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人はいさ 心を知らず 30-1 挿絵あり

挿絵(By みてみん) 

 紀伊中津城を出たお菊、お凛、舞は配下の衆を連れて雨の中、雑賀の郷に織田の待ち伏せに注意しながら向かった。ただ雨のため鉄砲で撃たれる危険性は少ないと見てかみんな意外と足早に歩いていたが。

 織田兵も紀ノ川を渡った後は雑賀の郷に向かったのか待ち伏せの気配すら感じられなかったが。

「それにしても織田の浜手隊、どのくらい紀ノ川を渡り切ったかな?」

「小早やから10人ちょっとしか乗れんからな。そんなにおらんと思うけどな」

「でもすごいたくさんの小早を根来衆に作らせてたんでしょ?何十艘で何往復もされたら織田が有利だし。こっちは雨で鉄砲が使えないのも痛い。太刀打ちだと数が多い敵さんが有利だからね。最悪だけど雑賀の紀ノ川の水軍衆は奇襲でかなりの打撃を受けてる可能性もあるね」

 お凛と舞が不安そうにお菊に返した。

「この戦力じゃ上陸地点を襲っても返り討ちにあいそうだもんね」

 お菊は50名にも至らない少数の味方の兵を見ながら言ったが。

「確かに織田兵が雑賀の郷に入ったようですが雨のせいでそれほど火の手は上がっていないようです。兵も少ないのかもしれません。雑賀の衆も家屋から反撃して市街戦になってるので太刀打ちが得意なみなさんに姫(おいち)から至急援軍に来てもらうようにと」

 伝令兵が返したが。

「雑賀川の東に群がってる山手隊は何とか抑えてるんかいな?」

「今のところ大丈夫です」

 伝令兵がお凛に返すと

「ならこちらで何とか浜手隊を追い払えるかな?無理ならしつこく何度も奇襲を畳み掛けて疲れさせるしかないね」

 舞だが伊賀衆が使ってる変わった兜割(十手)という武器をくるくる指で回しながら言った。


 雑賀の郷に近付くと鉄砲の射撃音や雄叫びが散発的に遠くから聞こえて来た。

「始まってるみたいだね」

「建屋の中から織田兵を狙撃しています。ただ敵も兵の数が少ないのか雨のせいか局地的にしか展開してないようですが」

 伝令兵が言ったとおり西の方で小規模な小競り合いが起きている感じだった。

「分かった!あなたはおいちにこれからあたしたちが雑賀の町の支援に入るって伝えて!ここは任せて!」

 お菊が軽く返すと

「承知!弥勒山寺砦からの援軍も到着してるでしょう!ご武運を!」

 伝令兵は虎伏山に戻って行ったのである。


「しかし気を付けないと迂闊に町中に入ったら味方に誤射されそうだね」

 舞が慎重に言うと

「やはり先に弥勒山寺砦に行った方がええかな?」

 お凛も危ないと思ったようだが

「そうだ!矢宮神社に行こう!ここの氏神様でしょ?多分雑賀の郷の拠点になってると思う。神主さんとあの巫女だったらあたしたちに気付いてくれるよ!」

 お菊だが一緒に戦勝祈願をしてくれた矢宮神社を思い出したのである。お菊の読みは当たった。矢宮神社にそうっと近付いて声を掛けると神主と巫女がお菊たちに気付いて無事に中に入れたのである。


 矢宮神社には弥勒山寺砦から送られたマリアと配下衆の金閣銀閣たち、雑賀衆の援軍も入っていた。

「織田兵はどのくらい展開してるんですか?」

「雨で分からないけどまだ思ったよりも少ない気がするよ」

「向こうも鉄砲が雨で生かせないので慎重なだけかもしれませんがね」

 金閣銀閣がお菊に返した。

「村上水軍衆や雑賀水軍衆、本願寺の水軍衆はやはり織田のたくさんの船を抑えられれなかったんやね」

「そうだね。そもそも作戦に無理があったかな?焙烙火は船を焼くに有効だけど雨が降ったら使いにくいし小早みたいな小さい船を大量に用意されたらすり抜けられてこっちは止めようがなかったんだろうけどさ」

