出る杭は打たれる 14-2
翌朝、篠原長房、石山本願寺の軍は大阪を出て荒木村重の茨木城で休憩し翌日には高槻城下に到着したのである。
しかし高槻城の周辺の家々は先行していた三好三人衆、松永久秀、三好義継らが放火略奪撫で斬り斬りし終わった後で焼け野原になっていた。
「ひどい!ひどすぎるよ!駄目だよ!こんな事したら!」
多数の遺骸が転がっていたが子供を抱いた大人と思しき焦げた遺骸を見てお菊は呟き手を合わせた。
「ほんまやな。これはあかん」
「こんな事しといて素直にこちらに従うとは思えんけど」
おいちとお凛も手を合わせながら厳しい顔で続いた。
「お嬢ちゃん。こいつらは異教徒なんだよ。仕方ないんだよ」
前方に居たろくが不気味に笑いながら言った。
「わ!嫌な奴の登場や!」
ろくと以前、問題を起こしたおいちが小声で呟いたが
「これは顕如様の命かいな?」
珍しくお凛が不機嫌にろくに聞くと
「私の命だよ」
下間頼総もやって来たのである。
「ここはキリシタンが多い地域でね。あまりキリシタンに活動してもらうのは困るのだ。だからこうしたんだよ」
頼総は不気味に笑いながら言うと
「そうなんですか?」
お菊だが一緒に来た弥生と心眼に険しい顔で聞いたのである。
「そうだ」
心眼が返し弥生も暗い顔でうなずいたのである。
「異教徒だからってこんな事して良いのですか?この人たち本当に異教徒なんですか?本願寺が信長公と同じ事してどうするんですか?顕如様はこれを許されてるのですか?」
お菊の厳しい問いに心眼と弥生は即に返答できなかったが数秒置いて
「そうだな。この愚行は間違いなく報告する」
「大阪に戻ったら顕如様には私たちが報告するわ。処分が下るなら責はとってもらうわ」
心眼と弥生は頼総を見ると今後の対処を約束したのである。
「お菊、凛凛。もう行こや。胸糞悪いわ」
「さ、行きましょう」
おいちと雑賀衆の鈴木義兼にせかされてお菊たちこの場を去ったのである。
お菊たちが去ると
「心眼殿、弥生。躾がなってないのではないかね?」
「甘っちょろいんだよ。仏様(死体)を見ていちいち何言ってるんだい?戦場なんだよ、ここは。あんな調子で上官の命を聞けるんかい?」
頼総とろくが心眼と弥生に苦言を言うと
「申し訳ありません」
心眼は無表情に機械的に詫びたが
「私は清く正しく美しく本願寺の教義の通りに育てたつもりよ。正しく育ってるわよ」
弥生が不敵に返すと
「弥生!言い過ぎだよ」
珍しくろくが止めに入ったが
「あなたたちこそ顕如様の赦しも得ずにこれをやったのなら責を取ってもらうわよ」
弥生はろくに構わず続けたのである。
頼総は弥生を睨みつけ、ろくは舌打ちしたが。
騒ぎを感じて吽形、阿形、小次郎、マリアらも集まっていた。
「弥生。君だって分かってるだろう?この世は表と裏がある。表は清く正しく美しく。でも裏は仏敵には無慈悲に容赦なく残虐にだ。それが進むは極楽、退くは地獄だよ」
「あの子たちだって気付いてます。分かってますよ。でも許される事と許されない事は戦でもありますよ」
弥生も怒り気味に言うと
「君の論理は分かったが戦は勝ってこそなんだよ。ところで心眼殿。お菊は比叡山で本気を見せたようだが今回もそれを見せて欲しいな」
「本気?」
弥生が心眼に振り返ると
「お菊は自分を襲おうとした明智光秀とやらの雑兵を10人ほど斬ったらしい。その後、明智とやらと太刀討ちしたそうだ。佐久間信盛に撫で斬りされた近江志村砦の6百名の怨念が明智の気まぐれを起こしてなかった事になったそうだが。まぁ、彼女はなかなか教義を理解しているかと思ったが今日はどうしたんだ?女の虫で機嫌が悪かったのかな?」
「本当なんですか?」
弥生はお菊が明智の雑兵を斬った事を知らなかったので驚いて心眼に聞いたが心眼は黙ってうなずいた。
「弥生。何度も言うがとにかく勝てば良いのだよ。君たちが我々の命を素直に聞けば勝てるんだよ」
頼総が冷静に言うと今度は弥生は厳しい顔で頼総を睨んだのである。
お菊たちだが高槻城の門の近くまで移動したが3人は顔をしかめてしまった。
「……う!」
三好三人衆の本陣の前には首がいくつか晒されていた。遺骸も積まれたままだった。慣れとは恐ろしくお菊らは首や遺骸自体は何とも思わなかったが夏の暑さで臭いがひどかったのである。それに顔をしかめたのである。
首は討たれた幕府側の和田惟政と家臣の茨木重朝、郡正信。遺骸はその配下の者だと言う。
雑兵が口を布巾で覆いながらカラスが遺骸を突きに寄らないように棒を振り回していた。
「高槻城に籠城する和田惟政殿の子の惟長殿をおびき寄せようとしているみたいだけどうまく行っていないみたいだね。痛みがひどいから何とかして欲しいねぇ」
お菊たちに追いついたマリアが言った。
「比叡山の戦の後の再編も出来ていないだろうに織田軍が早くもこちらに向かってるとか」
「近江志村砦で門徒衆を撫で斬りした佐久間隊と比叡山焼き討ちの主力の明智隊がこちらに向かってるらしい。ちょっと面倒な事になりそうだ」
阿形と吽形も心配そうにマリアと話をしていた。
「比叡山でそんな事があったなんて知りませんでしたよ」
「俺の不覚だよ」
