出る杭は打たれる 14-1 挿絵あり
1571年の9月暮れ、伊賀衆の百地正永、正西親子、舞の支援を受けて心眼とお菊は石山本願寺に無事に帰ったのである。
伊賀衆が本願寺に心眼とお菊が無事に戻ると事前に連絡を入れてくれたのでみんな出迎えてくれたのである。
「生きて帰れた!」
お菊は石山本願寺に到着するや思わず笑ってしまった。
「お帰りなさい!本当に無事で何よりだったわ」
弥生もお菊を抱きしめたのである。
「待ってたで!おお!ちゃんと足で立ってる!」
「お化けちゃうわ!本物や!」
おいちとお凛も嬉しそうにお菊に抱き付いたのである。
「当たり前でしょ!」
お菊も2人に抱き付いた。
「とりあえず無事に帰れて良かった。口喧嘩の相手がいないと俺も退屈だからな」
「こっちの言い分(セリフ」!」
お菊も膨れながら小次郎に返したが笑ってしまった。
「でも信長公ってどうかしてるわ。ほんまに延暦寺を焼いてん千人も撫で斬りするなんて」
「近江の門徒衆の砦も襲って何百人も撫で斬りしたんて信じられんわ。神罰とか知らんのかいな?びびるわ」
おいちとお凛が真剣に言ったのである。
「そうね。普通の武将とは感覚が違うわ。だから私たちにも容赦しないでしょうね」
弥生も冷静に続いたのである。
「まずはここに無事に戻れただけでも御の字だよ。阿弥陀如来様に御礼を言いなさい」
顕如の若手の重臣の下間頼龍も迎えに来てれたのである。
「心眼殿。後で色々聞かせてもらうよ。今回は君らしくなかったようだがね。お菊。勝手に本願寺を抜け出したのは大問題だが顕如様の計らいで今回は見逃すがね。でも次は無いよ。今後は勝手な振る舞いは慎みたまえ」
下間頼総も続いたのである。
お菊は少し膨れたが事実だったし弥生が心配そうな顔をしたので
「申し訳ございません。顕如様のご配慮ありがとうございます」
と答えておいたのである。
「六角(義賢)殿は行方知れず。杉浦(玄任)殿も帰って来てないのか」
心眼が心配そうに言うと
「六角殿は多分、近江衆の恨みを買ってしまったので甲賀の郷に潜んでるんでしょう」
「(顕如の指示通り動かなかった)杉浦殿も本願寺に帰ってもお叱り受けるだけでしょ?六角殿に地獄の底まで付き合うしかないんですよ」
百地正永、正西親子が呆れ気味に言った。
「そ!でもあの2人はタダでは転ばないですよ!」
舞も軽く返したのである。
「ところでお菊。帰って来て早々で申し訳ないけどすぐに出陣してもらうわ」
弥生が言うと
「出陣?どこに?」
お菊は信長が延暦寺を焼いたばかりで坂本の復興や近江の統治の件があるのでしばらく戦など無いと思ったが
「信長公はウチらを泥棒猫めってご立腹やて」
「三好三人衆は約束を守らん下衆やて」
「?」
お菊は元々政治には疎かったのもあるがおいちとお凛の言葉の意味がすぐには分からず後で説明を受けたのである。
1570年9月に始まった三好三人衆と足利義昭を立てる織田信長ら幕府軍との戦い、野田福島の戦いは幕府軍優勢であった。が、石山本願寺の突然の参戦、近江で朝倉義景、浅井長政、比叡山延暦寺までが反信長で挙兵した事により本国の美濃尾張に戻れなくなることや京を奪われる事を防ぐため義昭と信長は近江に戻って義景、長政、延暦寺と対峙したのである。
12月まで3か月近く両陣営は対峙したが義景、長政も冬の雪で母国の越前一乗谷と近江小谷城に戻れなくなるのを恐れて幕府と朝廷の仲介で双方和睦撤収したのである(志賀の陣)。
しかし三好三人衆は信長が摂津を去ると和睦を無視して反撃に転じたのである。三好三人衆と歩調を合わせる篠原長房も阿波(徳島)から上陸すると幕府側の拠点を次々と屈服させたのである。
信長側だった松永久秀と三好義継もこの流れに乗り三好三人衆に付いたのである。
久秀は義昭とは元来色々あり不仲であったが義昭が久秀の本国の大和(奈良)で敵対していた筒井順慶を引き立てたので義昭の元を去ったのである。今回、再度義昭の家臣になった久秀であるがただ信長には逆らわない絶妙な対応もしたのである。
