人はいさ 心を知らず 30-2
「姫!落ち着いて!お菊殿は悪気では無く本心です!」
岡吉正が不機嫌なおいちを咎めたが
「分かってるわ!」
おいちは岡に当たった。
「ウチが腹立ってるのは父上(鈴木重秀)や土橋の叔父上(土橋守重)や爺や(岡吉正)も雑賀の郷の偉い人もみんな不甲斐ないからや!」
おいちは珍しく感情を爆発させていた。
「……それは!しかし!」
岡も返す言葉が無いようで口籠ると他の者も誰も返せず黙るだけだった。
(重秀殿?土橋守重殿が叔父上?岡殿が不甲斐ない?おいち、何をそんなに怒ってるのさ?)
ただ、お菊も最初はおいちの反応に腹立ったが少し落ち着くと怒るおいちに戸惑うばかりであった。
おいちは背中をお菊に向けると
「なんでこの前、一緒に紀ノ川を泳いでいた みんな を撃たなあかんのや!」
悲し気に声高に言った。
「どういう意味?」
お菊が分からず思わず返すと
「織田の山手隊に雑賀衆(宮郷、中郷、南郷)が混じっているが、姫の部隊(七ッ童子)の配下に居た者が数名いた」
岡が重い口調で言うと
「まともに当たらんように狙ったけどそう簡単にいかんわ!撃ったら姿が二度と見えなくなったわ!」
「……」
おいちが言うとお菊は黙ってしまった。
お菊は紀ノ川で一緒にきゃあきゃあ水浴びをしていた雑賀の郷のみんなを思い出していた。生まれたばかりの赤子連れもいたが。
「本当に(敵味方で) 別れちゃった のか……」
お菊は小声で言ったが。
「父上が 雑賀の惣は自由や 己で考えろ ってカッコ付けて言って放置してたから戦になったら別れて味方同士で撃ち合うなんておかしいわ!前からもっときちんと統治した方がええ! って言っても 惣だから自由や って聞く耳持たなくてこれかいな!お菊だって勝手に隊を抜け出してここまで抜け抜けと来るなんてな!おかしいわ!」
おいちは肩を震わせながら一気に言った。
「おいち。ごめん。勝手な行動、ごめんなさい。」
お菊はおいちに詫びたのである。
おいちだがお菊の言葉を聞くと急に我に返り慌てて振り返ると
「はっ!お菊!ゴメンや!アンタの顔見たら急になんか今まで溜まっていたのを吐き出してしもうた!ほんまにゴメンや!アンタにこれは八つ当たりする話じゃなく雑賀の郷やウチの家族の問題やったのに!ゴメンや!」
おいちは涙目でお菊に詫びたが
「大丈夫!気にしてない!おいちの気持ちよく分かる!長島であたしも前は味方だった千代目と一郎を殺っちゃったし。おいち、疲れてるんだよ。家老様(岡吉正)!おいちにちょっと休んでもらった方が良いかな?」
お菊が岡に軽く言うと
「承知しました。護衛!姫を山上の砦の屋敷にお連れして休んで頂け」
岡が言うと
「お菊。ほんまにゴメンや。アンタに奴当たりなんてウチのお門違いやったわ。ううう」
おいちは泣き出したので
「おいち!泣かない!らしくない!大丈夫!」
お菊はおいちを抱擁するとおいちは少し落ち着きべそをかきながら虎伏山の山上にある屋敷に護衛に肩を添われながら向かったのである。
「お菊殿。誠に申し訳ない。私からも詫びる。あなたがここに勝手に来た事は咎められないように直ぐに矢宮神社に手配しますのでご安心を」
おいちを見送ると岡は深々とお菊に頭を下げたが
「大丈夫!矢宮神社の防御が弱いので落城して撫で斬りされたくないので雑賀の象徴のおいちに来てもらって説得してもらおうと思ったけど歴史的にそれが難しいのが分かったのであたしで何とかします」
お菊が軽く返すと
「でもどうやって?」
岡が不思議そうな顔をすると
「あたし、住んでいた門前町を織田に撫で斬りされてみんな極楽浄土に逝ったけどあたしだけ偶然生き残ったんですよ。それをそのまま話しますよ」
お菊は軽く返したが
「!お菊殿!申し訳ない!嫌な事を聞いてしまって!」
岡が慌てて再度詫びたが
「全然!進むは極楽、退くは地獄ですよ!じゃあ戻りますね。おいちが元気であたしも安心しましたし」
お菊は相変わらず軽く返したが。
「矢宮神社まで護衛を付けて送りますよ」
