若いから許されるのさ 18-1 挿絵あり
1572年9月末、甲斐の武田信玄だが三河遠江の徳川家康に対してついに侵攻を開始したのである。信玄3万に対して家康は6千しか戦力が無く押されて11月の暮れには遠江の要所の二俣川城も突破され家康の拠点の浜松城に迫ったのである。信長だが同盟者の家康の危機についに信玄との同盟を破棄。家康を救援するため佐久間信盛、平手凡秀らの援軍を送ったのである。
しかし織田徳川の連合軍は信玄の勢いを止められず12月に三方ヶ原で信玄に大敗。家康は多数の家臣や兵を失い浜松城に後退籠城、信長も配下の平手凡秀が戦死し佐久間信盛は尾張に撤退したのである。そのまま信玄は1573年の1月に三河に侵入したのである。
そんな信長と家康が信玄と激突している間もお菊たちは石山本願寺で年末と年明けの行事で大忙しであった。1月初めには信長と家康が信玄に大敗したとの知らせは大阪にも届いていた。
「今年は年明けから門徒衆の敵の信長公が信玄公に痛い目にあって縁起が良いって布施が多いな」
お凛が今年もたくさん集まった多種多様な布施の前にぼやいた。
「篠原長房殿が阿波を出発して大阪に来るらしいわ。三好三人衆も再結成やて(一度信長に下った岩成友通が再度三好長免、長虎親子と組んだ)。三好義継殿、松永久秀殿、三好康長殿も長房殿と合流するらしいわ」
おいちが言った。
ただこれは本願寺にとっては朗報で摂津中島城で粘っていた細川昭元だが長房らの大軍の到来を聞いてようやく降伏開城したのである。
「朝倉義景殿、浅井長政殿も美濃に攻め入るってね」
「新しい主君、将軍様(足利義昭)!のためかいな。やれやれ」
千代目とまえこも呆れた。
「こんな言い方したくないけど昨日の敵とあっさり組むなんて節操がないね」
こずえも小声で呟いた。
「で、本願寺はどうするの?」
お菊が言うとみんな顔を見合わせた。
「本来なら長房殿や三好三人衆と一緒に行動すべきと思うけどな」
おいちが言ったが
「でも本願寺は信長公と和睦してるやん」
お凛が返したのである。
「こら!巫女衆!無駄口してないで手伝ってくれよ」
平助が重そうな米俵を弥吉と運びながらぼやいた。
「そういうのは本願寺の偉い人たちが決めるのさ」
一郎も小次郎と重そうな銭箱を担ぎながら続いた。
「今年もみんな忙しそうね」
弥生がやって来たのである。
「弥生さん!本願寺はどうするんですか?」
お菊が聞くと
「そうね、一郎の言う通り偉い人が決めてからね。今はみんながんばってお布施のお仕事をしてね」
弥生はうまくはぐらかしたのである。
1573年の1月中半ばに足利義昭、室町幕府にも遠江の三方ヶ原で家康、信長が信玄に大敗したとの知らせは入っていた。義昭だが信玄が信長を撃破して西に進んでると聞き幕府内での激論の末に親信長派を押し切って信長と敵対、離反するのを決断したのである。
2月には甲賀に潜んでいた六角義賢が近江に乱入、山岡景友や義昭派の奉公衆も挙兵し大津の南の石山城に籠城したのである。
義昭だが信玄が三河吉田城(愛知県豊橋市)まで進んでおり信長は主力を信玄との戦いに備えるため近江方面の兵は少ないと目論んでいたが信長だが義賢と山岡景友の討伐の為に柴田勝家、丹羽長秀、明智光秀、蜂谷頼隆ら1万もの軍を投入して来たのである。
これは義昭も予想外で2月末には山岡景友と義賢は鎮圧されてしまったのである。
ただ義昭は朝倉義景、浅井長政に望みを託したのである。雪が解け3月になったら信玄との謀らい通り美濃に乱入してくれるだろうと期待したのである。
