大人になるってさ 10-3
こうしてお菊は小次郎と暮らすようになったが2人とも意外と生活の歩調が合わなかったのである。小次郎は先に六地蔵に内定したが阿形や吽形の手伝いなどで道場にもあまり来なくなり阿形や吽形の坊に居る事が多くなったのである。
お菊の六花仙の内示も遅れていた。堺や会合衆への配慮で実はお凛を名目上の六花仙にしてお菊とおいちがその下に入る予定だったが石山本願寺の部隊で大規模な編成替えが行われることになりこの件も流れたのである。
お菊と小次郎だが同じ屋根の下に暮らしても別々に行動していたのである。
桜の季節が足早に去ってしばらく、修行の休憩時間にお菊は本堂の軒先で色々あり過ぎたのもあってぼんやりしていた。
「お菊!大人の気分はどや?」
「むかっ!」
「なんか六地蔵になった小次郎忙しいみたいやね。小次郎の顔を忘れておらんよね?」
「忘れてない!」
おいちの冗談にお菊は口を尖らせたが
「なんか小次郎が忙しいのは訳ありみたいやで!信長公がどこに送るんか分らんけど大軍を動かしてるって!」
「!」
お菊は緊張したのである。
「雑賀衆にも動員が掛かるって!お菊と戦場に行けるわ!」
「あんたね。戦場って地獄なんだよ?あんただって分かってるでしょ?」
お菊が呆れたが
「そうでも考えないと怖くて圧し潰されてまうからね!」
おいちも空元気で言った。
「おいち。そうか。あんたも怖いんだ。ところでお凛の件だけどさ」
「お凛だけど六花仙を辞退したんや」
「なんで?堺衆や会合衆が望んでたじゃん?」
「怖いし無理やって。素直な奴やねん」
「そりゃそうだよ。いくら人手が足りないからって女子にまで鉄砲や薙刀を持って戦えなんてどうかしてるよ」
お菊が正直に言うとおいちも苦笑いした。
「あんたの言う通りやね。この世はどうかしてるわ。世も末やね」
おいちはそう言うと
「で、今度正式にお偉いさんから話が来るけどあんたがお凛の代わりに六花仙になるって」
「聞いてるよ」
「あれ?嬉しくなさそうやね?」
「全然」
お菊は正直に言った。
「最前線に行くんだよ?人様を殺めるんだよ。自分だって死ぬかもしれないんだよ?」
「そやな」
おいちも静かに返した。
「小次郎とも話したけどさ つがい になっても死んだら意味ないじゃん。もしさ、子でも出来てもあたしたちに何かあったら残されたその子が可哀そうだよ。あんまりだよ。あたし、弥生さんのお子さん見ちゃった。弥生さん、お子さんが居るのになんで戦えるんだろう?自分に何かあったらどうするんだろう?」
「あんた弥生さんのお子さん見たんかいな」
お菊は頷いた。
「ウチもなんで弥生さんが戦うのかは分からんし聞けない。聞いたらアカンと思うし」
おいちは無表情に言った。お菊とおいちは少し黙っていた。
しばらくして
「あんたはなんで戦うのさ?」
「あんたこそなんで戦うんや?」
逆にお菊はおいちに聞き返されたのである。
お菊は少し黙った後、
「あたしはあたしの町を撫で斬りした義姉や僧正様を殺した松永久秀公と明智殿が憎い。だから戦っている。でも」
「でも?」
「久秀公と明智殿も織田信長公の命で仕方なくやっただけってさ。だからあの2人を倒しても何にもならない。じゃあ信長公を倒すっても信長公なんて誰かも知らないし。なんで本願寺が突然信長公と手切れになったのかも分からないし」
お菊が言うと
「偉い人の心変わりなんて下っ端は分からんてね」
おいちの言い草を聞いて婆やも同じ事を言ってたなとお菊は思いだしたのであるが。
「久秀公の件、聞いたか?」
お菊は頷いた。松永久秀だが信長から離反して篠原長房、三好三人衆、石山本願寺と再度組む事が決まったのである。
仇のはずの久秀は味方になってしまったのである。
