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人はいさ 心を知らず 30-4

 お菊だが虎伏山砦が織田の浜手隊の奇襲で落とされたとの知らせを受けて衝撃を受けて出陣の支度を勝手に始めた。

「お菊!勝手な行動は許さないよ!落ち着くんだよ!」

 マリアが慌ててお菊を止め

「お菊さん!落ち着けって!まだ何も分からない!」

「偽の情報の可能性もあります!まずは事実を調べないと!」

 金閣銀閣も続いた。

「今、虎伏山砦に物見を向かわせた!織田に顔が効く関も(雑賀の郷に陣取る)織田の陣に兵糧を横流しする素振りをして送り込みます。それからですな!」

 鈴木義兼も続くとお菊はようやく落ち着いたのである。

 しかし重い口調で

「でももし、事実だったら?」

 と聞くと

「まずは姫たちがどうなっているかの確認。そして要求が来たら冷静に対処します」

 義兼が言うと

「見捨てたりしないですよね?」

 お菊が小声で聞くと

「断じてない!絶対に姫を助け出す!」

 義兼は笑顔で即答したのである。

「分かりました」

 お菊はようやく冷静になったのである。


「ちはや。お菊殿には少し休んで頂きなさい」

 矢宮神社の神主が言うとちはやは憔悴したお菊を連れて弥勒山寺砦の本堂に入ったのである。


「マリア殿、お凛殿、ちょっと相談が」

 義兼に頼まれてマリア、お凛は義兼と鈴木重秀や土橋守重ら雑賀衆の首脳が居る弥勒山寺砦の屋敷に向かったのである。


 お菊だが本堂で憔悴していた。

「阿弥陀如来様にお祈りをしましょうよ」

 ちはやに言われ気付いたがお菊だがこの本堂には暗かったのもあるが阿弥陀如来像が置かれているのにも気付かなかった。

「ここは元々お寺だったんですよ。本堂もだからそのままあるんですよ」

 ちはやが言うと

「おいちの無事をお祈りしよう」

 お菊もそう言うと阿弥陀如来像に祈ったのである。

「方針が決まるまで待ちましょう。姫様は絶対に大丈夫ですよ!」

 ちはやが軽く言うと

「でも、一番真っ先に何されるか分からないし」

「浜手隊の明智様は頭が切れる方ですので姫様の雑賀での立ち位置は熟知してます!絶対大丈夫!」

「確かに。明智殿ならそう簡単に手出しはしないと思うけど。でも何かしてくるに違いないだろうけど」

 前向きなちはやにお菊も冷静になるよう努めたのである。


 その日の昼過ぎには弥勒山寺砦に情報が入り出した。

 お凛、マリアは重秀や義兼、土橋守重らと情報を冷静に聞いていた。

 虎伏山砦は落ちたが中津城はまだ落ちていない。織田の陣に商人の振りをして兵糧を流しに潜入した関によると松永久秀の部隊が虎伏山砦を急襲し雑賀の姫と要職の老人を生け捕りにする大手柄を上げたと言う。

「おいちと岡様がご無事で何より!」

 お凛はわざと軽く言ったが

「でもおそらくこちらに降伏するよう迫って来るだろう」

 重秀は重い口調で言ったが

「やむをえまい。これは(虎伏山砦の守備担当の)鈴木家の失態。でも姪(おいち)や家老(岡吉正)を責めるつもりも無い。相手(織田信長)が悪すぎた」

 土橋守重も続いた。重秀は一瞬不満そうな顔をしたが。

「まずは向こうからの要望を冷静に聞くしかないですな」

 義兼も同意した。

「むう。しかし以前も言ったが息子(重朝)は出せない。何とかならんか」

 重秀は嫌な予感がしたのか渋っていたが。

「でもこちらに 選ぶ権利 は無いだろうがね」

 マリアが言うとみんな黙ったが。


 間もなく、弥勒山寺砦に虎伏山砦を奪った松永久秀の配下の武将の森好久が織田の要望の書かれた書状を持ってやって来たのである。

 雑賀衆の首脳の重秀、義兼、守重が森に対応した。書状には織田からの5カ条の要望が簡潔に書かれていた。

「ふむ。おいちと岡を生け捕りにしたか」

 書状を一通り読むと重秀は重い口調で言うと

「生きている証しは?」

 義兼が森に聞くと

「書状の通り。こちらは米が足りない。米をこちらに持って来るついでにそちらの物見が姫たちを見に来てくれ」

 森は不愛想に返した。

 重秀に続いて守重や義兼も書状に目を通すと少し渋い顔になったが。

「まずは兵糧の件はお応えする」

 重秀は即答した。1カ条目は織田への兵糧の差し出しだった。大軍の織田は兵糧が不足していたのである。

「次の件は中津城の兵を全員安全にここまで撤収させて頂ければ。ただ中津城の城兵を説得させないといけない。時間を欲しい」

 2カ条目は織田は中津城の明け渡しを求めていた。これも重秀は飲むつもりだが中津城で頑強に籠城する七ッ童子らを説得させる必要はあったが。

「手早く丸め込んでな。姫様のうるさい配下衆(七ッ童子)がいるんだろ?姫様を助けたかったらさっさと明け渡すだけだろ?こっそり兵糧や弾薬の搬入とか変な真似は許さんぞ」