 マリアがしくじってしまったと言わんばかりにお凛に返したが。

「とりあえず雨が止むまで敵も大きくは動かないだろうな」

「晴れたら向こうも本気で来るのでこっちは今のうちに守りを固めるしかないですね」

 金閣銀額だがそう言うと配下の衆や雑賀衆の部隊と分厚い木材や竹束を加工して矢宮神社の外壁の周囲に取りつけて守りを固める作業を始めたが。


 お菊だが改めて矢宮神社の構造をじっくり見たが周囲を普通の神社のように土塀に囲まれているだけで堀も何も無かった。周りは家が迫り本殿の背後も土塀でちゃんと囲まれてはいるが本殿と土塀の間はうっすらとした暗い林が広がっていた。背後の土塀から気付かずに神社内に侵入されて林の中を突っ切られたらとても止められないとお菊は思ったが。

 お菊だが正直にここは守りには向いて無いと悟った。


「マリアさん!こんな町中の砦で敵を防ぐ策はあるんですか?」

 お菊だがマリアに率直に聞くと

「ここの氏子は気合が違うよ」

 マリアは抽象的に返したが

「気合は大事ですが現実は違うと思いますが。本殿の裏の林はがら空きですよ?」

 お菊が返すと

「あたしだって本音では厳しいと思うよ。でも神様にすがるとはそう言う事さ。散々マルチリヨを強いて来た門徒のあたしたちがここの氏子にケチをつけるのは難しいのさ」

「マルチリヨ?」

「殉教さ。進むは極楽、退くは地獄だろ?」

「それは!そうですが……」

 お菊はマリアのキリシタン的で直接的な言い回しに戸惑いつつ本願寺の強いた教義を否定できず返せなかったが

「でもあんたの言う事も最もだよ。弥勒山寺砦から来てる重秀様の家臣の関さんか的場さんに相談してみたらどうだい?本殿にここの神主さんと居るよ」

「分かりました。話してみます」

 お菊はマリアに教わった通り鈴木重秀配下の関と的場に相談する事にしたのである。


 お菊は本殿に居た関、的場と神主にここの守りは脆く危険を感じるので弥勒山寺砦に撤収した方が良いと提案してみたのである。

 余計な事を言うなと怒られるのを覚悟したが

「お菊さんの言う通りだよ」

 関はあっさり認めたのである。

「しかしここを放棄して焼かれてしまったら彼らの失望は我々雑賀衆の指導者や石山本願寺に向かう。それは避けねばならない」

 的場も返した。

「無理は承知で仕方ないって事ですか?でも極楽浄土に逝ってからでは遅いと思いますが!」

 お菊も負けずに返してしまったが

「私もお菊殿と同じ意見です。ここの守りは脆い。織田に本気で攻められたら抑えるのは困難です。殿(鈴木重秀)も以前、氏子や雑賀の郷の住民に町は諦めて弥勒山寺砦か雑賀城に逃げるよう達しを出しましたがここ(雑賀の郷)は日ノ本で有数の大都市。しかも我々が自らの惣として統治している。手放せない。だから町に残って玉砕覚悟で抵抗するのです」

 神主が言うと

「そうですか。でも分かりましたとは言えません」

 お菊が言うと気まずい雰囲気が流れたが

「どうしたら良いかあたしも考えますのでその時は助けてください。あたし、撫で斬りはもう見たくないんです」

 お菊はそう言うと外に飛び出したのである。関、的場、神主たちは気まずい顔をしていたが。


 外では矢宮神社の土塀の外に分厚い木材や竹束を設置して鉄砲対策が急遽行われていた。神主の娘の巫女のちはやも男衆に交じって竹束を束ねたりしていた。ちはやだけでなく彼女の知り合いか氏子の女子もまだ何名か残っていた。