石山本願寺だが顕如ら首脳陣は今後の方針を熟考していた。
本願寺に入った篠原長房、三好三人衆、松永久秀、三好義継、三好康長らと相談し信玄の吉田城攻略完了時の朝倉義景の美濃乱入時と義昭の正式挙兵時に和睦を破棄し反信長として挙兵するのを決めたのである。
3月末だが本願寺はお菊と小次郎に京で桜を愛でるようにと休暇を与えたのである。
「気を付けてね。何かあったら逃げてね」
弥生が2人に淀川を登る船の船券を渡したのである。でも実は京で桜を愛でるだけでなく本願寺の間者として京の様子を探るのである。
「逃げ足なら自信あるってね」
「京の住民の様子も探りますね」
小次郎もお菊も軽く返した。
信長だが六角義賢、山岡景友を撃破した軍を信玄対策になぜか使わず義昭の挙兵に備えて京の周囲や町中に配備したのである。ただ信長も信玄と争ってる手前と今の敵だらけの状態で義昭、将軍の敵になるのも不都合と判断し義昭に降伏の申し入れもしていたが義昭はこれを受け入れず戦う方向に動いていた。
そのため信長だが義昭に言う事を聞かねば京を焼くとも脅して来たのである。
信長だが自身が京を実質支配しているのに京を焼くなど信じ難い話ではあったが。長房や三好三人衆、久秀、義継らは信長を刺激して京を焼き討ちされるのを避けるため本願寺に待機し間者のお菊と小次郎を送り込んで様子を見る事にしたのである。
お菊と小次郎は若い夫婦として京に入るのである。弥生に見送られ2人を乗せた船は淀川を登ったのである。
「お菊。弥生さんから京の桜がきれいな名所をいくつか教えてもらったぜ」
「小次郎が桜がきれいなんてちょっと合わないかな」
「おまえ失礼だな。俺だってそういう気持ちはあるぜ」
小次郎は少し口を尖らせた。
「分かった。ところであなたの実家に寄らなくても良いの?せっかく京に行くのにさ」
「急だったから京に入る話をしていない。それに京だけどそこそこ外れにあるんだ」
「なら仕方ないね。いつ死ぬか分からないから挨拶した方が良いかなと思ったけど」
「いつ死ぬかじゃなく生き残ってやろうぜ」
「時々良い事言うね。ところで段取りは決まってるの?」
「任せろって」
「なんか心配だな」
「なんだよそれ!」
京に入ったお菊と小次郎だが弥生に教わった京の桜の名所をいくつかのんびり回ったのである。
「桜を奏でるって素敵ね」
「ほんとだな」
「でもさ。気にならない?」
「気になる。こんなに織田の兵が多いと落ち着かないな。本気かな?」
京の町中の至る所に武装した織田兵が歩き回っていたのである。信長は本気かもしれないとお菊も小次郎も感じたのである。
「信長公だけど信玄公から延暦寺の焼き討ちを非難されたらしい。でも信長公、俺は第六天魔王だからって返事したらしい」
「なんだか痛いな。もういい齢なのにさ」
お菊は信長の行動に呆れたが
「まぁ魔王と呼ばれようとやる時はやるって考えた方が良さそうだ。やはり面倒な相手だ」
小次郎も警戒するように言った。
「信玄公に家康公の三河の城を攻められているのに信長公、京にこんなに戦力を置いて大丈夫なのかな?」
「主力じゃなくここは新入りの傭兵ばかりかもな。分からないけど」
小次郎も同じように思ったようであった。
お菊と小次郎だが京の中心部で義昭の居城の二条御所のある上京まで来ると休憩のために茶店に入ったのである。その時であった。
「あれは!明智殿!」
なんと明智光秀が護衛を連れて別の男と歩いていたのである。
「でもさ。明智殿って京都所司代だろ?ここは京の中心だし別におかしくないけどな」
「そうだけどさ。なんて巡り合わせかなってさ」
