信長を包囲せよ 17-3
お菊、おいち、梓らを乗せた船は近江長浜に到着したのである。
「うわぁ、大丈夫かいな?捕まらんかな?」
おいちは心配そうに言った。
朝倉領の越前大浦から来た船だったので予想通りだが近江長浜を治める羽柴秀吉の警備兵が事情を確認しにやって来たのである。
おいちの副官の雑賀の船長と堅田衆の水先案内人の船頭が先に上陸し羽柴の警備兵に事情を説明したのである。
30分ほどして船長と水先案内人は船に戻って来たのである。
「確認が終わるまで港の前の宿で待機との事です」
「大丈夫と思いますがね」
船長と水先案内人は戻って来ると軽く返した。一行は港の前の宿に入ったのである。
しばらくして近江長浜城から奉行が宿にやって来たのである。
竹中半兵衛と言う20代後半の若い奉行である。美濃の斎藤氏の元家臣で斎藤氏が信長に敗北すると信長には仕えず浪人していたが羽柴秀吉が半兵衛を気に入り三顧の礼で迎え入れたのである。
若く物静かな男だが頭が切れるのと弁が立つようで秀吉の家臣になると北近江の浅井長政の家臣を多数内応させるなどして活躍。秀吉の浅井長政の家臣の攻略での功を認められ近江長浜城下の奉行をも任されていたのである。
「石山本願寺から加賀越中への荷駄の搬入の件は岐阜城や京都所司代の伝聞を確認しました。が、甲斐からの(歩き)巫女の件は確認の必要あり調べのため、彼女を奉行所に一度お連れしますので」
「奉行様!我々も彼女を連れて来るのは躊躇しましたが甲斐の歩き巫女は関も通れる(歩き巫女の特権)ので大阪から乗せて欲しいと頼まれお連れした次第です!」
船長がもっともらしく弁明した。
「我々も手荒な真似はしません。確認次第お戻ししますので」
半兵衛も柔らかい口調で返したのである。
普段はあまり表情を出さない船長だがこの日は苦い顔をしてしまった。船長は彼女を奉行所に連れて行かれて所持品を検査されるのを恐れたのである。彼女は武田信玄への足利義昭と石山本願寺の顕如の密書を持っていたのである。
しかし
「はい。奉行様、お供します。私をお調べください」
梓は半兵衛の求めに素直に応じたのである。
(こうなったら見つからないのを祈るだけだな。南無阿弥陀仏)
船長も神任せにしたのである。
梓だが半兵衛と宿を出て行ったのである。
しかし梓だが歩き巫女の力、己の美しさと女の魔力を魅せたのである。半兵衛にぴたりと体を寄せて寄り添うように歩いたのである。半兵衛も少し顔を赤らめ動揺していた。
「なんでそこまでやれるのさ?なんで?」
お菊は梓を見てうなってしまった。
「すご。負けたわ。いや、ウチもあの娘には敵わんわ」
おいちも呟いた。
「南無阿弥陀仏。巫女よ神を喜ばせたまへ」
船長はよく分らない事を言ったが。
翌朝、梓は何事も無かったように宿に戻って来たのである。
「大丈夫だったか?」
船長が心配そうに聞くと彼女はうなずいた。
「今までありがとう。甲斐に帰るわ」
梓はすぐに甲斐に戻ると言う。梓だが銭を持ち帰っていた。
それを見て
「アンタすごいわ。達者でな」
「気を付けてね」
おいちとお菊は言葉少なく返した。
「あなたたちこそお元気でね。ありがとう。重ねて礼を言うわ。そんな汚らわしい物を見るような目でみないで。あなたたちお金持ちと違って私たちはこうして生きてるんだから」
「う!」
「……!」
おいちとお菊は返せなかったのである。
「お礼をするわ。これが私の仕事。手の平を見せて」
梓に言われてまずはおいちが手の平を見せると
「あなたは長生きするわ。今と全然違う世界に行くかな」
「ありがと」
おいちは複雑な顔で礼を言ったが。
「あなたは普通より早いかな?あなたは今のままかな?」
お菊の手の平を見て梓は言った。
「はぁ」
お菊も変な声を出したが。
「当たるも八卦当たらぬも八卦だからね」
梓はにこりと笑ったが。
「あなたたちと今度会えるかどうか誰も分からないけどね。でも二人とも私より長いわよ。私はあと10年かな」
「はぁ」
お菊とおいちはぽかんと返した。
宿の玄関に飾ってあった人形を見て
「きれい」
と梓は言った。
「(主君の)松姫様と奇妙様が上手く行くといいな」
ぼそりと呟いたのである。
お菊とおいちは梓が何を言ってるのかよく分らなかったが。
彼女は甲斐に向かって去って行ったのである。