三好義継は三好長慶の養子になり三好家の宗主になるはずであった。ただ若い義継は自分で何も決められず長慶亡き後も三好三人衆の傀儡となっていた。それが不満で久秀と三好三人衆から離れたのである。本来の宗主の義継が久秀と組んで義昭、信長の幕府側に居る間は三好三人衆は新たな宗主として細川昭元を擁立したのである。
細川昭元は三好長慶の主君、細川晴元の子である。長慶が敵対した晴元を幽閉後も昭元は主君の子として形だけだが長慶の元に置かれていたのである。そして長慶が亡くなった後も特に何の役目も無く三好方に置かれていた。本来の三好家の宗主の義継が三好三人衆と敵対すると新しい宗主として祀り上げられたが本来の宗主の義継が戻るとまたも意味も無く留め置かれたのである。
昭元だがそのような状況に不満があったのか三好三人衆と幕府が和睦すると三好三人衆に相談せず勝手に義昭、幕府側の家臣となったのである。しかも三好三人衆が再度幕府と敵対しても昭元は三好三人衆に付かず幕府、義昭に付いたのである。
昭元の居城は摂津中島城である。淀川を挟んで石山本願寺の対岸の目と鼻の先である。そのため石山本願寺や三好三人衆にとっては目の前に突然幕府側の城が現れた事になったのである。摂津中島城は小さいも南は淀川、北は神崎川、東西も堀に囲まれ落とすのも面倒な城であった。野田福島の戦いの時に義昭の本陣とする計画があり鉄砲対策で分厚い土壁や鉄扉で覆われていた。
和睦を三好三人衆が自分たちから破って幕府側と戦いを再度始めた手前や三好三人衆が昭元を一時的にであれ宗主とした人物である以上、手が出せなかったのである。
そのため三好三人衆の依頼を受けて顕如の重臣の下間頼龍や頼純らが説得交渉で対応しようとしたのであるがそれでも昭元は従わなかったのである。
篠原長房と三好三人衆だが配下になった荒木村重と中川清秀らが幕府方の和田惟政を討って(白井河原の戦い)高槻城に落ち延びて籠城する和田惟政の後継者の惟長を討つ事にしていた。
高槻城が落ちれば摂津は三好三人衆の支配下になるはずであった。
しかしその計画を頓挫させたがまさかの細川昭元であった。この昭元の予想外の行動は河内でもこの後、騒ぎを起こすことになるが。
結局、篠原長房と三好三人衆だが細川昭元は戦力が少なく討って出てくる事もなかろうと判断し少数の監視部隊だけ残して高槻城攻略に注力する事にしたのである。
篠原長房と三好三人衆の要望を受けて石山本願寺も援軍を派遣する事にしたのである。昭元対策に冬、お静、清兵衛、千代目、一郎が摂津中島城を見張ったのである。
こうして本願寺の主力も篠原長房、三好三人衆と高槻城攻略に向かうはずだったが再度何かが起きたようで三好三人衆だけ先行で進軍し篠原長房、本願寺の出陣は見合され本願寺で待機となったのである。
石山本願寺の部隊の大将は下間頼総。六地蔵は心眼、阿形、吽形、清澄、悠然、小次郎の全員。六花仙も冬以外の弥生、ろく、おふう、お菊、マリア。候補生も阿波衆のみずなと新兵衛も長房の部隊に配置され、他の面子もこずえ、平助、たま、庄助、まえこ、弥吉、ひなた、松丸とほぼ全員集合であった。お凛もおいち、お菊と雑賀衆に編入されていた。
「今回は本願寺も随分と気合が入ってるね」
「摂津から幕府や織田の勢力を一掃する機会やからね。今回は織田の戦力がいないから三好三人衆が押してるしね」
おいちがお菊に返した。
今回確かに織田の主力が近江の延暦寺攻めに展開していたので高槻城の戦いは楽であったがお菊だが口にしなかったが信長だが延暦寺を焼いてしまった以上、三好三人衆、本願寺にも遠慮なく本気で攻めて来るのではとも思っていたが。
「あんたが比叡山(延暦寺)に居た頃だけど摂津高槻城の幕府側の和田惟政殿が三好三人衆と組む荒木村重とか言う摂津池田城の男に討たれて戦死したんよ」
「荒木って誰か知らないけど和睦を破って和田殿を討ったらそりゃ信長公も義昭公も怒るよね」
「そ!比叡山が片付いて朝倉浅井も動かなったので信長公だけどまたこちらに来るみたいやで。今回はそれを防ぎつつ高槻城を落とすって」
「大丈夫なの?あ、明智殿もまた来るのかな?嫌だな」
「こっちは3万以上おるで!織田は多分比叡山が終わったばかりで再編成中で5千も出せないだろうって長房様は言ってたで。ところで明智殿って一度見てみたいわ!あんたをそんなに手こずらせるって!いひひ!」