「大丈夫!30分ほどで歩いて帰れますから。一人の方が身軽だしね」
「本当にご心労お掛けした。この件は私も何も無いよう矢宮神社にすぐに書状を手配しますので」
岡は再度お菊に詫びたのである。
「家老様!聞いて良いですか?おいちって土橋氏と関係あるのですか?」
「姫の母上は土橋氏の娘なので姫は鈴木氏と土橋氏の両方の血を継ぐので十ヶ郷や雑賀の郷、実は土橋氏の影響もある宮郷でも響くのです。だから姫はもっと厳しい統治で雑賀をひとつにまとめた方が良いと以前から主張されてたが雑賀の惣はやはりそこまで一枚岩では無かった。出来なかった。それが今の結末です」
岡は暗い顔で返した。
「そうですか。意外と真面目なおいちらしいね」
お菊が返すと
「姫は納得していなかったが厳しい統治は支配する者される者に分けて惣を分解させてしまうかもしれないとの懸念が根強いのです。それが今となっては正しかったか?と言われれば私もそうでないかもしれない としか残念ながら答えられないが」
岡がしんみり言うと
「分かりました!今は織田を追い払って交渉に持ち込めるかどうかやってみるくらいかな?」
お菊が軽く言うと
「そうですね。まずは徹底抗戦ですな」
岡も静かに言った。
「家老様!少し気になってるのですが矢宮神社の放棄とここも放棄した方が良いかも。この砦は大き過ぎるのでは?狙撃陣から屋敷や兵糧倉庫や弾薬倉庫がある山上砦まで遠すぎるかなと。織田の忍に入られたら危ないかなって。弥勒山寺砦も大き過ぎるのに」
お菊が虎伏山が守備兵の数の割には大き過ぎると率直に言うと岡も同じ意見だったようで
「私も同じで。殿(鈴木重秀)も同じなので早急に配置替えします」
約束してくれたので
「安心しました!じゃあ矢宮神社に帰りますね!」
お菊は笑顔になると
「さすが六花仙の次の筆頭ですな。戦力が読めるような大人になれば生き残るも戦も有利。あ!お菊殿!やはり護衛を付けて送りますが!弁解も要るでしょ!お待ちを!あ!」
お菊は岡が止めるも気にせずさっと身軽に矢宮神社に帰ったのである。
しかし矢宮神社への帰路だが
「何だろう?家老様のご好意を無視して申し訳なかったけど。なんか嫌な予感がする。感じる」
お菊だが矢宮神社から勝手に無断で部隊を抜けた事を咎められないように岡の配下衆と矢宮神社に帰るのが一番良いのは承知していたが何か矢宮神社で胸騒ぎを感じたので急いだのである。
「雨も上がったし。明智殿なら動くだろうな。あ!」
まだ先だがなんか矢宮神社方面でまた小競り合いが起きてるように見えたのである。
「急ごう!気を付けないと!」
お菊は愛用の薙刀を握りしめて慎重に矢宮神社に進んだ。
もうすぐ矢宮神社に到着の手前だったが矢宮神社の弱点の背面に桔梗紋と二頭立波の旗印の部隊が少数であるが展開していた。
お菊は道を進むのはやめて湿地帯に入り濡れながら気付かれないように進んだ。
見つからない範囲でかなり近づくと
「やっぱり」
お菊は呟いた。
明智光秀だが珍しく兜を被って馬に乗っていた。
「天王寺合戦でも兜を被らなかったのに珍しい。横のあの人は鉄砲持ちの人だ(荒深小五郎)。手強い三宅(秀満)殿や配下衆はいないみたいだ。(旗印から)明智氏と美濃斎藤氏の部隊かな?」
お菊は様子を伺っていた。
部隊は少なく数十名で矢宮神社の裏面の少し離れた所におり矢宮神社の背後の守備兵も土塀の上から散発的に鉄炮を撃って反撃していたが明智衆と美濃衆も無理に攻めずにいつものように土塀に鉄砲や大筒を撃ち込んで土塀を穴だらけにしていたが。
「本気で攻める気は無いのかな?何を企んでるんだろう?あれ?」
お菊は明智光秀の横に見た事がある少女が馬に乗っているのに気付いた。
彼女は巫女着の上に鉄砲対策か足軽級以上の丈夫そうな甲冑を着て彼女も兜も被っていた。武器は持たず手ぶらだった。
お菊は思い出したのである。彼女は以前会った時より大人になっていたが。
「梓!なんで甲斐衆のあなたがここに居るのさ?なぜ?いや、あたしを呼んでたのはあなた?」
お菊は本能で 何かある と気付いて構えたのである。