 森は厳しい口調で続き重秀は黙って頷いたが。

「まぁそうは言っても3つ目の 街道を保証 してくれれば中津城は落ちたも同然だがな」 

 森は軽い口調で言った。3カ条目は虎伏山砦と雑賀の郷の織田の陣とさらには雑賀川を渡り織田側の太田城への 道 へ攻撃しないよう書かれていた。この線を確保されると中津城への物資の搬入は紀ノ川からのみになり中津城には不利だった。さらに太田城、織田の山手隊と浜手隊に連携される雑賀衆にとっては危機的な状況を意味した。

 そして4カ条目も

「これは厳しい」

 重秀は重い口調で言った。

「厳しいも何も 降伏する って言ってくれればそれで終わりなんだよ。姫様の件を忘れてもらっては困るんでね」

 森だが再度高圧的に言うと重秀は黙ったが。

 4カ条目には人質として重秀の息子の重朝をおいちに代わり差し出すように書いてあった。重い空気が流れた後に最後の5カ条目を重秀が答えようとした矢先

「まぁ良い。今日の返答でまずは日向守様(明智光秀)、殿(松永久秀)に持ち帰る。明日までに5カ条目を含めて熟考してくれ。明日もまた来る。俺は日向守様や殿や上様(織田信長)に良い返事をあんたらが出してくれるまでしつこく詰めるからな」

 森はそう言うとさっさと虎伏山砦に戻って行った。

 5カ条目には無条件で降伏するよう書かれていた。


 森が去ると重秀、義兼、守重はふぅと溜息をついたが。


 その日の昼過ぎだが的場が早速、兵糧を虎伏山砦に搬入しおいちと岡の無事を確認し弥勒山寺砦に戻った。


「お菊!良い知らせや!おいちも岡(吉正)様も無事やって」

 お凛だが本堂に居たお菊に報告した。

「よかった!でもこれからどうするのさ?」

「重秀様たちが一生懸命考えてるわ」

 お凛は返したが

「おいちたちが人質に取られたら何も出来ないじゃん」

 お菊が言うと

「結論から言えばそうやな」

 お凛も淡々と返したが。

「それでも少しでも良い条件を敵さんから引き出すのが交渉やで。惣を何とか残すとか新しいお代官様に税を軽くしてくれとお願いするとかな」

 お凛は返すと

「なんか上手く行きそうもないね。心配だな」

 お菊は不安そうに返したが。


「中津城はどうなるのですか?」

 ちはやがお凛に聞くと

「紀ノ川からこっそりと兵糧や弾薬をおふうさんが船で入れてくれてるわ。ちょっと織田にバレて揉めてるみたいやけど」

 お凛が小声で返した。おふうだが夜明け前に兵糧と鉄砲の弾や硝薬の不足に苦しむ中津城に雑賀の港から船で物資を密かに無事に運び入れたのである。この補充で最前線で奮闘していた中津城は何とか一段落したのである。ただ織田にこれが見つかって騒ぎになってはいたが。

「まぁ、まだ解決に時間はかかるわ。お菊も塞ぎ込まずに舞みたいに訓練で汗を流して一瞬忘れるもありかいな?」

 お凛がお菊を励ますよう言った。

 舞だが体がなまると弥勒山砦で腕が立ちそうな相手を見つけては組み合い等の訓練を熱心にこなしていた。

「確かに時間が掛かるね。あたしも久々に舞の相手をするかな?」

 お菊だが自分でも塞ぎ込むのは良く無いと思い、舞との組み合いに出て行ったのである。


 ただ雑賀衆の鈴木重秀と織田の使者の森好久との交渉はその後もまとまらず時間が過ぎて行くだけだった。森だが口は悪いが久秀の信頼の厚い男だけあり交渉は粘り強く続けていた。

 そうこうしているうちに5日ほど経過していた。


 お菊は黙々と舞や弥勒山砦の若衆と組み合いの訓練を淡々と行い雑賀衆と織田の話合いが無事にまとまる朗報だけを待って居た。

 組み合い休憩の合間に茶室の近くを通った時に関と的場が縁側で茶を飲みながら話しているのをお菊は聞いてしまったのである。

「えらい事になったな」

「まったくだ。明智殿が姫様を和泉の信長公の元に連れて行くらしい」

「殿(重秀)は大慌てらしいが。もうこりゃ詰んでもうたな」

「まぁあの胡散臭い森とか言う奴のホラかもしれんが」

「いやいや。あの明智殿とか松永殿は切れ者だから雑賀にぐうも言わせないためにもう客将(人質)として信長公の元に姫を縛り付けるんだろうな」

「こりゃ殿も土橋殿も織田に頭を下げるしかないよな」

「本当にヘマして姫に何かあったら娘すら守れんかったって鈴木家の評が地に落ちて(雑賀の郷に)居れなくなるもんな」

 関と的場はお菊に盗み聞きされてるとも思わずぼやいていたが。

 

「おいちを信長公の元に明智殿が連れて行く?どうしよう」

 ただ重秀に直訴してももう手遅れで無駄そうにも感じたのである。

「あたしはあの人(明智光秀)とは因果な腐れ縁さ。捨て身で行くしかないさ!」

 お菊は決断したのである。



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