も小次郎とやらと上手くやれよ!」
「お菊の方が腕が立つんだろ?小次郎を守ってやれって!」
「むかっ!男が女を守ってよ!」
お菊は冷やかす長兵衛と太郎に膨れながら返したのである。
その日の夕方だが勝端城から長治と交渉を終えた一行が戻って来たのである。
「残念ながら交渉は失敗に終わりました」
「長房殿を見捨てる事になるとは!」
下間頼龍と三好長免が無念そうに言った。
「すぐに本願寺に戻らねば成敗するそうだ。明日にも大阪に帰ろう」
心眼も無念そうに言った。
「三好も終わったかな」
若い三好長虎が搾るようにひとり呟いた。
翌日、一行は大阪の石山本願寺に退去したのである。
三好三人衆も石山本願寺も結局長治を止められなかったのである。
長房は7月まで徹底抗戦するも最期は力尽き長男の長重と戦死したのである。
なお、長治側で参戦していた雑賀衆もやはりこの戦いはおかしいと途中で気付き長房の正室と次男たちを保護するとそのまま戦線を離脱したのである。これは長治の怒りを買い長治は石山本願寺、雑賀衆、三好三人衆とは疎遠になるのである。そして強大な力を誇った三好氏は完全に分解し歴史からついに消えて行くのである。