「そんな甘い事言ってたら本当に大怪我するよ?もう」
軽いおいちにお菊は膨れたが
「おお怖っ。でも高槻城はろくに戦力残ってないから速攻で落とせる思うで」
おいちは相変わらず軽かったのである。
おいちだが事前に戦力では篠原長房、三好三人衆が圧倒的有利と聞いており事実、信長だが延暦寺攻めが終わったばかりで余裕がなくこの戦は高槻城を落としてすぐに終わると思っていたからである。
高槻城攻略の先鋒は荒木村重とその配下の中川重政。そして松永久秀、三好義継。三好三人衆だが三好長免、息子の長虎(前年に亡くなった三好宗渭の代理)、岩成友通ら3人も先行し高槻城の周囲に展開していると言う。
荒木村重だが摂津池田氏の家臣だったが謀略を使い主君である池田氏を追い落とし池田城を手に入れていた。長房や三好三人衆も村重の手腕を評価し支援したのである。
村重だが池田城だけでは物足りず次の欲する目標を高槻城としていた。村重だが家臣の中川重政と共に茨木城を落とし和田惟政を戦死させその子の惟長が家臣の高山友照らと籠城する高槻城を包囲して攻め落とそうとしていたのである。
村重だが実は長房や三好三人衆の三好政権の維持の名分と言う政治面では共通点は無く己の 益 と 欲 のために動いていたのであるが。
間もなく紀伊からおいちの叔父の鈴木義兼率いる雑賀衆の部隊とも合流したのである。
「ええっ?」
しかしおいちだが鈴木義兼と話をしている最中に変な声を出していた。
「どうしたの?」
お菊が聞くと紀伊の守護で雑賀衆の主君に当たるが河内高屋城の足利義昭、織田信長派の畠山高政と秋高兄弟は義昭、信長に呼応して籠城を始めたと言う。
畠山兄弟と仲違いした畠山兄弟の重臣で守護代の遊佐氏が対応していたが義昭の直属の細川藤孝、三淵藤英兄弟ら幕府奉公衆と信長の援軍が京から河内に畠山兄弟の高屋城の支援に向かっていると言う。
これは長房、三好三人衆、本願寺にとって予想外で戦力に乏しい畠山兄弟は降伏すると思っていたのである。配下筋に当たる雑賀衆も鈴木重秀らが降伏すように話を進めていた。畠山兄弟だが細川昭元が籠城していると聞いて態度を改めたのである。
「なんや。父上(鈴木重秀)が来なくなったんかいな。父上がおったらウチらのんびりできたのになぁ」
おいちがぼやいた。
鈴木重秀だが引き続き畠山兄弟との交渉に当たりつつ戦になった場合に備え兵を展開し、長房も仕方なく配下の三好康長を急遽、遊佐氏の支援に向かわせ本願寺からもおふう、清澄、悠然、こずえ、平助、まえこ、弥吉を転換し向かわせる事になったのである。
ただお菊はふと思ったのである。
「ねえ、これっておかしくない?先月まで信長公と幕府とも和睦して近江では信長公と戦うなって言ってたのに何で急に幕府と信長公と戦してるの?」
「確かにおかしい。だから本願寺も(篠原長房と三好三人衆と合わせて)信長公と幕府とは手打ちやないかな?」
おいちは軽く返し
「信長公が比叡山を焼いたから長房殿、三好三人衆、本願寺の偉い人は朝廷がこっちの味方になるとか思ってるんかもな」
お凛も小声で返した。
延暦寺の責任者は正親町天皇の弟、覚恕であった。今回は焼き討ちに巻き込まれず脱出して難を逃れていた。朝廷が匿っていると噂されていた。
「顕如様は帝(正親町天皇)が即位される時にかなり寄付もされてますしね」
鈴木義兼も続いた。
「でも将軍様(義昭)は信長公と組んでるじゃん。朝廷は将軍様を認めてるんでしょ?」
お菊が言うと
「朝廷も将軍様も信長公を嫌ってるとか噂があるで」
おいちも小声で言った。
「だからこちらの味方になるとは思えないけど。だってみんな信長公が怖いんでしょ?信長公の支援が無いと何も出来ないし」
お菊が返すと
「お!お菊、良く勉強してやん!そこを長房様や三好三人衆、顕如様や本願寺の偉い人は何とかしよと企んでるんやで」
おいちは軽く言ったが
「でもさ、それに巻き込まれて死んじゃう人だっているのにさ」
お菊が返すと
「そやね。その通りやね。悲しいけどそれが現実かいな。末法の世やね」
おいちが悲しそうに言うとお菊はそれ以上言わなかったのである。
その日の夕方、翌日だが篠原長房と本願寺の軍は高槻城に進軍すると命が出たのである。




