人はいさ 心を知らず 30-3
お菊だが明智光秀と梓の様子を遠巻きに見ていた。2人は時々何か話していたが当然お菊には聞こえなかったが。20分程して南の方から明智軍の伝令兵が来ると光秀と梓は自陣に撤収して行った。
「なんだろう?あの2人。下がってくれた?とにかく戻ろう」
お菊は無事に矢宮神社に戻れたのである。
しかしお菊も覚悟してたが戻った早々、雷を落とされたのである。
「お菊!色々あるだろうけどさ!勝手な行動はやめておくれよ!」
マリアだがおかんむりだった。
「危なかったわ。松永隊と明智隊に鳥居のある真正面を破られて本殿前まで乱入されたけど(鈴木)重秀様の援軍が駆け付けてくれて鉄砲で追い払ってくれたんや」
お凛もふうっとため息をつきながら返した。
激戦だったようで織田の兵と雑賀衆側の兵の遺骸がいくつも横たわっておりみんな暗い顔で後片付けをしていた。
「ごめんなさい」
お菊だが素直に謝ったのである。
境内の端でちはやが震えていた。お菊も予想は付いたが
「ちはや?大丈夫?ケガは無い?」
お菊が軽く言うと
「人を何人も射倒しちゃった。ううう」
ちはやが涙声で返すと
「あたしはあなたが生き残ってくれた事を八咫烏様に感謝するわ」
お菊が笑顔で返すと
「そうだけど。そうだけど。人を殺めちゃった」
ちはやはまだ悔いていた。
しばらくして
「お菊殿!勝手に陣を離れられては困る!あなたを当てにしてるのに!」
鈴木重秀が不満そうに関と的場、神主を連れてやって来た。
「ごめんなさい」
お菊は重秀にも再度詫びた。
そして
「おいち、疲れ切ってましたよ」
重秀においちの様子を伝えたのである。
「それは仕方ない。覚悟の上で」
重秀は不愛想に返したが。
「雑賀の衆同士で撃ち合うなんて。堪えられないって泣いてましたよ」
お菊が言うと
「……!雑賀の衆は己の運命は己で決める!惣は自由。自由の裏返しは自分の運命は自分で決めろですな……!」
重秀は重い口調で言うと
「分かりました。おいちはそれが不満のようでしたが」
とだけお菊は返したが。重秀はそれを聞くと複雑な顔をしたが。
「どうしてまた急においちに会おうとしたんや?」
お凛が重秀に気遣って話を切り替えつつ聞くと
「おいちにここのみんなに弥勒山寺砦に撤収するよう説得してもらおうと思ってね。おいちって鈴木と土橋の血を継いだ雑賀の郷の象徴なんでしょ?」
重秀はそれを知っているのか?と言いたげな驚きの顔をし、お凛は表情を変えなかったが。
「お菊さん。前にもお話しました通りここを失えば我々の信頼は落ちる。それは防がねばなりません。姫の鈴木と土橋の血の件はそうですが別ですよ」
関が言うと
「でもここの守りは弱いです。弱すぎます。織田が本気で来たら防げません」
お菊が言うと
「そうですが雑賀の郷を失えば生活もままならないですし」
的場も言い難そうに言うと黙っていた重秀が続いた。
「お菊殿。私だってここの守りが脆弱なのは承知してる。何度か私も雑賀の衆に説得を試みたがダメだった。ただここを失えば雑賀の町を全て織田に渡す事になる。ここには鉄砲鍛冶や甲冑の工場や商人衆の大事な蔵もある。この町を絶対に失う訳にはいかない。失えばここに私たち居れないんですな」
重秀が返したが
「でも みんな 命も失ったらどうにもならないですよ?」
「だから織田を何としても防いでます。お菊殿。すまないが干渉はやめて頂きたい」
お菊と重秀は言い合いを始めたのでみんな遠巻きに見ていたが
「あたし、六花仙になる前は摂津堂島の光福寺の門前町で茶店を義姉と営んで普通に暮らしていたんです。そこに織田がやって来てあたしの門前町は織田に従ったんです。でも本願寺が織田に敵対したのであたしたちは巻き込まれた。みんな織田に撫で斬りされて極楽浄土に逝っちゃったんですよ。義姉のさちも光福寺の頑強僧正も抵抗したけど無駄でしたね」
お菊だが淡々と話し始めたのである。
ちはやや雑賀の郷の衆は驚きの顔をしていた。