お菊もあまりの偶然に驚いたが。
「確かに。あれ?こちらに来るぞ」
「やば!」
お菊と小次郎は光秀に背中を向けたのである。
「これは明智様!いつもありがとうございます!」
光秀はこの茶店の常連のようだった。
「うん。いつものを頼みます」
「はっ!すぐにご用意します!」
茶店の主人は光秀ともうひとりの男を通すと準備のために店の奥に戻ったのである。
「はあ。殿(織田信長)も無茶をおっしゃる」
光秀だが珍しく溜め息をついた。
「全くだ。これは塔底受け入れできん!」
一緒に居た初老の男も不満そうに返した。
「所司代全員でもう一度殿に考えを改めもらうしかないでしょう」
「殿は一度決めたらびくともしないがな。ただ頼むしかあるまい。だから私はあんな将軍様(足利義昭)を担ぐのは嫌だったんだ」
「島田殿がそこまでおっしゃるとは。やれやれですな」
光秀は島田と言う男に苦笑いしていた。
「なんの話だろ?」
「さっぱりわからない」
小次郎とお菊はひそひそと話した。
「殿が強気なのはどうも将軍様の変わりは中島城から京に入った(細川)昭元様で間に合わそうと考えられてるらしい」
「僕には殿のその考えは賛成できませんが。彼は足利将軍ではなくただの管領の血筋ですよ?担ぎ上げても大して威にならない。無理過ぎます」
光秀は珍しくこの島田と共に不満げに話していた。
お菊と小次郎だが光秀にしては珍しく信長と義昭への不満の話かとは感じたが理由は分からなかったが。
「管領の正当な血筋の昭元様を祀れば将軍様が万が一言う事を聞かなくなっても何とかなると殿はお考えなんだろう。だから将軍様が何処に行こうが将軍様のままで殺さず生かすのだ。管領を生かすためにな」
「三好長慶公のように?でもちょっと違うと思いますが」
光秀が言ったのでは三好長慶が言う事を聞かない将軍足利義輝を一時的に京の奥の朽木谷へ追放した時だが管領で自分の上司であった細川晴元を傀儡にしたのである。昭元はこの晴元の子である。晴元は長慶を嫌っていたが信長と昭元はお互いに利益があり友好関係と言う違いはあったが。
「どちらにしろ被害が避けれないならば少しでもそれを低減するしかなかろう」
「まったくですね。あ!ご主人。ちょっと小耳を」
そう言うと光秀は茶店の主人を呼んで小声で話したのである。
「明智様に島田様?どうされましたか?」
茶店の主人は出て来ると不思議そうな顔をしたが
「殿は将軍様に味方する京の衆に立腹している。焼き討ちを行うかもしれない。我々で再考を促してるが駄目な時に備えて京から避難してくだされ。僕はこの店が焼かれてもあなたには再起して欲しいです」
「えええ!それはいくら何でもやり過ぎじゃ!まさか!」
店主は光秀の忠告に驚いていたが
「まさかをやるのが我が殿、信長公です。比叡山だって焼いた男です」
「ひい!分かりました!」
光秀の言う事に店主は怯え
「本当にすまない。ご主人にはお世話になった。あと是非またここに戻って再起して頂きたく。ご無事に早くお逃げくだされ。他の住民にも伝えて頂きたい」
隣にいた島田秀満も続いた。
「なぜ京都所司代に京を焼かせる!なぜ!まったく!」
光秀は再度いらいらしながら言った。
「聞いたか?」
「まずいね」
小次郎とお菊はひそひそ話すと
「ヤバそうだぜ。俺らも急いで本願寺に帰ろうぜ」
「こうなったらどうなるかを見たい」
「は?どうしてお前は危ない事に足を突っ込むんだよ!」
小次郎が呆れると
「明智殿が京を本当に焼くか見たい」
「あのなぁ!」
結局小次郎だがお菊に巻き込まれて京に残る羽目になったのである。