弥生は心眼と歩きながらお菊が比叡山で明智の雑兵を斬った件で話をしていた。
「明智殿の気まぐれと偶然がなければあなたとお菊は極楽浄土に行ってましたね」
弥生が珍しく心眼に毒を吐いたが。
「俺は逝ってもお菊は逝かないだろうよ」
「随分とお菊を買ってますね」
ただ弥生はお菊の運動反射神経の良さは認めても腕力が足りず正直いくら相手が雑兵で女を襲うのに夢中で気付かなかったとは言えお菊が10人も斬り捨てたなど信じ難かったが。
「まぁお菊はとんでもない何かを持っている。俺はそれが何か分からないが坂本に居た法力持ちの橘花やいろはに会った事が無いのにお菊はそれを感じておかしくなっていた」
「私もその力は良く分からないですが。その法力とか言うのは何なんです?妖力ですか?橘花やいろは何者なんですか?」
弥生が分からない事だらけで不満そうに言うと
「法力は何度も言うように俺も分からん。橘花といろはは坂本の延暦寺の兵で強力な法力持ちだ。お菊が言うには力を放って死んだそうだ」
心眼は普段通り無表情に返した。
「よく分からないですが?それでは解決になりませんよ」
弥生は心眼の言ってる意味がやはり分からず不満そうに言ったが。
「分からない物は分からない。君が直にお菊に聞いた方が良いだろ?」
「もう。分かりました。あと、あなたが明智殿とお知り合いだったなんて驚きましたよ。だったら明智殿は最初からあなたとお菊は助ける気だったかもしれませんね」
「俺を捕らえてどうするんだ?」
「信長公の前に突き出して説法をさせるとかどうかしら?」
「悪い冗談だろ」
心眼が相変わらず毒気のある弥生の言い方に不愉快そうに返したが。
「お菊はその法力とやらがあるから戦えるのかしら?だったら明智殿はあの子を手に入れようするのでは?」
「明智殿は多分そう思ってる。でもお菊は明智殿を嫌ってる」
「そうなのね。一度明智殿とは法力の件でお話したいわね」
「君はお菊と似てるところがあるからな。まぁ君も彼は好みじゃないだろうよ。会わない方が良いだろうよ」
心眼が真面目に言うと弥生は吹き出しそうになったのを抑えたが。
高槻城は東側を三好三人衆と篠原長房、西側を荒木村重、北を石山本願寺、南を松永久秀と三好義継に完全に包囲されていた。
お菊たちだが石山本願寺の陣に布陣する予定だったがお菊とおいちが下間頼総とろくと揉めたので篠原長房配下のみずなと新兵衛に頼んで長房の陣に布陣させてもらったのである。
その日だが長房だが本願寺の陣に行って今後の作戦を何か話し合っていたがしばらくして憮然としながら自分の陣に戻ったのである。
しばらく時間が経ってからして
「どうしたの?何かあったの?」
お菊たちが阿波衆になったみずなと新兵衛に聞くと
「長房様、激おこだよ。勝手に許可なく高槻城下を焼いて撫で斬りしたって」
「岩成(友通)殿(三好三人衆)と下間(頼総)様、荒木(村重)殿、松永(久秀)殿、三好義継殿と口論になったって。長房様と阿波衆が高槻城の開城交渉してたのを台無しにしたって。松永殿、義継殿、三好長免殿と長虎殿親子(三好三人衆)、荒木殿、本願寺の代理で心眼殿と弥生さんが長房様に詫びて収まったようだけど。下間様とろく殿、岩成殿は最後まで言い訳を言ってたとか」
みずなと新兵衛が小声で返すと
「あいつら(頼総とろく)偉そうに軍規を守れって言いながら自分らが一番守ってないやんけ!」
おいちが膨れたが。
「なんかそんな足並みが悪いとこの戦、先行き心配やな」
お凛も呆れ気味に言った。
長房だが高槻城を落とすための新たな策で高槻城の堀に流れ込む淀川の水を堰き止め堀を干上がらせる工事を急いで行ったのである。
そんな折だが松永久秀と三好義継だが一時的に高槻城の包囲軍から外れ淀川を挟んだ対岸の交野城に移動して行った。交野城は久秀の配下の安見氏が城主だったが久秀が三好三人衆に戻った後も安見氏は久秀に従わず幕府側に付いたのである。そのため安見氏の当主の安見右近は1571年5月に久秀が謀殺したが今度は右近の弟が反発し再度久秀に抵抗したのである。久秀と義継だが慌てて交野城の安見氏の討伐に向かったのである。
久秀と義継が交野城に向かったのと入れ替わるように信長だが近江から佐久間信盛を送り込んできたのである。織田側は比叡山延暦寺の焼き討ちでかなり兵を失ったとの噂もあったがそれでも信盛は1万以上を動員し長房と頼総を驚かせたのである。
ただ佐久間信盛は戦うつもりはないのか軍はすぐには軍を動かさず交渉で直ちに高槻城の包囲を解き和田惟政らの首を返すように求めたのである。
長房だが交渉に応じるか決めかねていたがまずは引き続き高槻城の堀を干上がらせ信盛への返事もせずに時間を稼ぐ事にしたのである。
数日後、松永久秀配下の本多正信と言う者が不休の工事でようやく高槻城の堀への水の流れを堰き止めたのである。4日もすると高槻城の堀の水位がみるみる下がり始め堀の底が見え始めたのである。
ただ佐久間信盛だが焦らず高槻城の東側の安満宮の古墳の周辺に兵を展開したまま和睦の使者を頻繁に長房に送るだけで動かなかったのである。長房も戦力が足りないと判断しこの戦いだが長期戦の様子を見せだしたのである。