「だから本当を言うと自分の戦う意義が揺らいでるんだ」
お菊は暗い顔で言った。
「お菊、ウチはこう見えても雑賀衆の姫や。色々情報が入ってるねん。あんたは六花仙の第5席次になるねん。でもあんたはまだ新入りだから配下衆は付けられないんや。その代わりウチの雑賀衆の部隊と一緒に行動して欲しいねん。お凛の堺衆もウチの部隊に入るんや。3人でこの世の地獄巡りを楽しまん?」
おいちが珍しく悲しげ気な顔の作り笑顔で言った。
お菊はぽかんとしたがしばらくして吹き出してしまったのである。
「どうしたん?」
おいちが今度は驚いたが
「あんた、この世の地獄巡りって良い表現だね!」
お菊はそこに笑ってしまったのである。
「良いよ。3人で地獄巡りしよ」
お菊は即答すると
「よっしゃ!楽しもうや!」
おいちも笑ったのである。
「凛凛やけど20名ほど堺衆を集めたら合流するって。雑賀衆は雑賀の港で待機中や。それまでウチらも大阪でゆっくりしてよ」
おいちは普段のように軽く返したのである。
「ところであんたは何で戦うのさ?」
お菊はおいちに聞いた。
「雑賀の郷は門徒衆が多いねん。あと、雑賀の郷は本願寺と似てるねん。惣 と言ってウチらが統治してるねん。誰にも邪魔されたく無いねん。だから戦うねん」
「惣?自分たちの自治?へええ」
お菊は変な声を出してしまった。おいち、いや、雑賀衆の事だが実はお菊は知らない事ばかりであった。自分たちの自治のために戦っていたなど驚きであった。
雑賀衆だが本当の守護は畠山氏だが戦国乱世で力を失墜した畠山氏は自分たちの領国の紀伊に入れないほど力を失い落ちぶれたのである。
雑賀の郷は雑賀荘、十ケ郷、中郷、南郷、宮郷と言う5つの地域の地侍、農民、商人らが共同で運営されていた。おいちの父の鈴木重秀が代表として君臨したのである。
「お互いもう大人やから政治も学んだ方が良いってこういう事やね」
おいちが言うとお菊は素直に頷いたのである。
その時だがみずなが慌ててお菊とおいちの前を通り過ぎたのである。
「みずな!どうしたの?」
お菊が声を掛けると
「新兵衛が帰った来た!迎えに行くの!」
みずなが嬉しそうに言ったのである。
「そうか!良かったね!」
「久秀公だがやはり曲者やな」
「ほんとに信長公を欺くためだったんだね」
「まぁ信長公怒ってるかな?」
「信長公の軍って今回どこに向かうの?」
「近江の門徒宗と六角(義賢)殿と延暦寺やって。久秀殿は後回しかな?」
「また六角殿か。人騒がせな人だね。良い歳の大人なのにさ」
お菊は呆れ気味に言った。お菊のきつい言い方においちは苦笑いしたが。
「新兵衛を迎えに行くかいな?」
「そうだね」
お菊とおいちはみずなを追ったのである。
石山本願寺の外れの門にみんな集まっていた。
心眼、弥生が既に来ており吽形、阿形に交じって小次郎も居た。
「忙しそうじゃん」
小次郎にお菊は声を掛けると
「忙しいさ!でも新兵衛が無事に帰って来て良かったぜ!」
小次郎も軽く返した。
「戦の準備?」
「そうだな。織田が動きだしたから」
小次郎が厳しい顔で言った。
「いよいよなんだ」
お菊も覚悟を決めたように言った。
遠くに騎馬の一団が見えると
「お~い!」
と声がして一騎だけ先駆けしてこちらに向かって来たのである。
「あ!」
みずなも声を上げた。
新兵衛の乗った騎馬だが間もなく到着すると新兵衛は騎馬を跳び降りてみずなと抱き合って喜び合ったのである。
「よかったわ!」
「ほんまや!」
弥生とおいちも安堵していた。
「みずなと新兵衛ってあたしたちより大人だったね!」
お菊が小次郎に自虐的に言うと
「そうだな。ちょっと今回は俺らは完全に負けかな?」
小次郎も自虐的に返すとお菊と小次郎は互いに苦笑いしてしまったのである。