竹中半兵衛の元に梓が近江を出て美濃に入ったと知らせが梓を密かに追っていた間者から伝わったのは数時間後である。半兵衛はその間者に東美濃衆の明智光秀の正室、煕子の実家で南信濃で武田信玄と接する妻木氏に伝えるよう命を出したのである。
半兵衛だが梓を調べて足利義昭と顕如の密書を見つけたが見て見ぬ振りをしたのである。
自分の主君の秀吉秀長兄弟は小谷城の浅井長政の対応に追われていた。これ以上の負担を増やすのは得策で無いと考えたのである。
半兵衛はこのような面倒な仕事は美濃衆の筆頭の帰蝶や配下の明智光秀らにやらせた方が良いと判断したのである。
だから半兵衛は梓が歩き巫女の奉仕の仕事を自分にしてくれた謝礼を渡して素知らぬ顔をして彼女を甲斐に向わせたのである。
梓を近江長浜に送り届けたおいちとお菊だが再度、越前大浦に戻ったのである。朝倉義景の一乗谷に向かった心眼、阿形、吽形、小次郎と越前敦賀に向かったおふうの帰りを待ち一緒に石山本願寺に戻るためである。
心眼、阿形、吽形、小次郎は無事に一週間程で越前大浦に戻ったのである。
しかしおふうだが越前敦賀での任務だが予定が変わり長期化するので結局、おふうを除く一行で石山本願寺に戻ったのである。
石山本願寺に戻った7月、お菊たちは午前の修行を終えて午後の巫女の仕事をしていた。
「弥生さんやけど本願寺と安芸毛利氏とが仲良くって交渉してるって。父上(鈴木重秀)も一緒に動いてるけどでもなんか上手く行かんらしいわ」
信長だが安芸の毛利氏とは四国阿波の三好氏と言う共通の敵があったので表向きは友好だった。しかし三好氏の勢力が衰えるとこの関係は微妙になっていたがそれでも双方は友好的に振る舞っていた。
本願寺も鈴木重秀も弥生もこの時の毛利との交渉は不調に終わるも海運水運を得意とする毛利の村上水軍と本願寺の雑賀衆の関係が深まったのは収穫となり後の戦線にも影響を与えて行く。
「おふうさんも大丈夫かな?」
お菊も呟いた。石山本願寺が支援した越中の一向衆だが当初は上杉軍相手に有利に戦いを展開していたが上杉謙信が本隊を率いて越後からやって来ると大敗したのである。
杉浦玄任だが命からがら加賀の尾山御坊に逃げたと言う。謙信だが少し変わった武将で戦で勝っても領土欲が少ない武将だったが越中に関しては珍しく直接統治する動きを見せて自ら越中に入ってさらには加賀や能登に攻め入る動きも見せていると言う。
本願寺だが加賀の一向衆から再度の緊急の支援要請を受けて慌てて顕如は重臣の下間頼龍を使者として謙信の元に送ると噂されていた。
「織田も大騒ぎらしいで」
「冬さんも複雑やろうな」
お凛とおいちも続いた。
武田信玄だが信長の同盟者の三河遠江を治める徳川家康を攻める動きを本格化させていたのである。特に家康の奥三河衆は信玄に降伏する動きが出始め信長も神経質になっていた。ただ信長は信玄と同盟を結んでいた。信長だが嫡男の奇妙を信玄の末娘の松姫と婚約させようとしていた。信長もまだこの時は武田と戦うのは避けようと考えていたのである。
「一部の堺衆や雑賀衆は喜んでるでらしいけど」
お凛は再度複雑な顔で言った。信長だが和睦している本願寺にも協力を求め堺に大量の鉄砲の発注を行ったのである。
既に足利義昭が信長から離反する予定で本願寺も義昭と共に信長と戦う予定だがそれは信玄が動いてからであったのでまだ露骨に動けなった。
それも信長は堺に注文した鉄砲硝薬弾は雑賀衆に尾張まで搬送してもらい納品する手筈まで頼んでいた。
冬だが長島願証寺に雑賀衆と協力して信長の侵攻に備えて鉄砲や兵糧を海路で運び込んでいた。今度は長島願証寺を攻めようとしている信長にも協力するのである。現世は複雑怪奇であった。
「武田信玄公か。信長公をそこまで慌てさせるなんてね」
「みんな信玄公が怖いから梓みたいな歩き巫女とか言う間者が国に入っても文句が言えんのやろうな」
おいちが梓を思い出したように言った。
「梓、甲斐に帰れたのかな?」
お菊は呟いたのである。
お菊とおいちだが梓のその後は知らない。ただ梓は東美濃で妻木氏配下の三宅千草に捕らわれるも信長の配慮で解放される。ただ梓も信長の 謎の力 に惹かれて歴史の波に揉まれて自分が占なったような先が短い未来に向かうのである。