「あたし、なんか良く分からないけど死にたくない一心で落ちていた薙刀で織田の兵を5人程斬り倒したんです。でも多勢に無勢で最後は鉄砲隊に囲まれて極楽浄土行きかなと思ったら敵の大将の気まぐれでなんか助かっちゃったんですよ。あたし以外はみんな極楽浄土に逝っちゃったのに。そして本願寺に助けられて祀り上げられて今ここに居るんですよ」
重秀は黙っていた。
「ここの守りは薄いから危険です。突破されて撫で斬りされたら終わり。逃げて生き残れば良い事もはありますよ。生き残ったらまた作り直せば良いじゃないですか」
重秀も雑賀の衆も反論できず黙っていたが。
「撫で斬りを生き残った奇跡の巫女に祀り上げられ六花仙になって数えきれない程、人を殺めて来たけどね。そういうのはあたしだけで充分かなって」
お菊がわざと軽く続けると
「お菊さん。そうだったのか。すごいなと思ったら裏にそんな恐ろしい事があったなんて」
ちはやが重い口調を開くと
「進むも地獄、退くも地獄だから気にしてないよ」
お菊はちはやに軽く返したが。
「お菊殿。あい分かった。明日までに方針を決める」
重秀はそう言うと関、的場、神主と本殿に戻ろうとした時
「虎伏山の姫と家老様の伝令!」
ちょうど虎伏山からおいちと岡吉正の連名書状を持った早馬が飛んで来たのである。
「お菊殿の件は全て承知。お菊殿に雑賀衆の棟梁として謝意を伝えた。おいちと家老には心配をかけたと伝えてくれ。明日に今後の件は再度連絡する」
重秀らは伝令にそう伝えると社殿に戻って行ったのである。
「さっすがお菊!今日はあんたの勝ち!」
舞が感心しながら軽く言うと
「そんな軽いんじゃないってさ。本音だよ」
お菊は軽い舞にちょっと呆れたが
「やはり撤収やろうな。確かに今日の浜手隊の攻めはいつもと全然違った。何かありそうやな。ちょっともう抑えれんわ」
お凛も光秀や配下衆の動きを読むように言った。
「明智光秀とか言うのは織田でも切れ者らしいからね。今までやさっきの攻めは 仕込み で明日、早ければ今晩にも本攻めするかもしれないね。それまでに重秀殿がここをどうするか決めてくれりゃいいけど」
マリアも警戒していた。
「土塀を修理しても埒が明かないぜ!」
「戦は押すばかりでなく引くも大事ですからね」
金閣銀閣も続いた。
「明智殿がすんなり見逃してくれると思えないし」
お菊も同意した。
その日の夕方までに極楽浄土に旅立った敵味方の片づけは終わった。
重秀だが雑賀の郷の西に陣取る織田の陣に関を遣わせて織田の戦死者の遺骸を返したのである。
矢宮神社の土塀だが弥勒山寺砦からの追加の援軍が来て修復の手伝いをしたので早く直せたのである。今回、真正面の鳥居の前の門だけ鉄板を裏に付けて強固にしていた。
作業が終わってお菊たちは束の間の休憩をしていた。
「重秀様って真面目やな。敵の仏様を返しに行かせるなんてな」
お凛が重秀の行動に感心してた。
「おいちも似てるんだよ。結構見た目に反して親子で真面目なんだよね」
お菊が言うと
「お菊!そりゃちょっと失礼だよ!」
マリアが苦笑いしていたが。
確かに重秀だが頭髪はぼさぼさで口調も雑で見た目は野生児であるが。
「まぁ、アンタとおいちが紀ノ川で水浴びしてる時、重秀様はウチを釣りに誘ってくれたからな。不愛想のようで気遣ってくれてさすがおいちの父上や」
「そうだね。おいちも意外と細やかだからね」
お菊もお凛に同意した。
「あの人たちの2段撃ちは大したもんだよ。今回は本当に助かったよ」
マリアも重秀らの鉄砲の連射で助かったと言っていた。お凛も頷いていた。
「でもやはり早めに撤収した方が良いな」
「明智殿やからな。油断ならん」
お菊にお凛、マリアらもそこは同意した。
1時間ほどして関だが織田兵の遺骸を織田に返却して矢宮神社に無事に帰って来た。しばらくしてお菊とお凛、マリアたちは重秀の居る本殿に呼ばれたのである。相談があると言う。