「ちはや、弥勒山寺砦に撤収しないの?」

「はい!父上も町の人もここに残っているのであたしもここの巫女として残りました!町を守りあたしたちの惣を守るためにも!」

「気持ちは偉いけど。危険よ。ここは城じゃないから守りが脆いわ。敵の足軽は乱暴狼藉しか興味が無いのよ。だから逃げた方が良いわ。犬死はダメよ」

「え!はい……でも」

 ちはやは勇猛と噂のお菊にここで残って一緒に戦う事を誇りに思っていたし褒められると思ったのに予想外にお菊に逃げるように言われて面食らったが。


 お菊だがこの日は策をお菊なりに考えたのである。


 その日の夜半には雨はやんでいた。

 お菊は夜襲を警戒して寝ずにうとうと仮眠していたがこの日は何も起こらなかった。そして夜が明け櫓に向かうとマリアが櫓に上から外の様子を見ていた。

「おはようございます。早いですね」

「あんたと一緒で寝てないよ。昨晩はヤバいと思ったからね」

 マリアが言うとお菊も笑ってしまったが。そして

「どうも織田兵はこの町の西の方を既に占拠して陣にしてるね。なんか西の方だけ明かりが随分灯って賑やかだね」

 西の方を見ながら呟いた。

「昨日は織田の陣と矢宮神社界隈の中間の家を焼き払ってたんだ。なるほど。あと虎伏山の南西にも野営している!かなりの数が(紀ノ川を)渡ったのかな?」

「かがり火の数だけならそんなにいないんじゃ?」

 いつの間にか舞も起きて来て横におりお菊に返した。

「敵の守りが固まらないうちに先手を打つか?」

「いや、物見を出して兵数を確認した方が良いですね。織田は侮れないですからね」

 金閣と銀閣もあくびをしながらやって来た。みんな昨晩は警戒して寝て無かったのである。

「あとは天候次第だね。どうもお天とさんもすっきりしないし。町の外れは湿地が多くて雨上がり後だと地面がぬかるんで攻め難いしね。敵も分かってるって。敵の動きに合わせた方が良いね」

 マリアは慎重に言った。


その日の朝だが弥勒山寺砦から伝令が来て情報が入った。


 まず七ッ童子らの中津城、おいちの虎伏山砦、土橋守重の打越山砦、鈴木重秀ら雑賀衆の主力部隊の弥勒山寺砦らの雑賀川沿いの守備隊は雑賀川を渡ろうとした織田の山手隊に猛烈な2段撃ちを食らわせ大打撃を与え後退させるのに成功した。 

しかし雑賀水軍、村上水軍、本願寺水軍は紀ノ川を渡ろうとする浜手隊のたくさんの渡し船の阻止は雨で鉄砲が使えなかったのと数の差で力押しされ浜手隊の小早を何艘か沈めたるも本願寺も関船を奪われたり小早を何艘か失い結局紀ノ川の渡河を許してしまったのである。

また東から来た織田の伊勢水軍衆にも気遣う事になり雑賀崎の町の防衛にも戦力を回す必要があり紀ノ川の渡河する織田の浜手隊を阻止するのは事実上困難だと言う。

 雑賀の郷の西に織田兵が侵入されたのを受けて鈴木重秀は大規模な部隊の再配置を検討しているがまだ話がまとまっていないと言う。


「前線が伸び切ってるからキツイわ。このままじゃ難しいわ。ふぁあ」

 お凛があくびをしながら返した。

「分かってるってさ。でもよく熟睡できるね。神経太いね。まったく」

 お菊が呆れたが

「体力は大事やからな。配置は早く再検討した方がええと思うわ」

 関や的場も分かったと言わんばかりに何かを考えていたが。


「敵だ!敵だ!」

 翌朝だが予想通り浜手隊の一部が矢宮神社に押し掛けて来たのである。

 浜手隊だが旗印から細川藤孝、松永久秀、筒井順慶と明智兵と美濃兵が少し混じった部隊だったが彼らはむやみに突っ込まず家屋の背後から鉄砲や大筒などの火器で矢宮神社の壁を破壊する射撃を行ったのである。