関によると織田兵の遺骸の返却に対して光秀の返答は感謝の言葉とその返礼に今晩と明日は喪に服し矢宮神社を攻めないと伝えて来たのである。光秀、配下の細川藤孝、筒井順慶、松永久秀らの共同の書状にその旨が書かれていた。これを信じて良いか?との相談であった。光秀と腐れ縁のお菊とお凛に重秀が問いたのである。
「お米を雑賀の郷で買っている?乱暴狼藉を厳禁している?」
「命令違反者の首を晒してる?」
お菊とお凛は関からの知らせを聞いて驚いた。
「雑賀の水軍衆、おふう殿の本願寺の水軍衆や毛利の水軍衆が沖合で展開し織田は兵糧の搬入に苦労してるようで雑賀の郷で残った商人と親しくし米を買い漁ってるらしい。残った住民にも危害を加えないよう町も破壊しないよう自軍の兵を厳しく対処しているそうです」
光秀と交渉した関が回答した。
「でも、なぜ?」
お菊が聞くと
「ここを無傷で手に入れたいそうで。だから矢宮神社を放棄して弥勒山寺砦に撤収するのは歓迎と」
関が続けると
「お菊殿、お凛殿。日向守(明智光秀)と付き合いの長いお二人はどう思う?罠か?本音か?」
重秀がお菊とお凛に聞くと
「本気かと」
「日向守がここを手に入れたいのは雑賀の郷の鉄砲や兜などの鉄の技術を欲してるんかいなと」
お菊が言うとお凛も続いた。
重秀は黙っていたが。
「和睦を再度促しているのではないですか?」
お菊が重秀に聞くと
「それが(織田の)浜手隊の動きは相変わらず緩慢ですが山手隊は相変わらず散発的に攻撃を仕掛けている。これが分からないのですな」
的場が頭をひねったが
「だから私は罠かと思ったのだが」
重秀も複雑な顔で言うとお菊もお凛も唸ってしまったが。
「指揮系統が違うんかいな?いや、まぁ、推測やけど手柄を狙って積極策の山手隊の佐久間殿と慎重策の浜手隊の明智殿の争いとかかいな?」
お凛が言うと
「織田も雑賀と同じでそんなに足並み悪いの?あ!失礼!」
お菊は口を滑らし慌てて重秀に詫びたが。
重秀だが苦笑いし数秒間、黙った後、
「ここの撤収だが今、決断した。本当に日向守がここを攻めないなら明日にでも弥勒山寺砦に移動しようと思う」
重秀が言うと
「良かった!」
お菊は率直に返したが。
「君たちを信じる。娘の友人だし。今日は休んで明日撤収しよう」
重秀だが珍しく笑顔を見せたのである。
その日の夜は本当に静かだった。
無事に次の日の朝が来ると昼過ぎまでには重秀は無事に全軍を弥勒山寺砦に後退させたのである。
「巫女が神社を離れるなんて」
ちはやは弥勒山寺砦の上から眼下に無人になった矢宮神社を見ながら悲しく言った。
「戻れるよ。明智殿はここを焼かないって言ってるし」
お菊がちはやを元気付けようと言ったが
「でもそれって明智殿がここを惣に代わって治めようとしてのでは?それは良くない事では?」
ちはやが懸念したが
「生き残ってこそ全てだよ。それから考えようよ」
お菊はちはやをなだめたのである。
お菊たちだがその日の夕方、再度重秀に呼ばれた。
「作戦だが再度、変更した。お菊殿、お凛殿に部隊を付ける。虎伏山砦に行っておいちを手伝って欲しい。相変わらず山手隊の攻撃が続いている。雑賀川に沿って雑賀城、弥勒山寺砦、打越山砦、虎伏山砦、中津城の線を弾や硝薬の補充の関係もありしばらく維持する。関と的場に日向守と今後の交渉を始めさせる。そして最終的には雑賀川に沿った雑賀城、弥勒山寺砦、打越山砦に再編成する」
「承知しました!」
お菊、お凛は重秀に返答した。
「ここ、雑賀の地を守るためある程度の妥協も仕方ないかもしれない。一番大変なのは雑賀のみんなを説得させる事かもしれない」
重秀は何か無念そうに含みを持って言った。
「確かに。でも上手く行くと思います」
お菊は重秀の本心が全ては分からなかったがある程度は理解し根拠が無かったがそう答えたのである。
戦況が静かに向かうかもしれないとのお菊の期待だが翌朝、予想外の知らせで全て打ち砕かれたのである。翌朝、起きると弥勒山寺砦内は大騒ぎになっていた。
虎伏山砦が早朝に奇襲されて呆気なく落ちたと言う。
「明智殿に謀られた?おいちは?」
お菊は衝撃を受けた顔のまま慌てて甲冑を着て薙刀を握りしめたのである。