 矢宮神社の守備隊も反撃したが物影に隠れて射撃する彼らを抑えるのは困難で矢宮神社の壁は穴だらけになった。

「敵は壁を崩したら突っ込んで来る!お菊殿!マリア殿!頼みます!」

 神主や守備兵が焦っていたがお菊らは冷静に待機していた。


 しかし再度、運が良かったのか雨が降り出し織田の浜手隊はそのまま撤収して行ったのである。

「助かった。八咫烏様!ありがとう!」

 ちはやはふうっと言ったが

「今のうち修理だ!急げ!」

 雨の中、総動員で城の壁の修理が行われたのである。


 ずぶぬれでお菊らも作業を終え、束の間、その日の夕方雨が止むとまた浜手隊がやって来て鉄砲や大筒を撃ち込んではしかしまた雨が降ると去って行ったのである。


 このような事が3日程続き矢宮神社の守備隊は疲弊してしまったのである。

「疲れた」

「しんどいわ」

 お菊とお凛も連日の修復作業で伸びていた。

「敵の思う壺だね。マリアさん!こちらから反撃に出た方が良くて?」

 舞がマリアに相談すると

「敵だっておそらく陣の守りは固めてるね。危険だね。数はこちらが不利だしね」

「でもこれじゃあこっちか持たないですよ」

 舞は口を尖らせたが

「ここの隊だけじゃ無理だね。弥勒山寺砦の支援が無いと。重秀様に相談だね」

「なんか太刀打ちじゃなくて壁の修復でくたくたなんて鬱憤がたまる~」

 舞はぶつくさ言っていたが。

「2月後半から3月でこんな天気は珍しいのですが」

 神主も戸惑いながら言うと

「それでも八咫烏様のご加護かなと。ありがとうございます」

 ちはやは手を合わせて祈り感謝していたが。


「明智殿が居る。わざとだよ。本気なら背中から来る。何か企んでる」

「まぁあのお方ならそう言うの好きそうやもんな」

 お菊が小声で言うとお凛も同意した。


「確かにこちらの方が地の利が有利なので逆に攻めるのもありなんですが」

「どうも織田の山手隊が再度攻勢を掛けて来たそうで弥勒山寺砦も余裕が無い。浜手隊がゆるいのに対して山手隊が自軍の犠牲を返り見ずに攻めを掛けてるのが気になりますが」

 関と的場も戸惑いながら言った。


 お菊だがその日の夕方、虎伏山のおいちの元に勝手に向かったのである。関と的場や神主にも断りを入れずお凛とマリアに話して二人の反対を押し切って向かったのである。

 お菊の予想通り織田の兵は雑賀の郷以外は展開しておらず簡単に30分程で虎伏山に着いた。

 岡吉正が驚いてお菊を迎えおいちの元に案内してくれた。

 おいちだが他の雑賀衆の腕の良さそうな鉄砲撃ちと一緒に虎伏山の麓の雑賀川が良く見える頑丈な石で囲まれ鉄砲窓が開いた狭い狙撃小屋のようなとこに居た。

「あんたも撃ってるんだ」

「当たり前や!アンタなんで勝手にここに来たねん!」

 おいちだがお菊の行動が気に入らなかったのか癇癪気味に返したが。

「あんた雑賀の象徴でしょ。頼みがあってさ。矢宮神社のみんなを説得できるのあんたしかいないと思ってさ」

 お菊が言うと

「あそこは雑賀の歴史からそう簡単に手放せないねん。父上も説得できんかったし」

「だからあんたに頼んでるのさ」

 お菊は本心で言ったが

「アンタ、いつからそんな偉くなったん?」

 おいちの怒りの入った言い方に

「!おいち!そんな言い方無いじゃん!」

 お菊も感情的になっておいちに怒りがこみ上がったのである。

 岡吉正が慌てて止めに入ったのであるが。



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